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武人祭
思考の一致
しおりを挟む「おっ」
扉を開けると下へ続く階段があり、その奥から放たれて直前に迫る矢を中指と薬指で挟んで止めた。しまった、最近こういう古典的な罠がなかったから失念していた。
魔術的な罠がないからと気を緩めたところに放たれる矢・・・・・・恐らく魔術師対策なのだろう。俺はそれにまんまとハマってしまったわけだ。
自分の情けなさに溜め息を零していると、ルウたちに背中をさすられる。
「大丈夫です、兄様? 気持ち悪いです?」
「毒矢だったの? だったら少し休んだ方がいいの。ここはウルたちが見張ってるから大丈夫なの」
子供に勘違いされながら両側挟まれて凄い慰められていた。こっちの方が泣きそうになるからやめてね?
その後すぐに階段を下りて進むと、その矢を放ったクロスボウらしき武器が斜め上に向けられて地面に設置されていた。
それ以外は特にこれと言った罠もなく、ルウが溝に躓いて転んでしまったこと以外は何も起きなかった。
松明が点けられた薄明るい一本道をしばらく進むと、少し広めの部屋に出た。二階に続く道や大量のテーブルがあることから、ここで主な生活をしている空間なのだろうとわかった。
しかし飲みかけの酒などが転がり、さっきまでここに誰かがいた形跡はあるが誰もいない。恐らくイリーナが起こした騒ぎで全員外に出たのだろう。
「うぅ・・・・・・だ、れ・・・・・・?」
・・・・・・いや、正確には誰もいないわけではなかった。項垂れた声が部屋の隅から聞こえ、そこには鎖に繋がれた黒い長髪をした女が裸で転がされている。
鼻が曲がりそうなくらいの真新しく漂う嫌な臭いの中、女が垂れた髪の隙間からこっちを生気のない目で見つめてくる。
「ここにいるのはあんただけか。他に捕まった奴はいるか?」
「・・・・・・」
女は何も言葉にしなかったが、代わりに視線が動く。その先には俺たちが入ってきたところとは違う道が続いていた。恐らくそこに捕まった他の奴らがいるということか。
「わかった。もう休め」
繋いでいる鎖を手刀で切り、後ろを振り向いて収納庫から大きな布を取り出し、女に被せる。すると地鳴りのような足音が上の階の部屋から聞こえた。
「んだよぉ、人がせっかく気持ちよく寝てんのによぉ・・・・・・」
体重がら二百はありそうなくらいのブヨブヨに太った清潔感のない男がパンツ一丁で出てきた。その男を見た女は小さく悲鳴を上げ、ガタガタと震え始めた。
「・・・・・・あぁん? なんだ、お前見ない顔だな・・・・・・他の奴はどうした?」
「さぁ? 上で騒いでるみたいだけど」
「あんのバカどもがぁ・・・・・・」
眉をひそめながら頭と尻を下品に掻く男。それを見たウルたちがしかめた顔をして睨んでいた。ルウに至っては今にも噛み付きそうなほどだ。
「兄様・・・・・・臭いの」
「です!」
全国のシスコンの皆様が聞いたら卒倒しそうな言葉だった・・・・・・というのは置いといて。確かにあいつからはこの捕まってた女と同じ臭いがする。
「なんだそのガキどもは? ・・・・・・って、そいつらオッドアイじゃねえか!? 何連れて来てんだ!」
突然男が叫び出した。オッドアイの不吉の象徴なんて眉唾みたいなものをここまで信じている奴もいるんだな・・・・・・。
「しかも片方魔族じゃねえか・・・・・・いくら見境のないそういう趣味でもやめとけ。・・・・・・何してる? 早く捨ててこい、そんなクソみてえな奴ら!」
ーーミシッ
「・・・・・・え?」
何かが軋む音と目の前の光景に声を漏らす女。それは恐らく、俺たちの姿を見ての反応だったのだろう。二階にいるデブ男に向かって俺とルウが拳を握り締めて跳んでいるのだから。
「ったく、確かに捕まえた女は好き放題していいとは言ったが相手をーーぷぇげ!?」
「「黙れ豚クソ野郎!」」
