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Ⅱ 1887~1911年 中華帝国滅びゆ
2 開戦
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1894年夏、大日本帝国の明治天皇からの宣戦布告により、日清戦争が開戦。同年8月1日、明治天皇の「清国ニ対スル宣戦ノ詔勅」によると、日本は朝鮮の独立維持と東アジアの平和を大義として、清朝と戦うというものである。
それぞれの主戦力はこうだ
大日本帝国
指導者・指揮官
明治天皇
伊藤博文
山縣有朋
大山巌
伊東祐享
陸軍
兵力24万人
海軍
軍艦28隻
水雷艇24隻
清
指導者・指揮官
光緒帝
西太后
李鴻章
劉坤一
丁汝昌
陸軍
義勇・練軍35万人
募集兵63万人
計98万人
海軍
軍艦82隻
水雷艇25隻
北洋艦隊
軍艦22隻
水雷艇12隻
広東艦隊
軍艦3隻
海軍合計
軍艦25隻
水雷艇12隻
兵力だけで見れば、兵士は日本が24万人、清は98万人と圧倒的な差がある。清の光緒帝と西太后の下で北洋艦隊など戦力は充実している。
「光緒帝様、あんなちっぽけな小日本(日本の蔑称)なんぞに、我が清が負ける訳無いでしょう。」
若干15歳で宦官になった李馬玉(中国語:リー・マーユー 日本語:り・まぎょく)はほくそ笑む。アヘン戦争・アロー戦争・清仏戦争で敗れたとは言え、相手は欧米列強。同じアジアの日本に敗れる訳は無いと高を括っていた。宦官というのは宮中に仕える去勢された(した)男性の役人で、時に権力を握ることもあった。前漢の司馬遷、後漢の蔡倫、明の鄭和なども宦官であった。
「小日本め。何が大日本帝国だ。」
李馬玉は日本を蔑視していた。
北京にいる王曹は日清戦争勃発を知っていた。
「甲午農民戦争から始まり、今はここか。大日本帝国を侮るなよ。明治維新とかで急速に近代化したからな。」
宣戦布告に至るまでの7月25日に豊島沖海戦があった。朝鮮半島西岸豊島沖にて、日本軍と清軍が戦い、日本軍が無傷で勝利した。清軍は巡洋艦2隻沈没、商船1隻沈没、1100名戦死と被害を受けた。8月26日、日本は朝鮮と日朝両国盟約を締結。日本は朝鮮を味方につけた。
「日朝両国盟約だと?!」
「小日本め、朝鮮を味方にするとは…。」
光緒帝と李馬玉は憤った。
9月15日、平壌攻略戦が勃発。清軍のモンゴル人兵士ゲンドルジンは呟く。
「ここで日本軍を叩く!!」
騎馬遊牧民のモンゴル人である彼は、そう息巻いた。戦闘力は高い彼。だが、近代の白兵戦は個人の力だけではダメ。軍の練度で言えば、日本軍の方が富国強兵による近代化で練度が高かった。1873年の徴兵令で徴兵して編成した日本軍、21年で清と渡り合える程にまで成長していた。
「クソ!!日本軍の方が強い!!」
平壌陥落で日本軍に敗北。9月17日の黄海海戦でも日本軍に敗れ、制海権を失った。
「平壌と黄海海戦で敗れただと?!」
光緒帝と西太后も青ざめ、李馬玉の顔にも焦りが見られる。9月19日、李鴻章は何とか持久戦に持って行こうとした。秋に日本軍は旅順を攻めて行く。
1895年、日本軍に制海権を握られ、3月に遼東半島全域を占領される。4月17日に下関条約が調印され、5月8日に発効された。
下関条約
・清は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを認め、朝鮮から手を引く。
・清国は遼東半島・台湾・澎湖諸島を日本に割譲する。
・清国は賠償金2億両を日本に支払う。
・清国は沙市・重慶・蘇州・杭州を日本に開放する。
・日本は3ヶ月以内に日本軍を清国から引き上げる。
・条約批准の日から戦闘を停止する。
この条約により、日清戦争は終戦。朝鮮は朝貢冊封体制から切り離され、中華世界と華夷秩序は消滅した。台湾は日本の植民地となり、多額の賠償金を支払わされた。日清戦争で日本に敗れたことは清にとって屈辱的であった。
「日本に敗れた…。」
「我が北洋艦隊が、日本軍なんぞに…。」
光緒帝と西太后は呆然としていた。李馬玉もショックを受けていた。
「まさか小日本なんぞに…。イギリスやフランスならまだしも、まさか日本に?!」
中華世界で長らく東夷と見なしていた日本に、屈辱的な敗北を喫したのだ。日本の明治維新と清の洋務運動、根幹から差をつけられた。日清戦争敗戦を知った王曹は、諦観していた。
「清国が日本に敗れたか…。向こうは明治維新で近代化していたからな。こっちは洋務運動。中体西用論だが何だか知らんが、西洋の表面上の真似事をしたに過ぎん…。日本は文明開化で、西洋文化を吸収したからな。これはマズイぞ。」
国際社会において『眠れる獅子』と恐れられていた清国は、日清戦争で弱体化を露呈し、欧米列強から狙われた。賠償金で首が回らなくなり、列強国から借款を受けて経済的に苦しくなった。清国も日本に倣い、近代化することを迫られた。変法派の康有為・梁啓超らにより、日本の明治維新のような変法自強運動の必要性が説かれた。
