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アレク編
5.縁談
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「おー、久しぶりだな、弟よ」
「兄貴!?なんでこんなところに」
「こんなところって。お前から手紙を貰ったからな。その返事に」
「いや、返事なら手紙で書けば良いだろ」
「噂の隊長殿にも会ってみたくてな」
その時丁度隊長が宿舎に戻って来た。
俺の目線がそっちに行ったと思ったらすかさず兄貴が躍り出る。
「貴殿が隊長のリッテンバーグ殿だろうか?」
「貴方は?」
「アレクサンドリアの兄でアイオライトという。以後お見知り置きを」
恭しく嘘くさい礼をする兄をみて、隊長も軽く礼をした。
「アレクサンドリアの兄上殿でしたか、ヨシュア・ハイン・リッテンバーグです」
「末弟が世話になっている。今日は弟に会いにな」
「そうですか。では私はこれで。ごゆっくり温泉を堪能してお過ごし下さい。」
「ああ、ではまた」
「(また?)」
「で、なんでこんなところまで?」
「手紙の返事だと言っただろ」
「それを口実に温泉にでも入りに来たのか?」
「なんだ、わかってるじゃないか」
この兄貴は傍若無人だが人脈が広く、その上よくわからないカリスマ性に富んでいて、侯爵家次男の癖に公爵家の婿に入った生え抜きだ。人類の半分には嫌われているだろうが、もう半分には猛烈に好かれる特異人格。こんな男と結婚して奥さんも大変だろうなと思う。
「で?どうだったの?」
「何がだ?」
「何がってモーダート伯爵が持ちかけた縁談だよ」
「まぁまぁそんなことより、温泉に案内してくれ」
こうなったら意地でも言わない人なので、仕方なく近場の温泉に案内した。
「あーーー。気持ちいいな。やはり大きな湯船が家にも欲しいね」
「屋敷に作ると管理が大変だぞ」
「その分使用人を増やせば良いだろう」
「それだけ迷惑かける人間が増えるってことだろ」
「違うな、仕事を増やしてやってるんだ。感謝されるさ」
「主人がわがままじゃなけりゃな」
「なんだ、随分と言うようになったな」
「兄貴のせいで不幸になった人を何人も見てきたからな」
「せっかくお前の喜びそうな情報を持っていてやったと言うのに」
「はいはいありがとうございます」
「風呂上がりのエールで許してやろう」
「なんで俺より稼ぎのいい奴に奢らなきゃなんねんだよ」
「お前、あの隊長殿に恋慕してるんだろう?」
「!」
よりにもよって一番やな奴にバレた。
自分でもまだ整理出来ていない気持ちを。
「さっき隊長殿の顔を見たときのお前の顔がな。お前の大好物のステーキを前にした目だったぞ?」
このデリカシーのない男を殴りたくなってきた。
風呂はさっさと上がってエールを二本買う。
外の風に当たりながら涼んでいる兄貴に渡すと、飯に行こうと誘われた。
兄貴が奢ってくれると言うので、いつもなら高くて入れない店に連れて行ってやった。
出てくるコース料理はどれも美味しく、サービスも行き届いていた。兄貴は気分を良くしたのかワインも2本目を頼んでいた。
「それで?モーダート伯爵は何故隊長に縁談を?」
「おお、そうだったな。あそこの一人娘を知っているか?」
「ああ、ロアーヌ嬢か?綺麗な人で聡明な女性だったと記憶してるが」
「そうだ。その聡明なロアーヌ嬢が恋に堕ちたそうだ」
「は?」
「だから、ロアーヌ嬢は隊長殿に一目惚れしたそうだ」
「一目惚れ!?」
「今回の遠征部隊が派遣される前、団結式があったんだが、その時に開催されたパーティーで見染めたそうだ」
「あの式に参加してたのか」
俺はまだ騎士訓練生だったときだ。
