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穏やかな日々の終わり

穏やかな日々の終わり ① ★

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「は、あっ……エリス……」
「ノ、ア……?」
「ぜんぶ、入ったよ……? エリス……大丈夫?」

 ノアの瞳は切なげに潤み、頬は赤く息は荒かった。十年以上想い続けた少女をノアは抱いている。両手を繋ぎ合い、お互いの温度を感じ合っている。

 もう死んでしまっても良いと思えるほど幸せで、意識が飛ぶほど気持ちが良かった。彼女の中は狭くて。温かくて。ぎゅうっとノアを締め付けて離さない。
 ただ、ノアが奥に進むたびに、エリスが苦しげに眉間にしわを寄せる事に胸が痛む。交わるそこからの鮮血が痛々しく、浮かぶ涙が自分のせいだということが辛い。

 それでも彼女と繋がれたという純粋な喜びと、もっと奥を知りたいという官能的な欲求と、自分をもっと受け入れ望んで欲しいという浅ましい渇求とで中断することは難しかった。

「うん。ノア……んぅ」

 エリスの言葉を飲み込むようにノアは口付ける。抱き締めながら貪るように唇を食み、口内を愛撫する。しゃらり、と胸元のペンダントが音を立てた。

「っは……あぁ……良かった、エリス。僕の……っ」
 更にぎゅっとそこが締まり、ノアは思わず呻きにも似た声を上げる。先ほど入ったばかりだと言うのに、危うく達しそうになってしまう。

「ノア……も、大、丈夫……?」
 エリスの細い指が頬に触れ、そのまま耳へと移動した。彼女に開けてもらったピアス穴をそっと撫でられ、ノアの熱い肉棒が温かい彼女の中で更に質量を増す。

「大丈夫だよ……すごく幸せで、溶けてしまいそうだけど。エリスこそ、痛くはない? 苦しいようなら、言って」
「大丈夫だよ、ノア」
 微笑むエリスの額には汗が滲んでいる。下がる眉と目尻の涙にノアの胸は一層苦しくなった。

 無理をさせてしまっていることは明らかだった。

 守りたい相手であるはずなのに、ノアが望んだばかりに苦しめている。自分の欲など抑えて今晩はもう行為を中断するべきなのかもしれない。たとえ今日最後まで出来なくても、ノア達にはこれからずっと一緒なのだ。多くの時間が残されている。

 ノアは中断することを持ち掛けようと、口を開きかけた。その時。

「すごく嬉しい……私も溶けちゃうかもしれない。ノア、ノア……」
 首の後ろに腕を回され、大胆にもノアは彼女に抱き締められる。エリスの甘い香りと、胸を焦がすような自分を求める声に胸がいっぱいになる。

「エリス……っごめん、動きたい。良い?」
 中断しないかと口から出かけた提案の言葉は閨の闇に消えてしまった。代わりにノアはまっすぐにエリスを見つめ、許可を得るための言葉を口にする。
「動いて、ノア。ノアのこともっと……知りたい」
「エリス……っ」

 初めての夜なのだから最後まで出来なくても良いなどとは、もうノアには思えなかった。

 最愛の妻に深く口付けながら、腰を揺らし始める。自らの熱い塊で彼女の隘路を優しく押し広げるように。更に奥へ届くように。ぎりぎりまで引き抜いてから、柔らかな恥毛が合わさるまで奥へ入れて。ぐちゅぐちゅと淫らな音をさせながら、ノアは何度も何度も繰り返す。

「んっ、ノアっ……あっ……あっ」
 荒い呼吸とお互いの名を呼び求め合う声、木製の質素なベッドのきしむ音が響く。交わった所から聞こえるいやらしい水音も。甘さを帯びたエリスの声も。エリスとノアを引き合わせてくれたあのペンダントが揺れる音さえも。今は甘くノアの耳を蝕む。

「っはぁ……っ好きだ、エリス……僕とずっと、……っ」
 瞬間、エリスの中で熱い欲望が弾けた。どくどくと震えながら精を出しエリスを染めていく。
 深く繋がるそこからは痛ましい色が混じった白濁が溢れていた。

 エリスの初めてを奪えたという、どうしようもない仄暗い達成感と優越感、そして彼女に無理をさせてしまったという罪悪感は計り知れない。
 しかしそれらさえも気にならないくらいに、愛する彼女が自分の全てを受け入れ、繋がり合えたという歓びは大きかった。


 エリスの初めてはノアだ。そしてこの先もエリスの最奥を知るのは自分だけで良い。ノアを知るのもまた、永遠に彼女だけで良い。エリスを満たすのはノアだけが良い。

「ずっと、一緒に居よう……本当の家族になろう」
「……うん。ノア。ありがとう」
 涙を浮かべ微笑むエリスを、ノアは包み込むように抱き締めた。瞼に口付け、鼻先、頬と続ける。

 いずれはエリスとの間に新しい家族を迎えたいと告げようとしたが、瞼が落ち始めた彼女を見て思いとどまった。

 別に起こしてまで今すぐ伝えなくてはいけないことではない。式を終えるまでは薬を使わねばならないし、その先のことはこれからいくらでも伝える機会がある。焦る必要もないし、今話してはかえって気が早いと彼女に苦笑いされてしまうかもしれない。なにより今夜は無理も随分させてしまった。

 ただ、あの事は明日にでも話すつもりだ。すぐに全てを話す事は出来ないので、今は話せる部分だけ。式を終えたら全てをきちんと。

 ノアにかかった魔法ペンダントのこと。この先も呼ばれることは決して無いだろう長い本名のこと。大切なもう一組の――血の繋がった――家族のこと。


 そして忌まわしい呪いの事を。彼女には全て伝えるつもりだ。


「エリス、一生僕に大切にさせて……」


 健やかな寝息を立て始めたエリスの唇にノアは軽く口付ける。唇を離してから急に恥ずかしくなり、彼女の首元にノアは顔を埋めた。
 締まりなく緩んでしまう真っ赤な顔を、彼女に見られなくて本当に良かったと思いながら。
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