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ブライング
蟻と亀
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通称、潰れたドライブイン。
天養市西区。八戒山峠の先にあるそこには、20台の並んだ自販機だけは生きていて、走り屋、ヤンチャな子供、族、ツーリングライダー、そんなのが屯したり休憩したりしていて、まるで若者達の楽園のようだった。
しかし誰も名前を覚えていない。
ただ潰れたドライブインと呼ばれた場所だった。
週末には結構いっぱいになるくらい、有名なスポットだが、平日はそうでもなかった。
その潰れたドライブイン本館は、閉じられていて、普通は誰も入れない。
しかし、実は裏口にある扉はピッキングによって開けられ、鍵を付け替えられていた。
中の休憩所は西区にある私立蟻塚高校の不良チーム、ミルメコレオの根城になっていた。
大きな窓には全て暗幕を張り、外からは見えないようにして、彼らは夜な夜な集まり青春を謳歌していた。
「なー、なんであいつら呼ばねーの?」
「あー、ちょっとまだわかんねーから動きたくねーんだ」
薄暗い店内で、ミルメコレオの頭、吉富克也に、メンバーが声をかける。
あいつらとは頭の良いバカ女達のことで、偏差値が高いくせにチヤホヤするだけで簡単に股を開く女達だった。
もう少ししたらここでストリップショーをさせ、葉っぱをキメて、メンバーでマワす予定だった。
「かっちゃん、何かあったんけ?」
「…それがよー。ザラタンがさ、気味ワリィんだよ。同中の俺の連れに聞いたんだけどさ、目がイッてやがるって」
「あ、俺も聞いた。なんかいい亀になったんでしょ? あの田淵があり得ないっつーの」
天養市東区、亀田工業高校の不良チーム、ザラタン。中央区を挟んでいるため、あまり衝突はしないが、仲が良いわけでもない。
特に頭の田淵は狡猾で残忍な武闘派。しかも骨の折れた女が好きだとかイカれた噂もある。
それに何人かミルメコレオのメンバーもやられていた。もちろん報復はしたが、まだ全面的にはぶつかっていなかった。
こちらも武闘派、負ける気はしないが、なんとなく薄気味悪い。ミルメコレオの頭、吉富克也はそういう勘を大事にしていた。
だから真相がわかるまでは少し動きを控えていた。
今日から終業式まで半日授業のため、学校終わりにチーム全員を集めていた。
走り、女、喧嘩。
これが生きがいのイカれた単車乗りばかりの25人だった。
夜になれば走りに出よう。そう言って集まっていた。
それまではタバコを吸ったりしながらスマホゲームや麻雀などして思い思いに過ごしていた。
すると、いつもなら数台来るくらいの時間帯、まだまだ早い時間帯にも関わらず、何もイジッていないへぼいマフラー音が何十台と外から聞こえてくる。
バイク女子のツーリングか? そう思い、ミルメコレオのメンバーは外に出た。
もうすぐ夕焼けの始まる時刻に、峠の下からバイクがのんびりやってきた。
「…なんだ、ありゃ…夏の交通安全強化月間とか?」
「みんな…学ラン、フルフェイスにドノーマルカブだ…何これ? 何かのコスプレ?」
排気量はバラバラだが、みんなスーパーカブだ。中には年代ものっぽいのもある。
あんまり形が変わらないからマニアでもない限りカブとしか言いようがなかった。
その一団は広い駐車場の端まで周り、一列にピシリと揃え、全員が降車し、ヘルメットを脱いだ。
その中の一人が、前に出て言った。
「ミルメコレオ、吉富くんかい?」
「俺に何か用か…え?…お前…田淵か? ザラタンの…」
きっちりと被っていたヘルメットを脱ぐと、見覚えのある顔…だが、違和感が半端ない。
半笑いの田淵がいた。
「ああ、その田淵だよ」
「……っぷ、ギャハハ! 亀がまぁるくなって甲羅だけになったのはほんとだったのか! なんだその七三! 標準学ラン! カブ!」
