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動き出した時
石と悪魔 ①
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ノアの手元の灯りを頼りに、エリス達はドーム状の広場までの難路を進んでいた。
小鳥の囀りや虫の声、草間を揺らす獣達の気配など。森の喧騒は遠のき、洞窟内はエリス達が砂利を踏みしめる音のみが響く。
「ノア、昨日は魔法を解除するまで光っていた石もあったのよね?」
差し出されたノアの手を取り、エリスは道の大半を塞ぐ小岩の脇をすり抜ける。
「うん。洞窟内から遠ざかるにつれ光を失っていった石と、魔法が解けてから徐々に光らなくなったものと。色との関連性は感じられたけれども、大きさとの関係はわからなかった」
「外に出て光らなくなった順に黄、橙、赤。魔法解除から光らなくなった順が緑、紫、黒、青、白……。一晩経つとどの魔鉱石の光も消えて、くすんだ黒や暗い紫色になってしまったんだっけ?」
「そう、どの石もね。発光について言えば、洞窟内の一つの条件や要素が持続に必要なのか、それとも複数の要素の組み合わせが持続時間を決めるのか。どちらかなのかはまだちょっと……」
考え込むノアに、エリスも限りなく少ない知恵を絞りだそうと努める。
「あとノア、確か前は石が光るのって日が暮れてから、夜だけじゃなかった?」
「うん……僕もそう記憶してる。それに前は光がもう少し淡かったような……」
少なくとも今は午後三時頃には魔鉱石が光り始めている。光り始める条件が時と共に微細に変化しているという事であろうか。
「光らなくなった石は研究所の方へ?」
「ああ。来週の始めには大方の成分がわかると思う。効貴石についても情報が入り次第、伝えて貰うよう頼んである」
「そっか……。なら私達が今出来るのは環境の記録とか? 洞窟内と外との違いとなると温度と湿度、その差と、あと光量……」
「うん。それと魔力の量と種類も。ほら、僕が魔法を発動した時にたまに光が見えると思うんだけれど……」
灯りの反対側、ノアの手元が仄かに明るくなったかと思うと、空気を伝うように細かな光が走った。光は彼の瞳と同じ深い青。
「この色は人によって、魔力の種類によって違うんだ。例えば僕は発生させた部分に近い所が濃紺で、遠ざかって分散していくと空のような薄い青になる」
「じゃあ、あの石も魔力の色とか……?」
エリスの問いにノアは曖昧に首を傾げ、眉を下げる。
「魔力そのものに色は無いんだ」
「あっ、そうか。じゃあ……えっと?」
早とちりし話を遮った挙句、比較的基本的な事を間違えるなんて。顔から火が出る程恥ずかしい。
エリスの様子を知ってか知らずか、ノアはくすりと笑い魔法を使っていた手を下ろすと、そっとエリスの手を握った。
「そもそも魔法って化学反応に似ているんだ。魔力、術者の性格や状態、そして発動のきっかけ……呪文や動作……がそれぞれ何タイプもあって。それぞれの組み合わせで反応が起こる。さっきの青い光も同じ。発動しようと思った魔法に付随して起こった反応の一つなんだ」
「反応……。じゃあ、もしかして私にわかるように、あえて目に見えるような魔法を使ってくれてた?」
戸惑うエリスにノアは苦笑の混じった照れ笑い。頬を僅かに朱に染め咳払いする。
「買い被り過ぎだよ。下手だから光っちゃうだけ。話は元に戻るけれど、例の”効貴石”は”神の力を宿す天然魔石”とも言われている。宝石のように美しく、神々に選ばれし莫大なエネルギーを持つ石との噂だ。それから記憶を失った人達の話では『消える』『光を宿していた』なんて断片的な話も聞く」
「魔鉱石と似てるわ……」
ノアは肯く。
