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夏休み
90 メネティスの王妃
しおりを挟むそして、馬車に乗っている。
向かっているのはガード子爵領の小さな集落。
そこにある教会で、私の兄が待っているらしい。
御者はディアナ王女とオリビア様を攫った冒険者グループのリーダーと護衛隊の隊長。
私の隣にはレオナルド殿下の護衛騎士、正面にはフードを目深に被ったレオナルド殿下が座っている。
ディアナ王女達を襲撃した冒険者のグループは、レオナルド殿下が放った最初の魔力に当てられて、全員意識を失っていた。
意識を取り戻し事実を知ると、今度は真っ白になって倒れてしまった。
再度意識を取り戻した時、極刑を免れないのは分かっているけど、怖い思いをさせてしまった王女達のために黒幕の捕縛に協力させて欲しいと申し出てきた。
ディアナ王女から、冒険者達は騙されているだけという報告を受けていたこともあり、減刑に繋げるため黒幕捕縛に協力してもらうことになった。
まあ、それはいいんだけど。
なんでレオナルド殿下がついて来ちゃったんだろう。
「ディアナ様と一緒にマクウェン領に戻ってくれて良かったのに」
レオナルド殿下はイライラしているせいか、さっきから魔力がだだもれている。
狭い馬車の中、時折りチラチラ瞬く王族特有の紅い魔力。
威圧感が半端無い。
「騎士でもない君に黒幕を捕まえに行ってきますと言われて、よし行ってこいとは言えないだろう」
「だからって、そんな不機嫌面してついて来られても迷惑です」
「不敬だぞ」
フードの下から睨み付けられた。
「不敬とか、自分でいわないほうがいいですよ。カッコ悪いから」
「チッ」
この人、王族なのに舌打ちした。
「言うようになったな、シェリル嬢。もともと遠慮ない物言いをしていたが、過ぎると無礼だぞ」
「何言ってるんですか。これまでレオナルド殿下始め高位貴族の皆様には遠慮に遠慮を重ねてきたのに、その結果どうなったかご存知でしょう。むしろこのくらいの無礼で済ませている私は寛大だと思います」
そう、私は遠慮してきた。
アマーリエ様の暇つぶしだって、相手が王族や高位貴族だからと大人しくしてきた。
その結果、派閥争いに巻き込まれたり手を刺されたり誘拐されたり、散々な目に合った。
王族として敬って欲しいなら、敬えるようになれ!と言いたい。
いや、アマーリエ様には言ったけど。
お父様は関わらないようにするか逃げるか諦めるかと言っていたけど、王族だって人なんだ。
嫌なことは嫌、間違っていることは間違っていると言ってもいい筈だ。
「今だって、レオナルド殿下が撒き散らす魔力で頭がクラクラするから止めてくださいって言いたいのを遠慮しています」
「チッ」
また舌打ちされた。
でもレオナルド殿下から出ていた威圧的な魔力は、スゥッと波が引くように消えていった。
「だったら最初からそう言えば良かっただろう」
不思議だな。
フードに隠れて顔は見えないのに、ものっすごい不機嫌面してるのがわかる。
「尊ぶべき王族のかたが、感情制御も出来ず魔力垂れ流してますよとは言えません」
「チッ」
三回目だ。
さすがにムカついてきたぞ。
「引き渡しの現場についても君は馬車から降りるな」
不機嫌なレオナルド殿下がフードの下から睨み付けながら言った。
降りずにどうしろと?
「私だって少しは戦えます」
ヒュドラの尻尾を切り落とすくらいは出来るんだ。
「三回しか腕立てが出来ない奴に何が出来る」
何でそれを知っているんだ。
ライリー様、チクったな。
「今は十回出来るようになりました!」
「フンッ」
鼻で笑われた。
「マクウェン男爵令嬢」
隣に座っていた護衛騎士が私に話しかけてきた。
「現場には先発隊も配置されていますから戦闘員は十分です。むしろ、マクウェン男爵令嬢が捕まって人質になったりしたら、私達は動けなくなってしまうのです。どうか馬車の中でお待ちいただけませんか?」
私は思わず目を見開いて、護衛騎士をガン見してしまった。
……紳士!紳士がいるよ!!!
「はい。わかりました」
「なんでそいつには素直なんだ!」
レオナルド殿下が声を荒げる。
「レオナルド殿下、私の話し方が無礼だと言う前に、ご自分の話し方とこちらの騎士様の話し方の違いを考えてください」
「チッ」
四回目。
いつか絶対やり返してやろう。
レオナルド殿下は忌々しげに私をひと睨みすると、窓の外に視線を移した。
すでに伯爵領からガード子爵領に入り、窓の外には収穫期を迎えた黄金色の小麦畑。
時折り作業をしている人の姿も見える。
かなり広い畑だけど、収穫作業は人力のようだ。
うちの領では麦の収穫はお祭りで、魔法を使える人達が競い合って刈り取るからあっという間なんだけど、全部人力だと収穫敵期を過ぎてしまうんじゃないだろうか。
なんて心配をしていたらパチリとレオナルド殿下と目が合ってしまい、そっと目を逸らす。
また八つ当たられたら堪らない。
「シェリル嬢」
レオナルド殿下が声をかけてきた。
目を逸らしたのは逆効果だったか…。
でもさっきまでの不機嫌な感じではなく、真剣な声だ。
「君は本当にこれでいいのか?」
「何がですか?」
質問の意味が分からずレオナルド殿下を見たら、微かに眉間に皺を寄せた紅い瞳に射抜かれた。
「囮になることもだが、そもそも誘拐されたのが君だということにすると、短期間で二度も誘拐されたことになってしまう。エルダーの時は緘口令を敷いたが、それでも噂は出回ってしまった。君の立場は今以上に厳しくなるだろう」
紅い瞳がチラリと揺れる。
「君が自ら、ディアナとオリビア嬢を守る為に身を盾にすると申し出てくれたのはありがたいが、君は本当にそれでいいのか?」
「はい」
迷いなく答えると、レオナルド殿下の眉間の皺が深くなった。
そう、ディアナ王女とオリビア様の救出に同行したいと話した時、救出後について考えていたことがあったのだ。
今回誘拐されたのはディアナ王女とオリビア様ではなく、私、ということにしたらいいんじゃないか、と。
私がエルダー様に誘拐された時、緘口令が敷かれたにも関わらず学園では心無い噂が流れていた。
ディアナ王女はバレンシア王国の王女で、王太子であるレオナルド殿下の婚約者だ。
将来王妃となるディアナ王女と、元とはいえ第二王子の婚約者だった公爵令嬢のオリビア様が誘拐されたと世間に知られたら、私の時とは比較にならないくらいの波紋が起きるだろう。
しかも今、王都ではシュトレ強硬派の粛清をしていて、さらに魔の森ではスタンピードも起きている。
今の段階でこれ以上国政を揺るがす事件が起きるのはよろしくない。
まあ、一番の理由はディアナ王女とオリビア様に辛い思いをさせたくないってことなんだけど。
「私はこの前誘拐されたことで貴族令嬢としての価値はすでに下がっていますし、そもそも結婚するつもりはないのでさらに下がっても問題ありません」
ふと、ウィルフレッド様の顔が思い浮かぶ。
同時にチクンッと胸が痛む。
思わず胸を押さえたら、レオナルド殿下に痛ましげな目で見られてしまった。
「何ですか、その目」
「君は…いや、何でもない」
珍しく歯切れの悪いレオナルド殿下が私から目線を逸らす。
「そもそも、今回の誘拐は私を狙ったものですから、最初から私が誘拐されたことにしておけば、ディアナ様とオリビア様に傷がつくこともなく、あちこち丸く収まります」
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「シェリル嬢」
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「ありがとう」
私はレオナルド殿下の紅い瞳を見ながら、小さく頷いた。
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