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武人祭
倒される者たち
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アヤトが魔城に戻る少し前、フィーナたちはキリアとアイラート、ジリアスの案内で部屋を移っていた。
「わざわざありがとうございます!」
眠ってしまっている赤ん坊を抱いたカシアがそう言って頭を下げる。
カシア、ユウキたち一行は赤ん坊が世話をしやすい部屋へと案内されていた。
「いや、いいんだ。所詮、私は魔王の代理……彼の客人であるなら、もてなさない理由がないだろう?」
「初めてお会いした時はあれだけツンツンしていましたのに、ずいぶんと丸くなりましたね、キリア様」
キリアの優しい言葉に、アイラートがからかった言い方をする。
それに対しキリアは苦笑いをする。
「あれは……あの時は顔の傷を見られたくない一心でな、あまり関わらないうちにその場から逃げようとしてたんだ。まぁ、その傷もアヤト殿が治してくれた上に、魔王の代わりをしてくれと言われ、結果的に逃げられなくなってしまったが」
思い出を語るように笑うキリア。
その話を近くで聞いていたユウキが、赤ん坊を抱きながら割り込む。
「大事な役割とかを放り投げる辺り、アヤトらしいな」
「そういえばあなたはアヤト様と昔からの中だと聞きました。あの方の面白い過去話などはありますか?」
藪から棒に、と言った感じにそんな質問をするアイラート。
その場にいるユウキを含めた何人かは『絶対からかう気だ……』と感じていた。
「あるっちゃあるけど、恥ずかしい系のじゃないけど、それでも?」
「はい、なんでもいいです」
ユウキは『わかった』と承諾し、昔を思い出そうと唸る。
「あいつはさ、昔……この世界に来る前は色々と面倒事に巻き込まれてて、それが原因でみんなが自分を嫌っていると思ってたんだよ。でも百人が百人、千人が千人、全員が一人を嫌うなんてそうそうないだろ?」
「それはまぁ……」
ユウキの言葉にフィーナは少し眉をひそめつつも、『たしかに』と納得する。
彼らはアヤトが地球にいた頃に持っていた力の事を知らない。
しかし、彼が持っていた力は死を与える『悪魔の呪い』と死を回避する『神の加護』の二つ。他者から忌み嫌われる事自体は含まれていない。
つまりユウキの言っている事は期せずして理に適っていたのだ。
「実際、あいつに一目惚れした奴は何人か見た事あったよ。頬なんか赤らめてな」
ユウキがそう言うと、ヘレナは首を傾げる。
「疑。しかしアヤトにそんな記憶は……」
「そん時は感情なんて読めなかっただろうし、疑心暗鬼になってたからな。鈍感な主人公曰く、気付いてなかったろうさ」
苦笑いしながらユウキがそう言うと、イリーナが不思議そうに口を開く。
「進言して差し上げなかったのですか?もしかすれば、ユウキ様の言葉で何かが変わっていたのかもしれませんよ?」
「どうだろうな……ま、どちらにしろ過ぎた事だし、あいつには可愛い彼女も絶賛片思い中の女の子たちもいるから、今更悔やむ必要もないだろ。むしろ俺の方が羨ましいわ」
ユウキの軽口にほぼ全員が苦笑いをする。
「まぁ、こんな程度か。あとは面白いっていうか、命懸けでしかない思い出ばかりだったな」
ユウキがそう言って疲れたように溜め息を吐き、キリアが苦笑いを浮かべる。
「どこにいても大変そうだな、アヤト殿は」
するとヘレナとアイラートが何かに気付く。
「おや、この感じ……魔王様たちのお帰りですね」
「肯。アヤトとメアとミーナ……もう一人、ギルドの長をお持ち帰りしたようですね」
「お持ち帰り?あいつまたハーレム要員増やしたの!?」
アヤトたちの帰還をアイラートが伝えるとユウキがツッコミ、キリアが立ち上がる。
「キリア様も行かれるのですか?」
「ああ。というか、アイラートさんたちはここに残っててくれないか?何かあった時のために」
キリアの言葉に首を傾げるアイラート。
「城の構造をある程度把握しているフィーナ様がおられれば問題ない気がしますが……わかりました」
アイラートはあまり深く考え込まず、『行ってらっしゃいませ』と一礼して見送り、ジリアスも同じように頭を下げる。
そして爆音のようなものが鳴り響いたのは、キリアが出て行ってから十分も満たない時間が過ぎた頃だった。
――ドゴォンッ!
