神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第一部 神龍の愛し子と神聖魔法

05.聖印

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「……ん」

 アルバートはゆっくりと瞼を開ける。
 するとそこには見慣れない天井があった。
 辺りを見渡すと、そこは神殿の医務室のようだった。

「ここは……?」

「あ、アル起きた?」

 全身が怠い上に頭もズキズキする。
 アルバートはゆっくりと身体を起こすと周りを見渡した。
 アルバートの動きに気づいた神官見習いの少女がそれに気づいて近づいてきた。

「あ……マリカ、ここは……?」

「医務室だよ」

 マリカ・メリアスはそう言うと、アルバートの額に手を当てる。
 ひんやりとした冷たい手が心地よくて、思わず目を細める。

「まだ熱高いね。お医者様呼んでくるから待ってて」

 マリカはそう言って医務室を出て行った。

(ここは……どこだっけ)

 ぼーっとする頭で考える。
 頭が痛くて思考がまとまらない。
 アルバートは何とか思い出そうと記憶を探るが、すぐに眠気に負けて再び夢の中へ落ちていった。

 ◆

 再び目を覚ますと、マリカがベッドサイドの椅子に座っていた。

 アルバートは身体を起こす。
 まだ少し頭が痛いものの、今はそれ以上に倦怠感が酷かった。

「良かった。まだ熱あるけど、少し楽になったみたいだね」

 マリカは安心したように言うと、水の入ったコップをアルバートに手渡す。
 アルバートはそれを受け取ると口に含んだ。
 冷たい水が喉を通り抜けていく感覚が心地よい。

「ありがとう」

 アルバートはコップをマリカに返すと、再びベッドに横になった。

「魔力の枯渇だって」

「魔力の枯渇?」

 聞きなれない言葉に首を傾げる。

「うん。アルはシュカ様に祈りを捧げたでしょ? その時にマナを生み出しすぎて、身体に負担がかかったんだよ」

「そうなんだ……」

 アルバートは自分の手のひらを見つめる。
 まだ微かに残る光の粒が、彼の身体の中に流れ込んでいった感覚を思い出す。

「アルってば昨夜、神龍の間で倒れてたんだよ? あんな時間に何してたの? すごく心配したんだからね!」

「ご、ごめん……」

 ぼんやりと自身に起きた出来事を思い出そうとしていると、マリカは頬を膨らませて怒ったように言ってきた。
 アルバートは慌てて謝ると、彼女はすぐに表情を戻して笑う。
 その笑顔につられて、アルバートも笑った。

「ハデス様がもうすぐ来るから、その時ちゃんと説明するのよ」

 マリカはそう言うと、医務室から出て行った。
 アルバートは再びベッドに横になるが、どうにも落ち着かない。

(昨夜……確かシュカ様が祈りを捧げろって)

 アルバートはぼんやりとした頭で考えるが、何も思い出せない。
 しかしあの少女に祈りを捧げたことは覚えている。

 アルバートは視線を落とす。そして自身の手の甲に目を止めた。

「これは……!!」

 そこには、龍を象った聖印が刻まれていた。

 ◆

「アル、入りますよ」

 マリカが去ってからしばらくすると、ハデスが医務室に入ってきた。
 彼はベッドに横になっているアルバートを見ると、安心したような表情を浮かべた後、すぐに厳しい表情になった。

「アル、なぜ約束を破り、神龍の間に入ったのですか?」

「それは……」

 ハデスに問われてアルバートは口籠もる。
 しかしハデスの真っ直ぐな視線に耐えられず、観念したように口を開いた。

「ごめんなさい。でも……俺のマナがあの部屋に流れてて、中に入ったらシュカ様が居て、マナを捧げて欲しいって言われて、それでこれが……」

 アルバートはハデスに右手の甲に浮かんだ聖印を見せた。
 すると彼は驚いたように目を見開いた後、優しく微笑んだ。

「まさか……そうですか。よくやりました、アル」

 ハデスはアルバートの手を取ると、その甲に刻まれた印に触れた。

「ですが導かれたとはいえ、まさか神龍の間に侵入するとは思いませんでした」

「ごめんなさい……」

 アルバートは素直に謝り、そして俯いた。すると、彼の頭に大きな手が乗せられる。
 温かくて、大きな手だった。
 見上げるとそこには優しい顔をしたハデスがいた。

 彼はアルバートを抱き締めた。
 突然の抱擁に、アルバートは困惑して目を丸くする。

「ハデス様?」

「朝、アルの部屋を訪れたらあなたが居なくて、神官総出で探したのですよ。心配で心配で……。誰かに攫われてしまったのかとさえ思いました」

「ごめんなさい……」

 アルバートは再度謝った。
 強く抱きしめられてハデスの顔は見えなかったが、彼が涙を流しているように思えた。

「あなたが神託の間で倒れていたと聞いた時は、心臓が止まるかと思いました。神龍の間は文字通り、神龍様に一番近い場。そこに神龍様は住んでおられます。そのような神聖な場所でマナを奉納できるのは、神龍様に選ばれた者のみです。ですがこの選定は一生に一度のものです。もし生半可な実力で立ち入り、神龍様の許しを得られなかったら、あなたは一生涯、聖印を授かることは叶わなかったのです」

「じゃあ……俺は……」

「ええ、あなたは神龍様に選ばれたのです」

「……っ!」

 ハデスは優しい笑みを浮かべて彼の頭を撫でる。
 そしてゆっくりと身体を離し、再び彼の目を見た。
 アルバートには、彼のその瞳に深い愛情が込められているように感じられた。

「勝手なことして、ごめんなさい」

 目に大粒の涙を溜めて、彼は何度も謝った。

「そうですよ、反省してください。本当に……無事で良かったです」

 ハデスの声は震えていた。
 アルバートはその声を聞いて、胸が締め付けられるような気持ちになった。
 成り行きだったとはいえ、自分を庇護してくれるハデスを心配させるような行いをした自分を悔いた。
 そして彼はおずおずと彼の背中に手を回すと、ぎゅっと抱きしめ返した。

「明日、あなたを正式に神官に任命します。神龍様にお仕えする最年少の神官として、神龍の愛し子として、まずは神聖魔法を使えるよう修行しなければなりません。アルにはこれから多くのことを学んでもらうことになりますが……覚悟はできていますか?」

「神官……俺が……?」

「ええ、そうです。聖印を授かったのなら、その資格は十分にあります。世界中があなたに注目するでしょう。神龍様に選ばれた最高位の神官として、模範的な立ち居振る舞いを常に求められると思います。同年代の子たちのように自由に遊び、泣き、笑うことが許されない生活には息苦しさを覚えるかもしれません。けれど、アルならきっとできると思っています」

 ハデスは抱擁を解くと、アルバートを真っ直ぐに見つめた。
 彼の瑠璃色の瞳は誠実で濁りが無く、アルバートは思わずその目に魅入られた。
 そして、その瞳に自分が映っていることを嬉しく思う。

「はい、頑張ります」

 そしてこの瞳だけは裏切らないようにしようと、アルバートは自分の胸に誓った。
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