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こいに惑う
こいに惑う ②
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空いたソファーを中庭を望む窓際に見つけ出し、戸惑う令嬢に席を勧めた時になって。ようやくエリスは己のした事に気付いた。
「あっ、あの、すみませんでした」
「いいえ。むしろお礼を言わねばなりませんわ。ありがとうございました、ええと……」
「エリス・オルブライトです。大変失礼致しました」
つい深々と頭を下げてしまってから、マナーとして失礼に当たらないか不安になる。
しかしそんな不安も杞憂だったようだ。令嬢はエメラルド色の大きな瞳を細め、花のような笑みを返してくれた。
「エリス・オルブライト様。本当にありがとうございました。申し遅れました、私カミラ・ハモンドと申します」
カミラは緩くカーブした金髪を揺らし、優雅な礼をする。安堵からか、白く滑らかな頬がほんのりと薄紅色に染まった。
「あ……は、はい」
エリスは間の抜けた返答をすると、意味もなく再度礼をする。
絵本から迷い出てきたお姫様。そんな言葉が脳裏を過った。
(なんて可愛らしい方なの……小さくて、髪もふわふわ! ぎゅっとしたくなる可愛さだわ……! でもなんでおひとりなんだろう? たしかカミラ様はエクヴィルツ家ゆかりの名門ハモンド伯爵家のご令嬢。しかもまだ十七歳だったはず)
見取図と共に手に入れた参加者リストを思い出しながら、エリスは混乱する。こんなにも愛らしく美しい少女を一人にするなんて、狼の塒の前に食べて下さいと兎を供えるようなものだ。
「あの、ご一緒に参加されているか……」
「あの! 大変不躾な質問ではあるのですが……!」
言い終わる前に、エリスの手を華奢なそれが握る。食い入るように見つめられ、何事かと瞬きする間もなく。
「もしかしてお姉様のご趣味も悪魔研究ですか?!」
カミラの口から予想だにしない質問が飛び出てきた。
「あ、悪魔研究?」
「そうです! 今日の晩餐会は交霊会がメインイベント! ですからお姉様もてっきり……悪魔研究がご趣味なのかと……」
初めの勢いはどこへやら、カミラは次第に項垂れていく。あまりにも不憫なその様に、エリスは慌てて言葉を返した。
「趣味ではありませんが、少し興味はあります。カミラ様は悪魔にお詳しいんですね。そのお話、詳しく聞かせて頂けませんか?」
「ええ! 僭越ながら、私が! どこからお聞きになりますか!」
頬を朱に染め、カミラは悪魔について話し始める。
悪魔と人間との歴史、堕天使と悪魔との違いや魔法や魔道具との関わり等など。
成り行きから聞く事になったものの、カミラの話は様々な分野への見識も深く、大変興味深いものだった。
「魔法と魔力の発見と共に、人々は詠唱の短縮など簡単に魔法が使える方法を模索してきました。その経過途中で生まれたのが魔道具と信じてる方も多いですが、違うんですのよ。元々、魔道具とは悪魔の力を宿す道具の事でした。それが魔法と魔力の発見により、魔力にも転用できないかと研究開発され、いつしか魔力を元に簡単に魔法が使える道具の事を魔道具だと思う方が増えたんですわ」
「そんな歴史が……」
「ええ。ですから、本来魔道具の力の源は一つではありません。そして悪魔契約のように縛りを作ることで効力を発揮するものも多いんですの。また特殊なものも多いですわ。持ち主の身の回りを記録するもの、遠方の相手を見張るもの、縛りをつくることで相手の嘘を高確率で見抜くもの。……これらを、エリス様はどう思います?」
不意にエメラルド色の瞳が細められ、試すような微笑がエリスを見つめる。
場の空気が一転し、賑やかな周りの音が遠のいていく気がした。窓からは月明かりに照らされ、青白く浮かび上がる中庭が見える。