亀のおかしら学校、亀田工業高校は黒の学ランだ。その標準タイプを全員がきっちりと身につけ、白のスニーカー、髪は真っ黒七三分け。ワックスで塗り固めてある。それが、総勢20名。
ミルメコレオのメンバー達は大笑いし、まだ、その異常性に気づけなかった。唯一、吉富だけが様子を伺っていた。
「…ふふ。ところで……吉富くん、原田くん、柿崎くん。悪い事はしていないかい?」
田淵は学ランの内ポケットからよくわからない鏡付きの綿埃掃除と、櫛を取り出し、丁寧に髪型を直しながら、ミルメコレオのトップ3人にそんな事を言った。
「君…? あん? 悪いこと…? つーかお前らに比べりゃあ…あーわかった。トイレちゃんとかか…あの薄気味悪ぃ女とか…お前骨折れてるやつとか…好きとか…歪んでんもんな」
吉富はやっと合点が入った。何度かアホな女達からプッシュがあったが、変な予感がしたから無視していた。
だが、この状況だ。
こいつらのことだったのかと確信した。
それにしても女のためならここまでするやつだったのか。
たしかにトイレちゃんは可愛いかった。だけどあれは俺には無理だ。それにお前その格好逆に女がドン引きすんだろと、哀れに思った。
これだからダセーやつらは、と。
「ありゃ俺も勃たなかったわ。顔ちょー可愛いのにな」
「だって乳首まで真っ黒だもんよ。無理無理~ギャハハハ」
「そうか…女をいたぶるのをまだやめてなかったか。ここまで来たかいもあった」
田淵には何のことで、誰のことかはわからなかったがこいつらがクズだということはわかった。
それだけで十分だった。
「──ハハって……何? もしかしてやんの? 俺らと? 噂知ってるぜ? お前らたった一人にやられたって言うじゃねーか」
「そのトイレちゃんの身体は元からだぜ? 何か昔酷い火事に遭ったってよ。手は出してねーよ。可哀想だしな。だから写真だけ記念に撮っただけだって。ホラー写真。夏まで待ってたんだよ。バズるっしょ絶対」
「それにだっせ。人数呼んでもよー。一旦ベコられたら無理っしょ。暇だから相手してやるか? なあお前らぁ!」
「「「おおっ!!」」」
そんなミルメコレオのやる気に、ザラタンの田淵は、ニヤリと笑みをこぼし、チームに声を掛ける。
ここにいるメンバーは全て真っ白に漂白した面子で、全員で戦える事に興奮していた。
「はははは。そう来なくては。これは堪りませんよぉ。皆さん。やりますよぉ! 黒は────」
「「「白にィィィィィィ───!!」」」
田淵は空を見上げ思う。出来ればおかしらに見て欲しいが、当たり前のことをしているだけだ、誇ってはいけない、粛々と天誅を下すのだと、心に誓い、高揚感から涙した。
その田淵の目は泣きながらイッていた。いや、ザラタン全員だった。
「な、なんだこいつら、涙がキメェ! ウミガメの産卵かよ! やっちまえ!」
「お、おう!」
こうして、東のザラタン、西のミルメコレオ、初の抗争が始まった。
◆
「こいつら、しつけぇぞ! ゾンビか!」
最初はミルメコレオが押していた。人数でも勝っていたのと、標準の学ランが思ったより掴みやすく、転がし、数人がかりで殴る蹴るを繰り返していた。
動けなくすると次のターゲットに向かうが、いつの間にか倒したザラタンが復活していたのだ。
しかも笑いながら泣いて向かってくる。
そんな風に彼らが衝突し、数十分ほど経った時だった。
潰れたドライブインの上空に一本の半透明のデカい剣が浮かんでいる事に、ミルメコレオの誰かが気付いて声をあげた。
「なん…だ、ありゃ…剣? お、おい、写真! あれ見ろって! なんかデカい剣が浮いてん、ぞ?」
「ああ、本当だな…?」
長さは大型バイクくらいありそうで、夕日をキラキラと透過しながらゆっくりとその場で左旋回していた。
皆一様に喧嘩を止め、それを眺めていた。
「これ、バズるんじゃね…?」
「合成か何かだと思われんだろ。あれ、剣だよな?」
「おー、剣だ剣」
「しかし、不気味だな…」
声に反応したのか、視線に反応したのか。
その剣が鳴音とともに、勢いよく垂直に落ちてきた。
瞬間、潰れたドライブインを真ん中から大きな轟音とともに粉々にぶち壊した。