「僕も真っ先に思い出したよ。そこで仮に”魔鉱石”と”効貴石”が同じような働きを持つものだとしたら。”魔鉱石”は魔石であり、周辺の魔力が光の持続時間や石の特徴に大きく関わっている可能性も有り得る話かなって」
「あっ……隣は魔術大国だし、うちとは違って気候の地域差が大きいのよね」
管理に微細な魔力の調整が必要だとしても、隣国ならば可能だろう。むしろ温度や湿度の調節よりも楽なはずだ。
また魔力を宿す自然物は多くが生物や植物であり、魔術師の造る魔石を除いて無機物には魔力が非常に留まりにくいという特徴がある。その為、還元率やコストの問題から資源としてよりもペットや蒐集品としての人気の方が高い傾向にあるのだ。
証言や出回っていた層が富裕層である事からも、最初から『新しく珍しい資源であり蒐集品の魔石』と判断しての購入であったとしたら、話の辻褄は合う気がした。
「”魔鉱石”は本当に魔法の石だった……」
「……多分。光は石に含まれている成分か微生物か何かが魔力と反応を起こしていたからじゃないかな。時刻による変化は活動時間の差かもしれない。光を失い色が変化したのは環境が変わり魔力が石から放出されたか、保持できずに消えてしまい反応が起こらなくなった」
「すごい……」
視界の端で光が弾け、感嘆の声がエリスから漏れる。ノアの唇からも同様のため息が漏れ。無数の煌めきが二人を迎えた。
「仮定の話にはなるけれどね。でももし本当に洞窟内のなんらかの種類の魔力によって、自身で魔力を生み出し、保持できると石なのだとしたら。それは……」
続きは無数の瞬きを灯した薄闇と、浮かび上がるようにその存在を知らしめる神秘的な三つの石に吸い込まれていく。
”魔鉱石”と”効貴石”が同じもので、ノアの仮定通りの石ならば。それはまず間違いなく世界を揺るがす資源となるだろう。
エリスはノアの手を取る。心なしか、頼もしい手が薄闇を彷徨っているような気がしたことは伏せて。
「調べよう。ノア。今は一つ、一つ」
責任は思っていたよりもずっと重大かもしれない。
力強く肯く彼に、エリスも微笑み応える。決意はより固く、意識は明瞭になっていった。
小鳥の囀りや虫の声、草間を揺らす獣達の気配など。森の喧騒は遠のき、洞窟内はエリス達が砂利を踏みしめる音のみが響く。
「ノア、昨日は魔法を解除するまで光っていた石もあったのよね?」
差し出されたノアの手を取り、エリスは道の大半を塞ぐ小岩の脇をすり抜ける。
「うん。洞窟内から遠ざかるにつれ光を失っていった石と、魔法が解けてから徐々に光らなくなったものと。色との関連性は感じられたけれども、大きさとの関係はわからなかった」
「外に出て光らなくなった順に黄、橙、赤。魔法解除から光らなくなった順が緑、紫、黒、青、白……。一晩経つとどの魔鉱石の光も消えて、くすんだ黒や暗い紫色になってしまったんだっけ?」
「そう、どの石もね。発光について言えば、洞窟内の一つの条件や要素が持続に必要なのか、それとも複数の要素の組み合わせが持続時間を決めるのか。どちらかなのかはまだちょっと……」
考え込むノアに、エリスも限りなく少ない知恵を絞りだそうと努める。
「あとノア、確か前は石が光るのって日が暮れてから、夜だけじゃなかった?」
「うん……僕もそう記憶してる。それに前は光がもう少し淡かったような……」
少なくとも今は午後三時頃には魔鉱石が光り始めている。光り始める条件が時と共に微細に変化しているという事であろうか。
「光らなくなった石は研究所の方へ?」
「ああ。来週の始めには大方の成分がわかると思う。効貴石についても情報が入り次第、伝えて貰うよう頼んである」
「そっか……。なら私達が今出来るのは環境の記録とか? 洞窟内と外との違いとなると温度と湿度、その差と、あと光量……」
「うん。それと魔力の量と種類も。ほら、僕が魔法を発動した時にたまに光が見えると思うんだけれど……」