「な、何!?」
その音に驚き、慌てるユウキ。赤ん坊も驚いて全員泣き始めてしまう。
「あいつ……また厄介事を持ち込んだんじゃないでしょうね? あんた、ちょっとこの子たちを見てて」
「かしこまりました。お気を付けくださいませ、フィーナ様」
フィーナに指定され、返事をして頭を下げるアイラート。
ジリアスとイリーナも同じように見送り、フィーナが音の発信源に向かって走り出した。
ーーーー
ミーナが叫んでから誰も言葉を口にせず、その場は静寂に包まれて瓦礫の崩れる音などが目立つ。
加えてミーナの打ちひしがれてすすり泣く声。普段見せない激情を表していた。
「アヤト、殿……?」
現状を一番理解できていないキリアが呟く。
彼女は赤ん坊を寝かせるのに適した部屋にフィーナたちを連れて行き、自らが魔王と認めた主人を出迎えようとしただけ……ただそ牛よとした結果、初対面の人間に攻撃され、さらにそれを抑止したアヤトが殴り飛ばされてしまっていた。
ぐったりと倒れてしまっているアヤトを見て、取り乱そうにもそこまで考えが及ばず、ただ何が起きたのかだけが頭の中でグルグルと回っていた。
そしてその中で、メアがついに動き出す。
おぼつかない足取りで一歩、また一歩と進み、収納庫から刀を取り出す。
ゆっくりと鞘から刀身を抜くメアの様子は明らかに普通ではなく、魔人化した状態となっていた。
「何……してんだ、てめぇっ!」
愛した者を殴り飛ばされ、頭に血が上ってしまっていたメアは叫び、刀を片手にアリスに向かって斬りかかる……が、直後にメアの頭上から拳が振り下ろされ、地面に沈められる。
「――――っ!?」
「珍しい姿だな。だが、たとえ王女様と言えど邪魔をするなら容赦はしない」
沈んだメアの髪が元の状態になり、魔人化が解けたのがわかる。すると今度は体を眩い光で包み込んだミーナが、アリスに蹴りを入れる。
しかしそれさえもアリスは難無く受け止めてしまっていた。
「……そうだった、お前もアヤトを愛している者の一人だったな」
ミーナの怒りを露わにした表情を見て、アリスが悲しそうに呟く。
その後も硬直状態はなく、数度の蹴りがアリスに打ち込まれ、彼女もまた全てを受け切る。
防戦一方に見えるほど止む事がなく無数に打ち込まれる蹴りの一つをアリスが掴み、壁に向かって勢いよく投げ付けた。
「――カハッ!?」
凄まじい力によって投げられたミーナは血反吐を吐き、地面に倒れ込んでしまう。
「なんだ……なんなんだ、これは……!?」
短い間に次々とやられていくアヤトの仲間たちに、キリアは未だに状況を把握できていなかった。
そんなキリアの目の前に、アリスが仁王立ちする。
彼女の目は視線だけで相手を殺してしまえそうなほどに鋭く、睨まれているキリアは、ただひたすらアヤトの方を見て何度も呟く。
「お前もアヤトを愛していたのか?だがしかしそんな事は関係ない。私はお前たちを……私から全てを奪った魔族を、殺す!」
アリスは殺気を放って拳を振りかざし、それに対してキリアは即座に魔術を行使した。
辺りに充満する冷気。アリスの四肢が凍り始め、キリアの目の前に氷の塊が回転しながら風を渦巻いて出現した。
「よくもっ!」
キリアの叫びと共に放たれる魔術。アリスはそれに向けて拳を振るい、いとも簡単に砕かれる。
「幼稚な魔術だ……力ない者は命も奪われる。そんなお前たちがやってきた事を、私もお前たちにやるだけだ」
次いでアリスから逆の握られた拳の二撃目が、放たれようとしていた。
そこに地面からいくつもの棘が飛び出し、アリスの体を拘束するように囲む。
「何やってるのよ……あんたっ!?」
開かれていた扉の先で、フィーナが怒りを露わにして叫んだ。
