ANGRAECUM-Genuine

清杉悠樹

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45 腕前

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 結婚をしてから、一週間が経過した。
 手を出さないと約束を、レナート様は守ってくれている。・・・一応。

 エマが初夜にホノカさんお揃いのパジャマを着て、広い寝台で旦那様となったレナート様と一緒に眠ることになった晩は、緊張でなかなか寝付くことが出来なかった。ホノカさんと一緒に寝た時とは全然違う。
 シーツの中で、馬車で膝の間に座らされていた感触を思い出し始めると、さらに目が覚めてしまった。寝れる気がしない。じたばたと身動きすることも躊躇われ、じっと我慢をし続けていた。
 けれど、まだ眠っていなかったレナート様には気づかれていた。
「エマ。まだ寝てないんだろう?おいで」
 大人が三人一緒に寝てもまだ余裕がある広い寝台の端に寝ていたエマは、苦笑とともにレナート様の広い腕の中に抱き寄せられ、寝台の中央で二人抱き合う形に悲鳴を上げなかったのは、口を塞がれたから。

 正真正銘、初めてのキスに大いにエマは狼狽えた。

 入籍の時は、頬に。さっきはおでこに。―――そして、唇に。しかも、ただ唇を合わせるようなものでなく、しっかりと深く。知識としては知ってはいたが、キスが相手のことをこんなにも直に感じる感覚を伴うなんてことは知らなかった。
 時々、勝手に出てしまう自分の声ではないような甘ったるい声が明かりが絞られた部屋に響き、体の熱が上がった。
 結局エマの体が蕩けるまで続けられ、いつの間にか口が自由にされていたことにも気づかない有様となっていた。

「悪い。手を出さないって約束だったけど、エマがあんまりにも可愛くて、つい。これ以上は自重するから。寝ようか」

 そう言って抱き枕のような格好のままレナート様に頭を撫でられるという状態が、エマが寝付くまで続けられた、らしい。
 キスの感触を思い出しては、何度も一人悶えていたから気が付かなかった。気が付くと朝を迎えていた。どうやら熟睡していたらしい。

 ランプのものではない、外からの光が室内へと差し込んでいた。
 まだ覚醒していないぼんやりとしたまま、起き掛けに目と鼻の先にレナート様のお顔があって、エマはぱしぱしと目を瞬かせた。一瞬自分がどこにいるのかを思い出せなかった。
「エマ」
 エマより先に目覚めていたレナート様に名前を呼ばれた。
「れなーと、しゃま?」
 体は完全に目が覚めていなかったらしい。呂律がおかしい。名前すらまともに呼ぶことが出来なかった。ぱっと手で口を押えても後の祭り。
「お早う、エマ。・・・かーわいいなぁ。ほんと。俺はそろそろ起きるけど、エマも起きる?」
 レナート様にくすくすと笑われてしまった。
 
 目覚めと共に、レナート様の精悍なお顔が近かったことと、思わず見惚れてしまう程の屈託のない笑顔を見られたことの胸キュンよりも、初夜なのにぐっすりと寝てしまった自分の図太さに落ち込んだ。

***

 レナート様やホノカさんが仕事でいない間、エマがシルヴィオ邸でしていることと言えば、唯一の趣味であるともいえるレース編みや、アンナ様お勧めの蔵書を読ませてもらっていることくらい。庭の散歩もした。後は夕食の手伝いを多少したぐらいか。

 レース編みは自分の好きなことというのもあったが、アンナ様もいたく気に入ってくださったのだが、それ以上にカルヴィン様の妻であるヴィルジニア様が気に入って貰えたのだ。
 レナート様と入籍を済ませたことを知ると、ご兄弟のカルヴィン様ご夫婦(レナート様の一番上のお兄様)、ブノワ様ご夫婦(二番目のお兄様)が、子供達も一緒に連れて慌てて辺境から祝いの品とともに昨日駆け付けてくれたのだ。
 皆さんとても気さくな人たちばかりで、レナート様との婚姻をとても喜んでくださって、祝いの言葉を受け取った。誰一人エマの傷を見ても眉を寄せることなく暖かく受け入れてくれた。
 
 今朝、たまたま洗濯に出されていた新年祝賀会にエマが着ていたドレスがヴィルジニア様の目に留まったらしい。
 なんでも、立体的な花の形をしたレース編みがとても素敵だといって。

 現在エマはアンナ様、ヴィルジニア様、エーヴリル様(ブノワ様の妻)と共にダイニングルームで午後のお茶の時間を過ごしている最中だ。題材は勿論ドレスに付いていたレース編みの花について。

 最初はヴィルジニア様にどこの店のものかと聞かれたから、エマは自分の手作りだと説明した。するとヴィルジニア様にいきなりがしっと両手を掴まれて懇願された。
「私の為に作ってもらえないかしら」
 痛くは無かったが、突然の行動に吃驚した。
 ヴィルジニア様は専門職ではないが、時々ドレスや装飾のデザインを自らしているとはお茶会が始まってから聞いてはいた。これから手掛けるドレスに使いたいと言われたことに、エマはもっと吃驚した。
 だが迷うことなく、エマはすぐに頷いた。
「勿論、喜んでお受けします」
「有難う、エマさんっ」
 満面の笑みでお礼を言われた。

 誰かに気に入って貰えるだけでなく、作品を作ることにこんなに喜んでいただけるのなら、エマはその願いを叶えられることこそが嬉しかった。必要とされることも。エマの方こそお礼を言いたい気分だった。

「以前に作られていた作品は、店に出されていたの?」
 アンナ様にそう聞かれて、エマは迷うことなく正直に答えた。
「いえ、ラモーナお義母様に頼まれて、慰問用に作っていたのです」
 自分で欲しいと思ったものがあってもお金が無くて買うことは出来なかったが、レース用の糸だけは義母も沢山用意してくれた。

「・・・それは、エマさんが作ったものとしてではなく、ラモーナ様はご自分で作ったものとして届けていたって事かしら?」
 エマが別邸で暮らしていて、外に出ることは無かったことを知っているから生まれた疑問だろう。
「さあ。よく、分かりません」
 それなりに手の込んだものを作っていたから、噂で聞いただけだけれど奉仕活動先の教会でも重宝されていたらしい。機嫌よく帰ってきた義母が、次もお願いねと命令のように言われたが、気にならなかった。
 エマは自分の作ったものを喜んでくれたことが、ただ嬉しくて作り続けた結果、レース編みの腕が上がり続け、平坦な作品だけでなく、最近では立体的なものまで作るようになったのだ。
 たまたま作りためていた花のモチーフがあったから、お下がりのドレスに縫い付けてエマは新年祝賀会に参加したのだった。

「・・・・・・。そう」
 憂いを帯びた瞳で見られたことにエマは気づかなかった。
「―――エマさん、明日私と一緒にレース用の糸を買いに行きましょう。他にも必要なものとか、欲しいものがあれば遠慮なく言って頂戴。装飾品も行きましょうね。ついでに恋愛小説も買ってきましょう。確か続きが発売されたはずだわ。エマさんも読んだ本よ。続き、気になってたでしょう?」
 アンナ様に借りていた蔵書は、恋愛の話ばかりだった。マクレーン家に居た頃には読めなかったジャンルで、読み始めると面白くて一気に読んでしまっていた。
「はい、楽しみです」
 にこやかに返事をしたエマを見て、アンナ様達も嬉しそうに微笑みを返してくれた。
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