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二年生 後期
59 割に合わない
しおりを挟む「こちらですわ」
案内の女生徒に促されて、廊下を進む。
クラスの当番の時間が迫っているけど、レオナルド殿下が呼んでいるなら仕方ない。
たぶん、さっきユラン様が言っていたマチルダ様の元妹の話しをしたいんだろう。
廊下は見学の人が結構いて、混雑とまではいかないけど賑わっている。
前を行く女生徒は、たまにチラチラと振り返っては私が付いて来ているのを確認してくれているようだ。
目が合うとにっこり笑ってくれた。
ユラン様は、マチルダ様の元妹の魅了は非常に弱いものだったと言っていたけど、そもそも魔力の弱い魅了なんて、その効果はほぼ無いに等しい。
魅了や洗脳のような精神操作系の魔術は、自分より魔力が多く強い人には効かないからだ。
何しろその人の意思や感情を、本人の思いとは違う方向に捻じ曲げるのだ。
強い抵抗もあるし、下手すれば跳ね返されて術者が壊れてしまうこともあると聞く。
術そのものが精神や思考を操る危険なものであり、術者にも被害がおよぶことがあるから、闇魔法は国王陛下の許可のもと、限られた者しか使えないのだ。
まあ、私も闇魔法でブラックホールを作ろうとしたり、自分に癒しの魔術をかけようとして失敗したことはあるけど…。
邪な理由ではなかったし、結果失敗したし、バレなかったし、捕まったりしないよね。
たぶん…きっと…うん、大丈夫…。
それにしても、マチルダ様の元妹は本当に魅了を使ったんだろうか。
だって、魔法学園に入りたいからって、あきらかに自分より魔力が多くて強い学園長に、家を巻き込む犯罪者になる危険を犯してまで魅了の魔術を使うなんてありえない。
やっぱり、レオナルド殿下の企みに嵌められてしまったと考えるほうが自然なような気がする…。
これまであまり気にしてなかったけど、レオナルド殿下やユラン様やエルダー様は、王族や高位貴族として、そういう陰謀や企みの渦中にいる人達なんだ。
今回の魅了も企みのひとつなのかは分からないけど、心を病むほどオリビア様を追い詰めたり、その仕返しをするためにマチルダ様の家出を利用したりするような、巧妙で陰湿な世界にいたら、アマーリエ様の暇つぶしなんて可愛いものに思えるかもしれない。
そういえばライリー様は、アマーリエ様の暇つぶしを、変な我儘と言っていた。
田舎者の男爵家の娘が王女様の我儘に巻き込まれて困っていても、彼らにとってはちょっとしたお遊び程度にしか映らないのも仕方ないことなのかもしれない…。
ピタリと、前を行く女生徒が立ち止まる。
我に返って辺りを見ると、いつの間にか一般の人は立ち入り禁止にしてある研究棟の中庭まで来ていたようだ。
新緑が眩しい。
春祭りは校舎の方でおこなっているので、今日は生徒や先生もこちらにはあまり来ないのだろう、人の気配を感じない。
……あれ?
「あの、レオナルド殿下は?」
案内の女生徒に聞くと、彼女がさっと手を上げる。
それを合図に周囲の木立から十数名の女生徒が出てきた。
みんな一様に私を睨み付けていて、あっという間に囲まれてしまった。
取り囲む女生徒の何人かに見覚えがある。
いつも恨みがましい目で私を睨みつけていた、エルダー様親衛隊の面々だ。
気を付けるように言われてたのに、まんまと罠にハマってしまったようだ。
「え~っと、私に何かご用ですか?」
内心の動揺を押し隠し、なるべく冷静に聞こえるように言ってみる。
少しでも時間を稼いで逃げる方法を考えよう。
「シェリル・マクウェン、貴女にエルダー様のお相手は相応しくないわ」
私を案内して来た一年生の女生徒が言った。
さっきまでの殊勝な態度は何処へ?と思うくらいの変貌ぶりだ。
「相応しいも何も、私はエルダー様のお相手にはなりませんし、なるつもりもありませんよ」
結構な人数にぐるりと取り囲まれているから、不意をついて逃げるのは難しそうだ。
ライリー様の訓練のおかげで多少体力はついたと思うけど、さすがにこの人数をかわしつつ逃げるのは無理がある。
「当たり前ですわ。田舎者の男爵家の娘ごときが、エルダー様に近づくことすらおこがましい!」
憎々しげに睨み付けられる。
風魔法で突破するにしても、ここにいるのはみんな魔法学園の生徒だから反撃されるかもしれない。
これだけの人数がいる所で攻撃魔法のやり合いになったら怪我人が出てしまう。
そんな大惨事はなるべく避けたい。
「私からエルダー様に近づいているわけではありません」
「お黙りなさい!」
斜め前にいた女生徒が叫ぶように言った。
「エルダー様が貴女のような下賎な女に興味を持つわけがありません!貴女が誘惑したのでしょう!」
とんだ言いがかりだ。
しかも下賎な女とか言われてしまった。
でも、エルダー様が私に興味を持っていないことは正解だ。
あれはアマーリエ様の暇をつぶすためのお遊びなんだから。
でも、今それを言ったところで信じてもらえなさそうな気がする。
何よりそんなことを言ったら、王女であるアマーリエ様を貶めたとか言われて不敬罪に問われるだろう。
「私はエルダー様を誘惑したりしていません。下賎な女なんて言われるのは非常に不快です」
「何ですって?!」
斜め前の女生徒の顔は、もはや人間ではなく般若のようだ。
怖いな。
女の嫉妬って顔まで変えちゃうんだ。
私も気を付けよう。
「お止めなさい。いくら言ったところで、その性悪女の腐った性根は変わりませんわ」
私を案内して来た一年生が言う。
この子、一年生なのに随分幅を利かせてるな。
どうしよう。
サクッと逃げるのは難しそうだし、下賎な女とか性悪女とか好き勝手言われてだんだん腹が立ってきた。
大体こんな多勢に無勢なんて卑怯にも程がある。
隠れて教科書を破いたり、足をかけて転ばせたり、自分達のほうがよっぽど性根が腐ってるじゃないか。
でも、この状況はあまりにも私に不利だ。
「それで、本題は何ですか?」
さっさと言いたいことを言わせて終わらせてしまおう。
私は取り囲むエルダー様親衛隊の顔を、ひとりひとりしっかり見て覚えていく。
後でひとりずつ風魔法でくるくる回して…いや、背中にバカと書いた紙を貼ってやろう。
前世で弟にやられて物凄く悔しかったから、誰かにやってみたかったんだ。
「本題…そうですわね。貴女のような賤しい人間と、いつまでもこうしていても時間の無駄ですものね」
と、案内の女生徒の手に、キラリと光るものが見えた。
え?
あれは…まさか…?!
「もう二度と、エルダー様の前にその醜い顔を出せないようにして差し上げますわ」
小さなナイフを手にニヤリと笑う女生徒。
ええー!
うそー!!!
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背中にバカって書いた紙貼るだけじゃ割りに合わない!
どうしたらいいのー?!
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