「らしいな。もう一年前の話だが。その後からロアーヌ嬢は隊長のことを調べ上げて、クレメンスに持ちかけたそうだ。婿にするというわけでも無かったし、子種を貰うためと言っても爵位が爵位だからな。ずいぶんと渋ったそうだが、ロアーヌ嬢の強い想いに折れたそうだ。これからの時代、貴族だなんだと言うよりも、その地位にふさわしい能力と人格が必要だと熱弁したそうだよ。それにだ。ロアーヌ嬢は後継が居なくなって後釜をどうするか悩んでいる領地をいくつも候補を上げて空きの爵位まで複数見繕ってきたらしいぞ。そういった土地が増えて今国が音をあげているのを見越してそこにつけ込んだんだな。先の戦争で有能な引き継ぎ手を失い、無能な子供が継いで重すぎる税をかけたせいで領民と土地を潰し今では利益の見込めない場所になっている領地も多いと聞く。逆に平民の子供は増える一方だ。国はその是正に力を注いでいるから消えゆく領地にはかまっていられないのが現状だ。全く末恐ろしいご令嬢だよ。
それにあの隊長殿は年齢と爵位には相応しくないほどの出世頭だそうじゃないか。」
「確かに、そうだね」
「なんだ。この報告では気に入らんか?」
「いや、一目惚れ、か」
俺も一目惚れなんだけどな。性別が違うと言うだけで、これだけ出来ることが違う。俺は少し悲しく、虚しくなった。
兄貴の話を聞く限り、悪い意味での企みらしいところは一つもない。本当に好条件だ。徐爵に関しては確定ではないかもしれないが、隊長の今後を考えるならこれ以上の条件はないように思う。騎士の婚期は貴族より遅いとは言え隊長ももう良い年齢だ。隊長には幸せになって欲しいし、もっと出世して然りの人だ。
まだたった3ヶ月だが一緒に仕事をして、それは目の当たりにしている。この人はもっと上に行くべき人だと。
「隊長、この縁談を受ければもっと上に上がれるかな」
「隊長殿がどのような男かは噂でしか知らぬが、まぁ間違いなく上がれるだろうな。ロアーヌ嬢が付くと考えればどんな無能だろうが多少は上がれるさ。だが私はお前の方が上官向きだと思うぞ」
「は?」
「別に慰めてるわけじゃない。お前にはそう言う素養があると言っているんだ」
「今でも仕事の覚えが悪いと先輩にバカにされてっけど?」
「そう言うことではない。仕事なんて有能な部下に任せてしまえばいい。お前は担がれた神輿の振りでもしていればいいのさ」
「なんだよそれ、結局バカにしてんじゃねぇか」
兄貴はそのまま笑いで返してその声もワインに消えて行った。
兄貴はたまに別の部隊にも顔を出していたようだが主に遠征地の飲み歩きしていたようで、3日ほど経って帰って行った。本当になんだったんだ。
あの内容なら手紙でよかっただろ。
「君の兄上は随分と人好きする人なのだな。その分多少敵も作るようだが」
「多少どころか会う人の半分以上敵ですよ」
「ははは、そうか。そこもあの人の魅力なのだろうな」
兄貴は仲良くなった人はもちろん、敵でさえ自分の思い通りに動かす。長男は生真面目で自他共に認める文句なしのエリートだが、次兄は実力で上がった人だ。
尊敬する部分はもちろんあるが、2人とも優秀なせいで俺は出来損ないのレッテルが貼られている。それは間違いでも無いが。
あの後何度か隊長とも会話することがあったようで、隊長も兄貴に少し憧れているようだった。いや、羨んでいたと言った方が正しいだろうか。
自由奔放に振る舞う兄貴を見て憧れる男は多い。
隊長とこうやって同じ時間に食事が取れることもあまりない。良い機会だと思って話たいことがあるので部屋に行って良いか聞いてみると、許可の返事をもらった。
「で?話とはなんだ?」
手土産に持ってきたウィスキーを口に含んで隊長が聞いてくる。
