ANGRAECUM-Genuine

清杉悠樹

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19 心花

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 夢?いつの間にか私は夢の中に入ったのだろうか?

 嫁ぎたくない相手との結婚が嫌でこんな夢を見ているのだろうか。それにしてはやけに現実的な気がするんだけど。逃避からこんな夢を見ていると言うのなら、この夢の内容は私が望んだから?だから在り得ないこともこうして叶っている?

 エマは絡まった思考にぼんやりしながら、重ねている右手の温かな感触といい、ありえ無い程の心臓の速さが夢の中では味わえないしっかりとした触感を感じていた。

 じわり。じわり。

 手袋越しに触れ合っている箇所からの柔らかな熱が体中を巡り、エマがいるのは夢の中ではないことを教えてくれている。真っすぐ見つめられている優しい色をした琥珀の瞳には嘘は見えなかった。

「でも、私なんかをどうして?会ったばかりなのに」
 ようやく自分が現実にプロポーズを受けたのだと理解し始めたエマは、困惑に捕らわれた。
 女性の間で流行っているという物語の中にあるように、会ったその瞬間から恋に落ちる程の美姫でもない。ましてや一目で男性の視線を惹きつけるような妖艶な体でもない。
 傷跡を見られれば気の毒そうに見られるか、見てはいけないものとしてなのか無視され、背も小さく、女性らしい体つきをしているとは決して言えない。まるで子供と一緒な体つきだと自分でも思う。

 知り合ったばかりとはいえ、目の前で祖父と孫のような年齢差のある娘が襲われそうになっているのを放っておけないから、慈悲で言わなくてはならないと責任を感じたから?
 
 レナート様は目を細め、軽くため息を吐いた。
 正面のお顔が呆れたように見えるのは、やっぱり勢いでプロポーズの言葉を言ってしまった事にようやく気付いて後悔し始めたからだろうか。
 俯きながらエマはそう思った。

「ホノカもさっき言っていたと思うが、エマさんはそんなに自分を卑下せず、もっと自分に自信を持っていい。人に誇れるいいものを持っているんだから。痛みを知ってるからこそ、相手を思いやれる優しい気持ちをね。人から冷たい仕打ちを受けても、それでも人を労わろうとするエマさんに俺は敬意を持った。だから結婚を申し込んだ。決してふざけているわけでも、この場を取り繕うとして言いだしたんじゃない」
 自分よりずっと年下であろうと、性別の違いがあろうと敬意は変わらないとレナート様は言ってくれた。床へと落としていた視線を徐々に上げてゆくと、優しい琥珀の瞳に見つめられていた。

 じゃあ、レナート様は本気で私にプロポーズを?
 過分な褒め言葉とようやく結婚を申し込まれているのだと分かり始めてきた。エマは重ねている手に感じていた温かな熱は、体全体に高温となって広がっていた。

「まあ、エマさんから見れば、二倍の年齢の俺なんてオジサンだろうから、プロポーズを受けたところで迷惑かもしれないけど、三倍の男よりはマシだと思うし?あっちは再婚だけど、俺は初婚だし?勿論、俺には子供も孫なんてのもいない。見た目の好き嫌いは・・・まあ、こればっかりは人それぞれだからな」
 真面目なレナート様の態度が、急に軽いものへと変化した。
 自分の売り込みをアピールしつつ、しれっと毒舌を吐いたレナート様。同時に口調もガラリと変え、相手をつき落とした。

 それを聞いて黙った居られなくなったのは、落とされた側の張本人だ。
「なっ!?何だとっ!」 
 レイエス男爵は自分への明らかな当てこすりに、大きな体をわなわなと震わせ、怒りで顔を真っ赤にさせた。
「私と結婚する娘に横から新たな結婚の申し込みだとっ、一体どういう了見だっ!」
 ふざけるなっ!と叫ぶレイエス男爵の怒鳴り声が騒々しい。両腕を拘束している一番近い場所の騎士達が耳をふさぐことも出来ないので顔を背けるようにして、眉を寄せて我慢している。

 そんな騒音の中にありながら関係ないとばかりに、レナート様からは更なる褒め言葉が続けられた。
「エマさんの見た目に限って俺が好きだなと思った所は、作り物ではない自然とこぼれた控えめながらもふんわりと花の様な笑顔と、透明感ある月の光を思わせる様な細く長い銀の髪と、春の森の様な癒しある色をした緑の瞳がとても好みだ」
 騒音が全く認識外であるエマに、柔らかく丁寧な口調でレナートからの紡ぎたされる口説き文句が、少しずつエマの持っていた卑屈な気持ちをゆっくりと緩和させ、このプロポーズが現実のものであると認識させると同時に、受け入れて欲しいと願うレナートの気持ちが本物だという事をじわじわと理解させ始めた。

