ひとひらの雪片をともに融かして

清杉悠樹

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12 不意打ち

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「あー・・・、なんで休日に雪かき・・・」
 現在雪は降っていない。けれど空は薄暗く、いつまた降ってもおかしくはないくらいどんよりとしている。
 天気予報が予報を出していた通り、積雪は15cm程度だった。このくらいなら大したことはない。ただ、午後からも降り続ける予報が出ているから今のうちに雪かきをしておかないと、とお母さんに起こされ手伝いを申し渡された紬にしてみれば、ぼやきたくなるというもの。

 土曜日で仕事が休みだから、そんなに早くもない時刻といえばそうなのだが、昨夜は中々寝付けなかった紬はまだ眠くてしょうがない。
 まだ冬休みが終わっていない弟の麻斗《あさと》にも手伝わせればいいのにと言った紬の抗議は、大学受験《センター》を控えた大事な時期にさせられないでしょ?と、お母さんの一言で黙らされた。
(来週センターなのは知ってるけどさぁ、風邪ひいたら困るのも分かるけどさぁ)
 数年前の自分も受験の時は同じように免除されていたので、文句も言えない。
 帰って来るのが遅かったお父さんはまだ寝かせてもらっている。羨ましい。だけどまさかおばあちゃんに手伝ってもらう訳にもいかない。それこそ風邪を引かせ、腰を痛めさせてしまう。
 朝ごはんも、昼食もお母さんが作ってくれるという事でしぶしぶながら紬は一人で雪かきをするしかないと諦めた。

 取り合えず、数メートルある玄関アプローチを玄関側から雪かきを始めることにした。ダウンコートの下に沢山着込んだので寒くはない。雪は降っていないがフードも被り耳を寒さから守る。履いているのは通勤用のミドル丈ブーツでなく防寒長靴。しかも黒。温かくて濡れないことを重要視したから。手にしているのはプラスチック製のスコップ。まだ雪が柔らかいから軽くて使いやすいこれを選んだ。雪が固くなった時には割れてしまうから使えない。そういう時には重くて使いにくい角スコップを使う。
 駐車場があるカーポートの反対側の庭にスコップで雪を掬い何度も投げていく。たまたまもこっと雪を被らせてしまった低めの樹木は雪だるまのよう。まだ白く、さらさらとした雪が舞い散る様子にちょっと心が和んだ。

「こんなもんかな?」
 道路まで人が楽に歩けるくらいに雪かきを終えた。スコップを雪に突き刺し、それを支えにして立つと腰を伸ばし、とんとんと叩きながらそろそろ終わろうかと考えた時、後ろから声を掛けられた。
「大野さん、お早うございます。朝早くから雪かき大変そうですね。良かったら手伝いましょうか?」
 昨日と同じように声を掛けてきたのは、昨夜寝付けなかった元凶の伊倉さんだった。寝付けなかった理由は勿論今まで付き合って欲しいなんて言われて事が無くて、嬉しいやら、くすぐったいやら、信じられないやら、気持ちがふわふわぐるぐるとしていたからだ。

「伊倉さん!?あ、お、お早うございます」
 紬は狼狽えた。伊倉さんの顔を見ることなく慌ててフードを深く被りなおした。ダウンコートは兎も角、足元は使い勝手重視の黒の長靴とダサいのに加え、誰かと会うという事を全く考えていなかったことから完全ノーメークだったから。
(いっやーっっっ、なんでーっっっ!?)
 普段からがっつりメイクをしているわけではないが、すっぴんをさらけ出す勇気がない相手がすぐそこにいるという事実。恐怖だ。拷問だ。
 動揺する紬の耳に、雪を退けたアプローチの上を歩く音が近寄ってきた。
「・・・もしかして顔も見たくないくらい、大野さんには嫌われてしまいましたか?」
 傷ついた声が聞こえ、閉じていた目を開けば俯いた先に見えたのは、伊倉さんの足先。昨日一緒に出掛けて買った男物の長靴の先が見えた。紬が今履いている長靴と同じ色だ。
「ちちちち、違いますうっ!私、化粧を全くして無くてですねっ。あの、だから」
「ああ、そういうことでしたか。それは済みません」
 ほっとした伊倉さんの声が聞こえた。
 確かに声を掛けた相手が目の前でいきなりフードを被って顔も見せなければ嫌われたのかと勘違いするのも無理はないだろう。
 分かって貰えて分かったとは思うが、だからといって、フードを取って素顔を晒す勇気はない。
「だから、その、こんな格好で済みません・・・」
 フードを被り俯いたまま紬は謝った。
「いえ、こちらが勝手に来たのですから何も大野さんが謝らなくても。俺の方こそ済みません。あの実は、こんな朝から尋ねたのは昨日のタッパーを返すのと、ちょっと大野さんにお願いがあってですね・・・」
 心底申し訳なさそうに聞こえた伊倉さんの声に、紬はどうしたのだろうと心配になりつい顔を上げてしまった。すると背が高い伊倉さんとばっちりと視線が合ってしまった。
「あ」
 思わず出てしまった紬の声。それと声にこそ出なかったが同じ形に口を開けた伊倉さん。互いに数秒見合わせた。
 はっとなった紬は手でフードの端を引っ張り再び俯いた。そんな紬の頭上に柔らかな声が落とされた。「可愛いのに」と。
(か、可愛いっ!?)
 がっつりフルメイクをしてやっと平均、もしくはそれ以下に近づく程度だと常々思っている紬にしてみれば聞き慣れない言葉。というか、今まで言われた記憶がない。
 フードの下でカチンと固まった。
「隠すなんて勿体ないですよ」
(ええっ!?)
 続けられた勿体ないという言葉に更に固まった。だから、
「ああ、でも、他人に見せるのはかなり癪《しゃく》ですね。俺の前だけなら」
 そんな小さな呟きは全然聞こえていなかった。
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