俺は少し緊張して、だがはっきりと答えた。
「クレメンスさんからの縁談ですが」
「ああ」
「受けて良いと思います」
「ん?急にどうした」
「兄貴に少し話を聞きました。隊長が考えるような裏は無さそうです」
「だが、」
「ロアーヌが隊長に一目惚れしたそうです」
「…」
「嘘では無いです。一度会われてみてはいかがですか?」
「お前はそれで、…いや、なんでも無い」
「ロアーヌ嬢は確かに聡明な女性ですが、会ってみたら可愛らしいところがあるかもしれませんよ」
「そう、だな。わかった、遠征が終わったら話を進めてもらうことにするよ。ありがとう」
珍しく、隊長と目が合う時間が長かった気がする。
俺の言葉を疑っていたのだろうか。俺は少し捲し立てるように話すと、
「お幸せに」
と告げて部屋を出た。
---
来週には中枢に戻る予定だ。
隊長の階級が上がれば、一緒には居られなくなるだろうし、結婚すれば遠征部隊への配属も減る。
俺は遠征部隊へ希望を出しているからもし結婚したとしても定期的に外に出されることになるだろう。
隊長は領主補佐としての領地での仕事に従事する可能性もある。この結婚が決まったら本当に会えなくなってしまう。
中枢へ戻ると、程なくして隊長はロアーヌ嬢と会ったそうだ。はじめに相談したのが俺だったためか、ロアーヌ嬢と会うたびに俺に報告してくれた。
話に聞くロアーヌ嬢は聡明ではあるが、どこかおっちょこちょいで、隊長の前では良くポカをやらかすらしい。そこが妙に可愛いと言っていた。その話を聞くのは気分の良いものではなかったが、隊長の恋愛話を聞き漏らしたく無いこともあって、積極的に話し相手になった。
そして縁談が纏まってすぐ、隊長の階級が上がり俺は第二部隊の隊長に任命された。
部隊の人たちは納得してないはずだったが、人とは恐ろしい。皆、俺が任命された日から敬語に変わった。
俺が隊長になる際にディートリヒとシュートイナは別の部隊へ移動となった。ディートリヒはヨシュア中尉のいる部隊へ、シュートイナは横滑りで別の隊へ。シュートイナは俺の直属の教育担当だったから軋轢を避けるためだと思われる。
代わりに入った3人のうち1人はガンツと年の変わらないベテラン隊員でバルドゥール、残り2人は若い隊員で伯爵家三男と男爵家次男のゲルトルトとエミールだ。ゲルトルトはなかなか有能で仕事もやりやすかった。ガンツは爵位のある2人が入ってやりにくそうではあったが、もともと悩まないタチなのか直ぐに慣れたようだった。イシスは俺に敬語を使うようになり。揶揄われることもなくなった。
エミールは威張るわりに大した仕事も出来ない無い男だったが、それでも憎めない可愛げのある男だったのでゲルトルトと良く飲みに誘った。
しかしあくまでも上司に付き合う2人という姿勢は変わらず、俺は友のいない虚しい時間を過ごした。
同期達も、俺が隊長任命されてからは敬語に変わったのだから。
俺が仕事の相談をできる相手は、ヨシュアだけになってしまった。まぁヨシュアなら俺の下に付くことはないだろうしな。
「最近はどうだ?」
「部下が部下らしくて代わり映えないですよ」
「それは隊長になったからには仕方ないな、お前やディートリヒのような男はあまりいない」
「そういえば、ディートリヒさん引っ張ったのって隊長なんですよね?」
「もうお前の隊長では無いんだがな。部隊に呼んだのはディートリヒ本人の希望だ。上の部隊に行きたいなどと珍しいことを言うと思ったが、俺の赴任する部隊に同年代の仲のいい奴が居たらしくてな。どこまでも自分本意な男だよ」
「そう、だったんですか」
でも、愛称で呼んでたじゃないか。
「隊長、ディートリヒさんとは長いんですか?」
