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ヨシュア編
3.別れ
しおりを挟む宿舎に戻って聞いた噂によるとアレクが連日飲んだくれて、アルコールも抜けないまま任務についているという。
今までのあいつを見ていて、そんな飲み方をする男では無かったはずで、俺はその噂を遽には信じられなかった。
イシスに話を聞きに行くと、どうやら噂は本当らしかった。仕事はこなしているらしいが、心ここにあらずで常に酒臭いらしい。ある意味器用とも言えたが。
部下のこと以外で何か悩むことでもあったのかと、話を聞こうとアレクの部屋を訪ねても、部屋にいないのか会えなかった。
一体どこに飲みに出歩いているのか。
アレクの部隊員はどこにいるのか知らないようで、他の隊員にも聞いて回った。
事務方の職員から街の端にある安いバーでいつも飲んでいるという情報を得た。安いのが売りの店で俺たち上位部隊は足を運ばない店だ。俺も隊長になる前は何度か世話になったが、隊長就任を機に足が遠退いた店でもあった。
店に入ると、マスターに邪険に扱われるアレクが潰れるように飲んだくれていた。
こんなになったアレクは初めて見る。
店に少し多めの金を置いてアレクを連れ出すと、とてもじゃないが一人で歩ける状態ではなかった。
俺より15cm以上でかいこの男を背負うのがどれだけ辛いか今度しっかり説教してやる。
背負ったアレクからは、酒臭い匂いに混じってアレクの匂いがした。多分まともに風呂にも入ってないんだろう。いつも清潔にしているイメージだったが。他の男ならごめん被りたいところだが、不思議と不快感はない。
背中で揺れるアレクは何やらぶつぶつと言葉を発していた。
やっと届いた言葉に、俺は耳を疑った。
「たいちょお」
「なんだ」
「けっこん…、しな…で」
「どこにも いかな…い、」
「おれと ずっと…いっしょ…」
「たいちょぉ、す…」
最後の言葉は風に溶けて聞こえなかった。
今、アレクは何を言ったんだ。
その後も黙って耳を済ませたが、新たに言葉を言う気配はなく寝息を立て始めた。
爆弾発言だけ残していい気なもんだ。
宿に着いても起きる気配のないアレクのポケットから鍵を拝借してドアを開けるとベッドに下ろした。
水を汲んで戻ってくると、まだ、ベッドに座ったままだった。
起きているのか?
「自分で飲めるか?」
顔を覗き込むと、泣きそうな顔で笑顔を見せた。
そして、ため息をつくようにこう言った。
「のましてくれないんですか?」
随分と甘えん坊になってるな。酔って本性が出たのか?
それが妙に可愛く思えて、俺は隣に座ってコップを口に添えた。
すると、俺の手に、手を重ねた。
「ちがい、ますよ」
一瞬意味がわからなかった。
どこまで本気なのだろうか。まだ夢の中にでもいるつもりなんだろうか。いつものアレクでないことはわかっていたが、しかしこれが本当のアレクなのでは無いかと、これが本心なのではないかと、希望を持ってしまった。
緊張を解そうと少し長めの息を吐く。
俺は水を口に含むと、俯いていたアレクの顔を上げさせ、口移しで水を飲ませた。
何の抵抗もなく飲んだアレクに気をよくしたが、やはり表情が掴めない。
そして途端に俺は恥ずかしくなった。
ガラに無いが俺は少し恋愛に夢を持っているところがあって、騎士訓練生時代、先輩に連れて行かれた高級娼館で、娼婦とのキスを拒んだ。
そういう男はたまにいると聞いていたので、娼婦は何も言わず従ったが、口付けは、本当に好きになった者としたかった。
今のこれが果たして口付けになるのかは怪しかったが、こんな形であってもアレクと口付け出来たことを喜んだ反面、無性に恥ずかしかった。
それなのに、アレクは水を飲み込んだ後、とんでもないことを言う。
「もう、いっかい」
俺はその言葉に流されるように、口に水を含んで、もう一度アレクに口移しした。
直ぐにアレクの喉がコクっと鳴って、離れようとしたら、顔を包み込まれて離れられなくなった。それどころか、押し倒されて口を喰まれた。