「近代化しなければ、清は列強国に食われてしまう!!」
1898年、光緒帝は変法派と共に近代化しようとしたが、邪魔する者が現れる。西太后だった。
それぞれの主戦力はこうだ
大日本帝国
指導者・指揮官
明治天皇
伊藤博文
山縣有朋
大山巌
伊東祐享
陸軍
兵力24万人
海軍
軍艦28隻
水雷艇24隻
清
指導者・指揮官
光緒帝
西太后
李鴻章
劉坤一
丁汝昌
陸軍
義勇・練軍35万人
募集兵63万人
計98万人
海軍
軍艦82隻
水雷艇25隻
北洋艦隊
軍艦22隻
水雷艇12隻
広東艦隊
軍艦3隻
海軍合計
軍艦25隻
水雷艇12隻
兵力だけで見れば、兵士は日本が24万人、清は98万人と圧倒的な差がある。清の光緒帝と西太后の下で北洋艦隊など戦力は充実している。
「光緒帝様、あんなちっぽけな小日本(日本の蔑称)なんぞに、我が清が負ける訳無いでしょう。」
若干15歳で宦官になった李馬玉(中国語:リー・マーユー 日本語:り・まぎょく)はほくそ笑む。アヘン戦争・アロー戦争・清仏戦争で敗れたとは言え、相手は欧米列強。同じアジアの日本に敗れる訳は無いと高を括っていた。宦官というのは宮中に仕える去勢された(した)男性の役人で、時に権力を握ることもあった。前漢の司馬遷、後漢の蔡倫、明の鄭和なども宦官であった。
「小日本め。何が大日本帝国だ。」
李馬玉は日本を蔑視していた。
北京にいる王曹は日清戦争勃発を知っていた。
「甲午農民戦争から始まり、今はここか。大日本帝国を侮るなよ。明治維新とかで急速に近代化したからな。」
宣戦布告に至るまでの7月25日に豊島沖海戦があった。朝鮮半島西岸豊島沖にて、日本軍と清軍が戦い、日本軍が無傷で勝利した。清軍は巡洋艦2隻沈没、商船1隻沈没、1100名戦死と被害を受けた。8月26日、日本は朝鮮と日朝両国盟約を締結。日本は朝鮮を味方につけた。
「日朝両国盟約だと?!」
「小日本め、朝鮮を味方にするとは…。」
光緒帝と李馬玉は憤った。
9月15日、平壌攻略戦が勃発。清軍のモンゴル人兵士ゲンドルジンは呟く。
「ここで日本軍を叩く!!」
騎馬遊牧民のモンゴル人である彼は、そう息巻いた。戦闘力は高い彼。だが、近代の白兵戦は個人の力だけではダメ。軍の練度で言えば、日本軍の方が富国強兵による近代化で練度が高かった。1873年の徴兵令で徴兵して編成した日本軍、21年で清と渡り合える程にまで成長していた。
「クソ!!日本軍の方が強い!!」
平壌陥落で日本軍に敗北。9月17日の黄海海戦でも日本軍に敗れ、制海権を失った。
「平壌と黄海海戦で敗れただと?!」
光緒帝と西太后も青ざめ、李馬玉の顔にも焦りが見られる。9月19日、李鴻章は何とか持久戦に持って行こうとした。秋に日本軍は旅順を攻めて行く。
1895年、日本軍に制海権を握られ、3月に遼東半島全域を占領される。4月17日に下関条約が調印され、5月8日に発効された。
下関条約
・清は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを認め、朝鮮から手を引く。
・清国は遼東半島・台湾・澎湖諸島を日本に割譲する。
・清国は賠償金2億両を日本に支払う。
・清国は沙市・重慶・蘇州・杭州を日本に開放する。
・日本は3ヶ月以内に日本軍を清国から引き上げる。
・条約批准の日から戦闘を停止する。
この条約により、日清戦争は終戦。朝鮮は朝貢冊封体制から切り離され、中華世界と華夷秩序は消滅した。台湾は日本の植民地となり、多額の賠償金を支払わされた。日清戦争で日本に敗れたことは清にとって屈辱的であった。
「日本に敗れた…。」
「我が北洋艦隊が、日本軍なんぞに…。」
光緒帝と西太后は呆然としていた。李馬玉もショックを受けていた。
「まさか小日本なんぞに…。イギリスやフランスならまだしも、まさか日本に?!」
中華世界で長らく東夷と見なしていた日本に、屈辱的な敗北を喫したのだ。日本の明治維新と清の洋務運動、根幹から差をつけられた。日清戦争敗戦を知った王曹は、諦観していた。
「清国が日本に敗れたか…。向こうは明治維新で近代化していたからな。こっちは洋務運動。中体西用論だが何だか知らんが、西洋の表面上の真似事をしたに過ぎん…。日本は文明開化で、西洋文化を吸収したからな。これはマズイぞ。」
国際社会において『眠れる獅子』と恐れられていた清国は、日清戦争で弱体化を露呈し、欧米列強から狙われた。賠償金で首が回らなくなり、列強国から借款を受けて経済的に苦しくなった。清国も日本に倣い、近代化することを迫られた。変法派の康有為・梁啓超らにより、日本の明治維新のような変法自強運動の必要性が説かれた。
「近代化しなければ、清は列強国に食われてしまう!!」
1898年、光緒帝は変法派と共に近代化しようとしたが、邪魔する者が現れる。西太后だった。
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