例えばこんな出会い方

清杉悠樹

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 お昼休憩時間になったので、お昼ご飯を食べに出ようと小さないつも使っているバッグを持って会社を出てコンビニに向かっている途中、相田凛(あいだりん)は通り過ぎようとして、ふと横に飾られていたガラスの向こう側の一点から目が離せなくなった。
「素敵」
 もう少し近くから見たくなり、出来る限り近づいた。

「相田、そんなとこに張り付いて何やってるんだ?」
 べったり両手とおでこをガラスに付けて、食い入るように見つめていた後ろから自分の名前を呼ばれたので後ろを振り向いた。
 声を掛けてきたのは、私と同じ会社に勤務している三歳年上の鹿島省吾(かしましょうご)さんだった。

「余所の会社に自分の跡付けて」
 彼からの呆れた声がさらに続いた。
「自分の跡?」
 はて、何の事だろうと思いながら顔を元の位置へと戻すと、磨き上げられていただろう巨大なガラスに白く透明な箇所が残っていた。
「ああっ!?」
 ご迷惑にも自分の手や顔の脂肪分と指紋の跡がガラスにべったりと付いてしまっていた。
 きゃーっ、ごめんなさい、ごめんなさい。
 心の中で何回も謝りながら、私は慌ててバッグの中からティッシュを取り出しゴシゴシし磨いた。化粧と汗の跡は落ちにくい。

「で、相田は何をそんなに真剣に見てたんだ?」
 鹿島さんはガラスを磨き終わるのを待っててくれていた。そそっかしい私のことを笑うでもなく真面目顔のまま鹿島さんは私の横へと並ぶと、同じようにガラスの向こうを覗き込んだ。勿論ガラスに指紋を付けるようなことはせずに、適度な距離をとって。
 ただ横に並んだ互いの肩が触れ合いそうな近すぎる距離に私はドキッとしてしまった。
 鹿島さんは同じ職場で、私を指導する立場の人でもある。そして、誰にも内緒にしているけど、実はちょっと好きかも、そう思い始めている人だったりする。

 ち、近い。嬉しいけど、嬉しいんだけど。よそ様の会社のガラスに化粧の跡を付けてる変な奴だと認識されたら、どうしよう・・・。困る~
 まだ仄かな好意を抱き始めたばかりで、相手にはただの部下だと思われていることは分かっているけど、だからって変な奴と思われるのは流石に嫌だ。

 鹿島さんは同じ部署に所属し、私の教育を任されている先輩だ。一見軽そうに見える外見とは裏腹に、とても丁寧に仕事をこなし、話しぶりもゆっくりと丁寧で、聞き取り易くて耳に心地いい。
 まだ新人とは言え、昔からそそっかしい所がある私。他の人から時々注意を言われることもある中、要領が悪い私のことを根気よく怒らずに丁寧に教えてくれるところに、最初はこんなお兄さんが欲しかった、から徐々に一人の男性として惹かれていった。
 その鹿島さんと肩を並べているなんて、とほわほわ夢見る気持ちになったとしても、一応乙女としては普通(あたりまえ)、のことだよね?

「あそこに飾られているの、素敵だなぁって思いまして」
 近すぎる距離と、ガラスに映る相手の顔にドキドキしながら、私がどれに目を奪われていたのかと指で指した。
はうっ。ガラスに映っている少し腰を屈めたスーツ姿も素敵。なんてつい見とれたり。

 株式会社・西島。主に陶器を扱う会社というのは前から一応知っていた。
 その一階ロビーに一角に、ここの商品をメインにディスプレイされているのに気づいたのは最近の事。いつもは何気なく前を通っていただけなのに、今日は違った。
 季節柄なのか、花のモチーフで揃えられている。
 幾つもの商品が飾られているその中の一つ、中皿と言われる大きさの白い陶器を私は指さした。
 およそ20cm程の丸い形に、縁に一周描かれている薄紫色のライラックの花と緑の葉が、シンプルながらも大人っぽくて素敵だなと、目を奪われたのだ。

「ああ、ここのディスプレイはイイよな。自社商品をきっちり目立つように飾るのはどの会社でも当たり前だけど、周りの小物の配置とか、季節感が感じられる細心の工夫とか、抜群なセンスだよな。ウチとしても見倣わなければ、と毎月思うよ」
 私としては飾られている商品の1つを指さしたつもりだったんだけど、鹿島さんはディスプレイ全体と思ったようだった。
 わざわざ間違いを指摘するほどでもないし、鹿島さんも私と同じようにここのことを知っていて、褒めているということの方が重要だった。
 お互い好きな物が同じだなんて!
 ちょっぴり価値観が同じということに気分は上昇。鹿島さんへの好意も更にプラスされた。

 私が勤めている会社は、女性向けの輸入雑貨を仕入れ販売している会社で『favorites』。そこの一般事務をしている。昔から可愛い小物が大好きで、この会社を希望した。運よく入社することが出来てからようやく一年が経過した所。
 両親、姉妹と過ごしていた、ぬるい実家暮らしをしていた北陸から都会へと1人上京し、ようやく寂しいと感じていた一人暮らしにも、仕事にも慣れて来たところだ。
 先輩や上司から時々注意をされることもあるけれど、今では随分減ってきた、と思う。多分。・・・恐らく。一人前になるにはまだまだ遠いのは、自覚している。
 そんな慣れないプライベートと仕事を頑張っていられるのも、鹿島さんがいるから。と密かに思っていたりする。

「相田もこういういいものを沢山見て、自分の仕事にも活かせよ?」
「はいっ!」
 思わず元気すぎる返事をしてしまい、苦笑された。
「出来ればその返事と同じくらいの速さを目標として、続けていくように」
 えっと、これは普段の仕事の駄目だしを遠回しに言われているのだろうか、それともただ単に今の努力を更に続けることが大事だと教えられているだけなのだろうか。
 微かに柔らかな弧を描いているように見える鹿島さんの口元を見て、希望として自分の中で後半の事を言われたことにしておいた。
明日からの活力の為に。
 やる気の素が増えるのは、いい事だ。思い込みだろうが、お手軽だろうといいのだ。鹿島さんに一人前と認められるように頑張らねば。

「あの、もし宜しければ、中へと入り直接見ていかれませんか?」
 そう前向きに考えていた所に、後ろから声を掛けられた。2人で振り向くと、見知らぬスーツ姿の若い男の人が立っていた。
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