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二年生 後期
61 まさかの
しおりを挟む目を覚ますと、淡いピンクの薔薇が描かれた天蓋が見えた。
描かれた薔薇の花が、ぼんやりと弱い光を灯している。
「ん?」
どうやら私はベッドに寝かされているらしい。
でも、王宮の私に割り当てられた客室ではない。
あんな光る薔薇模様の天蓋ではなかった。
もちろろん寮の部屋でもない。
どこだろう?
ベッドの周囲は、淡いピンク色のカーテンが引かれていて外の様子は分からない。
左手がチクチクする。
手を持ち上げて見ると、丁寧に包帯が巻かれていた。
「ああ、そうだ」
刺されたんだった。
女生徒達の憎しみのこもった目。
手に突き刺さるナイフ。
ブルリと体が震える。
今さらだけど怖かった。
「動かせるかな?」
そう言ってちょっとだけ指先に力を入れてみる。
「……ッ」
ビリリッと手の甲全体が引きつるような痛みを感じた。
「ハァ」
溜息が出る。
「あの後、どうなったんだろう」
脳裏に、気を失う直前に見えた光景が蘇る。
物凄い勢いで魔力を放出するウィルフレッド様。
ウィルフレッド様の魔力に被せるように広がったレオナルド殿下の紅い魔力。
「ウィル様……」
ギュウッと胸が締め付けられるように痛む。
無事だろうか?
魔力暴走は魔力の制御ができない幼少期に起こしやすいけど、感情の制御が出来ないと大人でも魔力暴走を起こすことがある。
暴走した人より魔力の強い人なら抑えることが出来るけど、ウィルフレッド様の魔力は、魔術師団長である父親のカルロス様に並ぶくらい強いと聞いている。
レオナルド殿下に抑えられたんだろうか?
途端に言い知れない不安に襲われる。
二人の安否だけでも確認したい。
「誰か、いませんか?」
カーテンで閉じられたベッドの向こうに声をかけるが返事はない。
まだピリピリと痛む左手を動かさないように気を付けながらゆっくり体を起こし、閉められたカーテンを開けようとベッドの端ににじり寄る。
と、違和感に気付いた。
「あれ?」
掛布を剥がすと、薄ピンクの寝衣から出た左の足首に枷が付けられていて、そこから鎖が伸びている。
「ええー!何これー?!」
驚いて叫んでしまった。
「嘘でしょ…」
ただでさえ不安な気持ちで一杯なのに、なんとも言えない恐怖がじわじわと心を覆っていく。
パタン
カーテンの向こうでドアの閉まる音がして人の気配が近付いてきた。
思わず身構える。
と、ピンクのカーテンの隙間から黒い髪が見えた。
「シェリル、目が覚めたんだね。良かった」
エルダー様が私を見て嬉しそうにニッコリと笑いかけてきた。
「エルダー様!」
「気分はどう?」
そう言ってカーテンを開け、ベッドの端に腰掛けるエルダー様。
見知った顔の登場に、緊張で固くなっていた体が少しやわらぐ。
「気分…良くないです。左手が痛いです」
そう答えながら、開けられたカーテンの外を見ると、天蓋と同じピンクの薔薇模様の壁紙とソファー、白い華奢なデザインのテーブルやクローゼットが見えた。
乙女が夢見るお部屋そのもののようだ。
「あぁ、シェリル…可哀想に」
エルダー様はそっと私の左手を取り、指先に触れるか触れないかの口付けを落とした。
「っ!何を…!」
慌てて手を引っ込めようとしたけど、意外としっかり掴まれていて引っ込められなかった。
そもそもこの左手はエルダー様の親衛隊の人に刺されたのに、可哀想とか言われても腹立たしいだけだ。
親衛隊を取り纏める立場にあるエルダー様には、是非土下座で謝ってもらいたい。
「後でまた、薬を塗らなきゃね」
エルダー様はジト目で睨み付ける私に気付かず、何故かウットリと左手を見ている。
「そうだ、お腹空いてない?シェリル、丸一日眠っていたんだよ」
「丸一日?!」
私は驚いてエルダー様を見た。
エルダー様はまた私の左手に口付けを落としながら言った。
「そうだよ。研究棟の中庭に倒れてたんだ。手も怪我してたし、大変な目にあったね、シェリル」
いや、主に貴方の親衛隊のせいですが。
と突っ込みたいけどグッと我慢して一番気になっていることを聞く。
「ウィル様とレオナルド殿下はご無事ですか?魔力暴走は抑えられたんでしょうか?」
ギュウッ!
「!……イッタッ!」
傷口を強く握られて痛みで涙が滲む。
エルダー様を見ると、私を睨み付けていた。
「ほかの男の名前なんて呼ばないで!」
ええ?!
何それ?!
っていうか、本当に痛い!
「痛い!エルダー様!止めてください!」
あまりの痛みに涙がポロリとこぼれた。
「ああ!ごめんね、シェリル」
慌てて手を離すエルダー様。
「うう…痛い…」
ビリビリ痛む左手を右手で支えながら痛みに耐える。
痛い。
訳がわからない。
もうやだ…。
怖い。
これまで我慢していた痛みと恐怖と不安が一気に押し寄せてきて、こぼれはじめた涙が止まらない。
エルダー様がオロオロと何度も謝っている声が聞こえた。
ここは何処なの?
何で足枷なんてされてるの?
大体、さっきからエルダー様と二人きりでこの部屋にいるけど、ほかの人はどうしたの?
未婚の貴族子息子女が、二人きりで部屋にいるなんておかしい。
エルダー様は相変わらず私を口説き落とそうとしているみたいだけど、密室に二人でいるなんて、逆にエルダー様の立場を悪くしてしまうだけなのに。
何より、私を保護しているレオナルド殿下がこんなこと許すはずがない。
レオナルド殿下に何かあったんだろうか。
だとしたらウィルフレッド様も…。
「うっ…」
恐怖と不安が強くなる。
落ち着け、私。
取り敢えず分からないことは聞くしかない。
私はぐちゃぐちゃになった自分の感情に蓋をして、まだオロオロしているエルダー様に聞いた。
「エルダー様、ここは何処ですか?」
「………」
エルダー様の顔が強張る。
「エルダー様…」
「ここが何処かなんて、どうでもいいでしょう?シェリルはもう何処にも行かないし、行けないんだから」
え?今なんて?
「それは…どういう意味ですか?」
エルダー様はそっぽを向いて、少し怒ったような声で言った。
「シェリルは僕のものだ。ここにシェリルがいることは誰も知らない。シェリルはここでずっと僕と暮らすんだよ」
「はあ?!」
いやいや、私がここにいることを誰も知らないのはおかしい。
私は国に保護されているんだから。
つまり、それは…。
「エルダー様、私、もしかして誘拐されました?」
「………」
沈黙。
恐怖と不安で一杯だったのに、すうっと波が引くように冷静になる。
沈黙は肯定ととっていいんだろうか?
でも誘拐されたんだとしたら、見覚えのない部屋も足枷も納得だ。
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「遊びじゃない!」
遊びじゃなかったら何なんだ。
「エルダー様…」
「遊びじゃないよ!シェリル、お願いだから僕だけを見て、僕のことを好きになって!」
エルダー様はそう言いながら、ベッドの上に乗ってにじり寄って来た。
思わず後ずさる。
左足につけられた鎖がシャラシャラと音を立てた。
「ちょ、ちょっと!エルダー様!」
「僕にはシェリルだけだよ。だからシェリルも、僕だけを見て!」
ズリズリと近寄って来るエルダー様。
紫の瞳がギラギラしていてちょっと怖い。
「エルダー様、落ち着いてください」
「僕は落ち着いてるよ!」
「じゃあ、ベッドから降りてください」
「……っ」
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そうだ、エルダー様だって公爵家の嫡男だ。
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絶対ほかに理由があるはずだ。
あ、もしかして…。
「エルダー様、癒しの魔術の使用権は私にはありません。あれは闇魔法ですから使用権は国王陛下のものですよ」
「癒しの魔術の使用権なんていらないよ」
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「派閥関係のゴタゴタは私にはよくわかりませんし、私を攫っても解決しないと思いますよ」
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「そんなんじゃない」
「じゃあ何なんですか?」
誘拐した理由が分からない。
わざわざ誘拐した上に足枷に鎖までつけて監禁するほどの理由がほかにあるだろうか?
するとエルダー様がグッと身を乗り出して、今度は怪我をしていない右手を両手で包んだ。
私を見つめる紫の瞳が潤んでいる。
「シェリル、僕は君のことが好きなんだ。もう誰にも君を見せないし、君の目に僕以外の男が映ることも許さない。君は僕だけのものだよ」
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