神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

文字の大きさ
24 / 106
第一部 神龍の愛し子と神聖魔法

24.神聖魔法『浄化』2

しおりを挟む
 その時、視界の隅で白い子猫が動いて、思考が止まった。
 猫は考えなしの彼を諌めるように彼の肩に飛び乗ると、つぶらな瞳でアルバートを見た。

「猫……?」

 アルバートは戸惑いながらも猫を見た。
 白いふわふわの、毛並みの良さそうな猫だ。首には黒いリボンが巻かれていることから、飼い猫であると推測する。

 そんな場違い極まりないものに何故かアルバートの視線は奪われた。
 猫はアルバートの肩から降りると魔法陣の前で足を止めた。そして何かを促すように彼を振り返る。

 それはまるで。
 まるで魔法陣に触れるように訴えかけてきているようで。

 アルバートは導かれるように自分の手をかざした。
 魔法陣に触れると、触れたところから冷たい冷気が流れ込んでくる。
 その冷気で、身体が熱くて、燃えるように熱くなっていたことに気がついた。
 魔法陣から流れ込んでくる何かよりも身体が熱を帯びていたから、冷気が流れ込んできたように感じたのだ。

 けれど、魔法陣から伝わるその冷気がアルバートの身体を冷やしていく。
 その冷たさが心地いいと思った。
 思考が洗練されていく。
 感覚が冴え渡り、思考の中から余計なものが削ぎ落とされていく。
 他のものが視界から取り除かれ、ティーアもリオルも見えなくなって、ただ光の粒子の動きだけをアルバートは目で追う。
 きらきらとしたその光は、アルバートの周りを舞い、魔法陣の中に吸い込まれて行く。

「何をしようとしているのかな」

 彼は警戒するようにアルバートから距離を取ると、懐から細い木の棒を取り出して一振りする。
 すると、棒の先端に小さな魔法陣が浮かび上がった。

「『風刃』」

 リオルが呪文を唱えると、その魔法陣から風の魔法弾が放たれる。
 それはアルバートの触れる魔法陣を切り刻もうと、真っ直ぐにアルバートに向かって飛んで行く。
 風刃が光の粒子に触れた――直後。

『魔法による事象干渉を確認。術式の解析を開始――完了しました。相殺術式を展開し、無効化します』

 どこからともなく声が降ってきて、風刃が音もなく消え去る。
 降ってきたのは抑揚のない無機質な女性の声だ。

「な……」

 リオルは目を見開くと、すぐにもう一度『風刃』を放つ。
 しかしそれも光の粒子で構成された魔法陣に触れた瞬間に霧散してしまう。

「どういうことだ!?」

 その光景を見て驚いたのはリオルだった。
 彼は信じられないものを見るかのように声を上げると、呆然と立ち尽くす。
 そんな隙だらけの彼にアルバートはゆっくりと近づくと手を掲げた。

『警告。神の規則コードへの接続アクセスを確認。規定外の体系です。実行しますか?』

 再び声が降ってくる。
 それはまるで、アルバートに問いかけているようだった。

「これは……なに……?」

 アルバートは呆然と呟いた。
 その声が発する言葉はアルバートが耳にしたことのない単語ばかりだった。
 アルバートが戸惑っていると、子猫が近寄ってくる。
 子猫は魔法陣の前に立つと、空に向かって「にゃあ」と鳴いた。
 切迫した場で場違いなほどに可愛らしい声がアルバートの鼓膜を揺らす。

『声紋により認証を確認。要求を承認します』

 その言葉と同時に、魔法陣が輝きを増していく。
 光の粒子は爆発的に溢れ出し、アルバートの視界を白く染め上げていく。

「神聖魔法!?まだ使えないはずじゃないのか!?その猫はまさか……!」

 リオルが驚愕の声を上げる。
 リオルは咄嗟に魔法陣を描き跳躍すると、アルバートから距離を取る。
 そんな彼を追うように、アルバートは無意識にその呪文を呟いた。

「神聖魔法『浄化』発動」

 魔法陣から眩い光が解き放たれ、波のようにうねりをあげた光が地面を伝い、周囲に広がっていく。

「くっ……!!」

 リオルはその光から逃れようとさらに離れるが、光はそれを追いかけるかのように彼に迫る。
 その光に彼の右腕が触れた瞬間、リオルは悲鳴を上げた。

「ぐぁああああああああ!!!」

 光が触れたところから焼け爛れるように煙があがる。
 リオルは慌てて腕を引っ込め、焼け爛れた腕を押さえると、憎々しげにアルバートを睨みつけた。

「神の規則コードだと……!?なぜお前がそれを使える!?」

 アルバートは答えない。ただ、彼は無我夢中で光の粒子を魔法陣に注ぎ込む。
 するとさらに光が強さを増し、辺り一面を明るく照らし出した。

 やがて光が消えて、世界に色が戻ってくる。
 傍ではティーアが倒れていて、リオルは随分と離れたところまで退避していた。
 彼の右腕は酷く焼け爛れていて、見るからに痛ましい姿だった。

「く……当代の神龍の愛し子は化け物か……? まさかその年で……しかもあの猫は……」

 リオルがそう呟く。
 しかしアルバートはそれに答えず、ただ呆然としていた。

(俺は今……何をしたんだ……?)

 彼は自分の両手を見つめるそこにはもう光の粒子も魔法陣もなかった。

「まあいいさ……」

 リオルは笑みを浮かべて言った。
 それはどこか愉しげな表情だった。
 彼はゆっくりと立ち上がると、焼け爛れた右腕を左手で押さえる。しかし血が止まる気配はなく、彼の指の間からぽたぽたと赤い雫がこぼれ落ちる。

「まったく、半分人間が混ざっている僕じゃなかったら死んでいただろうね」

 その言葉に、アルバートは息を飲む。
 彼は今もなお苦しげな呼吸を繰り返しているというのに、その表情にはどこか余裕があるように感じられた。

「半分……?」

 戸惑いながらも問いかけると、リオルは嬉しそうに頷いた。

「その話は今度ゆっくりしようか。カシミアのお茶でも飲みながら、ね……」

 リオルはそう言うと、踵を返してそしてそのまま森の奥に向かって歩き出す。
 アルバートは追いかけようと足に力を入れるが、踏み出すことはできず、その場に尻もちをついてしまう。

「今日のところは退いてあげるよ……神龍の愛し子……いや、アル。また会うのが楽しみだよ」

 リオルは一度だけ振り返ると、そう言って森の奥へ消えていった。
 戯れてくる白い子猫と気絶しているティーアを見つめて、アルバートは自分の手を見る。
 優しい冷気も、描かれた魔法陣も、そこにはもうない。
 魔界への門も白い光に呑まれて消えてしまっていた。
 アルバートはその場に仰向けに倒れる。
 張り詰めた糸が切れて、疲れがどっと押し寄せてきた。
 目を閉じるとふわふわとした浮遊感が身体を包み込んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

処理中です...