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第二部 雪華の祈り
53.まるで奔流のような衝動1
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踏みしだかれた土の上に軽い金属の落ちる音が響いた。
その音がアルバートを現実へと引き戻す。
突然の出来事に驚いたアルバートは、魔力の放出を止めて音のした方を見た。
するとそこには、先程まで手に持っていたはずの銀の杯が地面に落ちていた。
途中まで注がれていたマナは、アルバートの集中が途切れたことで霧散してしまい、杯は再び空の状態に戻っている。
視界を横切った白い猫を目で探してみるが、それももうどこにも見えなかった。もしかしたら幻覚だったのかもしれない。
「……」
まるで神託を告げられたような感覚だ。通り抜けた白猫が、以前リオルを撃退する時、神聖魔法発動のために力を貸してくれた猫に重なった。
アルバートは自らの右手の甲に刻まれた聖印を見て、再び銀の杯を見下ろす。
(シュカ様……)
白猫の残像が彼に何かを訴えかけてくる。彼が今から行おうとしていたことが、シュカに対する叛意であると、そう告げるかのように。
アルバートは深く息を吸い、そして肺が空になるほど深く吐いた。
新鮮な空気が身体に取り込まれたことで、熱に浮かされていたようなふわふわとした思考が、急速に洗練されていく。
意識が冴え渡り、クリアになっていく。
アルバートは杯を拾い上げると、それをそれをディアーナに向かって突き返した。
「……やっぱり俺にはできない」
「ほう、それは何故だ?」
ディアーナの漆黒の双眸に射抜かれてアルバートは一瞬怯むが、ぐっと唇を噛み締めると再び口を開いた。
「確かに俺は……ティーアを助けたい。でも俺は、シュカ様に仕える神官でもある。シュカ様は裏切れない」
「なるほど。お前はティーアとシュカを天秤にかけて、シュカを選ぶというわけか」
ディアーナの表情がみるみる険しくなり、声色も低くなっていく。
「ああ、そうだ。俺はシュカ様への誓いを違えない」
「ふん、くだらん。それはお前の都合だ。我には関係ない。お前が拒むというなら、無理矢理マナを捧げさせるまでだ」
「っ……!」
感情のこもっていないディアーナの一言に、アルバートは頭を殴られたような衝撃を受けた。心臓を冷たい手で握り潰されるような感覚――全身が冷水を浴びたように冷たくなって、背筋に悪寒が走った。まるで内臓が全て氷漬けになったかのように上手く息ができない。腹から胸にかけて不自然な力が入って息苦しいのだが、吐き出そうとしてもうまくいかないのだ。
そんなアルバートの様子に気づいたのか、ディアーナがこちらを覗き込んでくる。しかしそこにアルバートを気遣うような表情はない。彼女は冷たく表情を変えないまま、アルバートの頬に触れてきた。触れられた場所に悪寒が走るのを感じた。
「やめろッ!」
まるでお気に入りの玩具を愛でるかのような手つきで撫でられるのに耐えきれず、アルバートは力任せに彼女を突き放した。
彼女はよろめくように数歩下がり、冷たい視線をアルバートに向けてくる。
「ほう、この我に楯突くか? 身の程をわきまえよ」
ディアーナの冷淡な声がアルバートに突き刺さる。怖い、反射的にそう思って身震いする。
手のひらから光の粒子と共にイヤな汗が噴き出した。
恐怖していることを悟らせてはいけない。相手のペースに呑まれてしまえば一貫の終わりだからだ。
アルバートは、気圧されて思わず下がりそうになる頭を無理矢理上げ、ディアーナを睨みつけた。
「俺は、シュカ様に仕える神官だ。だから……お前なんかの力はいらない」
身のうちに巣食う恐怖をディアーナに悟らせたくないという意思の他に、ディアーナの力を受け取ることがシュカへの反意になる予感がしていて、その想いが余計に首を縦に振らせなかった。
その強い眼差しに彼女は面白いものを眺めるかのように唇を歪めた。
「あははっ! そうか……我『なんか』の力は欲しくはないか……面白いことを言う」
口元は笑っているのに、彼女の目は感情を感じさせないほど冷たいものだった。
ディアーナはアルバートをじっと見つめた。一挙手一投足を逃さないとばかりに黒い瞳が彼を捉え、まるで見えない縄で縛り付けられていく感覚に襲われる。
ディアーナは一歩、また一歩とアルバートに近づく。そして彼の目の前に立つと、彼女は右手を掲げ、その手をアルバートの頬に向かって勢いよく振り下ろした。
パチンッと鋭い音がして、アルバートの頬に痛みが走った。ディアーナから平手打ちをされたのだと分かるまでに数秒かかった。頬に痛みが走った衝撃で顔は無理矢理背けさせられ、頭がくらくらした。
遅れて、左の頬にじんじんとした痛みが広がっていく。
叩かれた箇所を片手で押さえ、半ば放心状態でディアーナを見ると、彼女はほんなアルバートに構わず、再び手を掲げ、今度は反対の頬を叩くようにその手を振り下ろした。
「……っ!!」
再び激しい痛みが頬を襲う。
ディアーナはまるでゴミでも見るかのような目でアルバートを見て、その細い指を彼の顎にかけてきた。
彼女の黒い双眸がアルバートの瑠璃色の瞳を覗き込む。
熱く、激しい感情が湧き上がるのを感じた。それはまるで麻薬のように脳内を侵食し、思考を狂わせる。
その感情に意識を乗っ取られないよう奥歯に力を込めるようにして耐えた。ここで言いなりになってしまえば奴の思う壺だ、と理性で本能を押さえつける。
そんな必死なアルバートの様子を見て、彼女は愉快そうに笑いながらも言葉を紡いだ。
