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5章

12話目 前編 混乱

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 結局、何を言っても頑なに意見を変えようとしないアリア嬢の意思の硬さに彼女の両親も折れて馬車を貸してくださった。
 アリア嬢は「当然!」と勝ち誇ったように胸を張って言っていたけれど……えぇはい、かなり申し訳ないです。
 とはいえアリア嬢の両親も譲歩し、あっしらについて来ることとなった。

「それじゃあ行くですよー」
「「はーい!」」

 あっしが合図すると元気な返事が二つ返ってきた。
 そのついて来る方たちの中にはアリア嬢の妹さんたち二人も含んでのことだった。
 最後まで関わらなければ危険はない……と思うから大丈夫でしょうし、それにまた賊に襲われたばかりの二人だけをお屋敷に残すのも心配とのことで同行させたらしい。
 あの人たち、無理矢理お見合いをさせようとすること以外は普通に親バカの良い人たちなんでやんすよねぇ……
 あっ、ちなみにあっしは御者を務めていて、両脇にレチアさんとメリーさんを座らせてます。イクナのお嬢ちゃんは馬車の中でアリア嬢一家と
 人の町で騒ぎを起こさないためにもレチアさんは帽子を、イクナの嬢ちゃんは外套を貰って本来の姿を隠してます。
 そしてアリア嬢たち一家は馬車の中で雑談しており、そんなあっしらが乗っている馬車の周りには護衛として連れてきた人たちが四人ほど。
 流石に全員が馬車に乗れるわけではなかったのでレチアさんたち二人があっしの横に来ているわけなんですが……今まで女性経験が皆無だったせいで、亜種が相手と言えど緊張してしまいますです……

「ガカン」

 するとレチアさんが声をかけてきやした。

「へい、何です?」
「町に着いたらどうするにゃ?ヤタをただ待ってるだけかにゃ?」

 彼女の質問の意図はきっと、連れて行かれた旦那のところに行くかどうかということを聞いているんだろう。

「もちろんです。必要以上に事を荒立てなくてもいいと思ってますよ。あっしらが無闇に引っ掻き回すもんじゃありませんよ」
「それは!……それはわかってるにゃ。僕がヤタのとこに行こうとして暴れたってこっちが不利になるだけだって。だから我慢するにゃ」

 口をすぼめて言うレチアさんに思わず笑ってしまった。

「……何にゃ?」
「いえ、すいやせん。それだけ感情的になるほど旦那のことを好いているんだなと。そんなに愛されて旦那が羨ましいです」
「っ……!」

 そう言うとレチアさんは顔を赤らめ、折りたたんだ膝に埋めてしまった。あっ、図星突いたらマズかったっすかね……?
 でもレチアさんは否定しないようだ。それがまた微笑ましくて笑みが零れてしまう。
 自分もいつかは女性から好かれたいという願望はある。
 だけどだからってこの状況で旦那を羨みはしても妬むわけじゃなく、レチアさんが亜種だからとかも関係なく、ただ尊敬の念しか抱いていない。
 まぁ、だからなんだっていう話でもないんでやすが、あっしを受け入れてくれた旦那たちには常々幸せになってほしいと願ってるんです。
 そのためならたとえ一国の王様でも相手になってやりますとも!

――――

 その数時間後、あっしらの目にはこの世の物とは思えない光景が目に入ってきた。

「……何にゃこれは?」

 誰もが言いたいであろうその言葉を真っ先に零したのはレチアさんだった。
 メリーさんもいつもの怠惰な表情からも驚愕しているのが見て取れる。
 王都へ着く直前、王都へ続く長蛇の列。あまりの長さに何か問題でも起きたのかと思った矢先に町の中から爆発音が聞こえ、同時に黒い何かが飛び出した。
 黒く、長く、巨大……まるで絵物語に出てくる「龍」を彷彿とさせるようなモノだった。
 瞬く間に混乱は広がり、あっしらの前にいた人たちは悲鳴や断末魔を次々と上げてその場から逃げようとする。

「あっしらは夢でも見ているんでしょうか……?」

 あっしらは騒ぐわけでもなく、唖然としてその光景を見つめていただけだった。
 すると騒ぎに気付いたアリア嬢が馬車の中から顔を覗かせる。

「一体何の騒ぎで――」

 アリア嬢は目を丸くして驚愕の表情になった。

「何ですのん!?」

 驚きのあまり聞いたことがないですます口調になるアリア嬢。しかし彼女のおかげで固まりかけていた体の筋肉が緩み、頭が少し動くようになっていた。

「どうしたんですのお姉様?」
「中にいなさい、あなたたち!」

 中から顔を出して様子を窺おうとするアリア嬢の妹方。そんな彼女たちにアリア嬢は外の光景を見せまいとしていた。

「ガカンさん!」
「へい!」
「前へ!」
「言うと思いました!」

 危険へ飛び込めと無茶なことを言うアリア嬢にあっしは笑って頷く。
 馬に横のけもの道に入るよう指示を出して走らせる。

「なんだ、何が起こっているんだ!?」
「外は危険ですお父様!そのまま二人とお母様をお願いします!」

 アリア嬢がそう言うと、顔を出していた窓からスルリと抜け出して馬車の屋根に乗る。流石高位の冒険者をしていただけはあると感心する。
 続けてイクナの嬢ちゃんも同じように窓から抜け出してアリア嬢の横に行く。

「ずいぶん巨大ですわね。動いてるところを見ると魔物の類のようですが……どうやら王城から伸びているようですわ」
「王城……やっぱり旦那の身に何かあったんですかね?」

 連れて行かれてしまった旦那とララさんのことが脳裏に過ぎる。旦那は……ララさんは無事なのか?
 二人が無事であることをただ祈るしかない。

「……オニイチャ?」
「え?」

 イクナの嬢ちゃんが町で暴れているモノを見てそう呟き、あっしは思わず声を零した。
 旦那が?それってどこに……いや――
 その疑問は案外すぐに晴れた。
 あっしの……自分の中であの黒い何かがヤタの旦那だと言っている。理由は多分、旦那に与えられた血液のおかげか……それがあの怪物が旦那であると知らせてくる。

「あれが旦那ですか。ならば尚更行かなければなりませんね!」
「待ってください!アレが……ヤタさんだと言うの?」
「オニイチャ!」

 イクナの嬢ちゃんはそう叫ぶと、勢いよく屋根から飛び降りて王都に向けて走って行ってしまう。

「イクナッ!?」
「イクナちゃん!?」

 イクナの嬢ちゃんはレチアさんとアリア嬢の呼び声を無視して、馬よりも速い速度でそのまま走り去ってしまった。
 追いかけようにも木々が邪魔で走り抜けることが困難な状況。結局迂回して行くしかないのか……

「イクナは僕が追うにゃ!」
「な、ならコレを持って行って……合流する時の合図にするから……」

 立ち上がって飛び降りようとするレチアさんにメリーさんが丸い筒を差し出した。
 レチアさんはすぐに頷いて受け取り、馬車から飛び降りてイクナの嬢ちゃんを追いかけて行く。
 旦那、あっしも今行きますぜ!
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