Buuuuuutaaaaaaaa-dooooooooooooon!!

ごったに

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表題作以外の小説

正義の味方アテンダーマン

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「イ~ヒッヒッヒ! 本社命令だぁ! 明日はハロウィンだから、恵方巻きを300個発注しろぉ~!!」
「えっ!? ええっ!? ええーっ!?」
 胸に輝くSDG'sのバッヂ。
 着崩したスーツの胸元からは、ヒョウ柄のシャツの襟が出ている。
 姿勢も悪ければ人相も悪い、おまけに歯並びも悪い。
 黄色の色付き眼鏡をずりさげて鼻に引っ掛け、三白眼と剃られた眉毛をモロ出しにした男。
 大手コンビニチェーンセボネカナブン本社社員・ナカヤマコビオは、無辜のコンビニオーナーの首をドスで叩きながら店内でタバコをふかした。
 念を押しておくが、コビオはコンビニ店内でタバコをふかした。吸ったのではない、ふかしたのである。
 スプリンクラーが作動し、コビオはもちろん、商品も客もずぶ濡れにした。
「ほらぁ。発注が遅いからぁ」
 濡れ鼠になった客が、コビオの背を鬼の形相で睨んでいる。
「早く恵方巻きを発注するんだよぉ!! じゃないと……おりゃっ!!」
 突如としてコビオは反転。
 自分を睨んでいた客の心臓を、深く正確にドスで貫いた。
「うっ、うわああああああっ!!」
「ひっ、ひいいいいいいいっ!!」
「……また客が死ぬぞぉ? いいのかぁ?」
「ひいいいいっ、すぐに発注いたしますぅ!!」
 発注用のタブレットをオーナーが操作すると、なぜか存在する季節外れの恵方巻き。
「いいかぁ~? 300個だからなぁ?」
 ニタニタとヤニで汚れた黄色い歯を剝き出しにして笑う、コビオ。
「こんにちはー! 失礼しまっす!!」
 同時、放水の止んだ店内へと入って来る作業服姿の男たち。
 脚立や工具箱を持つ男に、カートでプラズマディスプレイを運び入れる男。
「な、なんですか、あなたたちは」
 戸惑うオーナーを無視して、男たちはテキパキと店内のプラズマディスプレイを取り外す。
 水を被ったものの、既存のプラズマディスプレイに壊れた様子はないというのに。
「はい! こちら請求書になります!」
「せ、せせせせせせっ!? 請求書ぉ!?」
 質問に答える代わりにオーナーに手渡されたのは、プラズマディスプレイの取り外しと取り付けと本体購入費と罰金とコビオのおやつ代として、オーナー宛に1000万円を請求する書類。
「オーナーさん。恵方巻きの注文はできましたかぁ?」
 意味不明な請求書に震えるオーナーに一方的に肩を組み、ジョリジョリとその横顔に頬ずりするコビオ。
「これもナカヤマさん、あなたの仕業ですか」
「正解。じゃなきゃ、いくらなんでも私のおやつ代なんかオーナーさんに請求できませんからねぇ?」
「本社に連絡させていただきますよ」
「構いませんよ~? オーナーさんの立場が悪くなるだけですから」
 悪びれる様子もなく、コビオはオーナーがストラップで首から提げたタブレットの画面を指差した。
 訝しんだオーナーが画面を見ると、
「は、発注数が回転している!?」
 300個で確定したはずの発注画面の個数表示が、スロットのように猛回転していた。
 やがてデジタルリールがストップすると、発注数が999個で確定、送信された。
 さらに、恵方巻きの次は10種のクリスマスケーキがそれぞれ999個ずつ発注確定、送信されているではないか。