完全には状況を把握できずにいても、誰もが倒れる中で堂々と立つアリスの姿を見て敵だと即座に判断したフィーナ。
氷の魔術を組み込んだ拳でアリスに殴りかかった。
それは見事に彼女の腹部へとヒットする……が。
「魔術を使いながら格闘家の真似事か?笑いも取れないな」
微動だにせず、ビクともしないアリスは凍り付いていく腹部など気に留める様子もなく、仕返しと言わんばかりに拘束していた石の棘はいとも簡単に砕いてフィーナの腹部へ熊手にした手を当てた。
「――カハッ!」
当てられたフィーナは血反吐を吐き、吹き飛ぶ前にアリスがフィーナの胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
投げられたフィーナは壁に激突し、アヤトと同じように埋もれる。
「フィーナ様!この……!」
自棄を起こしたキリアもまたアリスに殴りかかる。
その拳はアリスの頬に直撃するが、効いた様子もなくキリアは顔面を掴まれて、その場で沈められてしまう。
アリスはキリアが動かなくなった事を確認すると、フィーナの方へと向かう。
「様付けとは、慕われているのだな。ならまずはお前から殺して、絶望した他の奴らは、ゆっくり殺そう……死ね」
アリスの様子は先程までアヤトと言葉を交わしてた時とは違い、感情を殺した淡々とした声を発した。
躊躇もなく、憎しみを込められた表情で、瓦礫に埋もれたフィーナに握った拳を向ける。
メアも、ミーナも、キリアも……誰もその拳を止める者はそこにはいなかった。
……ように見えた。
しかしその拳はフィーナに当たる直前で止まる。
「……また邪魔をするのか、アヤト」
「……」
アリスの表情から怒りが消え、悲しみや哀れみの表れた表情で、自らの攻撃を止めたアヤトを見る。
アヤトはいつもの仏頂面に頭から血を流して、そこに立っていた。
「なぜ……お前が魔王なんだ……なぜよりによって、私が惚れた男なんだ!?」
ポロポロと涙を流す。大粒の涙を流しながら、アリスは再び躊躇なく殴り付けた。
その拳はアヤトの顔面へと当てられる。
それは先程、アヤトが受けて吹き飛ばされたのと同じものだった。
しかし、今度は拳を受けても尚、アヤトはその場に踏み止まる。
「ああぁぁぁぁっ!」
まるで癇癪を起こした子供のように、叫びながら乱打を繰り返すアリス。
他者から見ればその一発は見えないほど早く、全てが平等に重い一撃を放っていると事がわかる音が響いていた。
アリスの一発を食らう度に、アヤトは少しずつ下がっていく……
「アヤ、ト……」
フィーナから見たその光景は防戦一方。アヤトが無抵抗でやられてる様を見たフィーナは悔しそうに唇を噛む。
「何、やってんの……いつもどんな事でも余裕でやっちゃうあんたが、なんでやられっぱなしにされてんのよ!あんたなら……メアやミーナが!あたしがぶっ飛ばされ前に起き上がって、そんな奴ぶっ飛ばしちゃいなさいよ、バカァッ!」
「この……!」
フィーナが涙を零しながら、自分でも無茶苦茶だと思うような事をひたすらに叫ぶフィーナ。
そんな彼女が鬱陶しく感じたアリスが攻撃の手を止め、フィーナに向けて走り出し、右拳を打ち込もうとする。
しかしそれがフィーナに当てられる直前、アリスの頬に拳が放たれ、彼女は勢いよく吹き飛ばされる。
「俺の家族に……手ぇ出してんじゃねえっ!」
アヤトが放った拳により、殴られたアリスは消えたと錯覚してしまえるほどの速さで吹き飛んでいった。
壁を一枚、二枚、三枚とどんどんぶち抜き、ついには魔城の外までアリスは放り出されてしまう。
フィーナはそれを見ても、驚くどころか笑みを浮かべていた。
「ハッ……やればできるじゃない……」