問いの意味に戸惑いながらも、エリスは率直に答えた。
「……不思議、です。人が手に入れて良い力なのか……少し怖くもありますね」
エリスの応えに満足したのか、カミラの唇が笑みを象る。
「ええ。これらは悪魔の力と非常に似ています。ですから私は、尚更思うのです。特殊な力を持つ魔道具とは、一種の悪魔への憧れだったのではないかと」
「憧れ……」
「昔の方々は彼らの力に憧れ、しかし代償の大きさに挫折し、代わりに魔法で再現しようとした。魔道具ばかりでなく、魔法もまた、悪魔の力への憧れだった……」
オレンジ色の光を放つ華やかな晩餐会と、二人が座るソファ。そして静寂と月明かりに包まれる青白い中庭。
喧騒と静寂の狭間で、うっとりと虚空を見つめるカミラは、浮世離れした美しさがあった。
「エリス様のそれも。魔道具ですね?」
「えっ?」
薬指の指輪を指し示し、カミラは首を傾げる。
「微弱ですがエリス様の物でない魔力を感じます。お相手は随分と執拗……いえ、居場所がわかるよう探知出来そうなものですから。大切にされてますね」
予想外の不穏な言葉にエリスは瞬く。まさか探知される恐れがある代物だとは考えもしなかった。
「これは、見る人が見ればそのような事がわかるのですか?」
「え、ええ。魔術師や私のように魔力を視る事が出来る者ならば、大半は魔力の種類も見分けられますから。知識があれば、ある程度は予想できます。性能については個体差があるので、わかりにくいものもありますが……」
この指輪は、そうではない。あからさまに戸惑うカミラの視線はそう言っていた。
(ノアはあえて、言わなかったんだ……)
「もしお困りならば、魔術師の知人をご紹介しましょうか? 魔道具に詳しい女性の方を紹介しましてよ?」
「あ、お話は有難いのですが、今のところは……」
「失礼しました。そうですわね。私なんかよりも、エリス様の御家族様の方がお詳しいかもしれませんわ」
カミラはくすりと微笑み、金の髪をかきあげる。あらわになった耳に光るものに、エリスは思わず息を飲んだ。
「どうやら、御家族様は私の大事な方ともお知り合いのようですし。エリス様のピアスと私のピアス、魔力の色が同じですもの」
白く小さい耳には、深い青が煌めく。ノアが魔法で造りあげたピアスが、エリスが身につける物と全く同じそれが、カミラの耳を飾っていた。
「愛する方の創ったものって、ひと目でわかってしまうものですね」
頬を染め、はにかむようにカミラは告げる。反して、エリスの胸には重苦しい疑念がのしかかる。
「あの、その方って……」
やっとの事で絞り出した声は震えてしまう。エリスは既に、花のように微笑むカミラを直視出来なかった。
「もしかしてご存知なのですか! 優秀な魔術師様ですわ! 青い瞳と金の髪が素敵な……紳士的で優しい方です。王都の魔法院に務めていますが、近くこちらに来られる予定で。お名前はまだ、存じ上げないのですが……」
恥じらいに頬は朱に染まり、ちらりとエリスの様子を伺う上目遣いは愛らしい。
カミラの所作や言葉からは、暗に知っていたら教えて欲しいとエリスに伝えている事が推し量れる。
正直に心当たりを告げるべきか、エリスは意味もなく膝の上でドレスを握り締めた。
(でも、勝手に教えてしまうのは良くないかもしれないし……ノアが魔道具を販売してるなんて知らない……魔力の雰囲気や容姿がよく似た別人かも……)
得体の知れぬ重く嫌な気持ちが胸を満たし、エリスは言葉を返せない。
誰の為でもなく、エリスは自身が傷付くことを恐れて言葉に詰まっている。その事が尚更、気持ちを重たくさせる。
気まずい沈黙が流れ、カミラも何かを悟ったらしい。慌てて彼女は口元を抑えると、頬を赤らめ視線を落とした。
「も、申し訳ありません! 私ったら、お付き合いするのが初めてなもので浮かれてしまい……」
