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第三部 白龍の神殿が落ちる日
違和感
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「――ゆ、め……?」
アルバートは我に返った。慌てて周囲を見回す。
神殿の前に立っていた。神龍の間にいたはずなのに、なぜ自分がここにいるのかがわからなかった。まるで馬車を降りた直後まで時間が巻き戻ったかのようだ。
しかし、それは違うとすぐにわかった。
髪に何かがついていると手を当てると、雪華の髪飾りが指に当たった。先程、シュカが挿したものだった。
(さっきのは一旦……?)
そこでアルバートは、神殿に人影が見えず、静まりかえっていることに気がつく。いつもはひっきりなしに出入りしている神官が一人もいないのだ。遅れて馬車を降りたアレスタとマリカと、彼らを護衛してくれたセリアとカイル以外、誰も。心無しか神殿の空気はいつになく張り詰めているように思えた。
「珍しいね、みんな出払っているなんて聞いたことがないけど」
「どうした?」
訝しげな表情を浮かべる二人に異変を感じ取ったのか、カイルが声を掛けてきた。背中に背負った槍に手が伸びているところを見るに、念のために周囲を警戒してくれているのだろう。
「いつもひっきりなしに誰かが出入りしているのに、今日は誰もいないから……」
「探してみるか。結界の件もあるし、アレスタとマリカは先輩とここに残った方がいいだろう。中で万一荒事があった時にたぶん守りきれない」
アルバートが状況を伝えると、カイルの表情がより一層険しくなった。ただならぬ雰囲気にアレスタも何かを察したようだ。
「わかりました。アル、気をつけてね。カイルさん、よろしくお願いします」
「ああ。お前たちも気をつけろよ」
アレスタが頭を下げると、カイルは頷いて応じる。
「――それじゃ先輩、何かあったら連絡するんで、ここをお願いします」
「ええ、カイルも気をつけてね」
セリアが頷いたのを確認して、カイルはアルバートを伴うと神殿へと向かっていく。カイルに連れられて歩きつつ、アルバートは嫌な予感がしてならなかった。
◆
神殿の中は静まり返っていた。足音が一つ響く度に、空気は張り詰めていくようだ。カイルの槍を握る手に力が込められるのがわかったが、それはアルバートも同じだった。
礼拝堂や食堂を回ってみるも誰もない。二階にあるハデスの執務室も訪れてみたが、そこも無人だった。仕事に明け暮れるハデスは日中だいたいこの部屋にいるにも関わらず、だ。そして廊下の窓から中庭に目を向けて――アルバートは自分の目を疑った。
「なに、あれ――陥没?」
中庭には大きく崩落した跡があり、地下室のような無残な室内が晒されていた。そこには扉と思わしきものがあったが、足元に瓦礫が散乱し、酷い有様だ。
「つい最近陥没して出来たって感じだな」
カイルが顎を摩りながら言う。確かにその通りだとアルバートも思う。周囲の木の幹は折れ、花壇の花々は茶色く枯れていた。
「……神龍の間の方に行ってみよう」
陥没を見つめながらアルバートは呟いた。
神殿の最奥にある神龍の間は、神龍の居所であり、立ち入りが許されるのは神龍の愛し子だけである。しかし、その部屋の前には広場のような広いスペースがあり、集会などに使われることも多かった。
神殿で異変があったのだとしたら、神官たちはそこに集っている可能性があると考えたのだ。
アルバートがそう言うと、カイルは首を縦に動かした。二人は神龍の間に向けて進む足を早めた。
回廊を抜けると広場があり、広場の向こうにはそのスペースが広がっている。広場に足を踏み入れようとしたその瞬間、アルバートは自分の読みが正しかったと確信した。
「――これより魔族に与したティーア・アンクローゼの浄化を行います」
厳かに告げるハデスの声が響いて、アルバートは息をするのを忘れた。
アルバートは我に返った。慌てて周囲を見回す。
神殿の前に立っていた。神龍の間にいたはずなのに、なぜ自分がここにいるのかがわからなかった。まるで馬車を降りた直後まで時間が巻き戻ったかのようだ。
しかし、それは違うとすぐにわかった。
髪に何かがついていると手を当てると、雪華の髪飾りが指に当たった。先程、シュカが挿したものだった。
(さっきのは一旦……?)
そこでアルバートは、神殿に人影が見えず、静まりかえっていることに気がつく。いつもはひっきりなしに出入りしている神官が一人もいないのだ。遅れて馬車を降りたアレスタとマリカと、彼らを護衛してくれたセリアとカイル以外、誰も。心無しか神殿の空気はいつになく張り詰めているように思えた。
「珍しいね、みんな出払っているなんて聞いたことがないけど」
「どうした?」
訝しげな表情を浮かべる二人に異変を感じ取ったのか、カイルが声を掛けてきた。背中に背負った槍に手が伸びているところを見るに、念のために周囲を警戒してくれているのだろう。
「いつもひっきりなしに誰かが出入りしているのに、今日は誰もいないから……」
「探してみるか。結界の件もあるし、アレスタとマリカは先輩とここに残った方がいいだろう。中で万一荒事があった時にたぶん守りきれない」
アルバートが状況を伝えると、カイルの表情がより一層険しくなった。ただならぬ雰囲気にアレスタも何かを察したようだ。
「わかりました。アル、気をつけてね。カイルさん、よろしくお願いします」
「ああ。お前たちも気をつけろよ」
アレスタが頭を下げると、カイルは頷いて応じる。
「――それじゃ先輩、何かあったら連絡するんで、ここをお願いします」
「ええ、カイルも気をつけてね」
セリアが頷いたのを確認して、カイルはアルバートを伴うと神殿へと向かっていく。カイルに連れられて歩きつつ、アルバートは嫌な予感がしてならなかった。
◆
神殿の中は静まり返っていた。足音が一つ響く度に、空気は張り詰めていくようだ。カイルの槍を握る手に力が込められるのがわかったが、それはアルバートも同じだった。
礼拝堂や食堂を回ってみるも誰もない。二階にあるハデスの執務室も訪れてみたが、そこも無人だった。仕事に明け暮れるハデスは日中だいたいこの部屋にいるにも関わらず、だ。そして廊下の窓から中庭に目を向けて――アルバートは自分の目を疑った。
「なに、あれ――陥没?」
中庭には大きく崩落した跡があり、地下室のような無残な室内が晒されていた。そこには扉と思わしきものがあったが、足元に瓦礫が散乱し、酷い有様だ。
「つい最近陥没して出来たって感じだな」
カイルが顎を摩りながら言う。確かにその通りだとアルバートも思う。周囲の木の幹は折れ、花壇の花々は茶色く枯れていた。
「……神龍の間の方に行ってみよう」
陥没を見つめながらアルバートは呟いた。
神殿の最奥にある神龍の間は、神龍の居所であり、立ち入りが許されるのは神龍の愛し子だけである。しかし、その部屋の前には広場のような広いスペースがあり、集会などに使われることも多かった。
神殿で異変があったのだとしたら、神官たちはそこに集っている可能性があると考えたのだ。
アルバートがそう言うと、カイルは首を縦に動かした。二人は神龍の間に向けて進む足を早めた。
回廊を抜けると広場があり、広場の向こうにはそのスペースが広がっている。広場に足を踏み入れようとしたその瞬間、アルバートは自分の読みが正しかったと確信した。
「――これより魔族に与したティーア・アンクローゼの浄化を行います」
厳かに告げるハデスの声が響いて、アルバートは息をするのを忘れた。
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