ブツブツ言ってるデブ男の顔面に、俺とルウの拳がダブルヒットし、後ろの部屋へと吹き飛んでいった。その部屋からは他の女の甲高い声が聞こえたことから、その部屋にも誰かがいるのがわかる。
とりあえず自分を落ち着けるために深呼吸をするが、ルウがまだ落ち着かないため、一回抱っこする。このままでは相手を殺しかねんし。
というか、それよりも気になったことがある。
「まさかセリフが被るとは思わなかったぞ、ルウ。そういう言葉どこで覚えたんだよ・・・・・・」
「・・・・・・ウルがバカにされたら勝手に出てきたです」
その勝手に出てきた言葉が被ったのか。兄として嬉しいのやら悲しいのやら・・・・・・。
それはともかく、女はウルに任せておいて、部屋の奥に吹き飛ばしたデブ男の状態を見に行くことにした。
「うぐぅ・・・・・・てめぇ、何しやがった・・・・・・?」
呟くように小さな声を振り絞って威圧してくるデブ男。その顔面は俺とルウの強打により大きくヘコんでいた。
「俺の妹たちをバカにしたお前が気に入らなかったから殴った。ただそれだけだよ」
「バカが・・・・・・こんなことすれば他の奴らが黙ってねえぞ? もちろん俺もな・・・・・・」
尚も自分が優位であるかの発言に呆れて溜め息が出てしまう。
「それは怖いな。だがもし今ここにいる奴らが全員なら・・・・・・誰もお前を助けには来ないぞ」
男のところまで行き、見下ろすようにそう言う。近くのベッドの影にはさっきと同じように捕まっていたであろう女が震えながらこっちを見ていた。
「そりゃあ、どういう意味だ?」
男は焦った様子で聞いてきた。
「さっき言っただろう? 『上で騒いでる』って。まさか俺にはあの子供以外に連れがいないとでも?」
「そういう、ことか・・・・・・だが俺たちに手を出して無事でいられると思うなよ・・・・・・」
そう言って不敵な笑みを浮かべる男。「無事でいられると思うなよ」なんて負け惜しみのよくある定番の言葉だが、その続きが気になってしまう。
「俺たちのバックには・・・・・・ウルフズがいるんだぞ! てめえらみたいに調子に乗った奴なんてすぐに・・・・・・」
ウルフズ? どっかで聞いた気が・・・・・・ああ!
「もしかして街一つが出来上がるくらいの大規模な盗賊集団のことか?」
「ああそうだ! 今さら後悔したって遅いぞ、あの人たちがーー」
「あいつらが壊滅したって話、聞いてないのか?」
俺の言葉にデブ男は「え?」と声を漏らす。目を見開いて驚くその姿はなんとも滑稽だった。
「数日前、ウルフズがある日突然壊滅した、なんて噂が流れてな。そんでその噂の中に面白い内容があったんだ。全滅の原因が上半身だけの女の魔物にやられた・・・・・・って」
まぁ、その女の魔物ってのは変装した俺のことなんだけど。
「そ、そんな、バカな・・・・・・」
「ま、これから死んでくあんたに、この話はもう意味がないんだがな」
そう言ってデブ男の首であろう部分の脂肪の中にある骨と筋肉を、片手で無理矢理掴んで持ち上げる。
「ッ!?」
「お前らみたいなのは腐るほど見てきたが、その中でもここにいる連中は吐き気がする。ただでさえここは亜人や魔族を偏見してるってのに、それじゃ飽き足らず女子供をおもちゃのように・・・・・・なぁ?」
片腕の力を徐々に強め、締めていく。
「あっぐ!? や、やめ・・・・・・!」
ーーボキッ!
生々しい音とともにデブ男の体から力が一気に抜け落ち、手足がプラリと垂れる。その手を離して地面に落とすと、グチャリと汚い音を立て、口から泡を吹きながら横たわる。
そして息をしなくなったその男の姿を見て、あることを思い出す。
「・・・・・・あっ、こいつに奴隷商の情報、聞き出しとけばよかったな」
そう言って俺は頭を掻きながら溜め息を吐いて後悔するのだった。
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