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バンマヌッシュ

02 屋烏の愛

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 頭からすっぽりと布をかぶる不審者にしか見えない人間さんを引き止めて、メニューの説明をしながら、おれは自分の美人な外見を使えばいいんだ!と気がついた。
 美人……本当に美人だよな?

 顔見知りのウェイトレスに頼みこんで、香木と香炉を貸してもらってから、勇気を振り絞って、食事を終えた後の不審者さんへ声をかけた。

 ……撃沈。

 今世のおれの姿は美形じゃないのかよ!?
 どうしておれの方、見ようともしないの?
 めっちゃ避けられてんじゃん!
 やっぱりこの街でだけ、美形判定ってことか?

 サルだけ対象の美形とかホント意味ない……って本気で落ち込んで、でも、どうしても諦められなくて、あの人にもう一度会いたくて、人生経験豊かな爺さんに相談したら。
 毛無しって……マジかよ。
 えー、この世界、人間が迫害されてんの?

 確かに人間の身体能力は動物には劣るかもしんないけど、言葉とか文明が……って駄目だ、今世はサルが喋って街作ってる世界だった。
 電気もガスも水道もないけど、それなりに文明的な生活だし、治安も悪くない。

 動物が前世の人間みたいに知能を持って、暮らしている世界だから、人間であることの特異さが全部潰されてる。
 これじゃ人間が底辺扱いされるわけだ。

 爺さんに毛無しはやめろ、と耳にタコができるくらい言われまくったけど、サルを旦那にするの無理、抱かれたくない!と初めて爺さんに反論した。
 興奮しすぎて涙ぼろっぼろ出てきたし、おもちゃ売り場の子供並みに無茶苦茶な駄々をこねた覚えはある。
 ……最後には爺さんが折れてくれて、まず、相手のことを調べる、って話になった。

 あの人は、この街にやってきたばかりの個人傭兵の雄、つまり今世で言う所の男性だった。
 よっしゃ、第一関門クリア!
 あの人が女だったらそこで終了だったから、本当に安心した。

 二つ名持ちの傭兵さんで、名前はシャンプルディさん。
 文字で書くとそうなる。

 ただ、発音が、超むずかしいんだけど。
 前世の影響があるおれの耳には、スァンポゥルゥドゥッへ、って聞こえる。
 しかもめちゃくちゃ巻き舌で何語なの?って勢いだ。

 シャンプルディさんの二つ名が、中二病患ってそうな〝悪鬼の如きシャンプルディ〟って聞いたときは、やばい、もしかして言葉通じない原始人でウホウホ系の人?って思ったけど、それは傭兵仕事への評価らしい。

 対人戦闘、まあ、この場合は対動物戦闘に特化して強いらしい。
 人間に見えるのに、身体能力がすごいとか?
 うーん、一見すると人間に見えたけど、実際のところ顔も体も隠してるから、とんでもない顔してるとか、頭の中身がぶっ飛んでる可能性も否定できない。

 斡旋所のシャンプルディさん個人への評価は、すごく真面目な堅物、そんでもってすごく寡黙な傭兵、だったからちょっとだけ安心したけど。



 かなり練習したけど、ちゃんと名前が言えてない気がするまま、おれはシャンプルディさんが仕事を受けている、という訓練所へお弁当を持って向かった。

 まずは胃袋を掴め、ってのはこの世界でもスタンダードな手段らしい。
 爺さんに、毛無しだからまともな食事をとることも少ないだろう、コロッと行くはずだ、と保証された。

 おれの極太のゴリラ指で、細々とした料理なんて作れないし、実家暮らしで今世の料理経験もないから、母さんに手伝ってもらって、簡単なサンドイッチで済ませちゃったけど、大丈夫かな。
 帰ったら、本格的に料理の勉強をしようと決め、訓練所の中へと足を踏み入れた。

 街中や酒場で会うことの多い衛兵さんたちに挨拶をしながら、案内板に従って奥へ進んで行くと、一番広い土の広場にシャンプルディさんがいた。
 地面に広げた布に、金属製の何かを包んでいる姿を見て、ふと気がついた。

 今日は、頭に布を被ってねーじゃん!!!!!って。

 肩口までの淡茶色の髪は柔らかくウェーブしていて、太陽の光にキラキラ光って金色に見える。
 あんまり綺麗なもんだから、触りたいなと思ってしまった。
 ゴリラの体毛は、人の髪の毛みたいに長く伸びないしゴワゴワだから、異世界もふもふ生活(と見せかけて自慰)は無理だったんだよな。

 布を巻いた逆三角形の体は、動かすたびに筋肉が動くのが見えてすごく素敵で、人体の黄金比を見ているような気がした。
 何時間でも見ていられる背中なんて、本当にあるんだな、とうっとりと見つめ続ける。

 布に覆われていない手足はしなやかに伸びて、靴の代わりなのか布を巻きつけてある足先まで、筋肉の筋と腱が綺麗に浮き出している。
 黄金色に日焼けした肌が日差しを反射して、そこを伝う汗が色っぽい。

