上 下
53 / 111
第4章:カートル孤児院

第49話:カートル国の孤児院

しおりを挟む


「君たち、特にセイル君はプルミエの勇者として顔が知られ過ぎてるから、そのままの姿では潜入には向かないだろう」
出発前、瀬田はそう言って星琉と奏真に新作の魔道具を使った。
見た目の年齢を変化させ、髪や瞳や肌の色も変化させるそれは、演劇用に開発していた物。
人が中に入って使う大型の機械で、まだ完成したばかりで市場に出してはいなかった。
「変身の魔法もあるが、それだと魔法の痕跡で敵の魔道士に察知されそうだから、こちらの方がいいと思う」
そして魔道具を使う事になった2人。
5~6歳の子供の姿になり、黒髪黒目では日本人だとバレてしまうので色を変え、それに合わせて顔立ちも少し変えた。
その結果、元々容姿が良い星琉は微笑み1つで相手を魅了する美少年に仕上がってしまった。
奏真はちょっと目付きの悪いフツメンから、ちょっと吊り目の割とイケてる少年に仕上がった。
「変化したのは見た目だけでステータスや魔法はそのままだから、うっかりチートしないように気を付けてくれよ」
瀬田はそう言って2人を送り出した。
実際やらかしそうな予感がしつつ………。


初日の夜、お風呂を済ませて寝る前の交流タイム。
「イル君、お腹空いてない? あたしのオヤツ分けてあげようか」
「さ、さっき食べたばっかりだよ」
「怖い夢を見たりしない?一緒に寝てあげようか」
「レンが一緒にいるから大丈夫だよ」
孤児院の子供たちの共有スペースで、イルこと星琉は女子たちに構われまくっていた。
どうやら女子の母性本能をくすぐる見た目らしく、世話を焼きたがる子ばっかりだ。

「…どうしてこうなった…?」
就寝時刻になり、部屋に戻ったイル(星琉)は精神的に疲れてベッドに突っ伏した。
彼は世話焼きタイプだが、世話を焼かれるのには慣れていない。
「お前さ、学園では女子に囲まれてないのか?」
レン(奏真)が少し呆れ顔で聞く。
「ん~、学園ではイリアの護衛してるの皆知ってるから。囲まれたりは無かったな」
「それはアレだ、イリアちゃんが防波堤になってたんだな」
「防波堤?」
何の事?とイルが顔を上げて振り向く。
「お前、まだ公式ではないけど婚約してんだろ?」
「うん」
「仮とはいえ婚約してたら女子は遠慮して寄ってこねぇよ」
「…そっか」
そこまで話した時、コンコンとドアをノックする音がする。
2人はハッとしてそちらを見た。
入居してすぐ魔道具で会話が外に聞こえないようにしてあるが、一応警戒する。
とりあえず誰が来たか確認する為、レンがドアを開けてみた。
「えっと、マーサだっけ? どうした?」
そこにいた人物に聞いてみる。
ドアの向こうにいたのは、4~5歳くらいの女の子マーサだ。
「あのね、イルとレン、来たばっかりでしょ? ママがいなくて寂しいかなってコレ持ってきたの」
マーサはぬいぐるみを2つ持って部屋の中に入り、イルにウサギ、レンにクマを差し出した。
「ありがとう。でもコレ、マーサの大事な物だよね?」
渡されたウサギをヨシヨシと撫でた後、イルはマーサの手にそれを返す。
「これは返すよ。マーサの優しい気持ちは受け取ったから、俺は大丈夫」
ニッコリ微笑むと、小さい女の子はポッと頬を赤くした。
(…こいつの魅了、年齢問わずかよ)
レンは背後で呆れる。
その後、彼もぬいぐるみを返した。
「ありがとな。でも本当に寂しいのはマーサだろ? 辛い時は頼ってくれていいぞ?」
マーサの頭を撫でてレンは言う。
すると、幼い女の子はポロッと涙を零した。
「うん。…あのね、おかあさんいなくなっちゃったの…」
そのまま本格的に泣き出してしまうマーサ。
「そっか…悲しくて、寂しいね…でも、マーサは独りじゃないよ」
イルが歩み寄り、泣いている子を抱き寄せて穏やかな声で言う。
「泣きたい時は泣いていい。でも独りで泣かないで。こうして誰かに縋っていいからね」
優しく包むように抱いて、ゆっくりと背中を撫でてあげると、マーサは泣き止んで眠ってしまった。
実家で弟や妹をあやしたり寝かしつけたりしていたので、イル(星琉)は小さい子の対応に慣れている。
孤児院生活初日の夜は、泣き疲れて寝てしまった女の子の添い寝で終わった。



翌朝、初めて食べた孤児院の朝食は、想像していたよりマトモだった。
ちょっと硬いパン、野菜くずのスープ、目玉焼き、サラダ。
さすがに肉は無かったが、デザートとしてレンムの実のコンポートがあった。
赤いレンムの実はシロップ煮にすると色が抜けてピンク色になり、シロップが薄紅色に染まる。
甘酸っぱいコンポートは食後にピッタリだ。
「スタッフのエレナが料理上手だから、ここは孤児院の中でも食事が美味しいと評判なのよ」
年長の女の子が教えてくれた。
エレナというのが初日早々イルに魅了された女性だ。
「ありがとうエレナさん、美味しかったです」
朝食後、イルが厨房で洗い物をしているエレナに声をかけると、やはりまた頬が赤くなっている。
「あぁイル君、朝から癒しをありがとぅ~」
「はーい」
(…その無自覚な魅了やめんかい!)
無駄に愛想のいいイルに心の中でツッコむレンであった。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...