掠れ声で呟くフィーナに対し、アヤトは悲しげな表情を彼女に向ける。
「……すまない」
アヤトはただその一言のみを口にし、瓦礫に埋まっていたフィーナを抱き上げる。
お姫様抱っこの形で持ち上げられたフィーナだが、気力がないのかいつものように文句は言わない。
回復魔術をかけながらフィーナを柔らかい絨毯の上に下ろすと、アヤトはメアやミーナ、キリアも同じように抱き上げて回復をしつつフィーナの横に並べる。
アヤトはそのまま無言で、その場を立ち去ろうとする。
僅かに意識のあったフィーナは、その背中を見て不安を感じた。
生きて帰ってこないとは考えていない。戻って来ないとも思っていない。
しかし、いつもと違うアヤトの背中から感じ取ったフィーナはいても立ってもいられず、なんとか起き上がって彼の名を呼ぶ。
「アヤト!」
フィーナの呼びかけに反応して振り返るアヤト。
すると彼女はすでにアヤトの目の前に立っていたフィーナが、彼の襟首を掴んで顔を急速に近付いていった。
「……んっ」
アヤトとフィーナの距離はなくなり、フィーナの唇がアヤトの唇へと当たっていた。
それはアヤトがフレア・アーリアとしていたものとは違い、すぐに唇を離す。
「……フィーナ?」
彼女の名を呼ぶアヤト。
そこには先程していた神妙な顔ではなく、キョトンと間の抜けた表情をしていた。
キスをされた事というよりも、『フィーナがした』という事に驚きを隠せないでいるようだった。
アヤトのその顔を見たフィーナは優しく笑う。
「ふふっ、そう、そのマヌケ顔の方があんたっぽいわ」
「……そういうお前はらしくないな。なんだ、惚れたか?」
そうやっていつもの軽口を叩いて笑うアヤトに、今度は呆れるフィーナ。
「うるさい、バカ。いいからあんたは、あのあんたをぶっ飛ばすようなあんたみたいな化け物をぶっ飛ばしてきなさいよ」
「それ、一周回って俺を化け物って言ってね?……んじゃ、フィーナ様の仰せのままに行ってくるとするか」
アヤトは軽口を叩きながら振り返り、アリスを吹き飛ばして空けた壁の向こうへと進んでいく。
「わざわざありがとうございます!」
眠ってしまっている赤ん坊を抱いたカシアがそう言って頭を下げる。
カシア、ユウキたち一行は赤ん坊が世話をしやすい部屋へと案内されていた。
「いや、いいんだ。所詮、私は魔王の代理……彼の客人であるなら、もてなさない理由がないだろう?」
「初めてお会いした時はあれだけツンツンしていましたのに、ずいぶんと丸くなりましたね、キリア様」
キリアの優しい言葉に、アイラートがからかった言い方をする。
それに対しキリアは苦笑いをする。
「あれは……あの時は顔の傷を見られたくない一心でな、あまり関わらないうちにその場から逃げようとしてたんだ。まぁ、その傷もアヤト殿が治してくれた上に、魔王の代わりをしてくれと言われ、結果的に逃げられなくなってしまったが」
思い出を語るように笑うキリア。
その話を近くで聞いていたユウキが、赤ん坊を抱きながら割り込む。
「大事な役割とかを放り投げる辺り、アヤトらしいな」
「そういえばあなたはアヤト様と昔からの中だと聞きました。あの方の面白い過去話などはありますか?」
藪から棒に、と言った感じにそんな質問をするアイラート。
その場にいるユウキを含めた何人かは『絶対からかう気だ……』と感じていた。
「あるっちゃあるけど、恥ずかしい系のじゃないけど、それでも?」
「はい、なんでもいいです」
ユウキは『わかった』と承諾し、昔を思い出そうと唸る。
「あいつはさ、昔……この世界に来る前は色々と面倒事に巻き込まれてて、それが原因でみんなが自分を嫌っていると思ってたんだよ。でも百人が百人、千人が千人、全員が一人を嫌うなんてそうそうないだろ?」