 前世のおれは、イケメンハリウッドスターの特集とか見て、ちょっと筋肉多くないか?って思ってた。
 もうちょっと絞ってくれよって。

 おれの好みはマッチョよりも細マッチョだ。
 肋骨丸見えのガリガリ君だと抱かれる時に悲しくなりそうだから、そこが許容できる最低限で最高。

 シャンプルディさんは完璧だった。
 二次元の理想が、そのまま三次元になった感じ。

 あ、そうか、ギリシャ彫刻だ。
 この人の体は作られた彫刻のように完璧で美しいんだ、と思った途端、やっぱりおれなんかじゃ無理なのかな、と弱気が顔をのぞかせた。

「すいません!!」

 気持ちを高めるように大声を出したら、ギリシャ彫刻のように美しい背中が、振り返り。

「……すっげ、うそ、信じらんね、ギリシャ神話降臨シタヨコレ」

 呆然と見つめてしまった。
 シャンプルディさんは本物のギリシャ彫刻だった、この人、本当に格好いい、ダメだ、惚れちゃう、素敵すぎる、今すぐ抱いて欲しーっ。

 生え際まで美しいすっきりとした広い額、ふわりと揺れた淡い茶色の髪は自然なウェーブで頬にかかっていて、猟奇的に色っぽい。
 まっすぐ通った高い鼻は形良く、ヘーゼルの宝石をはめこんだような切れ長の目元は、若々しいのに甘い色気が漂っている。
 閉じられていた唇は少し薄く、ほんのりと濃く色づいていた。
 その唇がキスをねだるようにゆっくりと動くと、一気に血がのぼるのがわかった。

 顔が熱い。
 でも、肌の色真っ黒だから赤くなっても気がつくわけないよな、と思っていると、シャンプルディさんは布を被って完璧な顔を隠してしまった。

 ハッ!としてお弁当を押し付けて、逃げ出した。
 渡せた、嬉しいぃい!って思いながら。

 なんなんだよ!おれには二次元のイケメン旦那が大勢いたから、イケメンには耐性あるはずなのに、本物の、三次元の男に恋するとか!!

 あんな、大理石から掘り出したようなイケメン、本当に存在するんだーと家に帰ってからも夢見心地だった。
 綺麗すぎて怖いなんて本当にあるんだな、と思いながら、お弁当受け取ってくれた……と嬉しくなって。
 もちろん夜はシャンプルディさんの顔を思い出しながら、チクニーとアナニーがはかどりまくった。

 本物のイケメンというおかずを得たおれは 最 強 だー!!

 翌日から、傭兵の斡旋所にお願いして予定を教えてもらって、シャンプルディさんが仕事の日は、毎回お弁当を届けるようにした。
 これって情報の漏洩じゃないのか?って不安になったけど、受付くんが良いですよ!って保証してくれるから、大丈夫なんだと思う。

 すぐにお昼を届けるだけじゃ物足りなくなって、爺さんに頼んで、家にも食事を届けに行きたい!って頼んで、傭兵の斡旋所で宿を聞いたら……え、どこにも泊まってない?ドユコト?

 斡旋所の受付くんが教えてくれた話だと、あまりにも醜い姿の毛無しだから、って宿に宿泊拒否をされているって……ひどい、信じらんない。
 あのイケメンが、格好いいシャンプルディさんが野宿!?

 お爺ちゃん!って泣きついて、爺さんが所有している古い社員寮の一つを借家として貸すことになった。
 居住区画から遠くて不便で使われなくなった建物だから、好きにしていいって言われたおれは歓喜しちゃったんだぜー!!

 って、前世を足したらおっさんの年甲斐もなく興奮して、訓練場で会うシャンプルディさんが、前よりも元気になったような気がする、嬉しいよー、ぐふふって思っていた。

 家に食事を届けに行く、っていう望みは、まだ実現できてない。
 商業区画の寮がちょっと家から遠すぎるんだよな。
 おれはサル系限定美形らしいから、一人でうろつくなって言われてる。
 一人で外出なんて誘拐して欲しい!ってアピールしてるのと同じらしくて、外出禁止になりたくないから我慢中だ。

 誰かに頼んで届けさせてやろうか、って爺さんに言われたけど、シャンプルディさんを餌付けしたいよりも、おれ自身がシャンプルディさんを見たい、会いたいって気持ちが強い。
 あんなギリシャの神みたいな神々しい人を、この世界のサルどもは不細工扱いして、おれみたいなゴリ男をイケメン、いや美女扱いする。

 色々と納得できないから、おれが、おれだけでもシャンプルディさんを正当に評価したい。
 あんな格好良い人、他にいない!って。

 弁当を届ける途中で見てるうちに、シャンプルディさんが傭兵としてだけでなく、すごく真面目な良い人だなって分かりだした。

 衛兵たちに「バケモノ」って呼ばれるのに、挨拶を欠かさない。
 ひどい言葉を向けられてるのに、仕事で手を抜かない。
 孤児だっていうけど、物腰に粗雑さは少なくて、逆に周囲に気を使ってる。

 何よりも、これまでにシャンプルディさんが怒ってる姿を見たことがない。

 おれに与えられた不当な評価、聖人とかいうやつを、シャンプルディさんにあげたいぐらいだ。
 あんなに忍耐強くて素敵な人が、宿にも泊まれず、食材も手に入れられずに放浪しなくちゃいけないなんて、おれは嫌だよ。

 シャンプルディさんがゴリラを好きになってくれるかは分からないけど、もしも、可能性があるなら、おれを好きになってくれないかな。
 おれ、一生懸命尽くすから。

 あの美しい人を守ってあげたいって、心から思った。
 
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