カミラの言葉が耳の奥で木霊する。
顔から血の気が引いていくのを、エリスは確かに感じていた。
「あっ、あの、すみませんでした」
「いいえ。むしろお礼を言わねばなりませんわ。ありがとうございました、ええと……」
「エリス・オルブライトです。大変失礼致しました」
つい深々と頭を下げてしまってから、マナーとして失礼に当たらないか不安になる。
しかしそんな不安も杞憂だったようだ。令嬢はエメラルド色の大きな瞳を細め、花のような笑みを返してくれた。
「エリス・オルブライト様。本当にありがとうございました。申し遅れました、私カミラ・ハモンドと申します」
カミラは緩くカーブした金髪を揺らし、優雅な礼をする。安堵からか、白く滑らかな頬がほんのりと薄紅色に染まった。
「あ……は、はい」
エリスは間の抜けた返答をすると、意味もなく再度礼をする。
絵本から迷い出てきたお姫様。そんな言葉が脳裏を過った。
(なんて可愛らしい方なの……小さくて、髪もふわふわ! ぎゅっとしたくなる可愛さだわ……! でもなんでおひとりなんだろう? たしかカミラ様はエクヴィルツ家ゆかりの名門ハモンド伯爵家のご令嬢。しかもまだ十七歳だったはず)
見取図と共に手に入れた参加者リストを思い出しながら、エリスは混乱する。こんなにも愛らしく美しい少女を一人にするなんて、狼の塒の前に食べて下さいと兎を供えるようなものだ。
「あの、ご一緒に参加されているか……」
「あの! 大変不躾な質問ではあるのですが……!」
言い終わる前に、エリスの手を華奢なそれが握る。食い入るように見つめられ、何事かと瞬きする間もなく。
「もしかしてお姉様のご趣味も悪魔研究ですか?!」
カミラの口から予想だにしない質問が飛び出てきた。
「あ、悪魔研究?」
「そうです! 今日の晩餐会は交霊会がメインイベント! ですからお姉様もてっきり……悪魔研究がご趣味なのかと……」
初めの勢いはどこへやら、カミラは次第に項垂れていく。あまりにも不憫なその様に、エリスは慌てて言葉を返した。
「趣味ではありませんが、少し興味はあります。カミラ様は悪魔にお詳しいんですね。そのお話、詳しく聞かせて頂けませんか?」
「ええ! 僭越ながら、私が! どこからお聞きになりますか!」
頬を朱に染め、カミラは悪魔について話し始める。
悪魔と人間との歴史、堕天使と悪魔との違いや魔法や魔道具との関わり等など。
成り行きから聞く事になったものの、カミラの話は様々な分野への見識も深く、大変興味深いものだった。
「魔法と魔力の発見と共に、人々は詠唱の短縮など簡単に魔法が使える方法を模索してきました。その経過途中で生まれたのが魔道具と信じてる方も多いですが、違うんですのよ。元々、魔道具とは悪魔の力を宿す道具の事でした。それが魔法と魔力の発見により、魔力にも転用できないかと研究開発され、いつしか魔力を元に簡単に魔法が使える道具の事を魔道具だと思う方が増えたんですわ」
「そんな歴史が……」
「ええ。ですから、本来魔道具の力の源は一つではありません。そして悪魔契約のように縛りを作ることで効力を発揮するものも多いんですの。また特殊なものも多いですわ。持ち主の身の回りを記録するもの、遠方の相手を見張るもの、縛りをつくることで相手の嘘を高確率で見抜くもの。……これらを、エリス様はどう思います?」
不意にエメラルド色の瞳が細められ、試すような微笑がエリスを見つめる。
場の空気が一転し、賑やかな周りの音が遠のいていく気がした。窓からは月明かりに照らされ、青白く浮かび上がる中庭が見える。
問いの意味に戸惑いながらも、エリスは率直に答えた。
「……不思議、です。人が手に入れて良い力なのか……少し怖くもありますね」
エリスの応えに満足したのか、カミラの唇が笑みを象る。
