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二年生 後期

56 闇の神の御心

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オリビア様と手を繋いで魔道具が展示されている教室に入ると、ウィルフレッド様の藍色の髪が見えた。

「ウィル兄様!」

「え?オリビア?!…あ!シェリル!」

ウィルフレッド様はオリビア様を見て驚いた顔をして、次に私に気付いて優しく微笑んだ。

なんとか笑顔を返す。

レオナルド殿下にウィルフレッド様を避けていた理由を無理矢理言わされたあの日から、頑張って普通に接するようにしている。

でも、顔が赤くなるのは止められない。

「ウィル兄様!オーガスト先生と共同作製したという魔道具を見に来ましたわ!」

オリビア様はブルーグレーの瞳をランランと輝かせてウィルフレッド様に迫っていく。

「あ、うん。共同作製の魔道具は隣の教室で展示してるけど、二十分毎の入れ替え制で今入れ替えたばかりだから、少し待ってもらうようになる」

ウィルフレッド様がオリビア様の勢いに押されて、後ろに下がりながら言った。

「よろしかったら、待っている間こちらの教室に展示している魔道具を案内しますわよ」

私達の様子を見ていた三年生のお姉様が声をかけてきてくれた。
魔道具と聞いてオリビア様の標的がお姉様に変わった。

「ぜひお願いしますわ!」

瞳孔開きっぱなしのオリビア様は、三年のお姉様を引っ張って教室内の展示物を周り始めた。

オリビア様、人が怖くて引きこもってたはずなんだけど、大丈夫かな。

「彼女もオリビアと同じくらい魔道具が好きで詳しいから、話しが合うと思う。任せて大丈夫だ」

心配が顔に出ていたのか、ウィルフレッド様にそう言われた。

「シェリルは、オリビアと友達だったのか?」

「友達…知り合い…かな?お茶会に呼ばれたことがあるんです。今日はユラン様に頼まれて、午前中だけ案内をしてるんです」

なんだかやたらと懐かれているけど、実際に会ったのは二回目だ。

「そうか。本当に春祭りに来れるくらい回復したんだ。良かった」

そう言って目を細め、オリビア様を見るウィルフレッド様。
その黒い瞳に、オリビア様への気遣いと優しさが感じられた。

………ん?なんだろう。
なんか、モヤっとする?

「ウィル様とオリビア様は…友達なんですか?」

「友達というか、幼馴染だ。ユランとエルダーと私は同い年で爵位も同じだから、子供の頃からよく顔を合わせる機会があったんだけど、ユランは大体オリビアを連れてたから」

ユラン様、子供の頃からシスコンだったんだ。

「オリビアは魔道具が好きで、よく私が作った魔道具を分解してしまって、困らされてた」

その時のことを思い出したのか、ふわりと微笑むウィルフレッド様。

………んんん?
やっぱりモヤっとする。
なんだろう、この感じ。

「アーサーと婚約解消してから全然会えなくて、心配してた」

「ユラン様やレオナルド殿下と一緒になって、元凶の王宮人事長に復讐したくらいですもんね」

「うん。ハリソン伯爵はキャンベル伯爵家の娘に手を焼いてるらしい。魔力を増やす訓練と、基礎教育を叩き込もうとしてるけど、上手くいってないそうだ」

「魔力が足りなくて、魔法学園の試験も受けられないと聞きました」

「伯爵家の次女のままならそれでも良かったんだろうけど、婿を迎えて伯爵夫人になるなら、魔法学園に入学すら出来ないのは世間体が悪い。
体裁を気にするハリソン伯爵とキャンベル伯爵にとっては、耐え難いことだろうな」

いや、次女でも高位貴族である伯爵家のお嬢様が、魔法学園に入れないのは恥ずかしいことだと思う。

魔力量は六歳の時にも測定する。
魔力量が少ないことは、その時に分かっていたはずだ。
いくら本人が嫌がったとしても、ちゃんと将来を考えたら、ある程度の魔力量になるまで訓練をさせ基礎教育を受けさせるのは、貴族の親なら義務だと思う。

マチルダ様は、両親が妹に甘いと言っていたけど、然るべき訓練も勉強もしてこなかった妹の未来は決して明るくはなかっただろう。

「シェリルお姉様!」

オリビア様に呼ばれて行くと、私が考案した眠りの魔道具が展示されていた。

「今年度、一番注目を集めていますわ。新しい魔術の発見は数十年ぶりですし、何より、危険な術が多かった闇魔法の本来の在り方を指し示したのですから」

お姉様がそう言って私に笑いかける。

「素晴らしいですわ!シェリルお姉様!」

オリビア様は何故か得意げにしている。

「あ、ありがとうございます」

面と向かって称賛されるのには相変わらず慣れない。

「マクウェンさん、私、貴女に感謝していますの」

お姉様がそう言うと、そっと私の手を握る。

え?ナニ?
突然何ですか?

