ANGRAECUM-Genuine

清杉悠樹

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17 褒詞

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 レナート様は義妹の本音を聞いて、苦笑いをしている。
「まあ自由過ぎる理由は兎も角、ギリギリ間にあって良かったよ。ホノカがどうしても気になるから様子を見に行きたいと言い張ったお陰だな。でないと、ここは会場から離れすぎているから、誰もエマさんの悲鳴に気づかないままだったと思う」
 宿泊施設という場所柄なのか、見える範囲に騎士達の見張りが立っていない。舞踏会が始まって時間も余り経っていないからか人の姿は自分達以外に無かった。
 室内もまだ利用している人が誰も居ないのか、エマの悲鳴に扉が開かれた様子はない。

「だあーって、エマさんにあんな太ったお爺さんと結婚なんてして欲しくないなー、って思ったんだもん」
 口を尖らせ子供じみた言い訳をしたホノカさん。(実はホノカの内心では、禿げでエロという単語も付け加えている)
「確かにな、俺も実はそう思ってた」

 助けに来てくれたきっかけがレイエス男爵の見た目だと聞き、エマは一瞬きょとんした後、花が綻ぶような柔らかな笑みを浮かべた。丁度髪に飾られている花(アングレカム)のように。
 傍で見ていたレナートとホノカは会ってから初めて見るエマの笑顔にはっとした。

「思った通りだ。エマさんには笑顔が良く似合うよ。ホノカが贈った髪飾のその白く可憐な花は夕方から夜にかけて咲いて、すっきりとした良い香りを放つと母から教えられたんだが、エマさんの笑顔は花そのもののようだ」
 突然、レナート様から甘さを含んだ褒め言葉が飛び出した。
 エマは言葉を理解するまで数秒の時間が必要だった。その褒め言葉が自分に向けられたことが分かると、狼狽え、動揺し、顔を真っ赤に染め上げた。

「そ、そんなことありませんから」
 自分がどれだけ醜いかということはよく知っている。傷の事もそうだが、平均より低い背も、細すぎる体格もそう。魔法も使えなければ、聖獣も一般的な大きさではない。昔から、父や、義母、義姉妹にも言われてきたことだ。
 けど、レナート様はからかっている様子が全く感じない。これも社交辞令の一環としてなのかもしれないが、褒められて嬉しくない訳がない。けれど嬉しすぎて過剰反応を起こしてしまいそうだ。
 抱き上げられているこの状態からでは、逃げることも出来ない。精々向けられている視線を見ない為に視界を閉ざすしか出来ない。
「やーん、エマさん、可愛いすぎる」
 熱くなった顔を見られたくなくて手で隠すエマに、ホノカさんからは更に可愛いと言われてしまい、耳まで赤く染まった。

 そんなエマを見つめるレナートは。

 ・・・何だこれ。すげー可愛いんだけど。
 笑顔を褒められ、真っ赤になって照れているエマを抱き上げているレナートの胸に、そんな思いが沸き上がっていた。

 そんな緊迫感など全くなく、場違いにもほんわかとしているエマ達三人の横では、アンナさんがイライラと床でヒールを鳴らす音が数回響いた。その音に三人の意識が持っていかれた。
「ちょっと、まだ思い出せないの?いい加減待ちくたびれたわ。教えてあげる」
 腕を組み、苛立ちが収まっていない為に眉が寄ってしまっている。それでもお綺麗な顔だとエマは思った。

「私は少し飲み過ぎて舞踏会場から庭園に出て風に当たりに出ていたのよ。そこに現れたのが、アナタ。一人で居たのは拙かったのは認めるけど、結婚をしたばかりの私に一晩の相手として迫ってきたのよ。頭にきたから、思いっきり膝で蹴ったのよ。そう、アナタが今一番痛い同じ場所を」
 アンナさんの言葉に全員の視線が男爵の股間へと注がれた。
 エマは一瞬見てしまった後、相手が自分を襲おうとした相手とは言え、はしたないと思い目を逸らした。

 レイエス男爵は両腕を拘束されているため、股間を押さえたくても押さえられていない。痛みを我慢しているのか、広い額には脂汗が浮かんでいる。
「・・・あの時のあの娘か」
 40年程前という、余りにも昔過ぎて中々記憶を思い出すことが出来なかったが、ようやく思い出せたらしい。
「そう、やっと思い出してくれたのね。あの頃の私は若かったわぁ。手加減などせずにそんなもの、あの時に潰しておくべきだったわ、ねぇ、そうは思いませんこと、クロード宰相?」
 シルヴィオ夫人に急に意見を求められたエグモント・クロードは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「・・・・・・個人としての気持ちとしては夫人の気持ちは分からんでもないが、宰相としては意見を控えさせてもらう」
 同じ男として蹴られた痛みが分かる為か、控えめなコメントだった。周りにいる男の人達も、蹴られる痛みを想像しているのか、痛そうな顔つきをしている人がいた。
 現在その痛みを耐えているレイエス男爵のほうは、自分と同じ年齢に見える相手が、この国の宰相だと分かり青くなっていた。

「それにしても、随分と大人しそうな娘に見えるが、よくこの男の急所を蹴ることが出来たな」
 マギ課室長の腕に救助されている年若い娘を見て宰相が感心したように言った。
 驚いたのはエマも同じだった。宰相と顔を合わせることがあるなどと夢にも思っていなかった。
「私はそんなところを蹴っていません。私が蹴ったのは足の脛の辺りだけです」
「では、誰が?」
 レイエス男爵を蹴ったことは間違いないが、股間など決して蹴っていない。蹴ったのは多分・・・。
「多分、私の聖獣の仕業ではないかと思います」
 レナート様からは降ろして貰うことが出来ないまま、高い所からエマは体をこわ張らせながらも、きちんと説明をした。
「あそこにいるウサギの聖獣が貴方の?」
 宰相からは目線を廊下の隅に座っている聖獣に向けると、持ち主を尋ねて来られた。
「はい。私の聖獣でグロリオサと言います。魔力がほぼ無い子なのです。私が危ないと思って後ろ脚で蹴ったんだと思います。殴られるかと思って目を閉じていたので見ては無いのですが、間違いないと思います」 

「そうだっ、お前の聖獣に蹴られたんだっ。よくも私の大事な所を蹴ってくれたなっ。どうしてくれるっ」
 痛みを忘れ、急に大声を上げ始めた男爵の声に、聖獣の主であるエマは体をびくっと震わせた。
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