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アレク編

1.出会い

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わたしは今日、死んだ。
そして、生まれた。
どうやらわたしは記憶を持ったまま転生したらしい。

揺れる光を感じながら耳をつんざくような声が自分から出ていることに気づき唐突に思い出したのだ。
しかし、赤子のわたしは現状を把握しようにも集中力が続かず、すぐに眠ってしまう。
腹が減っては泣き、便を出せば泣き、眠くなれば泣き、起きると同時に泣く。とにかく忙しい。
次第にその忙しさが治まりかけた頃、わたしは生まれ変わる前の記憶をようやく整理した。
2度目の生を受けて1歳と1ヶ月を迎えた時だった。

死んだ日のことは、はっきり覚えている。

わたしは女だった。特にこれといった特筆するところはない普通の女だった。
わたしには愛する人がいた。旦那様だ。
わたしはものぐさでマメな掃除と洗濯は得意じゃなかったけど、料理と菓子作りはちょっと自慢できるレベルだった。どこかで勉強したとか映える料理が作れるわけではない。
ただ、ちょっと舌が良かったのと、どの食材を前にしてもあまり怯むことはない、野生的と言うか職人気質なタイプで若干女子力に欠ける女だった。
先にこれといった良いところはないといったが。そうだ。料理は特技だろう。
そして旦那を愛することに関してはおそらく旦那の母親にも勝るとも劣らない。とにかく大好きだった。出逢って20年、結婚して10年。 
子供には恵まれなかったが、毎日ずっと好きだった。

そんなわたしと旦那に訪れた突然の不幸。流行性肺炎ヨロナ感染だ。
わたしは元々用が無ければ外に出ないたちなので感染することはないだろうと思っていたのだが、旦那がキャリアになっていたことに気づかず過ごすうち、わたしが先に重症化した。元々気管支が弱かったのが不味かったのだろう。とはいえ持病もないし、大丈夫だろう鷹をくくっていたら、突然病状が悪化し、あれよあれよという間に重篤化した。
搬入先も都合つかず、人工呼吸器も足りず。
酸素吸入だけで、数日間酸欠で苦しい思いをしたのち、夜中に呼吸が苦しくなり人を呼ぶ暇もなく呼吸困難で息を引き取った。
最後はとてもとてもとても苦しかった。永遠とも思える時間、苦しさに耐え、必死に人を呼ぼうと手を伸ばしたところで目の前が真っ黒になった。

わたしの入院中、後を追うように旦那も入院し、わたしと同様重篤化したところまで看護師から聞いて知っているが、そのあとどうなったかはわからない。
私はただ大好きな旦那と平穏な日々を過ごしていたかった。
おじいちゃんおばあちゃんになるまで、贅沢でなくとも、子宝に恵まれずとも、2人で穏やかに過ごせればそれで良かった。
それなのに、お互い見送ることも見送られることもできずその生涯を42歳で終えた。
出来るなら、生まれ変わっても、また旦那と恋に落ちたい。
今度こそは天寿を全うして最後の時を迎えるその日その時間まで一緒に過ごしたい。それが唯一の…



ところで、新しい世に生を受けて一つ、大きな問題がある。
わたしは「男」として生まれ変わってしまった。気づいたときはひどく動揺した。
また、前世の知識も大体携えているはずなのだが、両親の喋る言葉は全くわからない。聞いたこともない言葉だ。毎日声をかけてキスを落とす両親のおかげでどんなことを言っているのか、少しづつ理解できるようになった。
1歳を迎える頃にはある程度会話を理解できるまでになった。
まだまだ知らない言葉はたくさんあるし、文字もあまり読めない。
うむ。普通の子供として成長しているだけだ。

ただ、少し大きくなって家庭教師がついた頃、一部分に関しては前世の記憶が大いに役立ってくれた。数学だ。
しかしながら前世の頭が大したことなかったのだ。5歳の頃は神童と呼ばれ持て囃されたが、10歳を超える頃には優秀な子に負け、13歳の頃には既に凡人となり、神童などと呼ばれていたことはすっかりと忘れ去られた。何より貴族に生まれ落ちたため、わたしの唯一の得技である料理を披露できるはずもなかった。
運動に関しては、前世は愚鈍な感じだったが、男に生まれたことで10歳を超えてからは前世よりも運動能力は高いと感じた。
前世は剣道が大の苦手だったわたしだが、今世での剣の腕はそこそこと言えた。


さて、思い返してみても取り立てて良いところが見当たらない。
前世の記憶も活躍していると思えない。
見目が良いのかといえば、良くも悪くも普通。平均より少し上といった程度か。これは前世と比べてだ。だって周りにいるのは、鼻が高くて目が大きくて顔も小さくて…綺麗な顔ばっかり並んでるんだよ!
いよいよもってアピールポイントがない。
一つあった。家柄が良い。いや これ俺の手柄じゃねーしな。


男に生まれたことで考え方も男になったようで、幼少期は自分でも引くくらいバカだった。これは勉学という意味ではない。とにかくバカなのだ。
理性などぶっ飛んで本能のまま突き進む生き物だった。いや、コレ前世もそうだった気がする。だが、大変楽しかった。後悔はない。


いよいよ持って良いところが見当たらないな。
それでも、優秀な家庭教師と有能な家の従事者達のお陰で、騎士訓練学校に入学許可が出る水準には至れた(ギリギリでも合格すれば良いのだ)
侯爵家三男として生まれた俺は爵位を継げないと分かっていても、子供の時から英才教育が施された。
残念ながら全てに置いて吸収することはできなかったが。


何? お前の自虐発言はお腹いっぱい?
まぁ、もう少し我慢してくれ。
ここからが俺の薔薇色の人生の始まり。のはずだ。


前世の記憶のせいで料理人を困らせる事はあれど、無事15歳の成人式を迎え、晴れて騎士訓練学校へ入学することとなった。
その後4年間の訓練を終え、新人騎士として配属された先でその人に出会ったのだ。


「本日から配属になります、アレクサンドリア・フィエン・リーデンブルグ です。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む、第二隊隊長のヨシュア・ハイン・リッテンバーグだ。アレクで良いか?」
「あ はい!」

ヨシュアと紹介を受けたその人は、前世の伴侶、わたしの旦那様だった人だ。
いや、本当にそうかと言われると、少々不安になる程見た目は全くと言って良いほど似てはいないのだが、なぜか、心が、体が、心臓が、「そうだ」と訴えてくる。忘れかけていた過去の記憶が怒涛のように流れ込んで来た。

配属された先は国の事業に関する護衛や支援を行うのが主な部署で大きく王都、国境、都外の3部隊に分かれており、その国境部隊の下にある小部隊だった。その隊長を務めるのが愛しの旦那様だ。元だがな。

「… つかぬことを聞くが、どこかで会ったことがあるだろうか?」
「はい? ない、と思いますが…」

どうやら前世の旦那様も俺を見て既視感を覚えてくれたらしい。
いやしかしそれにしてもどうなの。そのナンパみたいな言葉。
とはいえ俺に少しでも興味を持ってくれたのなら嬉しい。

「彼は教育係のシュートイナだ。今から説明するアレクの仕事と作業内容やその他わからないことがあれば色々と聞くと良い。」
「シュートイナ・リッツ・オルメデオだ。シューでもシュートでもお好きにアレク」
「よろしくお願いします」
「早速今日の作業内容だが…」

シュートと名乗る一個上の先輩は丁寧に色々と教えてくれた。
今この地域に派遣されている舞台は4つ。
第一、第四部隊が東側、第二、第三部隊が西側に配属されている。
新人が配属されたのは3人で西に1人、東に2人だ。

この西側の山は魔獣が住む地域なので、夜になると現れることが多い。開拓を進めた土地は昼でも魔獣が出ることがあるので開発地域に騎士が派遣される。

魔獣は地熱の高い場所や、休火山の近く、海の近く、地下油田や鉱山の近くで発見されることが多い。街中で出ることは殆どないが、極稀に人を襲う事もある。農家や城壁のある街で過ごす者は一生合わないことも多い。

手を出さなければお互い軋轢を生むことは無いのだが。魔獣が住む地にはどこも発展を望む人間の欲しがる資源が眠っている。そのため人間はそれらを追い払う、殲滅するという方法で奪っているのだ。

だが、人間が悪いとも一概には言えない。
魔獣は、少ない個体で生活していれば人を襲うこともなく、ほとんど問題は発生しないが、繁殖を繰り返し、そこに魔獣が長期に住み着くと、その土地は砂漠と化してしまう。
そのメカニズムは分かっていないが、魔獣は飢えると土地のエネルギーを食べると言われている。
住み着いた場所に餌が多いうちは問題ないが、繁殖して餌が減るとエネルギーを食うのだ。

この国にある3カ所の砂漠地帯は元々魔獣の住処だった場所だ。1カ所は大きな砂漠で後の2カ所はそれほど大きくない。魔獣が砂漠化させる事を国の研究機関が突き止め対処したからだ。対処が遅かったために狭い範囲とは言え砂漠と化してしまったのだ。

人間が資源を食い尽くすか、魔獣がエネルギーを食い尽くすか。この世界にとってさほど変わりは無いだろうな。

俺たちの国は資源が多い分魔獣の住み着く場所がいくつも発見されていた。
この地もその一つだ。

この世界、今俺がいる国は地球でいうと中世期のヨーロッパの様な雰囲気と発展具合なのだが、実のところ全く違う。歴史や宗教、言葉もおそらく地球のものとは別物だ。
この世界が何なのか、パラレルなのか、別銀河に存在する地球なのか。
考えたところで、そんな難しいことは俺にはわからないのだが。

---

「アレク お前、隊長となんかあったの?」

現地周りのため隊長部屋(テント)を出たところでいきなり聞かれた。

「へ!?」
「だって、あの隊長が初対面で「どこかで会ったことがあるか」なんてこと言うの変だし、それにお前もずーーーーーーっと隊長の顔見てたじゃねえか」

何?俺そんなに見てたか?うわーそれわかりやすすぎだろ。

「それとも、隊長に一目惚れしたとか?」
「あ…えええっと? ちがいます…よ?」
「好きモンだな」

この世界で、一般に同性婚はないが、貴族ではたまに存在する。だがそれは政略的なものが殆どだ。中には本当に愛し合っている夫夫もいるかもしれないが、大抵他に妾婦がいるか、妾として入るかのどちらかだ。

ただ、男所帯の騎士の中には少なからずそういった趣向のものはいる。
俺は侯爵の出のため騎士学校へ就学した期間は短いが、平民や男爵家など、人によっては6年、8年と長期に在籍する者もいる。
女のいない環境で思春期を過ごせば、仕方のないことだろう。
俺は今世では平均より身長は高いが顔はさして良いわけではない。それでも1、2度男から可愛らしい手紙をもらったことはある。攻め方に気に入られる容姿ではないようで、お陰さまで掘られることもなく、代わりに通過儀礼とばかりに先輩に連れて行かれた高級娼館で筆下ろしを済ませた。
前世で、男の言い訳だと思っていた股にぶら下がるナニが別人格だというのは今世で男のいいわけじゃなかったんだなと理解した。
コイツたまにままならんのだ。



先ほどヨシュアの顔を見てからというもの、とにかく話したい、近づきたい、仲良くなりたい、恋人になりたいという感情ばかりが湧いている。一目惚れというのはあながち嘘ではない。

「おーい 聞いてるのか」
「あ はい 聞いてます」
「絶対聞いてなかったろ」
「すんません、もう一度お願いします」
「はぁ、気を引き締めろよ」

ちょっと情けない。

---

「アレク、お前の部屋はここだ」

寄宿舎へ戻ると俺の部屋に案内された。

「風呂とかはわかるか?」
「教えてもらえると助かります」
「じゃあ 飯食ったあと声かけるわー」
「ありがとうございます」

今日の業務はほぼ説明と面通しで終了したが、歩いた距離が多く、挨拶ばかりで気疲れもあった。
ゆっくり風呂に浸かりたいところだ。

食堂へ行くとシュートの他に、背の高い男がいた。

「おーアレク、お前も一緒に食うか?」
「あ!シュートさん。えっと?アレクです」
「ミルドレッドだ。ミルドでいいよ」

柔和な雰囲気で応えてくれたミルドは事務方の隊員でシュートと同期らしい。俺の同期は皆東側の部隊に配属されている。2人楽しくやっているんだろうか。

「西側の新人、お前だけなんだな」
「そうみたいなんです。ちょっと寂しいです」
「ま、俺らはあんまり年に差が無いし、何かあれば力になっから、気軽に言えよ」
「僕も、仕事は違うけどわからないことがあれば聞くといいよ」
「ありがとうございます」

