神龍の愛し子と呼ばれた少年の最後の神聖魔法

榛玻璃

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第三部 白龍の神殿が落ちる日

モザイクアート

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 雪が溶け始め、身の凍るような寒さは日に日に和らいで行った。

 雪華の祈りの最終日、この三ヶ月の労を労うかのように盛大に執り行われた。教会には大勢の人々が集まり、ある者は愛する者同士で抱き合い、ある者は酒を酌み交わし笑い合った。春の訪れをこの地に住まう誰もが歓喜した。

 そんな中、アルバートは一人中庭に佇んでいた。頭上に広がる空には雲ひとつない晴天が広がっている。頬を撫でる風はまだ冷たいが、それでも身を切るような厳しいものからは打って変わって優しくなった。柔らかな日差しと風を受けながら舞い落ちる純白の雪は、厳冬期に人々を脅かしたものと同一とは思えないほど可憐で柔らかい。雪は手のひらに乗せると瞬く間に溶けて形を失ってしまった。

 どういうわけか、ハデスは迎えに訪れず、アレスタの使いで白龍の神殿に向かったレーンもまだ戻ってきてはいなかった。そこにほんの少し胸騒ぎを覚えながらも、アルバートは何気ない気持ちで神聖魔法を展開する。日々の修練の甲斐あって、四肢を動かすのと同じ感覚で魔法を展開できるようになっていた。

 ――詠唱さえ要らないほどに。

 アルバートの目の前に数え切れないほどの半透明の小さな四角い板が現れる。手のひらほどの大きさをした板は、薄氷のように薄いものから書物のように分厚いものまで、さまざまな厚みをしている。板はしばらく空中を浮遊したかと思うと、モザイクアートのようにアルバートの前に集まっていく。そして、それらは次第に一つの形へと収束していき、やがて龍を象った一枚の巨大な絵となった。

「お見事……これはシュカ様ですか?」

 背後から声を掛けられ振り返ると、ソルニアが佇んでいた。彼は小さな拍手をしながらアルバートの隣まで来ると、絵を構成している板の一つに触れた。
 この板は神聖魔法である『障壁』で構築したものだ。ソルニアから課せられた修練の中でミリ単位の厚さの調整するうちに、思いついた遊びである。

「はい、この絵はシュカ様です」

「これはまた……見事な出来栄えですね」

 モザイクアートの原型となっている無数の板を『障壁』の魔法で生み出し、さまざま厚さで同時に展開している。その板を結合させることで、一枚の絵として完成させたのだ。部材一つ一つの厚みが異なるため、出来上がった絵は立体的で迫力のある姿をしていた。その緻密な構造には見る者を圧倒する迫力があり、同時に繊細さを感じさせる。『障壁』としての本来の使い方を度外視した魔法は、もはや芸術そのものであった。

「昔、マナで絵を描くのが好きだったんです。サンドアートみたいな感じで、絵本に出てくるシュカ様の姿を。この魔法に意味はないけど、神聖魔法ならかっこいいシュカ様が出来そうだなって思って」

「素晴らしいですね。これほどのことができるとは思いませんでした」

 ソルニアは絵を眺めながら素直に賞賛の言葉を口にした。修練を開始してから二ヶ月程度しか経っていないにも関わらず、アルバートの成長は目覚ましいものがある。神童と称されるのも頷ける伸び代にソルニアは内心舌を巻いていた。

(好きこそものの上手なれ、ですか)

 モザイクアートを見上げながら、この場にいないアルバートの師のことを考える。

 この無意味な行いは、効率主義のハデスにはきっと思いもつかない発想だろう。彼ならば、そんな無意味なものに時間を使うくらいなら、もっと有益なことをしなさい、くらいは言いそうだ。

 かつてマナで遊ぶアルバートを見たハデスがその言葉を飲み込んでいるということを知らないソルニアは、旧友の憮然とした姿を想像して目を細めた。

「では、この見事な絵に私が装飾を施しても良いでしょうか?」

「え?はい、是非お願いします!」
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