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第三部 白龍の神殿が落ちる日
精霊魔法
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アルバートが嬉しそうに了承したので、ソルニアは指を軽く振るう。するとどこからともなく水泡と火の粉が現れ、立体画の周囲を舞い始める。その演出にアルバートは感嘆の声を上げた。日の光を浴びて水泡は宝石のように光り輝き、火の粉は赤く鮮やかな彩りを演出する。
「これも……魔法?」
「ええ、これは精霊魔法といい、万物を構成する精霊の力を借りた魔法です」
「精霊魔法、ですか?」
「神聖魔法はマナを媒介に発動し、さらに神に認められた者にしか行使することはできませんね?精霊魔法は、精霊に為したいことのイメージや魔法陣という指示書を送り、展開する事象のことを言います」
ソルニアは自らの手を開くと、詠唱も魔法陣を描くこともなく、そこに水玉を生み出した。
「今、水の精霊に手のひらに水の球を作るようにお願いをしました」
「すごい……」
アルバートは目を丸くして瞬きした。すると水玉は手のひらから浮かび上がり空中を漂い始める。そしてそれはやがて形を変えて小さな鳥の姿になったかと思うと、そのまま中庭の空へと飛び立った。
「このように、精霊にお願いして魔法を発動させます。ただし、精霊との意思疎通が上手くいかない場合や、イメージが曖昧だと失敗します」
「俺にも使えるんでしょうか」
「精霊は空気中や万物の至るところに存在し、光の球のような形態をしています。見える球の色によって相性の良い属性が変わります。もし光の球が見えるのなら、あなたにも精霊魔法を使うことができるでしょう」
「へぇ……」
ソルニアに言われて、アルバートは何もないところで目を凝らし始める。
しかし、光の球などどこにも見えない。その笑みを素直な反応がおかしかったのか、ソルニアは思わず笑みをこぼした。
「見えましたか?」
「そんな光、見えないです……」
「精霊との対話で実行する精霊魔法は、術者との相性に左右され、多くの人間には認知することが叶いません。普通の人に神聖魔法が使えないのと同じことです。見えないほうが、ある意味普通なのですよ」
「じゃあ、精霊が見えるソルニア様は特別なんですね」
「そういうことになりますね」
アルバートが感心したように頷くのを見て、ソルニアは苦笑を浮かべた。実際、精霊魔法の使い手は数が少ないため、アルバートの言った表現は間違いではない。しかし、面と向かって特別と言われると、なんともこそばゆい感じがした。それが世界に二人しかいない神聖魔法の使い手であるから尚更だ。
「精霊魔法は、今では誰でも使用できる体系が普及してますよ。オルガン・ド・メイスの近代魔法体系――いつか機会があれば学んでみるのも良いでしょう」
「オルガン・ド・メイス?」
「精霊魔法の研究において第一人者と称された高名な魔法研究家ですよ。飄々としていて気まぐれで、研究のためなら寝食も犠牲にする……そんな何を考えているのかよくわからない人でした」
「へぇ……詳しいのですね、ひょっとしてお知り合いなのでしょうか?」
「ええ。彼は私の魔法の先生ですよ」
「ソルニア様のお師匠……」
ソルニアは昔を懐かしむように目を細めた。その表情があまりにも柔らかくて、アルバートは思わず見とれてしまう。
と、ソルニアは少し離れたところに人集りができつつあるのに気づいた。皆一様に堂々とした佇まいの神龍の絵を指さし、感嘆の声を上げていた。
「おや、このアートに気づいて、人が集まってきそうですね」
「あ……すみません、勝手なことをして」
ソルニアの言葉にアルバートは我に返る。すると中庭にはいつの間にか人集りができており、皆一様に空を見上げて感嘆の声を上げている。
神聖なる神龍を形作ってみせた神官を讃える声があちこちから聞こえてきて、アルバートは急に恥ずかしくなって顔を伏せた。
「謝ることはありません。あなたは神官。人々を教え導く私たち聖職者と異なり、神に仕え神のために生きる存在なのですから、神に祈ることこそがあなたの本分。その祈りと信仰の証として、この神聖魔法を人々に見せることは何も恥ずべきことではなく、むしろこれがあなたにとっての相応しいあり様と言えるでしょう」
「そう……でしょうか……」
「はい、自信を持ってください。あなたはもう立派な神官です。胸を張って、人々の前に立って良いのですよ」
「ありがとうございます」
アルバートは顔を上げて笑った。その笑顔に、ソルニアは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(運命とは残酷なものですね)
アルバートの屈託のない笑顔を見て思う。
彼はまだ幼い。そして伸び代もある。精霊魔法が使えずとも、近代魔法を用いて魔法使いとして大成するであろうことは容易に想像できる。神龍の愛し子でさえなければ――神官として生きる宿命さえなければ、彼の前には無限に選択肢が広がっているのだ。しかし、彼が神官であることはもはや変えられない。それは神龍に選ばれたが故の生き方である以上、誰にも変えることなどできないのだ。だからこそ彼の未来に待ち受ける悲劇を想うと、ソルニアの胸は張り裂けそうになるのだった。
「ソルニア様?」
「……っ、すみません」