教育担当のシュートが面倒見良さそうなのは今日一日一緒にいて感じたが、ミルドさんも優しそうだ。

「それにしても、アレク、お前の隊長への視線 なんなの?」
「なんだい?それ」

朝の紹介時に俺が隊長をじーっと見つめていたことを蒸し返してきたようだ。

「それがさ、今日一日中隊長見つける度にじーーーっと見つめてるんだよコイツ。
何?やっぱ 一目惚れしたの?」

「ぶほっ!?」

え!?まさか、見つめてたの朝だけじゃなかったのか!俺! うわー ヤベェ完全に無意識だ… いや確かに今日一日を思い起こすと隊長の後ろ姿とか、隊長の横顔とか、隊長のつむじとか、隊長の手とか、隊長の… 俺めっちゃみてるやん。

「なー?」

下を向いて黙りこくった俺を揶揄うようにシュートが覗き込むと、ミルドが助け舟出してくれた。

「あまり揶揄ってやるなよ」
「すんません、わかんないんです」
「ん?」
「あー えっと、気になるのはそうなんですけど、この感情がなんなのかよくわかんなくて」

そうなのだ。俺の体は、心は全身で元旦那の生まれ変わりであるヨシュアが欲しくてたまらない。でもそれが本当に『俺』の気持ちなのか、前世の記憶に引きずられたものなのか、まだイマイチ整理できていない。

「ふーん?」
「男が気になるのは初めてってこと?」
「そんな感じです」

それとは違うが、説明のしようもないのでそう答える。

「会ったのは今日が初めてってのは本当なんだろ?」
「はい」
「じゃあ、時間かけて隊長を知ればその気持ちの答えも出るんじゃないか?」
「そう、ですね。はは」

少し気が抜けて乾いた笑いが出た。

「仕事はキッチリやれよ!」
「頑張ります」

「風呂、21時くらいでいいか?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、その頃声かけるわ」


シュートと連れ立って浴場へ向かうと、風呂上りのヨシュアに出会った。

「隊長、もう風呂上がったんすか」
「ああ 今日はデスク作業が長かったから肩が凝ってな。早めに入ったんだ」
「コイツに揉ませたらいいんすよ」
「それはパワハラじゃないか?」
「隊長は真面目っすね~ アレク、お前マッサージ上手いんだよな?」

シュートとそんな話をした記憶はないが、前世では旦那によくマッサージしていた。楽しんでやってた記憶がある。上手いかどうかはしらん。

「あえ!? あ ハイ 隊長がお望みなら」
「む。じゃあ アレクが風呂から上がったら頼んでいいか?俺の部屋は518号室…アレクの部屋の4つ奥の角だ」
「はい。わかりました、後ほど伺います」

振り向くとシュートがウィンクしてきた。なんだろう、嬉しいが悔しいぞ。

浴場に着くと大浴場が見えて少し嬉しくなった。ここは温泉。やっほう!

体を洗い、少し熱めの浴槽に浸かると今日歩き回って固まった足をほぐした。

この宿舎は平時、稀に来る旅行客や冒険者が利用しているが、今は国が丸々借りて騎士のみが宿泊している。遠征期間が一年と長いため、特設テントでは士気が落ちるだろうとの判断で、きちんとした宿に大幅な増築を施した上で借り上げたのだそうだ。国境部隊はテント生活が多いと聞いていたので嬉しい誤算だ。浴場は宿と隣接しており、他の宿と共同だ。外部の客も利用出来るらしいが、近くにいくつか入浴施設が出来つつあるので、利用者はほぼ騎士である。
国境部隊の遠征が終わる頃には安全に観光できる土地に変わるはずで、俺達が宿を出ても客は入る予定だ。

シュートに一声かけてから先に風呂を上がり、フロントに顔を出した。そこでマッサージ用に蒸しタオルとオイルを用意してもらった。

コンコンコン

「アレクです」
「入れ」



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