「2つ目の配属先で一緒になってからかな。もう4年になるか。だいぶ年齢も上なんだがな、気を使わなくて済むんだ。多分そういうの気にしないタイプなんだと思うが、あまり周りにそれを理解してる者はいない。ディートリヒには昔からなんだかんだと仕事の相談に乗ってもらっていたんだ。アイツ、ああ見えて意外と情報通なんだ。ディートリヒもお前くらい可愛げがあれば階級ももっと上だっただろうに」
「それ、褒められてるんですかね?」
「お前は俺にない人好きする雰囲気があるからな。」
「本当に好きな人には好いて貰えないですけどね」
「なんだ、そういう人がいたのか?知らなかったな」
かと言って深く突っ込んで聞いてきたりはしない。
「お前ももう少し自分の思った通りに生きてみてもいいんじゃないか?」
「俺、そんなに我慢してるように見えます?」
「たまに、な。お前の良いところでもあるんだろうし、悪いところでもあると思ってる」
俺が我慢しなくなって困るのはアンタだろうが。
俺たちはその後、部隊が離れても、任務地が変わっても、どちらからともなく顔を見れば、時間が合えば、誘い合って飲み出るようになっていた。
気のおけない友人のようでもあり、プラトニックな恋人のようでもあり、ただ何をするでもなく一緒に時間を過ごすことが当たり前になっていた。
俺がその時間を求めたことが大きな原因の一つではあるが、ヨシュアもそれを嫌がる気配はなかった。
---
ヨシュアの宿舎で飲んでいるとき、白い封筒を渡してきた。
ヨシュアの結婚式の招待状だ。
仕事につながりのない今、呼んでもらえたことは嬉しいが、これで本当に誰かのものになってしまうのかと現実を突き付けられて受け取った書状をみて放心してしまった。
自分が薦めた縁談ではあったが、自分のしたことを今になって思い知ったのだ。
誰だ、前世に気持ちが引きずられているなんて言ってたやつは。そんなの全然関係ないじゃないか。
その日から、俺は酒に逃げ込んだ。
「兄貴!?なんでこんなところに」
「こんなところって。お前から手紙を貰ったからな。その返事に」
「いや、返事なら手紙で書けば良いだろ」
「噂の隊長殿にも会ってみたくてな」
その時丁度隊長が宿舎に戻って来た。
俺の目線がそっちに行ったと思ったらすかさず兄貴が躍り出る。
「貴殿が隊長のリッテンバーグ殿だろうか?」
「貴方は?」
「アレクサンドリアの兄でアイオライトという。以後お見知り置きを」
恭しく嘘くさい礼をする兄をみて、隊長も軽く礼をした。
「アレクサンドリアの兄上殿でしたか、ヨシュア・ハイン・リッテンバーグです」
「末弟が世話になっている。今日は弟に会いにな」
「そうですか。では私はこれで。ごゆっくり温泉を堪能してお過ごし下さい。」
「ああ、ではまた」
「(また?)」
「で、なんでこんなところまで?」
「手紙の返事だと言っただろ」
「それを口実に温泉にでも入りに来たのか?」
「なんだ、わかってるじゃないか」
この兄貴は傍若無人だが人脈が広く、その上よくわからないカリスマ性に富んでいて、侯爵家次男の癖に公爵家の婿に入った生え抜きだ。人類の半分には嫌われているだろうが、もう半分には猛烈に好かれる特異人格。こんな男と結婚して奥さんも大変だろうなと思う。
「で?どうだったの?」
「何がだ?」
「何がってモーダート伯爵が持ちかけた縁談だよ」
「まぁまぁそんなことより、温泉に案内してくれ」
こうなったら意地でも言わない人なので、仕方なく近場の温泉に案内した。
「あーーー。気持ちいいな。やはり大きな湯船が家にも欲しいね」
「屋敷に作ると管理が大変だぞ」
「その分使用人を増やせば良いだろう」
「それだけ迷惑かける人間が増えるってことだろ」
「違うな、仕事を増やしてやってるんだ。感謝されるさ」
「主人がわがままじゃなけりゃな」
「なんだ、随分と言うようになったな」
「兄貴のせいで不幸になった人を何人も見てきたからな」
「せっかくお前の喜びそうな情報を持っていてやったと言うのに」
「はいはいありがとうございます」
「風呂上がりのエールで許してやろう」
「なんで俺より稼ぎのいい奴に奢らなきゃなんねんだよ」
「お前、あの隊長殿に恋慕してるんだろう?」
「!」
よりにもよって一番やな奴にバレた。
自分でもまだ整理出来ていない気持ちを。
「さっき隊長殿の顔を見たときのお前の顔がな。お前の大好物のステーキを前にした目だったぞ?」
このデリカシーのない男を殴りたくなってきた。
風呂はさっさと上がってエールを二本買う。
外の風に当たりながら涼んでいる兄貴に渡すと、飯に行こうと誘われた。
兄貴が奢ってくれると言うので、いつもなら高くて入れない店に連れて行ってやった。
出てくるコース料理はどれも美味しく、サービスも行き届いていた。兄貴は気分を良くしたのかワインも2本目を頼んでいた。
「それで?モーダート伯爵は何故隊長に縁談を?」
「おお、そうだったな。あそこの一人娘を知っているか?」
「ああ、ロアーヌ嬢か?綺麗な人で聡明な女性だったと記憶してるが」
「そうだ。その聡明なロアーヌ嬢が恋に堕ちたそうだ」
「は?」
「だから、ロアーヌ嬢は隊長殿に一目惚れしたそうだ」
「一目惚れ!?」
「今回の遠征部隊が派遣される前、団結式があったんだが、その時に開催されたパーティーで見染めたそうだ」
「あの式に参加してたのか」
俺はまだ騎士訓練生だったときだ。
「らしいな。もう一年前の話だが。その後からロアーヌ嬢は隊長のことを調べ上げて、クレメンスに持ちかけたそうだ。婿にするというわけでも無かったし、子種を貰うためと言っても爵位が爵位だからな。ずいぶんと渋ったそうだが、ロアーヌ嬢の強い想いに折れたそうだ。これからの時代、貴族だなんだと言うよりも、その地位にふさわしい能力と人格が必要だと熱弁したそうだよ。それにだ。ロアーヌ嬢は後継が居なくなって後釜をどうするか悩んでいる領地をいくつも候補を上げて空きの爵位まで複数見繕ってきたらしいぞ。そういった土地が増えて今国が音をあげているのを見越してそこにつけ込んだんだな。先の戦争で有能な引き継ぎ手を失い、無能な子供が継いで重すぎる税をかけたせいで領民と土地を潰し今では利益の見込めない場所になっている領地も多いと聞く。逆に平民の子供は増える一方だ。国はその是正に力を注いでいるから消えゆく領地にはかまっていられないのが現状だ。全く末恐ろしいご令嬢だよ。
それにあの隊長殿は年齢と爵位には相応しくないほどの出世頭だそうじゃないか。」
「確かに、そうだね」
「なんだ。この報告では気に入らんか?」
「いや、一目惚れ、か」
俺も一目惚れなんだけどな。性別が違うと言うだけで、これだけ出来ることが違う。俺は少し悲しく、虚しくなった。
兄貴の話を聞く限り、悪い意味での企みらしいところは一つもない。本当に好条件だ。徐爵に関しては確定ではないかもしれないが、隊長の今後を考えるならこれ以上の条件はないように思う。騎士の婚期は貴族より遅いとは言え隊長ももう良い年齢だ。隊長には幸せになって欲しいし、もっと出世して然りの人だ。
まだたった3ヶ月だが一緒に仕事をして、それは目の当たりにしている。この人はもっと上に行くべき人だと。
「隊長、この縁談を受ければもっと上に上がれるかな」
「隊長殿がどのような男かは噂でしか知らぬが、まぁ間違いなく上がれるだろうな。ロアーヌ嬢が付くと考えればどんな無能だろうが多少は上がれるさ。だが私はお前の方が上官向きだと思うぞ」
