神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

51.黒龍ディアーナ

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 世界は最初、ひとつの世界に二つの種族が存在していた。
 しかし、種族間の争いは絶えることがなく、それを憂いた神龍は世界を二つに分断した。

 世界は、人界と魔界に引き裂かれた。
 生物は、動物と魔物に分けられた。
 人間は、人族と魔族に分離した。
 そして世界を守護する神龍自身もまた、白龍シュカと黒龍ディアーナに分裂した。

 幼い頃から何度も聞かされた御伽噺の最初の一節フレーズ
 神龍の物語はどれもこの書き出しから始まっている。
 そこに出てくる神龍の半身。彼女が黒龍ディアーナだということは、にわかには信じがたいことだった。

「神龍の愛し子。いや、宿命の子アルバート・グランディア。我はお前が気に入った」

 ディアーナは妖艶な笑みを称えてアルバートの頬に触れた。
 冷やりとした冷たい感触が肌を撫でた。彼女の指は生物ではなく、まるで物体のように温もりが感じられなくて、鳥肌が立つ。
 アルバートは氷のように冷たい手を払いのけると、毅然とした態度で睨みつけた。

「黒龍ディアーナは魔界を守護する神龍だろ? 魔界には魔族の神龍の愛し子が存在するはずだ。それなのに人界の人族に何の用だよ」

 白龍シュカは人界を守護し、黒龍ディアーナは魔界を守護する。それが世界の理だ。

 世界を守護するためにはマナが必要である。そのため、マナを生成できる神龍の愛し子は人界のみならず魔界にも産み落とされる。魔界側で生まれる神龍の愛し子は現在空席となっているはずだが、歴史上では何人も確認されてきた。

 だから彼女の提案は、魔界の黒龍ディアーナ人界の愛し子シュカのものに手を出したということにもなる。

 ただ気に入ったというだけで、天下の黒龍がそんなことをするだろうか。その疑問がアルバートの中で、ディアーナを信用できない理由のひとつとなっていた。

 彼女は、彼の指摘に首肯する。

「ああ、そうだ。われが人界に降り立つことは滅多にないことだ」

「だったらどうして祠に封じられていたんだ?」

「封じられていたのではない。その祠の中を覗いてみよ」

 彼女は自身の身体を捻ると、先ほどまで彼女が居たであろう祠の中に視線を促した。

 突然のことにアルバートは躊躇するが、その反応すらディアーナの予想の範疇だったようで、ディアーナは声を立てて笑った。

「怖がることはない。何もせぬし憑りつかぬ」

 彼女が本当に黒龍であるのなら、その言葉に嘘偽りはないのだろう。実際、彼女の目には人を欺こうとしているような悪意は感じられなかった。

 アルバートは恐る恐る祠に近付き、中を覗くと、そこには大人一人分の高さはある黒い大きな渦が巻いていた。渦の奥には神殿のような静謐で神聖な雰囲気の漂う広い空間が映し出されていた。

 それが人界と魔界を繋ぐ転移門ゲートであることは一目で理解できた。しかし、アルバートの知る限りでは、転移門ゲートは空間転移魔法と呼ばれる特殊な魔法を用いて、一時的に構築される通路である。このように常時発生していて、なおかつ祠で封印するように隠されているものは聞いたことがなかった。

「魔力濃度の高い土地では空気中の魔力により空間が変質し、転移門が自然発生することがあるのだ。魔法で意図的に作られた転移門は攻撃により破壊が可能だが、このように自然の力で生成された転移門はどれだけの攻撃を加えても破壊することは叶わない。故に転移門の外側に封印を施し、容易に行き来をできなくするのだ。この祠は、転移門を介してやってきた魔族が人界に入りこめないように人族が施したものなのだよ。ちなみにこの奥に見えているのは黒龍の神殿だ」

 黒龍の神殿から転移門をくぐったディアーナだったが、門を超えた先に設置された扉の封印は固く、内側から破ることはできなかったというわけだ。

「君は、祠の扉を開けられなかったから、代わりに人界側から扉を開けてくれる人を呼んだわけ?」

「その通りだ。この封印は固く、出ることは叶わなかったが、近くに来た者に魔法を飛ばして精神干渉することくらいはできたからな。数日前にお前とロゼッタとかいう小娘が来た時、我はお前に干渉をした。何かが入り込んでくるのを感じたであろう」

 ディアーナの口ぶりには思い当たるものがあった。

 ロゼッタと散策に訪れたあの日、何かに呼ばれる感覚がして、祠の前にたどり着いたことを思い出す。そして誘われるように扉に触れた瞬間、何かが入り込んでくる感覚に襲われたのだ。

「あの時の感覚もその後の体調不良も、やっぱり君の仕業?」

「いかにも。対象の魔力を媒介に精神攻撃して意識を乗っ取る術だ。それでお前を操り、祠の扉の封印を破らせようとしたわけだな。意識の主導権を握るまで精神攻撃を続け、お前の抵抗が疲弊により落ちるのを待っていたのだ。もっとも、先にお前の身体のほうが限界を迎えてしまったのは誤算であったが。もっと鍛えておけ、軟弱者」

 説明の最後の最後で揶揄されて、アルバートは顔をしかめる。体力がそこまで高いわけではないため反論の余地はないが、それでも面と向かって告げられるのは不快だ。

「そもそも何で転移門を使ってまでこっちに来たのさ? 常習犯ってわけでもないんでしょ」

「簡単なことだ。数十年ぶりにこの地に神龍の愛し子が訪れたのだ、興味を持つのが道理だろう。せっかくなのでな、直々にちょっかいをかけてやろうと思ったのだ」

 目的はアルバート自身とわかり、アルバートは内心ほっとしている自分がいることに気が付いた。神龍の愛し子に関する事情で他人が巻き込まれるのは本意ではない。だからと言ってディアーナに対する不信感が消えるわけでもないが。

「……わかった。ロゼッタ様には精神攻撃とか、そんな変なことしてない?」

「もちろん。ロゼッタはそもそも、媒介にできる魔力そのものがないからな、魔力を持たぬ相手には手出しできぬ」

「……それなら良いけど」

 ひとまず、一国の王女が巻き込まれていないことを知って胸を撫で下ろす。不信感は拭えないが、嘘はついていないようだった。何より、彼女が本当に神龍であるなら、嘘をつき、騙すようなことは決してしない――できないはずだ。なぜなら、神は穢れを嫌い、嘘は穢れに通じる行いなのだから。

 アルバートがある程度状況を飲み込めてきたのを察して、ディアーナは妖艶な笑みを浮かべた。

「さて、かったるい無駄話はこのくらいにして、そろそろ本題と行こうか」
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