神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第四部 最後の神聖魔法

殺意

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 すぐ近くで猫の鳴き声がして、ロゼッタは顔を上げた。猫は元々夜行性だし、一匹くらい迷い込んでいてもおかしくはない。しかし、顔を上げた先に映ったその姿に、ロゼッタは吸い込まれるように目線が釘付けになった。

 首に黒いリボンが巻かれた白い猫。その目は月光のように煌めいていて、何かを訴えかけているようだ。

 ロゼッタは猫を抱き上げると、そっと胸に抱いた。

「あなたはどこから迷い込んだのかしら」

 ロゼッタが尋ねると、猫は小さくにゃあと鳴いた。そして甘えるようにすり寄る。その仕草が可愛くて思わず頬が緩んだ。

「人懐こいわね。飼い主は近いのかしら」

 優しく撫でると、猫は愛らしく鳴いた。この猫にはどこか不思議な魅力があった。

 やがて猫はロゼッタの服の裾を咥えると、そのままどこかへ連れて行こうと引っ張り始めた。その可愛らしい仕草に笑みがこぼれる。

「どうしたの?」

 ロゼッタは猫に問いかけながらも、行き先について深く考えることなくついて行くことにした。

 ◆

 目の前をちらつく緑の光。それは精霊の放つ光だ。通常は相性の良いものしか視認することは叶わない。

 けれど――

 アルバートの目には、それが何種類もの光に見えた。赤、青、黄色、緑、紫に黒。ありとあらゆる光が瞬いた。

「吹き飛べ」

 アルバートの唇が動いた。その声が響いた瞬間、針は抜け、修道士は吹き飛んだ。

 アルバートは新たな魔法陣を組み立て始めた。まるで操作しているかのように魔法陣を構成する線が動き始める。そしてそれは彼の意思とは関係なく勝手に動いていくのだ。

 魔法陣に吸い寄せられるように赤い光が集まってくる。

「焼かれろ」

 赤い光が修道士の身体を焼き、彼は叫び声を上げた。

「あ……あぁ……なんだこれは……」

 炎が消え、修道士が息も絶え絶えな様子で顔を上げた。そして目に映った光景に絶句する。

 先ほどまで縫い留められていたところにアルバートの姿はなく、視線を上げると彼が宙に浮いた状態で立っていた。見開かれた彼の瑠璃色の瞳は不思議な輝きを帯びている。彼を取り巻く雰囲気はまるで別人のようだ。

 身体中から血が流れていたが、痛みを感じていないようだった。アルバートは右手を修道士に向かってかざした。

「魔族だ……魔族の魔法だ!!お前は魔族に魂を売ったんだ!!」

 修道士が叫んだ。恐怖で顔が歪んでいる。それは先ほどまでアルバートが浮かべていたのとまったく同じ表情だ。完全に逆転した上下関係に、アルバートは声を立てて笑った。

「あははっあはははっっ」

 かざした彼の右手には青い光の粒子と風が収束して小さな渦を巻き始める。うねりが上がり、室内の空気を震わせた。

 手に収束させた風を修道士に向かって放とうと、さらに風を練り上げた。密度を増した風は竜巻に近い渦を作っていく。

「切り裂け」

「やめなさい、アル!」

 発せられる短い命令。
 練り上げた風が明確な殺意を持って修道士に襲いかかったが、その命令は実現しなかった。彼の言葉に被せるように、部屋に飛び込んできた金髪の少女がアルバートに飛びかかったのだ。アルバートを止めに入ったその少女は、白猫に先導されて来たロゼッタだった。

 ロゼッタは床を蹴り、宙に浮くアルバートを抱き抱えると、そのまま床に引きずり下ろした。不意を突かれたアルバートは右手に収束させていた風を霧散させてしまう。

「放せ!」

 アルバートはロゼッタの手から逃れようと暴れる。しかし、ロゼッタは強く、強くアルバートを抱きしめた。華奢な腕からは想像もできないほど、抜け出すことはできないほどに強い力だった。

「落ち着いて、アル!」

「放せ!放せ!!」

 しかしアルバートは止まらない。ロゼッタにさえ殴りかかろうと身体を暴れさせる。

(どうしたらいいのよ……っ!)

 このままではジリ貧だ。いずれアルバートが振り解いてしまう。ロゼッタに焦燥が浮かんだ。

 ――にゃあ。

 その時だった。
 ロゼッタを先導してきた白猫がアルバートに擦り寄り、愛らしく鳴いた。

 その瞬間、彼の声は一瞬止まり、そして気を失う。気絶した彼の両手足は、力が抜けてだらりと垂れ下がった。

「アル……?」

 ロゼッタは戸惑いと安堵の両方が混ざった吐息を漏らして、アルバートをそっと横たわらせた。

 アルバートの傍には白猫がいつまでも佇んでいた。
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