「なん、だ、よ…これ…」
誰かの呟きとともに、抗争中の彼らは、皆一様に唖然として、その場に固まったのだった。
通称、潰れたドライブイン。
天養市西区。八戒山峠の先にあるそこには、20台の並んだ自販機だけは生きていて、走り屋、ヤンチャな子供、族、ツーリングライダー、そんなのが屯したり休憩したりしていて、まるで若者達の楽園のようだった。
しかし誰も名前を覚えていない。
ただ潰れたドライブインと呼ばれた場所だった。
週末には結構いっぱいになるくらい、有名なスポットだが、平日はそうでもなかった。
その潰れたドライブイン本館は、閉じられていて、普通は誰も入れない。
しかし、実は裏口にある扉はピッキングによって開けられ、鍵を付け替えられていた。
中の休憩所は西区にある私立蟻塚高校の不良チーム、ミルメコレオの根城になっていた。
大きな窓には全て暗幕を張り、外からは見えないようにして、彼らは夜な夜な集まり青春を謳歌していた。
「なー、なんであいつら呼ばねーの?」
「あー、ちょっとまだわかんねーから動きたくねーんだ」
薄暗い店内で、ミルメコレオの頭、吉富克也に、メンバーが声をかける。
あいつらとは頭の良いバカ女達のことで、偏差値が高いくせにチヤホヤするだけで簡単に股を開く女達だった。
もう少ししたらここでストリップショーをさせ、葉っぱをキメて、メンバーでマワす予定だった。
「かっちゃん、何かあったんけ?」
「…それがよー。ザラタンがさ、気味ワリィんだよ。同中の俺の連れに聞いたんだけどさ、目がイッてやがるって」
「あ、俺も聞いた。なんかいい亀になったんでしょ? あの田淵があり得ないっつーの」
天養市東区、亀田工業高校の不良チーム、ザラタン。中央区を挟んでいるため、あまり衝突はしないが、仲が良いわけでもない。
特に頭の田淵は狡猾で残忍な武闘派。しかも骨の折れた女が好きだとかイカれた噂もある。
それに何人かミルメコレオのメンバーもやられていた。もちろん報復はしたが、まだ全面的にはぶつかっていなかった。
こちらも武闘派、負ける気はしないが、なんとなく薄気味悪い。ミルメコレオの頭、吉富克也はそういう勘を大事にしていた。
だから真相がわかるまでは少し動きを控えていた。
今日から終業式まで半日授業のため、学校終わりにチーム全員を集めていた。
走り、女、喧嘩。
これが生きがいのイカれた単車乗りばかりの25人だった。
夜になれば走りに出よう。そう言って集まっていた。
それまではタバコを吸ったりしながらスマホゲームや麻雀などして思い思いに過ごしていた。
すると、いつもなら数台来るくらいの時間帯、まだまだ早い時間帯にも関わらず、何もイジッていないへぼいマフラー音が何十台と外から聞こえてくる。
バイク女子のツーリングか? そう思い、ミルメコレオのメンバーは外に出た。
もうすぐ夕焼けの始まる時刻に、峠の下からバイクがのんびりやってきた。
「…なんだ、ありゃ…夏の交通安全強化月間とか?」
「みんな…学ラン、フルフェイスにドノーマルカブだ…何これ? 何かのコスプレ?」
排気量はバラバラだが、みんなスーパーカブだ。中には年代ものっぽいのもある。
あんまり形が変わらないからマニアでもない限りカブとしか言いようがなかった。
その一団は広い駐車場の端まで周り、一列にピシリと揃え、全員が降車し、ヘルメットを脱いだ。
その中の一人が、前に出て言った。
「ミルメコレオ、吉富くんかい?」
「俺に何か用か…え?…お前…田淵か? ザラタンの…」
きっちりと被っていたヘルメットを脱ぐと、見覚えのある顔…だが、違和感が半端ない。
半笑いの田淵がいた。
「ああ、その田淵だよ」
「……っぷ、ギャハハ! 亀がまぁるくなって甲羅だけになったのはほんとだったのか! なんだその七三! 標準学ラン! カブ!」
亀のおかしら学校、亀田工業高校は黒の学ランだ。その標準タイプを全員がきっちりと身につけ、白のスニーカー、髪は真っ黒七三分け。ワックスで塗り固めてある。それが、総勢20名。