 エマは心の中心に今まで感じた事のない嬉しさと喜びを感じ、ときめきの花が咲いた気がした。

「私・・・」
 はい、と言ってもいいんだろうか。出来る事なら頷きたい。エマの心は揺れていた。

「そんなものは無効だっ」
「私の方が先だったのだから、許されんっ」
「マクレーン男爵の許可もないくせにっ」
 いい雰囲気など知ったことではないレイエス男爵は、途切れることなく騒ぎ出した。

 突然始まったマギ課室長のプロポーズを傍聴している周りの人々は、驚きながらも誰もが受諾されるようにと願いを込めながら固唾を飲んで見守っているのに(その中でも室長の母であるアンナの意気込みは鼻息に現れていて相当なものだった)、この大事な場面で騒がぎだした原因がかなり邪魔になり始めた。
(ああーっっっっ、もう煩いなぁっ!我慢出来ないっ)
 こぶしを握り締め怒ったのはホノカだ。
「私にこの場で魔法を使う許可を貰えませんか?この場を静かにさせたいのですが」
(レナート兄さんの邪魔をしないでよねっ!)
 がなり立てる男爵に一番最初にキレたホノカは、クロード宰相にお伺いを立てた。こうした公共の場で勝手に魔法を使うことは原則として禁止とされているからだ。

「良いだろう、エグモント・クロードの名の下(もと)許可する」
 クロード宰相から躊躇することなくホノカの願いが許可された。
「ハルジオン、魔力を二つ頂戴」
 宰相から許可を貰うと、すかさずホノカは肩に乗せている蛇の姿をした聖獣に願った。主からのお願いを受けた蛇のハルジオンから薄っすらと青い光の小さな魔力を二つ出してもらうと、ホノカは自分の右手人差し指に光を乗せ、次に左手の平を水平になるようにすると、魔力付きの指を乗せ魔法を発動させた。
「『重力』続いて『石化』」
 ホノカの言葉と共に手の平には最初は重力、続いて石化の魔法陣が浮かびあがり、立て続けに青い光を放つと発動開始された。

「何っ、魔法を使えるのか?は?手の上で!?ぐふぅっ!」
 ホノカが魔法を使えることをどうやら男爵は知らなかったらしい。
 魔法で重力を受けて床に顔を下にしてべしゃっと潰れたレイエス男爵の体は、今度は石化の魔法で驚愕したままの表情で固まった。男爵を拘束していた騎士達は慌てて手を離し後ずさった。
 通常、机や床といった固いものの上で掌を当てて魔法を発動させる。以前はホノカも同じようにしていたのだが、最近になって手の上で魔法を使えることに気づいてからは、このスタイルですることが多い。壁に手を当ててもいいのだが、いちいちしゃがまなくても発動できる分、時間短縮という面もある。

 ホノカに魔法を掛けられ、べしゃりと床に這いつくばった男爵の姿を見て、二人の世界に閉じこもっている以外の者達は留飲を下げた。

「流石、ホノカさん、完璧な魔法ね。アナタにその恰好、似合ってるわよ。ふふん、ざまぁ見ろ、よ。私が仕上げにその股間をつぶしておこうかしら?今なら簡単ね」
 義娘の手際の良い魔法の仕業にすっきりとした笑みを浮かべながら、怖い提案をしたのはアンナお義母さんだった。本気なのかヒールの音を立てながらつかつかと男爵の足まで歩み寄ると、ダンっ!と床の上で派手な音を鳴らした。
 石化が掛って動かない筈の男爵の体がびくぅっ、と動いた。恐怖心が魔法を一瞬上回ったらしい。床しか見えていない男爵からすれば、本気で潰されるとでも思ったのだろう。
「・・・お義母様ってば、やり過ぎですよ」
「あら、つい。ほほほ」
 義娘からの突っ込みにも、悪びれないアンナお義母さんだった。

 笑いを目的とする寸劇を見せられたような気がしたのか、冷めた目でアンナ様を見ていたレナート様はわざとらしい咳払いをした。
「気を取り直して。エマさんの事を大切にすると誓う。マクレーン男爵にレイエス男爵との結婚の事は無かったことにしてもらえるようお願いをするし、こちらから支援契約も結ぶことも提案する。・・・聞かせて貰えないか?エマさんは、レイエス男爵と、俺、どちらを選ぶ?」

「・・・レナート様」
 多少躊躇う気持ちもないではなかった。父の言いつけを破ることになるのだから。怖い。体が震えた。
 それでもエマは心が求めている名前を音にした。
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