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二年生 冬休み
31 捨てていいです
しおりを挟む翌日、めぼしい物は妹に持って行かれてしまったと言っていたマチルダ様の宝石は、そこそこなお値段で買い取ってもらえた。
妹が持っていかなかった宝石は、お婆様がマチルダ様に残してくれたもので、デザインは古いけど物が良かったらしい。
思っていたより査定に時間がかかって、もうそろそろお昼ご飯という時間になっていた。
「これで、叔母様の所まで行けるのかしら」
「馬車で五日くらいなら、途中の宿代も含めて余裕で行けると思いますよ」
「宿代…」
マチルダ様は小さく呟くとしょんぼりした。
残念ながら今日もフードを被っているので、猫耳は見えない。
「そうですわよね。五日間ずっと馬車に乗っているわけではありませんもの。宿に泊まるんですわよね。
そんなことも知らずに叔母様の所に行こうとしていたなんて…あの時シェリルに会えて良かったですわ」
しょんぼりしたまま呟くマチルダ様。
私も、何も知らず何も出来ないまま、マチルダ様がひとりでどっかに行ってしまわなくて良かったと心から思う。
「正直、不安で一杯でしたの。これまで私にはキャンベル伯爵家という、私の身を守る身分がありましたけれど、それを捨てるのですから」
マチルダ様が何処か寂しげに言う。
「ずっとずっと幼い頃から、いつかお父様やお母様が、私のことに気付いて微笑みかけてくれるんじゃないか、抱きしめて愛してるよと言ってくれるんじゃないかと期待していましたの」
私に話しかけているというよりは、自分自身に言い聞かせているようだ。
「でも、妹が生まれた四歳の時から年明けには十六歳になる今まで、十二年間、一度もそんなことはありませんでしたわ」
十二年。
期待しても期待しても、得られなかった愛情の欠片。
「もう、いいですわよね」
確かめるように言うマチルダ様。
「もう、あの人達を捨ててもいいですわよね」
小さな小さな声。
マチルダ様と私は、たぶん同じものを見ている。
王都の中でも高級とされるレストランの前に止まった馬車から、栗色の髪に三角の耳を生やした紳士が降りてきて金茶の髪のご婦人に手を差し伸べ馬車から降ろす。
続いて青い髪の青年が降り、ご婦人と同じ金茶の髪に耳を生やした少女に手を差し伸べる。
四人は楽しげに笑いながら店の中に消えていった。
マチルダ様は泣いていなかった。
ただ、ただ真っ直ぐに、その光景を見ていた。
楽しげに笑うあの人達の輪の中に、マチルダ様の居場所は見当たらなかった。
「捨てていいです」
私が言うと、マチルダ様が小さく頷いた。
私達は宿への帰り道、目に付いた屋台で片っ端から食べ物を買い、部屋に戻るとひたすら食べた。
食べて食べて食べて、お腹がはち切れる寸前まで食べて、ベッドに仰向けで寝転んだ。
「お行儀が悪いですわ…」
「マチルダ様、もう伯爵様じゃないんだから、お行儀なんて気にしなくていいんですよ」
「あなた達、何をしてるの?」
アンさんが呆れた顔をしてドアから覗き込んでいる。
「いっぱい食べました」
「そのようね」
アンさんがテーブルの上の食べ物の残骸を見ていった。
「なんだこりゃ!すごいな!」
セイラさんがアンさんの後ろから現れた。
そのままズカズカと部屋の中に入ってきて、残っていたコッコの塩焼きをぱくんと食べた。
「セイラったら」
「昼メシまだなんだよ」
「厨房で何かもらってきますか?」
パンパンに膨らんだお腹をさすりつつセイラさんに聞くと、首を横に振り食べ切れなかった屋台飯を指差す。
「これだけあれば十分だよ」
テーブルに残っていた食べ物をセイラさんが、私とアンさんが包紙や容器を片付ける。
マチルダ様はまだ起き上がれずに、うんうん唸っている。
