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第四部 最後の神聖魔法
空虚
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光が止み、目を開く。冷たい石の感触がしたかと思うと、薄暗い闇に包まれた。
湿ったカビ臭い臭いが鼻につく。足音の反響する音が耳をくすぐった。
嗅覚も聴覚も久しぶりの刺激だった。およそ一週間振りであったが、それは時間感覚の失われたアルバートにはわからなかった。
「ここ……は……」
掠れた声が漏れた。同時に、ぼんやりとした輪郭が闇の中でうっすらと見え始めた。地下牢だ。戻ってきたのだと理解するのに時間がかかった。
「アル……?」
驚きに満ちたロゼッタの声がする。彼女の姿は見えないが、その声だけははっきりと聞こえた。アルバートは重い身体を引きずるようにしてゆっくりと立ち上がり、声のした方へと足を向けた。
「ロゼ……ッタ……様?」
自分のものとは思えないほど掠れた声だった。それでも彼女は聞き取ってくれたようで、足音がこちらに近づいてくるのがわかった。
「アル!」
ロゼッタはアルバートの身体に抱きついた。彼はそれを受け止めきれずにそのまま尻もちをついたが、そんなことはお構いなしに彼女は強く抱き締めてきた。アルバートも恐る恐る彼女の背に手を回した。温もりを直に感じて、なぜか無性に泣きたくなった。
「ロゼッタ様……なんで……」
聞きたいのはそれだけではない。どうしてここにいるのか、なぜ自分を助けようとしてくれたのか、聞きたいことがありすぎて何から聞けばいいのかわからなかった。
そんなアルバートの様子を汲み取ったように、ロゼッタは言った。
「『白亜の牢獄』という魔法があなたを拘束してたの。でもそれは、お父様が下したあなたへの罰では無いわ。ソルニア様が世界の結界の維持のために独断で行ったことよ。だからあなたを解放したの」
「なんで……そんな、ことを」
アルバートは信じられないという顔でロゼッタを見た。彼女は真剣な眼差しで答えた。
「アルは前に、『神の規則』を発動させようとして、失敗しているでしょ?認証情報が無くて。私は逆に、魔法陣が描けない代わりに、それを持っているみたいなのよ」
アルバートは目を見開いた。その一言で、彼女の言いたいことがわかったからだ。
「あの白い空間は『神の規則』で作られた空間……」
「ええ、そうよ。ソルニア様が発動術式を組んだ水晶に触れた時に発動したの」
「……だったら、俺があそこに入れられたのはソルニア様なりのお考えがあってのことです。俺には、もう生きる意味がないんだ」
アルバートは自嘲するように笑った。それを見て、ロゼッタはひどく傷ついたような表情を浮かべる。
沈黙が牢屋の中に落ちた。
◆
「――アル、この世界を変えましょ。あなたが犠牲にならなくていい世界、何ものにも縛られず、自由に生きていける世界を作るの」
沈黙を破ったのはロゼッタだった。彼女はアルバートの両手を強く握りながら、真っ直ぐに目を見て言う。力強いその目を、アルバートは吸い込まれるように見つめた。
「で、でも……そんな世界を作るなんて、俺にできるわけが……」
「できるわ!できると思うから、困難ことも達成することができるのよ」
そう言うと、ロゼッタは両手で握っていたアルバートの掌を開かせるように掴んだ手を入れ替えた。そしてもう片方の手でその指を絡めるように握った。
「あ……」
子供のように高い体温が伝わる。触れるたびにドキドキと鼓動が高まった。こんな感情は今まで経験したことがなかったから戸惑ってしまう。けれど不思議と心地よいような気もした。
(鮮やかな……金色……)
モノクロだった世界が彼女の姿だけ色を帯びているように見えた。白龍の神殿での一件以降、ずっとモノクロだった世界。匂いも色も味覚も失われた世界が色づいて見えた。
彼女の姿が、前に進む勇気をくれた気がした。
「ロゼッタ様……ひとつだけ、試したいことがあるんです」
アルバートはロゼッタの手を握り返した。その行動に彼女は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって頷いた。
「ええ、もちろんよ」
「でも、もしそれがうまくいかなかったら……」
「その時はまた次の方法を探せばいいわ」
即答するロゼッタに、アルバートは苦笑を浮かべた。久しぶりの笑顔は、どこか引き攣ってしまった気がした。
「それで、何を試したいの?」
「……蘇生です」
「え……?」
「魂は死後、輪廻して再びこの世に転生する――でも、『神の規則』ならその理を一時的に変えることが出来ないかなって。ハデス様も、みんなも……ずっと考えていた魔法陣があるんです。でも、俺には体系にアクセスする資格が無いからロゼッタ様の力を貸して欲しいんです」
アルバートはそう言ってロゼッタを見る。彼女は目を見開いていた。突然の提案に驚いているのだろうと思った。けれど、すぐに信じられないほどの満面の笑みを向けてきて、アルバートは戸惑ったようにたじろいだ。
「もちろんよ!」
「え……あの、いいんですか?」
「ええ!成功したら儲けものでしょ?」
