94 / 106
第四部 最後の神聖魔法
介抱
しおりを挟む
「ロゼッタ様……その子供は魔族の力を……!!」
「落ち着いてください。あれはただの精霊魔法です。もっとも……私も初めて見たので断言はできませんが。魔族固有の魔法はもっと精神攻撃が主体ですから、あのような直接的な攻撃は、彼らはあまりしてきませんよ」
修道士は怯え切った表情でアルバートを指さす。それを諫めるようにロゼッタは首を横に振った。
「それよりも、あなたは何故彼に手を出したのです?彼の処遇はすでに皇帝陛下が決定されています。私刑は重罪です」
「あなた方は白龍様を貶めたあの子供を許すおつもりか!」
「――やめなさい、クーゲル」
声を荒らげる修道士、クーゲルを落ち着いた声で諫めたのはソルニアだった。
「神の教えを説く我らにとって神を祀る神殿は崇高なもの。それを穢され憤る気持ちはわかります。ですが、だからと言って私怨で人を裁くのは異端の考えです」
「しかし……!」
食い下がろうとするクーゲルをソルニアは睨みつける。その視線に気圧されて、彼は閉口した。
「ソルニア様、この子は治療が終わるまで私に任せてもらって構いませんね?」
「ええ、もちろんです。ただし……教会は神官としての責務を全うできなかった彼を決して許すことはできないでしょう。それはお忘れなきよう」
ソルニアの忠告にロゼッタは頷く。
「ええ、もちろんです。私は彼の監視役としてここに派兵されています。今回は皆さんに危害がおよびそうでしたので仲裁に入りましたが、本来であれば傍観するのが陛下の命。ここで起きるすべてのことが彼への裁きです」
ですが、と彼は付け加え、クーゲルを睨んだ。
「弱者を虐げて喜ぶのは下衆のすることでしょう。神に祈りを捧げ、民衆を導くあなた方はそんな低俗な存在ではないはず」
そう言うと、ロゼッタはアルバートを寝台に寝かせ、クーゲルとソルニアに退室を命じた。
白猫はアルバートを労るようにぺろぺろと顔を舐める。その様子を見て、ロゼッタは困ったように眉を下げた。
「貴方も彼が好きなのね」
優しく猫をなでるが、猫は一向に舐めようとするのをやめない。仕方なくロゼッタはそのままにしておいた。
(それにしても……あの力が精霊のものだとして、アルの暴れ方が尋常じゃなかったわ)
脳裏に焼き付いた彼の姿。大人でも恐怖を感じるだろうその形相を思い出すと、ロゼッタは心臓を締め付けられるような思いになるのだ。
(……アルのあんな顔、初めて見た)
アルバートはいつだって穏やかで優しい笑みを浮かべていた。しかし、あの一瞬に見せた顔は、そんな印象とは真反対のものだ。
ロゼッタは白猫を抱き上げると、その小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
「ロゼッタ様」
扉の向こうから退室したはずのソルニアの声が響く。ロゼッタは我に返り、慌てて猫を膝の上に置くと「どうぞ」と返した。
扉が開き、ソルニアが部屋の中に入ってくる。
「先程はクーゲルが失礼しました。信仰の厚さゆえに犯した過ち、どうかお許しください」
「いえ……それで、改まってどうされたのですか?」
ソルニアはベッドに横たわるアルバートを覗き込むように見ると、その痩けた頬にそっと触れた。壊れ物でも扱うかのように優しくなでると、彼は眉根を寄せた。
「……この子の具合はどうですか?」
「命に別条はないでしょうが、怪我が酷いですから、しばらくは目覚めないかと――あ、こらっ、舐めちゃダメ!」
白猫がロゼッタの腕をすり抜けてアルバートに駆け寄ると、その傷口を舐め始めた。ロゼッタは慌てて止めに入る。
しかし猫は全く意に介さずに傷口を舐め続ける。思わずソルニアに目を向けると彼はにっこりと微笑んでいた。
「私が言う資格など無いのですが、この子には多くの才があります。神聖魔法だけではない。神官でなくても、神龍の愛し子でなかったとしても、どこかで必ずその頭角を表したでしょう。ここで終えるなど勿体無い。惜しいものです」
ソルニアは笑みを深めると白猫を撫でようと手を伸ばす。しかし白猫はソルニアを睨むと、威嚇するようにしゃーっと声を荒げ、毛を逆立てた。
「私は彼女に嫌われているようですね」
「彼女?」
「あ……いえ、この猫は雌に見えたので」
ソルニアはうっかりと口を滑らせたことに焦り、慌てて口元を手で隠した。
しかしロゼッタは気に留めることなく会話を続ける。
「猫は人を選びますからね」
くすりとロゼッタが笑うとソルニアも釣られて笑みをこぼした。しかしすぐにその笑みは消え、彼はアルバートに視線を移した。
「ところで、ロゼッタ様。このままでは結界が壊れます。『白亜の牢獄』も解除し、彼をこのままにして無策でその日を迎えるというのです?」
「アルは昔、神の規則で浄化を使ったことがあるから大丈夫よ。それよりも世界を作り替えるの。誰も犠牲にならなくて良くて、魔族に怯える必要もない、そんな世界を」
ロゼッタの瞳が輝きを増した気がした。
ロゼッタの言葉に呼応するようにアルバートの身体が淡く光り出した。ロゼッタが驚きの声を上げると同時に光は徐々に弱まっていく。そして何事もなかったかのように消えてしまった。
「今のは……」
光が消えた後のアルバートの全身を見てみれば、負っていたはずの傷が無くなっていた。
「にゃあ」
驚愕を浮かべる二人をよそに、白猫は何事もなかったかのように鳴き声を上げた。
