6 / 17
6 好奇心と過保護
しおりを挟む
「ただいまぁ、あー、寒かったぁ・・・っと、ちょっとむぎちゃん、どうしたの!?赤い顔してるけど。風邪でも日引いて熱でも出たんじゃない?」
紬の他にもう一人いる事務員の滝田さんが買い物から帰って来ると、パソコンに向かいながら手に持った名刺をぼんやり見ていた紬を見て驚いた声を上げると、慌てて近寄ってきた。
外から帰ってきたばかりだから滝田さんの動きと一緒に冷たい空気が紬のところまで流れてきた。ぼうっとしていた頭には丁度いい刺激になった。
「えっ?あ、滝田さん、お帰りなさい。風邪じゃないです、ちょっとぼうっとしてただけですから」
いけない。まだ仕事中なのにぼんやりしてた。しかも、携帯片手に。別にネットやゲームで使っていたわけではないが仕事をしていなかったのだから、バツが悪い。
紬は気が抜けていた体をしゃきっとさせ、頬を両手でむにむにしさっきまで囚われて人物を頭から追い出した。
「ええ?ほんとに?でもむぎちゃん、来客あったみたいだけど茶わんも片付けてないのって、よっぽど体の調子が悪いんじゃないの?」
どうやらよっぽど心配をさせてしまったらしい。滝田さんからの疑いがまだ解けていないらしい。
「あ」
いっけない。片付けのこと、すっかり忘れてた。
普段は来客が帰った後は速やかに片付けているのに、これじゃあ心配を掛けてしまうわけだ。
「体は全然どうもないです。ちょっと考えごとしてただけです。すみません、直ぐ片付けます」
がたんと椅子を鳴らし、慌てて立ち上がると来客用テーブルに置きっぱなしになっていた湯飲みと、陶器のお皿を給湯室へと持って行った。
さっと洗いながし、水切りかごへと伏せる。後で拭いて片づけることにし、濡れた手を拭いて自席へと戻った。
「ねえ、むぎちゃん。本当に体調が悪くないなら、何があったの?理由があるはずよね?白状しなさい」
「うっ」
どうやら白状するまでは見逃してくれないらしい。紬より少し年上(大っぴらに言うと怒られそうだから、こっそり。三十代後半だけど、若く見える)で、小学生のお子さんを持つ滝田さん。子供自身が気が付いていない体調変化にも気づくことが出来るお母さん気質が、只今発揮されてる模様。世間ではインフルエンザが猛威を振るっているとニュースにもなっている。風邪でもなく、体調も悪くないのなら仕事をさぼっていた理由は何だという話だ。当然だ。
滝田さんの仕事をしている時は普段はいつも穏やかだ。それが今は視線を逸らすことなく真正面から向き合って、嘘は許しませんという強い視線を向けられている。怒られているわけではないのは分かっているが、気分は蛇に睨まれたカエルだ。
紬は早々に白旗を上げた。(もとより勝とうともしていない)
***
「えっ、斎藤さんと一緒に来ていた男の人から告白された?」
予想外の内容に滝田さんは驚いた。
2人の来客があったことは滝田さんも分かっていたので、作り話のような嘘くさい紬の話は信じて貰えたよう。
伊倉さんから帰り際に貰った名刺を滝田さんが見せてと言ってきたので渡した。
それには会社支給の携帯番号の他、手書きでプライベート用のアドレスと携帯番号が書き加えられている。手渡されるときに伊倉さんがぽそりと「返事は急がなくてもいいです。でも、連絡してくださいね。楽しみにしてます」と付け加えられたというオマケつき。
これから自社へ戻るという斎藤さん達を紬は玄関先で車の見送りはしたものの、それからどうやら無意識で席へと戻ってから手書きの文字を眺めてぼうっとしていたらしい。その原因は耳元で呟いていった声がいつまでも耳に残っていたからだと、元凶の伊倉さんに強く言いたい。・・・言えないけど。
「伊倉櫂李(かいり)さん、ね。斎藤さんが勧めるくらいだから変な人ではないと思うけど。この伊倉さんって、ど
んな人だった?爽やか美形?細マッチョ?それともキラキラ王子様系?」
―――滝田さん、なんか自分の好みを求めようとしてませんか?当たってるけど。
「爽やかな美形でした。もー、めちゃくちゃイケメンです。そのイケメンがですよ?私とは初対面なのにいきなり『付き合ってもらえませんか?』って。ありえなくないですか?」
お茶好きなのは向こうにもすぐ分かって貰えたとは思うが、たったそれだけの理由で付き合って欲しいなんて言われたとは信じられない。
揶揄われたのだと思ったけれど、とてもそんな雰囲気じゃなかった。それに斎藤さんまで同席していたし。職場が同じ人がいるところでそんな嘘を付くのはあり得ないと思う。しかも、取引先で。もし嘘だったら仕事としても影響が少なからず出ることは分かると思う。
だから告げられたことは本心なのだと思う。ただ、信じられないという気持ちが強いだけで。名刺という物体が無ければ想像空想だったのかもしれないと自分の記憶を疑ってしまいそうだ。
「分かってないわねー、むぎちゃんは。誰がなんと言おうとむぎちゃんは可愛いの。だから初対面で気づいた伊倉さんは目が高いわね。でも、確認はしとかないとね?」
「何をですか?」
ないって。誰がなんと言おうと可愛いなんて、友達でさえ言わないのに。こんな風に面と向かって可愛いって言ってくれるのはウチのおばあちゃんと滝田さんぐらいだ。
しかも確認って、爽やか美形度合いを自分の目で確認するんですか?
