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動き出した時

鉱石と悪魔 ④

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「待って、えっ」
「ごめん、待たない」

 ノアの指が黒の魔鉱石を掴み、エリスの赤の石に触れる。
 途端、二つの石は白の石へと変わり前後のコマ含めて三つに増殖。両者陣営共に隣接していた青と黄の石とも連鎖し、あっという間に四つ共に消えてしまった。

「はい、これで僕の勝ちかな」
「うそ、えっ、えぇ……」

 まさに瞬殺。
 惜敗どころか赤子の手をひねらせただけに終わった試合に、エリスは岩机に突っ伏す。

(……どうして? さっきノアの黒の石が私の黄色に触れた時は黄色の石の陣が黒に飲み込まれて……??)

 使用する石の数、賞品、石の色、勝敗の決め方、一手の動き、陣地マス数及びコマ配置。――をそれぞれ順番に取り決め、各々が使うコマ色とそれぞれの配置も交互に取り。もっと言えばあらゆる取り決めでエリスは先制を取り、奇数個あるルール決めの権利数も多く獲った。

「な、なんで……?」
 豆鉄砲を食った鳩のようにエリスは首を捻る。

 ノアが王都に行った後もエリスは度々洞窟に訪れては、ひとり石を弄んでは各反応を見ていた。だからこそ各色の石の特徴はある程度掴んでいると思っていたのだが。

(は、恥ずかしい……自信満々で挑んで、ちょっとこれはノアに対してずるかったかもとか自惚れて、結果負けるなんて……)
 蓋を開けてみれば過去の戦績の傾向性を覆すことはなく、ノアの圧勝だった。


「黒い石は赤や黄色の石とは変化の仕方が異なるんだよ。1回目と……」
「ま、待って! 待って! できれば自分で見つけたいから!」

 エリスは慌ててノアの口元を両手で抑える。こちらの疑問を察してくれる事が嬉しい反面、全て丁寧に解説されるのはエリスとて少し悔しい。

「っ……」
「わっ、ご、ごめんノア」
「いいよ。僕こそ帰ってきてからなんでもエリスに知ったふうな口を……つい、いい所見せたくなってしまって」

 照れ笑い半分、苦笑半分といった風なノアにエリスもつられて笑う。

 素直に誠実でありたいという気持ちと相手に良い所を見せたいと意識の共存は、エリスのように不器用で不完全な人間にとっては難しい問題だと思っていたが。ノアもまたもしかしたら、近しいのかもしれない。

「ああ、そうだ! エリス、ちょっと試したいことが」

 思い付いたようにノアは手近の黒の石を摘み、ボソリと何事かを呟く。伏せられた青の瞳に長い睫毛の影が落ちて。エリスは黒の石の周りに小さな青の光が集まっている事に気付いた。

(ノアの魔法……?)

 光を集めた石をノアはそっと岩の上へと置く――ちょうど今し方、四つの石が消えたばかりの場所へ。

 瞬間、ノアの手元から幾筋もの閃光が走る。

「っ?!」

 二人分の息を飲む音と共に、あまりの眩しさにエリスはぎゅっと目を瞑った。

「見て、エリス」

 時間にして、おそらく数秒も経ってはいなかったのだろう。心地好い声にそっと目を開け、エリスは再び瞬きする事となった。

「えっ? あれ? この石……?」

 ノアの掌には魔鉱石……ではなく宝石のように美しい紺青の石が転がる。大きさは殻付きのクルミ程。ノアが持っていた黒の魔鉱石よりもだいぶ大きい。

「石だね……?」
「えっ、ノアはわかってやったんじゃ……?」
「いや。魔鉱石の発光についての推察と魔鉱石同士の反応を思い出した時に、もしかしたら完全に石が消えたわけじゃないのかなと思って。同質の物体を媒体に魔法を使ったら何か反応が見られるかと……」

 思っただけなんだ、とノアは拍子抜けした面持ちで呟く。

「これ、魔鉱石から生まれた……のよね?」
「多分」

 ノアの瞳が真夜中を映す湖ような深い青ならば、この石は更に深い青。限りなく漆黒に近い新月の夜のような色をしている。見る者の心を奪うような美しさや一種の妖艶ささえ感じる深い色合いはナールの瞳を思い起こさせた。

「とりあえずこれも持ち帰ってみよう」

 ノアの言葉に同意を示し、エリスは今一度周囲を見渡す。

「ノア、明後日から薬局の仕事が入るけれど、週に三日は休日や半休だからここに来れるわ。レポートをまとめる作業なら毎晩できるし、遠慮せずに私が手をつけても良い仕事は振って!」
「ありがとう。頼もしいな」

 ノアの手が伸びてエリスの頬へと触れる。愛おしげな眼差しに羞恥に頬を染めれば、そっと指の背で赤く染まったそれを撫でられた。

「頼もしくて、可愛いなんて。僕は幸せだな……」

 蕩けるような笑みでノアはエリスの何の変哲もない茶の髪を至上の絹糸のように丁寧に触れ、ゆっくりと熱くなり始めた耳へと手を伸ばす。
 図らずも純粋なこそばゆさとは別の甘やかな感覚が湧き上がり、エリスは身を震わせる。

「ノ、ノア……! ここ、外だから……」
「……うん、そうだね? さて。今日の調査はこれくらいにしようか」
「え? ええ!」

 疑問形の「そうだね?」で己の勘違いに気付いてしまった事も、離れていく彼の手を名残惜しいと思ってしまった事も胸に秘め。エリスは邪念をかき消す程の大きな声で返事をした。
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