神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第二部 雪華の祈り

59.あなたは幼くか弱い子供だから

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 目を覚ますと、見慣れた天井が目に入った。ダーハート教会の救護室だ。周囲を見る。ベッドの傍で椅子に腰掛け、本を読む高齢の男性の姿がある。ソルニアだ。上体を起こそうとするが、身体に力が入らない。アルバートは横になったまま、ぼんやりとする頭に手を当てた。

 何かとても長い夢を見ていたような気がしたが何も思い出せなかった。ただただ頭痛が酷かった。雪華の祈りはどうなったのか。アレスタは。リオルは。ディアーナは。自分はなぜ教会にいるのか。とめどなく疑問が溢れてくる。しかし口にできるほどまとまらず、答えるものも当然いない。

「アルバート殿、目覚められたか」

 アルバートの意識が戻ったことに気がついたソルニアは、本を閉じると立ち上がり、ベッドの傍に置かれた椅子に腰掛けた。彼の表情を窺うも、何を考えているのか読めなかった。自己管理がなってないと、ハデスの代理として相応しくないと、失望させてしまっただろうか。見限られてしまっただろうか。不安が胸に渦を巻く。

 そんなアルバートのざわつく胸中を知ってか知らずか、ベッドサイドのテーブルに置かれた水差しを持ち、水をコップに注ぐと、無言で差し出してくる。それを受け取るために上体を起こそうとするが、全身が鉛のように重く、起き上がることはできなかった。動こうと身体に力を入れる度、頭がずきずきと痛んで思わず顔を歪めた。

 ソルニアは身体を起こそうともがくアルバートの背に手を差し入れると、上体を起こして彼の口にコップをあてがい水を飲ませる。
 そしてコップをテーブルに置くと、アルバートが落ち着くのを見計らって彼のようやく口を開いた。

「まったく……あなたは自分の立場をわかっておいでか? あなたが倒れたら誰が代わりを務めるのです」

「す……すみません」

「お説教は後ほどゆっくりとしましょう。マリカ殿に感謝なさい。裏の森で倒れていたアレスタ殿とあなたを見つけて知らせてくれたのはマリカ殿です」

「マリカが……? そうだアレスタ、アレスタは無事ですか?」

「ええ。アレスタ殿ならご無事ですよ。すでに回復されて、日々の勤めを執り行われています」

「良かった……」

「あなたの傍で魔界と繋がる転移門の扉が開いており、倒れていたあなたには魔族の精神干渉魔法を受けた痕跡がありました」

「……」

 アルバートは言葉が出ず、ただ俯き黙って聞いていた。アルバートの身勝手な行動を諌めているのだと察した。

「あの転移門は黒龍の神殿と繋がっています。ヴィゼリアス南部に住むあなた方にはあまり馴染みがないかもしれませんが、この地方では自然発生する転移門が数多く存在するため、魔族の流入を防ぐために転移門の外側に固い封印を施すのです。ですから、あの封印は解いてはいけなかったのです。伝えていなかった私も迂闊ですが、一言相談して欲しかったものです。あなたの状況も、為したかったことも」

「申し訳ありません……」

 アルバートは項垂れるように謝ると、ソルニアは溜息を吐いた。再び訪れる沈黙に胸が詰まるような思いがした。ソルニアはアルバートの肩に手を置き、諭すように言った。

「あなたは神龍の愛し子である以前に、まだ幼くか弱い子供です。大人に守られるべき存在であることを自覚なさい」

「……はい」

 アルバートは消え入るような声で答えると、再び俯いてしまう。ソルニアはそれ以上何も言わず、ただ彼の肩に手を添えるだけだったが、その手から伝わる温かさにどこか安心感を覚えてしまいそうになる自分に嫌気が差した。

「……それで、儀式はどうなりましたか」

「雪華の祈りは中断しています。あれは元々マナの補充が目的ですから、多少奉納に穴ができても即座に何かが起きることはないでしょう」

 その報告に思わず安堵すると同時に別の疑問が浮かぶ。

「俺はどのくらい眠っていたのでしょうか?」

「三日ほどですよ」

「そんなに……」

「魔族の精神干渉魔法は一過性のものですから、時期に回復するでしょう。今は身体を休めて回復に努めなさい。回復したら休んだ分の奉納と、ついでに勝手な行動をした罰として神聖魔法の修練を課しますゆえ、そのおつもりで」

「……はい」

 ソルニアの淡々とした言葉に、アルバートは思わず身を固くする。
 そんな彼の様子を気にすることなく、ソルニアはアルバートの返事を確認すると、再び彼をベッドに横たわらせる。

「今はゆっくり休みなさい。良いですね? この部屋を出ることは決して許可しません」

「……はい」

「よろしい。では、アレスタ殿とマリカ殿を呼んできます」

 ソルニアが席を立つと、アルバートは満足に動かない身体で天井を見つめた。
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