アルバートの声に我に帰ると、心配そうに覗き込む彼と目が合った。その眼差しはどこまでも純粋で、穢れがない。
「そろそろ戻りましょうか」
ソルニアは努めて優しい笑顔を浮かべる。そして、アルバートに向かって手を差し伸べた。
「これも……魔法?」
「ええ、これは精霊魔法といい、万物を構成する精霊の力を借りた魔法です」
「精霊魔法、ですか?」
「神聖魔法はマナを媒介に発動し、さらに神に認められた者にしか行使することはできませんね?精霊魔法は、精霊に為したいことのイメージや魔法陣という指示書を送り、展開する事象のことを言います」
ソルニアは自らの手を開くと、詠唱も魔法陣を描くこともなく、そこに水玉を生み出した。
「今、水の精霊に手のひらに水の球を作るようにお願いをしました」
「すごい……」
アルバートは目を丸くして瞬きした。すると水玉は手のひらから浮かび上がり空中を漂い始める。そしてそれはやがて形を変えて小さな鳥の姿になったかと思うと、そのまま中庭の空へと飛び立った。
「このように、精霊にお願いして魔法を発動させます。ただし、精霊との意思疎通が上手くいかない場合や、イメージが曖昧だと失敗します」
「俺にも使えるんでしょうか」
「精霊は空気中や万物の至るところに存在し、光の球のような形態をしています。見える球の色によって相性の良い属性が変わります。もし光の球が見えるのなら、あなたにも精霊魔法を使うことができるでしょう」
「へぇ……」
ソルニアに言われて、アルバートは何もないところで目を凝らし始める。
しかし、光の球などどこにも見えない。その笑みを素直な反応がおかしかったのか、ソルニアは思わず笑みをこぼした。
「見えましたか?」
「そんな光、見えないです……」
「精霊との対話で実行する精霊魔法は、術者との相性に左右され、多くの人間には認知することが叶いません。普通の人に神聖魔法が使えないのと同じことです。見えないほうが、ある意味普通なのですよ」
「じゃあ、精霊が見えるソルニア様は特別なんですね」
「そういうことになりますね」
アルバートが感心したように頷くのを見て、ソルニアは苦笑を浮かべた。実際、精霊魔法の使い手は数が少ないため、アルバートの言った表現は間違いではない。しかし、面と向かって特別と言われると、なんともこそばゆい感じがした。それが世界に二人しかいない神聖魔法の使い手であるから尚更だ。
「精霊魔法は、今では誰でも使用できる体系が普及してますよ。オルガン・ド・メイスの近代魔法体系――いつか機会があれば学んでみるのも良いでしょう」
「オルガン・ド・メイス?」
「精霊魔法の研究において第一人者と称された高名な魔法研究家ですよ。飄々としていて気まぐれで、研究のためなら寝食も犠牲にする……そんな何を考えているのかよくわからない人でした」
「へぇ……詳しいのですね、ひょっとしてお知り合いなのでしょうか?」
「ええ。彼は私の魔法の先生ですよ」
「ソルニア様のお師匠……」
ソルニアは昔を懐かしむように目を細めた。その表情があまりにも柔らかくて、アルバートは思わず見とれてしまう。
と、ソルニアは少し離れたところに人集りができつつあるのに気づいた。皆一様に堂々とした佇まいの神龍の絵を指さし、感嘆の声を上げていた。
「おや、このアートに気づいて、人が集まってきそうですね」
「あ……すみません、勝手なことをして」
ソルニアの言葉にアルバートは我に返る。すると中庭にはいつの間にか人集りができており、皆一様に空を見上げて感嘆の声を上げている。
神聖なる神龍を形作ってみせた神官を讃える声があちこちから聞こえてきて、アルバートは急に恥ずかしくなって顔を伏せた。
「謝ることはありません。あなたは神官。人々を教え導く私たち聖職者と異なり、神に仕え神のために生きる存在なのですから、神に祈ることこそがあなたの本分。その祈りと信仰の証として、この神聖魔法を人々に見せることは何も恥ずべきことではなく、むしろこれがあなたにとっての相応しいあり様と言えるでしょう」
「そう……でしょうか……」
「はい、自信を持ってください。あなたはもう立派な神官です。胸を張って、人々の前に立って良いのですよ」
「ありがとうございます」
アルバートは顔を上げて笑った。その笑顔に、ソルニアは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
(運命とは残酷なものですね)
アルバートの屈託のない笑顔を見て思う。
彼はまだ幼い。そして伸び代もある。精霊魔法が使えずとも、近代魔法を用いて魔法使いとして大成するであろうことは容易に想像できる。神龍の愛し子でさえなければ――神官として生きる宿命さえなければ、彼の前には無限に選択肢が広がっているのだ。しかし、彼が神官であることはもはや変えられない。それは神龍に選ばれたが故の生き方である以上、誰にも変えることなどできないのだ。だからこそ彼の未来に待ち受ける悲劇を想うと、ソルニアの胸は張り裂けそうになるのだった。
「ソルニア様?」
「……っ、すみません」
アルバートの声に我に帰ると、心配そうに覗き込む彼と目が合った。その眼差しはどこまでも純粋で、穢れがない。
「そろそろ戻りましょうか」
ソルニアは努めて優しい笑顔を浮かべる。そして、アルバートに向かって手を差し伸べた。
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