ミルメコレオのメンバー達は大笑いし、まだ、その異常性に気づけなかった。唯一、吉富だけが様子を伺っていた。
「…ふふ。ところで……吉富くん、原田くん、柿崎くん。悪い事はしていないかい?」
田淵は学ランの内ポケットからよくわからない鏡付きの綿埃掃除と、櫛を取り出し、丁寧に髪型を直しながら、ミルメコレオのトップ3人にそんな事を言った。
「君…? あん? 悪いこと…? つーかお前らに比べりゃあ…あーわかった。トイレちゃんとかか…あの薄気味悪ぃ女とか…お前骨折れてるやつとか…好きとか…歪んでんもんな」
吉富はやっと合点が入った。何度かアホな女達からプッシュがあったが、変な予感がしたから無視していた。
だが、この状況だ。
こいつらのことだったのかと確信した。
それにしても女のためならここまでするやつだったのか。
たしかにトイレちゃんは可愛いかった。だけどあれは俺には無理だ。それにお前その格好逆に女がドン引きすんだろと、哀れに思った。
これだからダセーやつらは、と。
「ありゃ俺も勃たなかったわ。顔ちょー可愛いのにな」
「だって乳首まで真っ黒だもんよ。無理無理~ギャハハハ」
「そうか…女をいたぶるのをまだやめてなかったか。ここまで来たかいもあった」
田淵には何のことで、誰のことかはわからなかったがこいつらがクズだということはわかった。
それだけで十分だった。
「──ハハって……何? もしかしてやんの? 俺らと? 噂知ってるぜ? お前らたった一人にやられたって言うじゃねーか」
「そのトイレちゃんの身体は元からだぜ? 何か昔酷い火事に遭ったってよ。手は出してねーよ。可哀想だしな。だから写真だけ記念に撮っただけだって。ホラー写真。夏まで待ってたんだよ。バズるっしょ絶対」
「それにだっせ。人数呼んでもよー。一旦ベコられたら無理っしょ。暇だから相手してやるか? なあお前らぁ!」
「「「おおっ!!」」」
そんなミルメコレオのやる気に、ザラタンの田淵は、ニヤリと笑みをこぼし、チームに声を掛ける。
ここにいるメンバーは全て真っ白に漂白した面子で、全員で戦える事に興奮していた。
「はははは。そう来なくては。これは堪りませんよぉ。皆さん。やりますよぉ! 黒は────」
「「「白にィィィィィィ───!!」」」
田淵は空を見上げ思う。出来ればおかしらに見て欲しいが、当たり前のことをしているだけだ、誇ってはいけない、粛々と天誅を下すのだと、心に誓い、高揚感から涙した。
その田淵の目は泣きながらイッていた。いや、ザラタン全員だった。
「な、なんだこいつら、涙がキメェ! ウミガメの産卵かよ! やっちまえ!」
「お、おう!」
こうして、東のザラタン、西のミルメコレオ、初の抗争が始まった。
◆
「こいつら、しつけぇぞ! ゾンビか!」
最初はミルメコレオが押していた。人数でも勝っていたのと、標準の学ランが思ったより掴みやすく、転がし、数人がかりで殴る蹴るを繰り返していた。
動けなくすると次のターゲットに向かうが、いつの間にか倒したザラタンが復活していたのだ。
しかも笑いながら泣いて向かってくる。
そんな風に彼らが衝突し、数十分ほど経った時だった。
潰れたドライブインの上空に一本の半透明のデカい剣が浮かんでいる事に、ミルメコレオの誰かが気付いて声をあげた。
「なん…だ、ありゃ…剣? お、おい、写真! あれ見ろって! なんかデカい剣が浮いてん、ぞ?」
「ああ、本当だな…?」
長さは大型バイクくらいありそうで、夕日をキラキラと透過しながらゆっくりとその場で左旋回していた。
皆一様に喧嘩を止め、それを眺めていた。
「これ、バズるんじゃね…?」
「合成か何かだと思われんだろ。あれ、剣だよな?」
「おー、剣だ剣」
「しかし、不気味だな…」
声に反応したのか、視線に反応したのか。
その剣が鳴音とともに、勢いよく垂直に落ちてきた。
瞬間、潰れたドライブインを真ん中から大きな轟音とともに粉々にぶち壊した。
「なん、だ、よ…これ…」
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