アレクのいきなりの行動に驚きはしたが、それを押しのける気はなかった。
酒臭いはずのアレクの口付けはとても熱く、絡まる舌はとても甘かった。
口付けとはこんなに気持ちの良いものなのか。
必死に喰んでくるアレクに合わせるように俺も舌を差し出した。静かな部屋に響く水音がこの行為の卑猥さを表しているようで、別の恥ずかしさがこみ上げ、それと同時に言いようのない衝動が身体を駆け巡った。下腹に熱が溜まっていくのがわかる。
だが、この衝動のまま欲望を満たせば恐らく互いに後悔するだろう。いっそこのまま身を委ねて、めちゃくちゃにされれば諦めもつくのだろうか。
しかしアレクの酔った頭でもそれが取り返しのつかないことだと、わかっているようだった。
アレクからは大粒の涙が俺の顔に伝い、必死に俺の口を離すまいと吸い付くのに、手は全く動かない。
どれだけ長い時間口付けをしていただろうか。
想いを伝えるのに他の方法を知らないとでも言うかのように、互いの口を貪った。
こんなの、まるでマスターベーションを覚えたサルのようだ。
長時間の口づけで、顎も疲れ、唇もヒリついていた。
俺は身体を起こして、アレクを宥めるように頭を撫でた。するとアレクは俺に抱きついてきた。まだ、離れたく無いのか?
深酒したアレクはずいぶんと甘えたで可愛らしい。
もっと早くに言ってくれれば、ここまで取り返しのつかない状態では無かったはずなのに。
初めて素のアレクを見たようで、可愛くて仕方がなくて何度も何度も頭を撫でて抱きしめた。
そして、少し気持ちが落ち着いてくると、これまで何故俺に縁談を進めたのか、何故恋愛話を親身になって聞いてくれたのか、何故、酒に溺れたのか、なんとなくわかった気がした。
俺はこいつの性格を、想いをわかってなかったんだ。これほど深く愛されていることに気付いていなかったんだ。
空が白んできた。もうこの甘美な時間も終わりだ。
俺は居住まいを正して、アレクの部屋を出た。
そして俺は、アレクに甘えることを選んだ。
---
俺の結婚式に訪れたアレクはとても嬉しそうにお祝いの言葉をくれた。
おそらくそれらは全て本心で、全て嘘なのだろう。
俺は、アレクの選んだ道を捨てたくなかった。それが俺への愛情だというのなら尚更。
そして決心したこともある。
ロアーヌのことを大切にしよう。ロアーヌとアレクがくれたこのチャンスを最大限に生かし、俺が徐爵されるに値する男になると決意した。
そしてもう一つ、アレクを大佐までのしあげ、俺はその下で働くことだ。
個人的な繋がりを今後の人生で続けていくのは難しいだろう。
しかし、仕事の繋がりが有ればいくらでも傍に立つ理由はある。大佐までは無理であってもアレクの部下になれば上手く立ち回れる自信もあった。俺はアレクのとの関係を手放したくない。そしてアレクにとって必要な腹心になりたい。どれだけ苦しい思いをしたとしても、アレクとの繋がりは無くしたくない。
他人に興味のない俺が、こんなことを思うなんて。
そんな俺の決心を他所に結婚式のブーケトスで一つ事件が起きた。
ドレスアップしたアレクに見惚れていると、ブーケと一緒にアレクにダイブした女性が一人。
彼女はロアーヌのご学友だっただろうか?
必死に彼女が謝っていたようだが、アレクが声を上げて笑い出したことでご令嬢に詫びて手を差し伸べていた。
ご令嬢を羨ましく思いながら眺めていると、ロアーヌが耳元でささやいた。
「ディアナも素敵な男性に出会えたみたい」
あのご令嬢はディアナというのか。
「アレクはとてもいい男だよ」
その後、隊員達の噂でアレクとディアナ嬢の縁談が浮上していると聞いた。
アレクからは何も聞いていなかったが、職場ですれ違った時にお祝いの言葉を伝えたら、複雑そうな顔をしていた。
よく考えたら、あの晩からほとんど言葉を交わしていない。
アレクとなら、いつか笑い話にできる日も訪れるだろう。
それからの10年は怒涛のようだった。
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