「落ち着いてください。あれはただの精霊魔法です。もっとも……私も初めて見たので断言はできませんが。魔族固有の魔法はもっと精神攻撃が主体ですから、あのような直接的な攻撃は、彼らはあまりしてきませんよ」
修道士は怯え切った表情でアルバートを指さす。それを諫めるようにロゼッタは首を横に振った。
「それよりも、あなたは何故彼に手を出したのです?彼の処遇はすでに皇帝陛下が決定されています。私刑は重罪です」
「あなた方は白龍様を貶めたあの子供を許すおつもりか!」
「――やめなさい、クーゲル」
声を荒らげる修道士、クーゲルを落ち着いた声で諫めたのはソルニアだった。
「神の教えを説く我らにとって神を祀る神殿は崇高なもの。それを穢され憤る気持ちはわかります。ですが、だからと言って私怨で人を裁くのは異端の考えです」
「しかし……!」
食い下がろうとするクーゲルをソルニアは睨みつける。その視線に気圧されて、彼は閉口した。
「ソルニア様、この子は治療が終わるまで私に任せてもらって構いませんね?」
「ええ、もちろんです。ただし……教会は神官としての責務を全うできなかった彼を決して許すことはできないでしょう。それはお忘れなきよう」
ソルニアの忠告にロゼッタは頷く。
「ええ、もちろんです。私は彼の監視役としてここに派兵されています。今回は皆さんに危害がおよびそうでしたので仲裁に入りましたが、本来であれば傍観するのが陛下の命。ここで起きるすべてのことが彼への裁きです」
ですが、と彼は付け加え、クーゲルを睨んだ。
「弱者を虐げて喜ぶのは下衆のすることでしょう。神に祈りを捧げ、民衆を導くあなた方はそんな低俗な存在ではないはず」
そう言うと、ロゼッタはアルバートを寝台に寝かせ、クーゲルとソルニアに退室を命じた。
白猫はアルバートを労るようにぺろぺろと顔を舐める。その様子を見て、ロゼッタは困ったように眉を下げた。
「貴方も彼が好きなのね」
優しく猫をなでるが、猫は一向に舐めようとするのをやめない。仕方なくロゼッタはそのままにしておいた。
(それにしても……あの力が精霊のものだとして、アルの暴れ方が尋常じゃなかったわ)
脳裏に焼き付いた彼の姿。大人でも恐怖を感じるだろうその形相を思い出すと、ロゼッタは心臓を締め付けられるような思いになるのだ。
(……アルのあんな顔、初めて見た)
アルバートはいつだって穏やかで優しい笑みを浮かべていた。しかし、あの一瞬に見せた顔は、そんな印象とは真反対のものだ。
ロゼッタは白猫を抱き上げると、その小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
「ロゼッタ様」
扉の向こうから退室したはずのソルニアの声が響く。ロゼッタは我に返り、慌てて猫を膝の上に置くと「どうぞ」と返した。
扉が開き、ソルニアが部屋の中に入ってくる。
「先程はクーゲルが失礼しました。信仰の厚さゆえに犯した過ち、どうかお許しください」
「いえ……それで、改まってどうされたのですか?」
ソルニアはベッドに横たわるアルバートを覗き込むように見ると、その痩けた頬にそっと触れた。壊れ物でも扱うかのように優しくなでると、彼は眉根を寄せた。
「……この子の具合はどうですか?」
「命に別条はないでしょうが、怪我が酷いですから、しばらくは目覚めないかと――あ、こらっ、舐めちゃダメ!」
白猫がロゼッタの腕をすり抜けてアルバートに駆け寄ると、その傷口を舐め始めた。ロゼッタは慌てて止めに入る。
しかし猫は全く意に介さずに傷口を舐め続ける。思わずソルニアに目を向けると彼はにっこりと微笑んでいた。
「私が言う資格など無いのですが、この子には多くの才があります。神聖魔法だけではない。神官でなくても、神龍の愛し子でなかったとしても、どこかで必ずその頭角を表したでしょう。ここで終えるなど勿体無い。惜しいものです」
ソルニアは笑みを深めると白猫を撫でようと手を伸ばす。しかし白猫はソルニアを睨むと、威嚇するようにしゃーっと声を荒げ、毛を逆立てた。
「私は彼女に嫌われているようですね」
「彼女?」
「あ……いえ、この猫は雌に見えたので」
ソルニアはうっかりと口を滑らせたことに焦り、慌てて口元を手で隠した。
しかしロゼッタは気に留めることなく会話を続ける。
「猫は人を選びますからね」
くすりとロゼッタが笑うとソルニアも釣られて笑みをこぼした。しかしすぐにその笑みは消え、彼はアルバートに視線を移した。
「ところで、ロゼッタ様。このままでは結界が壊れます。『白亜の牢獄』も解除し、彼をこのままにして無策でその日を迎えるというのです?」
「アルは昔、神の規則で浄化を使ったことがあるから大丈夫よ。それよりも世界を作り替えるの。誰も犠牲にならなくて良くて、魔族に怯える必要もない、そんな世界を」
ロゼッタの瞳が輝きを増した気がした。
ロゼッタの言葉に呼応するようにアルバートの身体が淡く光り出した。ロゼッタが驚きの声を上げると同時に光は徐々に弱まっていく。そして何事もなかったかのように消えてしまった。
「今のは……」
光が消えた後のアルバートの全身を見てみれば、負っていたはずの傷が無くなっていた。
「にゃあ」
驚愕を浮かべる二人をよそに、白猫は何事もなかったかのように鳴き声を上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる