神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第一部 神龍の愛し子と神聖魔法

24.神聖魔法『浄化』2

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 その時、視界の隅で白い子猫が動いて、思考が止まった。
 猫は考えなしの彼を諌めるように彼の肩に飛び乗ると、つぶらな瞳でアルバートを見た。

「猫……?」

 アルバートは戸惑いながらも猫を見た。
 白いふわふわの、毛並みの良さそうな猫だ。首には黒いリボンが巻かれていることから、飼い猫であると推測する。

 そんな場違い極まりないものに何故かアルバートの視線は奪われた。
 猫はアルバートの肩から降りると魔法陣の前で足を止めた。そして何かを促すように彼を振り返る。

 それはまるで。
 まるで魔法陣に触れるように訴えかけてきているようで。

 アルバートは導かれるように自分の手をかざした。
 魔法陣に触れると、触れたところから冷たい冷気が流れ込んでくる。
 その冷気で、身体が熱くて、燃えるように熱くなっていたことに気がついた。
 魔法陣から流れ込んでくる何かよりも身体が熱を帯びていたから、冷気が流れ込んできたように感じたのだ。

 けれど、魔法陣から伝わるその冷気がアルバートの身体を冷やしていく。
 その冷たさが心地いいと思った。
 思考が洗練されていく。
 感覚が冴え渡り、思考の中から余計なものが削ぎ落とされていく。
 他のものが視界から取り除かれ、ティーアもリオルも見えなくなって、ただ光の粒子の動きだけをアルバートは目で追う。
 きらきらとしたその光は、アルバートの周りを舞い、魔法陣の中に吸い込まれて行く。

「何をしようとしているのかな」

 彼は警戒するようにアルバートから距離を取ると、懐から細い木の棒を取り出して一振りする。
 すると、棒の先端に小さな魔法陣が浮かび上がった。

「『風刃』」

 リオルが呪文を唱えると、その魔法陣から風の魔法弾が放たれる。
 それはアルバートの触れる魔法陣を切り刻もうと、真っ直ぐにアルバートに向かって飛んで行く。
 風刃が光の粒子に触れた――直後。

『魔法による事象干渉を確認。術式の解析を開始――完了しました。相殺術式を展開し、無効化します』

 どこからともなく声が降ってきて、風刃が音もなく消え去る。
 降ってきたのは抑揚のない無機質な女性の声だ。

「な……」

 リオルは目を見開くと、すぐにもう一度『風刃』を放つ。
 しかしそれも光の粒子で構成された魔法陣に触れた瞬間に霧散してしまう。

「どういうことだ!?」

 その光景を見て驚いたのはリオルだった。
 彼は信じられないものを見るかのように声を上げると、呆然と立ち尽くす。
 そんな隙だらけの彼にアルバートはゆっくりと近づくと手を掲げた。

『警告。神の規則コードへの接続アクセスを確認。規定外の体系です。実行しますか?』

 再び声が降ってくる。
 それはまるで、アルバートに問いかけているようだった。

「これは……なに……?」

 アルバートは呆然と呟いた。
 その声が発する言葉はアルバートが耳にしたことのない単語ばかりだった。
 アルバートが戸惑っていると、子猫が近寄ってくる。
 子猫は魔法陣の前に立つと、空に向かって「にゃあ」と鳴いた。
 切迫した場で場違いなほどに可愛らしい声がアルバートの鼓膜を揺らす。

『声紋により認証を確認。要求を承認します』

 その言葉と同時に、魔法陣が輝きを増していく。
 光の粒子は爆発的に溢れ出し、アルバートの視界を白く染め上げていく。

「神聖魔法!?まだ使えないはずじゃないのか!?その猫はまさか……!」

 リオルが驚愕の声を上げる。
 リオルは咄嗟に魔法陣を描き跳躍すると、アルバートから距離を取る。
 そんな彼を追うように、アルバートは無意識にその呪文を呟いた。

「神聖魔法『浄化』発動」

 魔法陣から眩い光が解き放たれ、波のようにうねりをあげた光が地面を伝い、周囲に広がっていく。

「くっ……!!」

 リオルはその光から逃れようとさらに離れるが、光はそれを追いかけるかのように彼に迫る。
 その光に彼の右腕が触れた瞬間、リオルは悲鳴を上げた。

「ぐぁああああああああ!!!」

 光が触れたところから焼け爛れるように煙があがる。
 リオルは慌てて腕を引っ込め、焼け爛れた腕を押さえると、憎々しげにアルバートを睨みつけた。

「神の規則コードだと……!?なぜお前がそれを使える!?」

 アルバートは答えない。ただ、彼は無我夢中で光の粒子を魔法陣に注ぎ込む。
 するとさらに光が強さを増し、辺り一面を明るく照らし出した。

 やがて光が消えて、世界に色が戻ってくる。
 傍ではティーアが倒れていて、リオルは随分と離れたところまで退避していた。
 彼の右腕は酷く焼け爛れていて、見るからに痛ましい姿だった。

「く……当代の神龍の愛し子は化け物か……? まさかその年で……しかもあの猫は……」

 リオルがそう呟く。
 しかしアルバートはそれに答えず、ただ呆然としていた。

(俺は今……何をしたんだ……?)

 彼は自分の両手を見つめるそこにはもう光の粒子も魔法陣もなかった。

「まあいいさ……」

 リオルは笑みを浮かべて言った。
 それはどこか愉しげな表情だった。
 彼はゆっくりと立ち上がると、焼け爛れた右腕を左手で押さえる。しかし血が止まる気配はなく、彼の指の間からぽたぽたと赤い雫がこぼれ落ちる。

「まったく、半分人間が混ざっている僕じゃなかったら死んでいただろうね」

 その言葉に、アルバートは息を飲む。
 彼は今もなお苦しげな呼吸を繰り返しているというのに、その表情にはどこか余裕があるように感じられた。

「半分……?」

 戸惑いながらも問いかけると、リオルは嬉しそうに頷いた。

「その話は今度ゆっくりしようか。カシミアのお茶でも飲みながら、ね……」

 リオルはそう言うと、踵を返してそしてそのまま森の奥に向かって歩き出す。
 アルバートは追いかけようと足に力を入れるが、踏み出すことはできず、その場に尻もちをついてしまう。

「今日のところは退いてあげるよ……神龍の愛し子……いや、アル。また会うのが楽しみだよ」

 リオルは一度だけ振り返ると、そう言って森の奥へ消えていった。
 戯れてくる白い子猫と気絶しているティーアを見つめて、アルバートは自分の手を見る。
 優しい冷気も、描かれた魔法陣も、そこにはもうない。
 魔界への門も白い光に呑まれて消えてしまっていた。
 アルバートはその場に仰向けに倒れる。
 張り詰めた糸が切れて、疲れがどっと押し寄せてきた。
 目を閉じるとふわふわとした浮遊感が身体を包み込んだ。
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