「ええ。これらは悪魔の力と非常に似ています。ですから私は、尚更思うのです。特殊な力を持つ魔道具とは、一種の悪魔への憧れだったのではないかと」
「憧れ……」
「昔の方々は彼らの力に憧れ、しかし代償の大きさに挫折し、代わりに魔法で再現しようとした。魔道具ばかりでなく、魔法もまた、悪魔の力への憧れだった……」
オレンジ色の光を放つ華やかな晩餐会と、二人が座るソファ。そして静寂と月明かりに包まれる青白い中庭。
喧騒と静寂の狭間で、うっとりと虚空を見つめるカミラは、浮世離れした美しさがあった。
「エリス様のそれも。魔道具ですね?」
「えっ?」
薬指の指輪を指し示し、カミラは首を傾げる。
「微弱ですがエリス様の物でない魔力を感じます。お相手は随分と執拗……いえ、居場所がわかるよう探知出来そうなものですから。大切にされてますね」
予想外の不穏な言葉にエリスは瞬く。まさか探知される恐れがある代物だとは考えもしなかった。
「これは、見る人が見ればそのような事がわかるのですか?」
「え、ええ。魔術師や私のように魔力を視る事が出来る者ならば、大半は魔力の種類も見分けられますから。知識があれば、ある程度は予想できます。性能については個体差があるので、わかりにくいものもありますが……」
この指輪は、そうではない。あからさまに戸惑うカミラの視線はそう言っていた。
(ノアはあえて、言わなかったんだ……)
「もしお困りならば、魔術師の知人をご紹介しましょうか? 魔道具に詳しい女性の方を紹介しましてよ?」
「あ、お話は有難いのですが、今のところは……」
「失礼しました。そうですわね。私なんかよりも、エリス様の御家族様の方がお詳しいかもしれませんわ」
カミラはくすりと微笑み、金の髪をかきあげる。あらわになった耳に光るものに、エリスは思わず息を飲んだ。
「どうやら、御家族様は私の大事な方ともお知り合いのようですし。エリス様のピアスと私のピアス、魔力の色が同じですもの」
白く小さい耳には、深い青が煌めく。ノアが魔法で造りあげたピアスが、エリスが身につける物と全く同じそれが、カミラの耳を飾っていた。
「愛する方の創ったものって、ひと目でわかってしまうものですね」
頬を染め、はにかむようにカミラは告げる。反して、エリスの胸には重苦しい疑念がのしかかる。
「あの、その方って……」
やっとの事で絞り出した声は震えてしまう。エリスは既に、花のように微笑むカミラを直視出来なかった。
「もしかしてご存知なのですか! 優秀な魔術師様ですわ! 青い瞳と金の髪が素敵な……紳士的で優しい方です。王都の魔法院に務めていますが、近くこちらに来られる予定で。お名前はまだ、存じ上げないのですが……」
恥じらいに頬は朱に染まり、ちらりとエリスの様子を伺う上目遣いは愛らしい。
カミラの所作や言葉からは、暗に知っていたら教えて欲しいとエリスに伝えている事が推し量れる。
正直に心当たりを告げるべきか、エリスは意味もなく膝の上でドレスを握り締めた。
(でも、勝手に教えてしまうのは良くないかもしれないし……ノアが魔道具を販売してるなんて知らない……魔力の雰囲気や容姿がよく似た別人かも……)
得体の知れぬ重く嫌な気持ちが胸を満たし、エリスは言葉を返せない。
誰の為でもなく、エリスは自身が傷付くことを恐れて言葉に詰まっている。その事が尚更、気持ちを重たくさせる。
気まずい沈黙が流れ、カミラも何かを悟ったらしい。慌てて彼女は口元を抑えると、頬を赤らめ視線を落とした。
「も、申し訳ありません! 私ったら、お付き合いするのが初めてなもので浮かれてしまい……」
カミラの言葉が耳の奥で木霊する。
顔から血の気が引いていくのを、エリスは確かに感じていた。
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