神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第四部 最後の神聖魔法

食事2

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「……わかりません」

 それは再びの、何の温度もない答えだった。怒りも悲しみもなく、ただ機械的に答えたような声音だ。ロゼッタは唇を嚙み締めた。

「詳しく教えてくれない?怒らないし失望もしない。アル自身のことをもっと教えてほしい。あなたが恐れているようなことは一切しないと約束するから」

「……」

 アルバートは再び沈黙する。答えたくないというより、どのように回答すれば良いのか試案している素振りだった。

 アルバートは自らの手の中にある空になったティーカップを見下ろす。その目は遠い、どこか別の景色を見ているかのようだ。

「……きっと、さっきの紅茶は鮮やかな紅色をしているんです。飲むと少し熱くて舌を火傷しそうになるけれど、とても美味しくて。カップからは伝わる温もりが冷え切った手を温めて、湯気からは優しい香りが漂ってきて、きっとその香りは心を落ち着かせてくれるもので、一口飲むと体の芯から温まってきて、そして」

「もういいわ。わかった」

 アルバートの答えにロゼッタは胸が締め付けられる思いだった。それは彼の心の悲鳴だ。彼は自分の心を守るために感覚を捨ててしまったが、それでも捨てきれないものがあって、それを必死に押し殺しているようにも見えた。

「アル……ごめんなさい……」

 ロゼッタはそっと呟いた。その言葉を聞いた瞬間、アルバートの表情が初めて動いた。まるで人形のようだった顔が、驚愕の色で染められた。

「なんで……ロゼッタ様が謝るんですか?」

「逃げて良いって言いたいわ」

「え……」

 アルバートが目を見開く。その反応に、ロゼッタは自分が失言したことに気が付いた。

「……違うわね。ごめんなさい」

「ロゼッタ様は何も悪くないです。俺が……俺のせいですから」

 アルバートの口調はどこか投げやりだ。彼は視線を床に落とすと自嘲気味に笑った。

「ティーアを守ったこと、それを悔いたことは一度もありません。でも、そのせいで多くの人が失われて、俺は手段を間違えたんです。これはその罰。正当な報いなんです」

「アルは本当にそれで良いの?」

「何がですか?」

「アルが今壊そうとしているものは、一度失ったら最後、これから一生、笑うことも怒ることも、泣くこともできなくなる、そういうものよ」

 アルバートは無表情のままロゼッタの話を聞いていた。彼は少し考え込んでから口を開く。

「俺はただ求められることに従順であればいい。それがどれほどの痛みや屈辱を伴うものだったとしても、悪意も憎悪も、それを辛さとして受け取るのは心だから。心さえ無ければあらゆることが息をするのと同じくらい自然なことに変わるんです」

「……違う。人が痛みを感じるのは、そこに危険があるからよ。命が脅かされるかもしれないと自分自身に警告を送るために痛みがあるんの」

 ロゼッタの言葉にアルバートは考え込むように沈黙した。

「心を殺すって言うのは、自分の命に危険が迫っていても何も感じなくなるってことよ。逃げなきゃいけない時に逃げられないのよ。自分が死ぬかもしれなくても、それがわからなくなるの。あなたは本当にそれでいいの?」

「……仮に逃げたいと思っても、俺にその選択権はありません。あの人の憤りはわかります。大事なものを奪われたんです。俺にはそれを受け止める責任がある」

 アルバートはぽつりと呟いた。

「もういいんです。クーゲルさんが俺に恐怖する姿を見て、俺は優越感に浸っていました。ロゼッタ様が止めなかったら、俺はあの人を殺めていたでしょう……それを喜んでいた俺自身が、俺は一番恐ろしい」

 二人の間に沈黙が落ちる。
 先に沈黙を破ったのはアルバートだ。――ただし、彼はロゼッタの予想を裏切る形で口を開いた。

「俺のことを心配してくださってありがとうございます」

 優しい言葉とは裏腹に、その声音にはやはり感情がこもっていない。まるで、人形が喋っているかのようだ。

 この話はこれで終わり――彼が暗にそう告げているように思えて、ロゼッタは諦め、そっと言葉を漏らす。

「もう寝なさい。全員蘇らせて、謝れば良いのよ」

 まるで叶わない願いに縋るような気分だった。

 アルバートは渋々だが横になるとすぐ、寝息を立て始めた。驚異的な回復力を発揮したが、やはり体力の消耗も著しかったのだろう。

 眠りについた彼を見届けてロゼッタも一度アルバートの傍を離れることにした。
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