「ギャハハハハハ!! フランチャイズは儲かってしゃあないですなぁ!! 店舗の赤字はすべて本社の黒字!! これで俺は大出世や!! おおきになぁ、オーナーさん!! ギャハハハハハ!!」
 バンバンとコビオがオーナーの背中を叩くと、タブレットには鏡餅が999箱の発注が確定して送信されたと表示された。
「こ、こんなの売れるわけがない」
 絶望から、膝を折るオーナー。
「毎度! ただいま施工終わりました! ご利用いただきありがとうございました!!」
 無駄に彩度と光量の大きいプラズマディスプレイを設置した男たちが、深々と礼をして去っていった。
「ひいいいいいいいっ!! 恵方巻き!! クリスマスケーキ!! 鏡餅!! イヤだ!! こんなの売りたくない!! 自腹購入したくない!! オーナー、私バイトやめます!!」
「えええーっ!! そんな、待って!! 私を見捨てないでくれーっ!!」
 ずぶ濡れになっても、コビオが暴れても粛々とレジ打ちをしていたアルバイトが制服を脱ぎ捨てて、勤務時間も終わっていないのに飛んだ。
 オーナーの悲鳴も虚しく、バイトは店を出ていった。
 新しく取り付けられたプラズマディスプレイからは、御大層なお題目がSDG'sバッヂをつけた本社社員の口から語られている。
〈私たちセボネカナブンは、SDG's尊重活動に取り組んでいます。
 食品廃棄ゼロを目指し、CO2排出削減を掲げ、地域の皆様と世界人類を繋げるためにがんばっています!
 消費期限が切れてしまった食品はすべて各店舗のオーナーの皆様が自費で購入し、地域の豚舎へと運ばれています!!〉
〈セボネカナブンさん、オーナーさん! ありがとうだブヒ!
 人間には提供できなくなった古いお弁当も、ボクたちならモリモリ食べられるブヒ!
 いっぱい古いお弁当を食べて、ボクは人間のお客様たちにおいしく食べてもらえるお肉になるのが夢なんだブヒ!〉
〈わあ、地域の豚舎の豚さん! 食品の循環に協力してくれて、ありがとうございます!
 うんうん、それってとってもSDG'sだね!〉
 社員が実際の豚舎にいるブタの肌ににSDG'sのバッヂを突き刺して、ダブルピースするところで映像は終わった。
 そしてシームレスに、新発売のフライドフォアグラバーガーをPRする女性アイドルというCMが流れ出す。さらにその後には、セボネカナブンはオーナーとアルバイトとエリアマネージャーの給料から天引きして、山にメガソーラーを建設していることを誇らしげに語る本社取締役社長の映像が流れた。
「いやぁ、オーナーさんは偉い。売れ残りの廃棄を豚の餌にするため、全部自腹で買うてくれるんやもん。商売人の鑑、セボネカナブンのオーナーはみんな環境意識が高くて立派。全員、国連に出しても恥ずかしくない傑物ですわぁ。この店舗をぐちゃぐちゃにしたことで、それを直すのに雇用の創設もある。まあ、それは本当は俺の手柄なんやけど、費用を持つのはオーナーさんやさかい。真のSDG’sマンは、オーナーさんやな!」
 会計を特権でスキップしたコビオは、ホットスナックの棚から勝手に取り出した唐揚げを貪りながら上機嫌。オーナーを褒めちぎった。
「誰か……助けて……」
 既に50台半ばのオーナーが、自分の店舗の床に手を突いて、救いを求めた。
「ギャハハハハハ!! 助けて~? 所詮この世は自助努力! 他力本願は弱者の幻想。それができねぇなら、さっさと生命保険の受取人を本社にして首を吊れ!!」
「誰か、助けてくださーい!!」
 誰に届くはずもない、オーナーの慟哭。
 しかし、それを聞き届けるものがいたのである!