滝田さんは自他ともに認めるキラキラ王子系に目がないタイプ。年齢層の幅も広く、お気に入りの俳優さんやアイドルが出ているドラマやバラエティーの話はよく聞かされる。
「ただいまー」
滝田さんが答える前に丁度そこへ社長が挨拶周りから帰ってきた。すると滝田さんはお帰りなさいの挨拶もそこそこに社長に実にいきいきと(紬にはそう見えた)紬と伊倉さんの事を報告した。
話を聞き終わると同時に社長は、きりっとした表情になると、
「よし、分かった!来週早々に設備のメンテの予約をいれよう!大野さん、東海深川工業にすぐ連絡入れておいて」
嘘っ!?マジですか!?
滝田さんに次いで紬の事をあれこれ心配してくれる社長の気遣いは有難いのだが・・・。
急かされて紬は貰った名刺に印刷されていた会社の番号に緊張しながら電話を掛けたのだった。(滝田さんと社長には個人用の番号にかけてみろと言われたが、内容が仕事の事だから無理ですと必死に逃れた)
紬の他にもう一人いる事務員の滝田さんが買い物から帰って来ると、パソコンに向かいながら手に持った名刺をぼんやり見ていた紬を見て驚いた声を上げると、慌てて近寄ってきた。
外から帰ってきたばかりだから滝田さんの動きと一緒に冷たい空気が紬のところまで流れてきた。ぼうっとしていた頭には丁度いい刺激になった。
「えっ?あ、滝田さん、お帰りなさい。風邪じゃないです、ちょっとぼうっとしてただけですから」
いけない。まだ仕事中なのにぼんやりしてた。しかも、携帯片手に。別にネットやゲームで使っていたわけではないが仕事をしていなかったのだから、バツが悪い。
紬は気が抜けていた体をしゃきっとさせ、頬を両手でむにむにしさっきまで囚われて人物を頭から追い出した。
「ええ?ほんとに?でもむぎちゃん、来客あったみたいだけど茶わんも片付けてないのって、よっぽど体の調子が悪いんじゃないの?」
どうやらよっぽど心配をさせてしまったらしい。滝田さんからの疑いがまだ解けていないらしい。
「あ」
いっけない。片付けのこと、すっかり忘れてた。
普段は来客が帰った後は速やかに片付けているのに、これじゃあ心配を掛けてしまうわけだ。
「体は全然どうもないです。ちょっと考えごとしてただけです。すみません、直ぐ片付けます」
がたんと椅子を鳴らし、慌てて立ち上がると来客用テーブルに置きっぱなしになっていた湯飲みと、陶器のお皿を給湯室へと持って行った。
さっと洗いながし、水切りかごへと伏せる。後で拭いて片づけることにし、濡れた手を拭いて自席へと戻った。
「ねえ、むぎちゃん。本当に体調が悪くないなら、何があったの?理由があるはずよね?白状しなさい」
「うっ」
どうやら白状するまでは見逃してくれないらしい。紬より少し年上(大っぴらに言うと怒られそうだから、こっそり。三十代後半だけど、若く見える)で、小学生のお子さんを持つ滝田さん。子供自身が気が付いていない体調変化にも気づくことが出来るお母さん気質が、只今発揮されてる模様。世間ではインフルエンザが猛威を振るっているとニュースにもなっている。風邪でもなく、体調も悪くないのなら仕事をさぼっていた理由は何だという話だ。当然だ。
滝田さんの仕事をしている時は普段はいつも穏やかだ。それが今は視線を逸らすことなく真正面から向き合って、嘘は許しませんという強い視線を向けられている。怒られているわけではないのは分かっているが、気分は蛇に睨まれたカエルだ。
紬は早々に白旗を上げた。(もとより勝とうともしていない)
***
「えっ、斎藤さんと一緒に来ていた男の人から告白された?」
予想外の内容に滝田さんは驚いた。
2人の来客があったことは滝田さんも分かっていたので、作り話のような嘘くさい紬の話は信じて貰えたよう。
伊倉さんから帰り際に貰った名刺を滝田さんが見せてと言ってきたので渡した。
それには会社支給の携帯番号の他、手書きでプライベート用のアドレスと携帯番号が書き加えられている。手渡されるときに伊倉さんがぽそりと「返事は急がなくてもいいです。でも、連絡してくださいね。楽しみにしてます」と付け加えられたというオマケつき。
これから自社へ戻るという斎藤さん達を紬は玄関先で車の見送りはしたものの、それからどうやら無意識で席へと戻ってから手書きの文字を眺めてぼうっとしていたらしい。その原因は耳元で呟いていった声がいつまでも耳に残っていたからだと、元凶の伊倉さんに強く言いたい。・・・言えないけど。