灯りの反対側、ノアの手元が仄かに明るくなったかと思うと、空気を伝うように細かな光が走った。光は彼の瞳と同じ深い青。
「この色は人によって、魔力の種類によって違うんだ。例えば僕は発生させた部分に近い所が濃紺で、遠ざかって分散していくと空のような薄い青になる」
「じゃあ、あの石も魔力の色とか……?」
エリスの問いにノアは曖昧に首を傾げ、眉を下げる。
「魔力そのものに色は無いんだ」
「あっ、そうか。じゃあ……えっと?」
早とちりし話を遮った挙句、比較的基本的な事を間違えるなんて。顔から火が出る程恥ずかしい。
エリスの様子を知ってか知らずか、ノアはくすりと笑い魔法を使っていた手を下ろすと、そっとエリスの手を握った。
「そもそも魔法って化学反応に似ているんだ。魔力、術者の性格や状態、そして発動のきっかけ……呪文や動作……がそれぞれ何タイプもあって。それぞれの組み合わせで反応が起こる。さっきの青い光も同じ。発動しようと思った魔法に付随して起こった反応の一つなんだ」
「反応……。じゃあ、もしかして私にわかるように、あえて目に見えるような魔法を使ってくれてた?」
戸惑うエリスにノアは苦笑の混じった照れ笑い。頬を僅かに朱に染め咳払いする。
「買い被り過ぎだよ。下手だから光っちゃうだけ。話は元に戻るけれど、例の”効貴石”は”神の力を宿す天然魔石”とも言われている。宝石のように美しく、神々に選ばれし莫大なエネルギーを持つ石との噂だ。それから記憶を失った人達の話では『消える』『光を宿していた』なんて断片的な話も聞く」
「魔鉱石と似てるわ……」
ノアは肯く。
「僕も真っ先に思い出したよ。そこで仮に”魔鉱石”と”効貴石”が同じような働きを持つものだとしたら。”魔鉱石”は魔石であり、周辺の魔力が光の持続時間や石の特徴に大きく関わっている可能性も有り得る話かなって」
「あっ……隣は魔術大国だし、うちとは違って気候の地域差が大きいのよね」
管理に微細な魔力の調整が必要だとしても、隣国ならば可能だろう。むしろ温度や湿度の調節よりも楽なはずだ。
また魔力を宿す自然物は多くが生物や植物であり、魔術師の造る魔石を除いて無機物には魔力が非常に留まりにくいという特徴がある。その為、還元率やコストの問題から資源としてよりもペットや蒐集品としての人気の方が高い傾向にあるのだ。
証言や出回っていた層が富裕層である事からも、最初から『新しく珍しい資源であり蒐集品の魔石』と判断しての購入であったとしたら、話の辻褄は合う気がした。
「”魔鉱石”は本当に魔法の石だった……」
「……多分。光は石に含まれている成分か微生物か何かが魔力と反応を起こしていたからじゃないかな。時刻による変化は活動時間の差かもしれない。光を失い色が変化したのは環境が変わり魔力が石から放出されたか、保持できずに消えてしまい反応が起こらなくなった」
「すごい……」
視界の端で光が弾け、感嘆の声がエリスから漏れる。ノアの唇からも同様のため息が漏れ。無数の煌めきが二人を迎えた。
「仮定の話にはなるけれどね。でももし本当に洞窟内のなんらかの種類の魔力によって、自身で魔力を生み出し、保持できると石なのだとしたら。それは……」
続きは無数の瞬きを灯した薄闇と、浮かび上がるようにその存在を知らしめる神秘的な三つの石に吸い込まれていく。
”魔鉱石”と”効貴石”が同じもので、ノアの仮定通りの石ならば。それはまず間違いなく世界を揺るがす資源となるだろう。
エリスはノアの手を取る。心なしか、頼もしい手が薄闇を彷徨っているような気がしたことは伏せて。
「調べよう。ノア。今は一つ、一つ」
責任は思っていたよりもずっと重大かもしれない。
力強く肯く彼に、エリスも微笑み応える。決意はより固く、意識は明瞭になっていった。
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