「そこまでだぁ!!」

 自動ドアをくぐり、水浸し且つドスが刺さった客の死体が転がる店内に入ってきたのは、二人の男。
 といっても、一方は高級で清潔感のあるスーツに身を包んだ30歳前後の男。
 もう一人はスーツの男とコビオ、そして手に持ったMP5マシンガンを見比べる挙動不審のハイティーンの少年。
「な、なんだお前ら!? それにその得物は……!?」
 死体を踏みつけ、心臓からドスを抜くコビオ。
 腰を落とし片手で持ったドスの切っ先を向けて、スーツ男とMP5少年を威嚇する。
 だがその足はガクガクと笑っていた。
 血と脂で鈍らになったドス一本で、連射武器に敵うわけがないとコビオも悟っているのである。
「私は、悪に落ちようとする少年を正義にアテンドする男。人呼んで、アテンダーマン!!」
 翼を広げるように両腕を上げてポーズを取るスーツ男こと、アテンダーマン。
「何がアテンダーマンじゃ。ただの犯罪ほう助だろうが」
 自分の犯罪を棚に上げ、コビオはいけしゃあしゃあとお前だって論法を展開する。
「アテンダービーム!! ピーガガガ! ピウンピウンピウン!」
 必殺技の行使を宣言するアテンダーマン。
 しかし、胡乱な名前の光線は発射されない。アラサー男が口で発した効果音の後に残ったのは、沈黙ばかり。
「ギャーッハッハッハッハッハ!! 頭おかしいんじゃねぇの、お前?」
 腹を抱えて笑う、コビオ。
 しかし、アテンダーマンは揺るぎない正義を確信している顔をしており、眉一つ動かさない。
「誰でもいいから人を殺してみたい少年、やっておしまいなさい。あのクズの人権は、アテンダービームによって停止しました」
「え? 本当にいいんですか? 責任取ってくれるんですか?」
「おいガキ! 人を殺そうってのに、他人に責任を……」
「口くせぇんだよ、この社会のゴミ!」
 パパパパパパパパパパパパパパパン!!
 挙動不審から一転。
 10代を平和な国で過ごしたとは思えない凄みを帯びた表情になると、少年は正確無比にコビオの足と股間と腕に銃弾を見舞った。
 ドスを取り落とし、ダラダラと血を流しながら沈むコビオ。
「ひっ。ひー! う、撃った! このガキ、俺を銃で撃ちやがったぁ! ママー、ガキがぼくちゃんを撃ったよう!!」
 涙を流し、尿を漏らし。女の子座りで床にぺたんとすわって股間を手で押さえ、天に尻を突き出してコビオは泣き言を宣った。
「おい、ゴミ!」
「うえーん、ママー! ゴミって言われたぁ!!」
 精神的ショックから幼児退行したコビオが、みっともなくビービーと泣き喚く。
 ガラの悪い大人を銃で撃ち、その生殺与奪を握った全能感から勃起した少年はコビオの額を蹴り飛ばす。
「いたーい!! 痛いよママーン!! ガキがぼくちゃんを蹴ったよー!! ママー、あいつ叱ってよー!!」
「ふざけてんのか、オラァ!」
 気が大きくなった少年はコビオの側にウンコ座りすると、コビオの悪趣味なスーツからSDG'sのバッヂをもぎ取った。
「あー! 返せ、返せよー! 会社からもらった、世界に貢献している偉い大人の証を返せよう!」
 手を伸ばしてバッヂを取り戻そうとはするが、コビオに立ち上がる様子はない。
 なぜならコビオは幼児退行しており、それを取り返してくれるママの登場を待っているからだ。
「こいつ、キモいな。こんなやつ死んでも、誰も悲しまないんだろうな」
「そんなことないー! ママが悲しむーっ!! だから撃つなー! あとバッヂ返せー!!」
「くたばれ、ゴミ!」
 パパパパパパパパパパパパパパパン!!
 マズルフラッシュがコビオの顔を明滅させ、残弾がすべてその額へと叩き込まれた。
「おー、悪に落ちようとしていた少年が正義となって悪を滅ぼした。うんうん、アテンダーマンをやっていてこの瞬間が一番好きなんだよなぁ、私」
 少年の後方で腕を組み、したり顔で何度も頷くアテンダーマン。
「でも、悪は倒れたんだから、ここからは後片付けだね」
 一部始終を茫然と見ていた、オーナー。
 彼が腰を抜かしているレジの向こうへと乗り込む、アテンダーマン。
「もう大丈夫ですよ。立てますか? セボネカナブン本社社員ナカヤマコビオの法外な発注の責任は、すべて本社役員と彼の一族郎党のケツの毛まで毟って支払われるし、その内訳にはこちらの店舗の修繕費用、それにオーナーのあなたへの999億円の反省金も含まれるので安心してください。もちろん非課税です」
「あ、あなたは。あなた方は一体、何なんですか?」
「法外なことをする悪を、暴力衝動を持て余す人間を使役して超法規的に排除する正義の味方。人呼んで、アテンダーマンです!」
 アテンダーマンが改めて名乗った直後、機動隊が乗り込んでコビオを撃ち殺した少年を逮捕した。
 さらに清掃などのスタッフがただちに店の再建活動を開始。
 少し遅れてやってきたセボネカナブンの役員たちが、駐車場でオーナーに裸土下座で謝罪。ただちに999億円の入った通帳を献上した。

 その後、オーナーはオーナーを辞めてその金で悠々自適に暮らした。
 セボネカナブン役員の一族郎党は臓器を売り、片目を売り、性器を売り、娘を売り、危険な海域で密漁をして反省金を用意するためにした借金(リボ払い)を返し続けた。
 ナカヤマコビオは天涯孤独だったので、遺品が二束三文で売りさばかれ、「誰でもいいから死体が必要」な組織にその死体が売り飛ばされた。
 少年は裁判の結果なぜか無罪が確定し、買った覚えのないアメリカの宝くじで5000万ドルが当たっていた。
「一件落着!」
 事件の後日談とも言える情報を仲間からのラインで知ったアテンダーマンは、満足げに笑んだ。
 返信もそこそこに、何の変哲もない乗用車に乗り込んだアテンダーマンは、エンジンをかける。
 今日もアテンダーマンは、正義のために活動する。
 次にアテンダーマンが訪れるのは、あなたの街かもしれない。
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