テーブルの上が片付いて、アンさんがお茶を入れた所で、マチルダ様がやっと起き上がってきた。
「申し訳ありません。片付けをお任せしてしまって」
「大丈夫?辛いなら寝たままでもいいのよ」
「だ、大丈夫ですわ」
苦しそうにお腹をさすりながらマチルダ様が言い、みんなが席に着いたところで、セイラさんが話し始めた。
「キャンベル伯爵家では、マチルダがいなくなったことにはまだ気付いてないそうだ。今日は婚約者の男と四人で昼メシを外で食べて、買い物して来るって言って出掛けたらしい」
マチルダ様と私は同時にお腹をさすった。
「下働きの女の子が出てきたから呼び止めたら、わざわざ執事が出てきたからびっくりしたよ」
「トーマスが?」
「マチルダ様はご無事ですか?ってさ」
「トーマス…」
「……マチルダが無事でいることと、叔母さんとこまでちゃんと行けるように情報が欲しいって言ったら色々教えてくれて、伯爵がマチルダがいないことに気付いたら、冒険者ギルドに知らせてくれるってさ」
使用人も一枚岩ではないから、マチルダ様がいないことを知っているのはごく一部の人だけらしい。
セイラさんが声をかけた下働きの子は、そのごく一部だったそうだ。
続けてアンさんが話し始めた。
「マチルダちゃんの叔母さんがいるリーバイ男爵領なんだけど、王都から乗り合い馬車を乗り継げば最短四日で行けるわ」
キャンベル伯爵家はマチルダ様の父親が当主になってから、叔母さんとの関係を絶ってしまった。
叔母さんには爵位の高い婚約者がいたけど、学園で出会った格下の男爵子息との恋を貫いた。
マチルダ様の父親からしたら、キャンベル伯爵家の顔に泥を塗られたという感覚だったらしい。
「叔母様は、私に会ってくださるかしら」
マチルダ様が不安そうな声で言う。
確かに…会ったことも手紙のやり取りもない、仲の悪い弟の娘を受け入れてくれるんだろうか。
「それね、多分大丈夫だと思うわよ」
「「え?」」
「リーバイ男爵夫人のフローラ様って、冒険者には有名なのよ」
アンさんがにっこり微笑んで、セイラさんもニヤニヤしながら話しを続ける。
「リーバイ男爵領は魔の森に隣接してるから、治安維持のためによく冒険者が雇われるんだ。
フローラ様は、旦那や冒険者と一緒に魔の森での魔物討伐に参加するんだよ」
「「ええー!」」
マチルダ様と私は顔を見合わせた。
「直接面識はないけど、伯爵家を飛び出して自分を頼ってきた姪を追い返すようなことはしないと思う」
この世界では女性は弱いもの、守られるべきものと考えられている。
この前の合同遠征実習だって、ヒュドラにしても他の魔物にしても戦うのは基本男性で、女性は補助や怪我人の救護が主だった。
アンさん達のような女性冒険者もいるけど、貴族の女性が魔物討伐に加わるなんて聞いたことがない。
「ぶっ飛んだ人ですね」
「それをシェリルが言うんですの?」
「どういう意味ですか?」
どうも最近私の評価がおかしい気がする。
「明日の朝、リーバイ領方面に行く女性冒険者のチームを見つけたの。依頼品の配達があるから少し遠回りになるんだけど、予定通りなら星祭り前にリーバイ領に着くわ」
アンさんの話しにセイラさんが頷く。
「乗り合い馬車の方が早いけど、女ひとりで乗るのは危ないからな。マチルダは一目でいいとこのお嬢さんだってわかるから、目を付けられやすいし」
セイラさんの話しを聞いてマチルダ様が小さく震える。
「それに、彼女達はフローラ様と面識があるの。叔母さんの話しを聞けると思うわよ」
マチルダ様がパッと顔を上げた。
話しは決まったようだ。
明日、マチルダ様は王都を離れ叔母さんの元へ行く。
十五年間、共に暮らしながら心を通わせることが出来なかった家族を捨てて、新しく自分の人生を作るために、旅立つのだ。
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