「は?」
「別に慰めてるわけじゃない。お前にはそう言う素養があると言っているんだ」
「今でも仕事の覚えが悪いと先輩にバカにされてっけど?」
「そう言うことではない。仕事なんて有能な部下に任せてしまえばいい。お前は担がれた神輿の振りでもしていればいいのさ」
「なんだよそれ、結局バカにしてんじゃねぇか」
兄貴はそのまま笑いで返してその声もワインに消えて行った。
兄貴はたまに別の部隊にも顔を出していたようだが主に遠征地の飲み歩きしていたようで、3日ほど経って帰って行った。本当になんだったんだ。
あの内容なら手紙でよかっただろ。
「君の兄上は随分と人好きする人なのだな。その分多少敵も作るようだが」
「多少どころか会う人の半分以上敵ですよ」
「ははは、そうか。そこもあの人の魅力なのだろうな」
兄貴は仲良くなった人はもちろん、敵でさえ自分の思い通りに動かす。長男は生真面目で自他共に認める文句なしのエリートだが、次兄は実力で上がった人だ。
尊敬する部分はもちろんあるが、2人とも優秀なせいで俺は出来損ないのレッテルが貼られている。それは間違いでも無いが。
あの後何度か隊長とも会話することがあったようで、隊長も兄貴に少し憧れているようだった。いや、羨んでいたと言った方が正しいだろうか。
自由奔放に振る舞う兄貴を見て憧れる男は多い。
隊長とこうやって同じ時間に食事が取れることもあまりない。良い機会だと思って話たいことがあるので部屋に行って良いか聞いてみると、許可の返事をもらった。
「で?話とはなんだ?」
手土産に持ってきたウィスキーを口に含んで隊長が聞いてくる。
俺は少し緊張して、だがはっきりと答えた。
「クレメンスさんからの縁談ですが」
「ああ」
「受けて良いと思います」
「ん?急にどうした」
「兄貴に少し話を聞きました。隊長が考えるような裏は無さそうです」
「だが、」
「ロアーヌが隊長に一目惚れしたそうです」
「…」
「嘘では無いです。一度会われてみてはいかがですか?」
「お前はそれで、…いや、なんでも無い」
「ロアーヌ嬢は確かに聡明な女性ですが、会ってみたら可愛らしいところがあるかもしれませんよ」
「そう、だな。わかった、遠征が終わったら話を進めてもらうことにするよ。ありがとう」
珍しく、隊長と目が合う時間が長かった気がする。
俺の言葉を疑っていたのだろうか。俺は少し捲し立てるように話すと、
「お幸せに」
と告げて部屋を出た。
---
来週には中枢に戻る予定だ。
隊長の階級が上がれば、一緒には居られなくなるだろうし、結婚すれば遠征部隊への配属も減る。
俺は遠征部隊へ希望を出しているからもし結婚したとしても定期的に外に出されることになるだろう。
隊長は領主補佐としての領地での仕事に従事する可能性もある。この結婚が決まったら本当に会えなくなってしまう。
中枢へ戻ると、程なくして隊長はロアーヌ嬢と会ったそうだ。はじめに相談したのが俺だったためか、ロアーヌ嬢と会うたびに俺に報告してくれた。
話に聞くロアーヌ嬢は聡明ではあるが、どこかおっちょこちょいで、隊長の前では良くポカをやらかすらしい。そこが妙に可愛いと言っていた。その話を聞くのは気分の良いものではなかったが、隊長の恋愛話を聞き漏らしたく無いこともあって、積極的に話し相手になった。
そして縁談が纏まってすぐ、隊長の階級が上がり俺は第二部隊の隊長に任命された。
部隊の人たちは納得してないはずだったが、人とは恐ろしい。皆、俺が任命された日から敬語に変わった。
俺が隊長になる際にディートリヒとシュートイナは別の部隊へ移動となった。ディートリヒはヨシュア中尉のいる部隊へ、シュートイナは横滑りで別の隊へ。シュートイナは俺の直属の教育担当だったから軋轢を避けるためだと思われる。
代わりに入った3人のうち1人はガンツと年の変わらないベテラン隊員でバルドゥール、残り2人は若い隊員で伯爵家三男と男爵家次男のゲルトルトとエミールだ。ゲルトルトはなかなか有能で仕事もやりやすかった。ガンツは爵位のある2人が入ってやりにくそうではあったが、もともと悩まないタチなのか直ぐに慣れたようだった。イシスは俺に敬語を使うようになり。揶揄われることもなくなった。
エミールは威張るわりに大した仕事も出来ない無い男だったが、それでも憎めない可愛げのある男だったのでゲルトルトと良く飲みに誘った。
しかしあくまでも上司に付き合う2人という姿勢は変わらず、俺は友のいない虚しい時間を過ごした。
同期達も、俺が隊長任命されてからは敬語に変わったのだから。
俺が仕事の相談をできる相手は、ヨシュアだけになってしまった。まぁヨシュアなら俺の下に付くことはないだろうしな。
「最近はどうだ?」
「部下が部下らしくて代わり映えないですよ」
「それは隊長になったからには仕方ないな、お前やディートリヒのような男はあまりいない」
「そういえば、ディートリヒさん引っ張ったのって隊長なんですよね?」
「もうお前の隊長では無いんだがな。部隊に呼んだのはディートリヒ本人の希望だ。上の部隊に行きたいなどと珍しいことを言うと思ったが、俺の赴任する部隊に同年代の仲のいい奴が居たらしくてな。どこまでも自分本意な男だよ」
「そう、だったんですか」
でも、愛称で呼んでたじゃないか。
「隊長、ディートリヒさんとは長いんですか?」
「2つ目の配属先で一緒になってからかな。もう4年になるか。だいぶ年齢も上なんだがな、気を使わなくて済むんだ。多分そういうの気にしないタイプなんだと思うが、あまり周りにそれを理解してる者はいない。ディートリヒには昔からなんだかんだと仕事の相談に乗ってもらっていたんだ。アイツ、ああ見えて意外と情報通なんだ。ディートリヒもお前くらい可愛げがあれば階級ももっと上だっただろうに」
「それ、褒められてるんですかね?」
「お前は俺にない人好きする雰囲気があるからな。」
「本当に好きな人には好いて貰えないですけどね」
「なんだ、そういう人がいたのか?知らなかったな」
かと言って深く突っ込んで聞いてきたりはしない。
「お前ももう少し自分の思った通りに生きてみてもいいんじゃないか?」
「俺、そんなに我慢してるように見えます?」
「たまに、な。お前の良いところでもあるんだろうし、悪いところでもあると思ってる」
俺が我慢しなくなって困るのはアンタだろうが。
俺たちはその後、部隊が離れても、任務地が変わっても、どちらからともなく顔を見れば、時間が合えば、誘い合って飲み出るようになっていた。
気のおけない友人のようでもあり、プラトニックな恋人のようでもあり、ただ何をするでもなく一緒に時間を過ごすことが当たり前になっていた。
俺がその時間を求めたことが大きな原因の一つではあるが、ヨシュアもそれを嫌がる気配はなかった。
---
ヨシュアの宿舎で飲んでいるとき、白い封筒を渡してきた。
ヨシュアの結婚式の招待状だ。
仕事につながりのない今、呼んでもらえたことは嬉しいが、これで本当に誰かのものになってしまうのかと現実を突き付けられて受け取った書状をみて放心してしまった。
自分が薦めた縁談ではあったが、自分のしたことを今になって思い知ったのだ。
誰だ、前世に気持ちが引きずられているなんて言ってたやつは。そんなの全然関係ないじゃないか。
その日から、俺は酒に逃げ込んだ。
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