そう言ってロゼッタは微笑んだ。その笑顔を見て、アルバートも自然と笑みがこぼれた気がした。
湿ったカビ臭い臭いが鼻につく。足音の反響する音が耳をくすぐった。
嗅覚も聴覚も久しぶりの刺激だった。およそ一週間振りであったが、それは時間感覚の失われたアルバートにはわからなかった。
「ここ……は……」
掠れた声が漏れた。同時に、ぼんやりとした輪郭が闇の中でうっすらと見え始めた。地下牢だ。戻ってきたのだと理解するのに時間がかかった。
「アル……?」
驚きに満ちたロゼッタの声がする。彼女の姿は見えないが、その声だけははっきりと聞こえた。アルバートは重い身体を引きずるようにしてゆっくりと立ち上がり、声のした方へと足を向けた。
「ロゼ……ッタ……様?」
自分のものとは思えないほど掠れた声だった。それでも彼女は聞き取ってくれたようで、足音がこちらに近づいてくるのがわかった。
「アル!」
ロゼッタはアルバートの身体に抱きついた。彼はそれを受け止めきれずにそのまま尻もちをついたが、そんなことはお構いなしに彼女は強く抱き締めてきた。アルバートも恐る恐る彼女の背に手を回した。温もりを直に感じて、なぜか無性に泣きたくなった。
「ロゼッタ様……なんで……」
聞きたいのはそれだけではない。どうしてここにいるのか、なぜ自分を助けようとしてくれたのか、聞きたいことがありすぎて何から聞けばいいのかわからなかった。
そんなアルバートの様子を汲み取ったように、ロゼッタは言った。
「『白亜の牢獄』という魔法があなたを拘束してたの。でもそれは、お父様が下したあなたへの罰では無いわ。ソルニア様が世界の結界の維持のために独断で行ったことよ。だからあなたを解放したの」
「なんで……そんな、ことを」
アルバートは信じられないという顔でロゼッタを見た。彼女は真剣な眼差しで答えた。
「アルは前に、『神の規則』を発動させようとして、失敗しているでしょ?認証情報が無くて。私は逆に、魔法陣が描けない代わりに、それを持っているみたいなのよ」
アルバートは目を見開いた。その一言で、彼女の言いたいことがわかったからだ。
「あの白い空間は『神の規則』で作られた空間……」
「ええ、そうよ。ソルニア様が発動術式を組んだ水晶に触れた時に発動したの」
「……だったら、俺があそこに入れられたのはソルニア様なりのお考えがあってのことです。俺には、もう生きる意味がないんだ」
アルバートは自嘲するように笑った。それを見て、ロゼッタはひどく傷ついたような表情を浮かべる。
沈黙が牢屋の中に落ちた。
◆
「――アル、この世界を変えましょ。あなたが犠牲にならなくていい世界、何ものにも縛られず、自由に生きていける世界を作るの」
沈黙を破ったのはロゼッタだった。彼女はアルバートの両手を強く握りながら、真っ直ぐに目を見て言う。力強いその目を、アルバートは吸い込まれるように見つめた。
「で、でも……そんな世界を作るなんて、俺にできるわけが……」
「できるわ!できると思うから、困難ことも達成することができるのよ」
そう言うと、ロゼッタは両手で握っていたアルバートの掌を開かせるように掴んだ手を入れ替えた。そしてもう片方の手でその指を絡めるように握った。
「あ……」
子供のように高い体温が伝わる。触れるたびにドキドキと鼓動が高まった。こんな感情は今まで経験したことがなかったから戸惑ってしまう。けれど不思議と心地よいような気もした。
(鮮やかな……金色……)
モノクロだった世界が彼女の姿だけ色を帯びているように見えた。白龍の神殿での一件以降、ずっとモノクロだった世界。匂いも色も味覚も失われた世界が色づいて見えた。
彼女の姿が、前に進む勇気をくれた気がした。
「ロゼッタ様……ひとつだけ、試したいことがあるんです」
アルバートはロゼッタの手を握り返した。その行動に彼女は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに笑顔になって頷いた。
「ええ、もちろんよ」
「でも、もしそれがうまくいかなかったら……」
「その時はまた次の方法を探せばいいわ」
即答するロゼッタに、アルバートは苦笑を浮かべた。久しぶりの笑顔は、どこか引き攣ってしまった気がした。
「それで、何を試したいの?」
「……蘇生です」
「え……?」
「魂は死後、輪廻して再びこの世に転生する――でも、『神の規則』ならその理を一時的に変えることが出来ないかなって。ハデス様も、みんなも……ずっと考えていた魔法陣があるんです。でも、俺には体系にアクセスする資格が無いからロゼッタ様の力を貸して欲しいんです」
アルバートはそう言ってロゼッタを見る。彼女は目を見開いていた。突然の提案に驚いているのだろうと思った。けれど、すぐに信じられないほどの満面の笑みを向けてきて、アルバートは戸惑ったようにたじろいだ。
「もちろんよ!」
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そう言ってロゼッタは微笑んだ。その笑顔を見て、アルバートも自然と笑みがこぼれた気がした。
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