「気が変わった。小僧、我が直々に力を与えるのではない。お前自らが黒龍の力を欲するのだ」
その音がアルバートを現実へと引き戻す。
突然の出来事に驚いたアルバートは、魔力の放出を止めて音のした方を見た。
するとそこには、先程まで手に持っていたはずの銀の杯が地面に落ちていた。
途中まで注がれていたマナは、アルバートの集中が途切れたことで霧散してしまい、杯は再び空の状態に戻っている。
視界を横切った白い猫を目で探してみるが、それももうどこにも見えなかった。もしかしたら幻覚だったのかもしれない。
「……」
まるで神託を告げられたような感覚だ。通り抜けた白猫が、以前リオルを撃退する時、神聖魔法発動のために力を貸してくれた猫に重なった。
アルバートは自らの右手の甲に刻まれた聖印を見て、再び銀の杯を見下ろす。
(シュカ様……)
白猫の残像が彼に何かを訴えかけてくる。彼が今から行おうとしていたことが、シュカに対する叛意であると、そう告げるかのように。
アルバートは深く息を吸い、そして肺が空になるほど深く吐いた。
新鮮な空気が身体に取り込まれたことで、熱に浮かされていたようなふわふわとした思考が、急速に洗練されていく。
意識が冴え渡り、クリアになっていく。
アルバートは杯を拾い上げると、それをそれをディアーナに向かって突き返した。
「……やっぱり俺にはできない」
「ほう、それは何故だ?」
ディアーナの漆黒の双眸に射抜かれてアルバートは一瞬怯むが、ぐっと唇を噛み締めると再び口を開いた。
「確かに俺は……ティーアを助けたい。でも俺は、シュカ様に仕える神官でもある。シュカ様は裏切れない」
「なるほど。お前はティーアとシュカを天秤にかけて、シュカを選ぶというわけか」
ディアーナの表情がみるみる険しくなり、声色も低くなっていく。
「ああ、そうだ。俺はシュカ様への誓いを違えない」
「ふん、くだらん。それはお前の都合だ。我には関係ない。お前が拒むというなら、無理矢理マナを捧げさせるまでだ」
「っ……!」
感情のこもっていないディアーナの一言に、アルバートは頭を殴られたような衝撃を受けた。心臓を冷たい手で握り潰されるような感覚――全身が冷水を浴びたように冷たくなって、背筋に悪寒が走った。まるで内臓が全て氷漬けになったかのように上手く息ができない。腹から胸にかけて不自然な力が入って息苦しいのだが、吐き出そうとしてもうまくいかないのだ。
そんなアルバートの様子に気づいたのか、ディアーナがこちらを覗き込んでくる。しかしそこにアルバートを気遣うような表情はない。彼女は冷たく表情を変えないまま、アルバートの頬に触れてきた。触れられた場所に悪寒が走るのを感じた。
「やめろッ!」
まるでお気に入りの玩具を愛でるかのような手つきで撫でられるのに耐えきれず、アルバートは力任せに彼女を突き放した。
彼女はよろめくように数歩下がり、冷たい視線をアルバートに向けてくる。
「ほう、この我に楯突くか? 身の程をわきまえよ」
ディアーナの冷淡な声がアルバートに突き刺さる。怖い、反射的にそう思って身震いする。
手のひらから光の粒子と共にイヤな汗が噴き出した。
恐怖していることを悟らせてはいけない。相手のペースに呑まれてしまえば一貫の終わりだからだ。
アルバートは、気圧されて思わず下がりそうになる頭を無理矢理上げ、ディアーナを睨みつけた。
「俺は、シュカ様に仕える神官だ。だから……お前なんかの力はいらない」
身のうちに巣食う恐怖をディアーナに悟らせたくないという意思の他に、ディアーナの力を受け取ることがシュカへの反意になる予感がしていて、その想いが余計に首を縦に振らせなかった。
その強い眼差しに彼女は面白いものを眺めるかのように唇を歪めた。
「あははっ! そうか……我『なんか』の力は欲しくはないか……面白いことを言う」
口元は笑っているのに、彼女の目は感情を感じさせないほど冷たいものだった。
ディアーナはアルバートをじっと見つめた。一挙手一投足を逃さないとばかりに黒い瞳が彼を捉え、まるで見えない縄で縛り付けられていく感覚に襲われる。
ディアーナは一歩、また一歩とアルバートに近づく。そして彼の目の前に立つと、彼女は右手を掲げ、その手をアルバートの頬に向かって勢いよく振り下ろした。
パチンッと鋭い音がして、アルバートの頬に痛みが走った。ディアーナから平手打ちをされたのだと分かるまでに数秒かかった。頬に痛みが走った衝撃で顔は無理矢理背けさせられ、頭がくらくらした。
遅れて、左の頬にじんじんとした痛みが広がっていく。
叩かれた箇所を片手で押さえ、半ば放心状態でディアーナを見ると、彼女はほんなアルバートに構わず、再び手を掲げ、今度は反対の頬を叩くようにその手を振り下ろした。
「……っ!!」
再び激しい痛みが頬を襲う。
ディアーナはまるでゴミでも見るかのような目でアルバートを見て、その細い指を彼の顎にかけてきた。
彼女の黒い双眸がアルバートの瑠璃色の瞳を覗き込む。
熱く、激しい感情が湧き上がるのを感じた。それはまるで麻薬のように脳内を侵食し、思考を狂わせる。
その感情に意識を乗っ取られないよう奥歯に力を込めるようにして耐えた。ここで言いなりになってしまえば奴の思う壺だ、と理性で本能を押さえつける。
そんな必死なアルバートの様子を見て、彼女は愉快そうに笑いながらも言葉を紡いだ。
「気が変わった。小僧、我が直々に力を与えるのではない。お前自らが黒龍の力を欲するのだ」
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