「伊倉櫂李(かいり)さん、ね。斎藤さんが勧めるくらいだから変な人ではないと思うけど。この伊倉さんって、ど
んな人だった?爽やか美形?細マッチョ?それともキラキラ王子様系?」
―――滝田さん、なんか自分の好みを求めようとしてませんか?当たってるけど。
「爽やかな美形でした。もー、めちゃくちゃイケメンです。そのイケメンがですよ?私とは初対面なのにいきなり『付き合ってもらえませんか?』って。ありえなくないですか?」
お茶好きなのは向こうにもすぐ分かって貰えたとは思うが、たったそれだけの理由で付き合って欲しいなんて言われたとは信じられない。
揶揄われたのだと思ったけれど、とてもそんな雰囲気じゃなかった。それに斎藤さんまで同席していたし。職場が同じ人がいるところでそんな嘘を付くのはあり得ないと思う。しかも、取引先で。もし嘘だったら仕事としても影響が少なからず出ることは分かると思う。
だから告げられたことは本心なのだと思う。ただ、信じられないという気持ちが強いだけで。名刺という物体が無ければ想像空想だったのかもしれないと自分の記憶を疑ってしまいそうだ。
「分かってないわねー、むぎちゃんは。誰がなんと言おうとむぎちゃんは可愛いの。だから初対面で気づいた伊倉さんは目が高いわね。でも、確認はしとかないとね?」
「何をですか?」
ないって。誰がなんと言おうと可愛いなんて、友達でさえ言わないのに。こんな風に面と向かって可愛いって言ってくれるのはウチのおばあちゃんと滝田さんぐらいだ。
しかも確認って、爽やか美形度合いを自分の目で確認するんですか?
滝田さんは自他ともに認めるキラキラ王子系に目がないタイプ。年齢層の幅も広く、お気に入りの俳優さんやアイドルが出ているドラマやバラエティーの話はよく聞かされる。
「ただいまー」
滝田さんが答える前に丁度そこへ社長が挨拶周りから帰ってきた。すると滝田さんはお帰りなさいの挨拶もそこそこに社長に実にいきいきと(紬にはそう見えた)紬と伊倉さんの事を報告した。
話を聞き終わると同時に社長は、きりっとした表情になると、
「よし、分かった!来週早々に設備のメンテの予約をいれよう!大野さん、東海深川工業にすぐ連絡入れておいて」
嘘っ!?マジですか!?
滝田さんに次いで紬の事をあれこれ心配してくれる社長の気遣いは有難いのだが・・・。
急かされて紬は貰った名刺に印刷されていた会社の番号に緊張しながら電話を掛けたのだった。(滝田さんと社長には個人用の番号にかけてみろと言われたが、内容が仕事の事だから無理ですと必死に逃れた)
0
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜
小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。
でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。
就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。
そこには玲央がいる。
それなのに、私は玲央に選ばれない……
そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。
瀬川真冬 25歳
一ノ瀬玲央 25歳
ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。
表紙は簡単表紙メーカーにて作成。
アルファポリス公開日 2024/10/21
作品の無断転載はご遠慮ください。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ひとつの秩序
水瀬 葵
恋愛
ずっと好きだった職場の先輩が、恋人と同棲を始めた。
その日から、南莉子の日常は少しずつ噛み合わなくなっていく。
昔からの男友達・加瀬透真は、気づけばやたら距離が近くて、優しいのか、図々しいのか、よく分からない。
好きな人が二人いるわけじゃない。
ただ、先輩には彼女がいて、友達は友達の顔をしなくなっていく。
戻れると思っていた関係が、いつの間にか戻れなくなっている。
これは、仕事も恋もちゃんとやりたいのに、だいたい空回りしている大人たちの、少し不器用なラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる