神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

文字の大きさ
11 / 106
第一部 神龍の愛し子と神聖魔法

11.花2

しおりを挟む
 そこは日当たりもよく、木々の生い茂る場所だった。

「綺麗なところだね。でも勝手に神殿を出て良かったのかな……」

 美しい景色に目を奪われつつも、アルバートは心配そうに振り返る。
 光の帯に覆われた修行場は、帯の外から見ると、霧が立ち込めているかのように半透明に揺らいでいる。

「大丈夫!ハデス様は日中は外出しているそうだし、夕食までに戻れば誰も気づかないわ」

 心配するアルバートに、彼女は自信満々といった様子で答える。
 彼女がそう言うのであれば間違いはないのだろうと納得するが、依然アルバートの表情は晴れないままだ。

(バレなきゃ良い、で良いのかな……)

 そんなことを思いながら歩き続けていると、開けた場所に出た。
 するとそこには色とりどりの花々が咲き乱れていた。
 それを見たアルバートは目を輝かせる。

「すごい……!!」

 感嘆の声を上げるアルバートを見て、ティーアは満足げな表情を浮かべる。

「ね、綺麗でしょう?」

 ティーアの言葉を聞き、アルバートは笑顔で頷く。
 そんな様子に彼女はさらに笑みを深めた。
 ティーアはアルバートの手を引き、花畑の中を歩き出す。
 するとそこにはたくさんの果実を実らせた木々が生えていた。

「あ、林檎の木だ!!」

 赤い果実を指差して、アルバートは木の根元まで駆け寄る。
 アルバートと手を繋いでいたティーアは、そんな彼に引っ張られるように彼の後を追った。
 彼は一本の木の前で立ち止まると、嬉しそうに微笑んだ。
 その木の幹には赤く熟れた林檎がぶら下がっている。
 その姿はまるで禁断の果実のようで、神秘的なものにすら感じられる。

「美味しそう……」

 アルバートは背伸びをして、目一杯手を高く伸ばすが、あともう少し届かない。
 飛び跳ねたり、つま先立ちをするが、それでも指先がほんの少し触れるのが限界だった。
 そんな一生懸命な彼の姿が可愛らしくて、ティーアは微笑ましい気持ちになる。

「私が採ってあげるわ」

 そう言って彼女は木に手を伸ばし、器用に林檎をもぎ取ってみせる。

「すごい!ありがとう!」

 アルバートが目を輝かせると、ティーアは微笑んで、懐から取り出したナイフで皮を剥き始める。
 アルバートはその様子を期待を込めた眼差しで食い入るように見つめる。
 彼女の手に握られた果物がみるみる姿を変えていく様はまるで魔法のようだ。
 あっという間に白い実だけが残り、小さく切り分ける。
 ティーアはそれをそっとアルバートの前に差し出した。

「はいどうぞ」

 彼女から果物を受けとり、アルバートはそれを口に運ぶ。
 シャクリとした食感と甘酸っぱい味が口内に広がった。
 それはとても美味しくて、思わず笑みが浮かぶ。

「美味しい!」

 そんな彼の姿を見て、ティーアもまた嬉しそうに笑った。

「今日はね、アルにこの景色を見せてあげたかったんだ。アルは神殿の外に出たことがないでしょ?」

 ティーアはそう言って笑う。アルバートは一瞬小首を傾げるが、それが彼女の気遣いなのだということにすぐに気づく。

「ティーア、ありがとう!」

 彼は花が咲いている場所に向かって腰を下ろすと、林檎にかぶりつきながら再びその風景を眺めた。
 温かな風が彼の頬を撫で、ティーアの飴色の髪を優しく揺らす。
 まもなく冬が訪れるのに、その場所はまるで春のような暖かさで満たされている。

「ねえアル」

「なあに?」

 林檎を頬張る彼に微笑みかけながら、ティーアは言葉を続けた。

「アルは、神殿の生活が息苦しくないの?」

「息苦しい……?」

 アルバートはティーアの言葉を復唱すると、不思議そうな表情を浮かべる。

「うん。だって、アルはずっと神殿の中にいるじゃない?」

 その言葉にアルバートは考え込むような仕草をする。
 そして少し考えた後、彼は口を開いた。

「神殿の外はとても怖いところだってハデス様が言ってた」

「……」

 ティーアはその言葉を聞き、アルバートの目を真っ直ぐに見つめる。
 しかし、彼の目からは感情が読み取れなかった。

「だから、神殿から出ちゃダメだって」

「じゃあさこの場所は怖い?」

「ううん。怖くないよ」

 アルバートは即座に否定した。
 そんなアルバートの返答に安心したのか、彼女はほっと胸を撫で下ろすと言葉を続けた。

「アルは……その、外の世界を見てみたいと思ったことはないの?」

 ティーアは聞いてみるが、アルバートはキョトンとした表情を浮かべた。
 彼は幼い頃からずっとこの神殿で暮らしてきたので、外の生活を知らないのだ。
 故に外の世界がどのようなものなのか想像ができなかったようだ。
 そしてしばらく考えた後に首を横に振った。

「……わかんない」

 そんな答えにティーアは少し驚いた表情を見せた後、小さく笑った。

「じゃあ、アル。私が見せてあげるわ」

 ティーアはそう言って微笑むと、アルバートの手を握った。
 そしてそのまま歩き出すと森の中を進んで行く。

 しばらく歩いたところで視界が開けた場所に出る。
 そこには一面に色とりどりの花が咲き乱れており、その美しさに目を奪われるほどだった。

「綺麗でしょう?」

 ティーアは得意げな表情を浮かべると、花々の間を通り抜けていく。
 彼女がくるりと踊ってみせると、花びらが舞い上がった。
 アルバートはその様子を食い入るように見ていた。
 美しい花々もそうだが、それよりも彼女が見せた笑顔に目を奪われる。
 楽しそうに踊る彼女を見ているとこちらまで楽しくなってしまうのだ。

「この場所はね、私のお気に入りの場所なの」

 ティーアはそう言って腰を下ろすと、アルバートもその隣に腰を下ろした。
 二人並んで座りながら花畑を眺める。
 風が吹くたびに花びらが舞い上がり、まるで二人の視界を彩るようにふわふわと落ちてくる。その光景はまるで一枚の絵画のように美しかった。

「そうだ!」

 アルバートは一輪の白い花を摘むと、それをティーアに差し出した。

「これあげる!」
「えっ?」

 アルバートはティーアに寄りかかるように背伸びをすると、彼女の髪にその花を挿してやる。白い花は彼女の橙色の髪によく似合っていた。

「アル、ありがとう!」

 アルバートの行動に彼女は頬を赤く染めて、はにかんだような笑顔を見せる。

「ティーア、とっても綺麗だよ!」

 その言葉にティーアはますます嬉しそうに笑う。彼女はそのまま立ち上がるとアルバートの手を取った。

「ねえ、もっと奥に行きましょ!」

 そう言ってアルバートの手を引きながら歩き出すと、二人は森のさらに奥に踏み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
 現実に疲れ果てた俺がたどり着いたのは、圧倒的な自由度を誇るVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。  選んだ職業は、幼い頃から密かに憧れていた“料理人”。しかし戦闘とは無縁のその職業は、目立つこともなく、ゲーム内でも完全に負け組。素材を集めては料理を作るだけの、地味で退屈な日々が続いていた。  だが、ある日突然――運命は動き出す。  フレンドに誘われて参加したレベル上げの最中、突如として現れたネームドモンスター「猛き猪」。本来なら三パーティ十八人で挑むべき強敵に対し、俺たちはたった六人。しかも、頼みの綱であるアタッカーたちはログアウトし、残されたのは熊型獣人のタンク・クマサン、ヒーラーのミコトさん、そして非戦闘職の俺だけ。  「逃げろ」と言われても、仲間を見捨てるわけにはいかない。  死を覚悟し、包丁を構えたその瞬間――料理スキルがまさかの効果を発揮し、常識外のダメージがモンスターに突き刺さる。  この予想外の一撃が、俺の運命を一変させた。  孤独だった俺がギルドを立ち上げ、仲間と出会い、ひょんなことからクマサンの意外すぎる正体を知り、ついにはVチューバーとしての活動まで始めることに。  リアルでは無職、ゲームでは負け組職業。  そんな俺が、仲間と共にゲームと現実の垣根を越えて奇跡を起こしていく物語が、いま始まる。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

処理中です...