「去年、エルダー様の親衛隊に絡まれていた時、貴女は私の夢は私のものだと仰っていましたわ。魔術師団に入りたいとも」

ああ、マチルダ様に初めて会った時か。
食堂で絡まれたから、結構大勢の人が見ていたはずだ。

「私、幼い頃からずっと魔道具が好きで、魔道具に囲まれて生きたかったのです。残念ながら自分で魔道具を作る才能はありませんでしたけど、様々な魔道具を集めた魔道具専門店を開きたいと考えていたのです」

「まあ!」

魔道具専門店と聞いたオリビア様が感嘆の声を上げる。

魔道具は、生活に使うものは雑貨屋、冒険に使うものは冒険者ギルドと、用途に合わせた場所で売られていて、あとは依頼者の要望に合わせた受注生産が主になる。
魔道具の専門店なんて聞いたことがない。

「それは楽しそうですね」

色んな魔道具が並ぶお店なんて、見ているだけで何時間でも過ごせそうな気がする。

「フフッ。そうでしょう?でも、諦めていましたの。私は女性ですから」

「「ええ!そんな!!!」」

私とオリビア様の悲壮な声が被る。

「ですから貴女が、何故女性だからといってやりたいことを諦めなくてはいけないのかと言った時、私は雷に打たれたような衝撃を受けましたの」

お姉様の手に力がこもる。

「私、両親を説得して、魔法学園を卒業したら経済学校に行かせてもらうことなりましたの。
本当はすぐにでもお店を開きたかったのですが、経済学校の卒業と、それまでに開店するための資金と人脈を作ることを条件に出されたのです。
私の本気を試しているのだと思いますわ」

お姉様に握られた私の手に、オリビア様の手が重ねられる。

「お姉様、わたくしもシェリルお姉様に女性でも仕事を持つことは出来ると言われて、魔道具師になるという夢を思い出しましたの。
わたくしも頑張りますわ。いつかわたくしの魔道具をお姉様のお店に置かせてもらえるように。
ですから、お姉様もどうか夢を叶えてくださいませ」

「ええ!ありがとう。頑張るわ」

目に涙を浮かべて微笑み合うオリビア様とお姉様。

え~っと。
私、そんなこと言ったっけ?
正直あの時はカッとしてて、言った内容あんまり覚えてないんだけど…。

「マクウェンさんも、女性初の魔術師団入団の夢、叶えてね。応援してますわ」

「あ、ありがとうございます」

まあ、女性の社会進出と地位向上を考えると、これは喜ぶべきことだ。

うん。
良かった。
私も頑張ろう。

「そろそろ前に入った人達が終わる」

ウィルフレッド様が声をかけてきた。

「オーガスト先生とウィル兄様の魔道具ですわね!」

オリビア様がパッと明るい顔になる。

「闇の神の御心という魔道具で、室内を闇魔法の癒しの術で包み込んで、気持ちを穏やかにするんですよ」

お姉様が魔道具の説明をしてくれる。

隣りの教室からザワザワと人が出てくる声がして、オリビア様が待ち切れずに廊下に出て行ってしまった。

「マクウェンさん」

私も後に続こうとしたら、お姉様に呼び止められた。
お姉様は私の耳元に顔を寄せて言った。

「エルダー様の親衛隊に気を付けてくださいませ。何か企んでいるようなのです」

それだけ言うと、何事もなかったかのようにサッと離れる。

「シェリルお姉様!早く!」

オリビア様に呼ばれて我に返り、慌ててオリビア様の後に続いて隣りの教室に入る。

教室内は厚いカーテンで覆われていて、昼間なのに薄暗い。
真ん中に丸い形の魔道具が置かれていて、それを取り囲むように椅子が置かれている。

ほかの人達も各々椅子に座り落ち着いたところで、ウィルフレッド様が真ん中に置かれた魔道具に魔力を込めながら言った。

「この魔道具は、新たに発見された闇魔法の癒しの魔術を使った魔道具です。闇の神のお力である安寧と癒しを身を持って感じることを目的に作製しました。時間は二十分程です。途中で気分が悪くなった方は手を上げてお知らせください。
では、闇の神の御心をお楽しみください」


扉が閉まると室内は真っ暗になった。
中央の魔道具が、チチチッと小さな音を立てて起動する。

ふわりと優しい空気に包まれ、周囲の暗闇にチラチラ瞬く星が現れた。
中天には月。


プラネタリウムみたい…

前世のことを思い出し、少し苦い気分になった私の耳に、星々が瞬く音が聞こえてきた。


チリリ…チリリリ…

小さな鈴を鳴らすような音に耳を澄ませ、月と満天の星空を眺め、優しい空気に身を委ねる。


前世のことも、今世のことも、私が日々思い悩んでいる様々なことが、小さく、遠くなって行く。


二十分はあっという間だった。
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