「それはまぁ……」
ユウキの言葉にフィーナは少し眉をひそめつつも、『たしかに』と納得する。
彼らはアヤトが地球にいた頃に持っていた力の事を知らない。
しかし、彼が持っていた力は死を与える『悪魔の呪い』と死を回避する『神の加護』の二つ。他者から忌み嫌われる事自体は含まれていない。
つまりユウキの言っている事は期せずして理に適っていたのだ。
「実際、あいつに一目惚れした奴は何人か見た事あったよ。頬なんか赤らめてな」
ユウキがそう言うと、ヘレナは首を傾げる。
「疑。しかしアヤトにそんな記憶は……」
「そん時は感情なんて読めなかっただろうし、疑心暗鬼になってたからな。鈍感な主人公曰く、気付いてなかったろうさ」
苦笑いしながらユウキがそう言うと、イリーナが不思議そうに口を開く。
「進言して差し上げなかったのですか?もしかすれば、ユウキ様の言葉で何かが変わっていたのかもしれませんよ?」
「どうだろうな……ま、どちらにしろ過ぎた事だし、あいつには可愛い彼女も絶賛片思い中の女の子たちもいるから、今更悔やむ必要もないだろ。むしろ俺の方が羨ましいわ」
ユウキの軽口にほぼ全員が苦笑いをする。
「まぁ、こんな程度か。あとは面白いっていうか、命懸けでしかない思い出ばかりだったな」
ユウキがそう言って疲れたように溜め息を吐き、キリアが苦笑いを浮かべる。
「どこにいても大変そうだな、アヤト殿は」
するとヘレナとアイラートが何かに気付く。
「おや、この感じ……魔王様たちのお帰りですね」
「肯。アヤトとメアとミーナ……もう一人、ギルドの長をお持ち帰りしたようですね」
「お持ち帰り?あいつまたハーレム要員増やしたの!?」
アヤトたちの帰還をアイラートが伝えるとユウキがツッコミ、キリアが立ち上がる。
「キリア様も行かれるのですか?」
「ああ。というか、アイラートさんたちはここに残っててくれないか?何かあった時のために」
キリアの言葉に首を傾げるアイラート。
「城の構造をある程度把握しているフィーナ様がおられれば問題ない気がしますが……わかりました」
アイラートはあまり深く考え込まず、『行ってらっしゃいませ』と一礼して見送り、ジリアスも同じように頭を下げる。
そして爆音のようなものが鳴り響いたのは、キリアが出て行ってから十分も満たない時間が過ぎた頃だった。
――ドゴォンッ!
「な、何!?」
その音に驚き、慌てるユウキ。赤ん坊も驚いて全員泣き始めてしまう。
「あいつ……また厄介事を持ち込んだんじゃないでしょうね? あんた、ちょっとこの子たちを見てて」
「かしこまりました。お気を付けくださいませ、フィーナ様」
フィーナに指定され、返事をして頭を下げるアイラート。
ジリアスとイリーナも同じように見送り、フィーナが音の発信源に向かって走り出した。
ーーーー
ミーナが叫んでから誰も言葉を口にせず、その場は静寂に包まれて瓦礫の崩れる音などが目立つ。
加えてミーナの打ちひしがれてすすり泣く声。普段見せない激情を表していた。
「アヤト、殿……?」
現状を一番理解できていないキリアが呟く。
彼女は赤ん坊を寝かせるのに適した部屋にフィーナたちを連れて行き、自らが魔王と認めた主人を出迎えようとしただけ……ただそ牛よとした結果、初対面の人間に攻撃され、さらにそれを抑止したアヤトが殴り飛ばされてしまっていた。
ぐったりと倒れてしまっているアヤトを見て、取り乱そうにもそこまで考えが及ばず、ただ何が起きたのかだけが頭の中でグルグルと回っていた。
そしてその中で、メアがついに動き出す。
おぼつかない足取りで一歩、また一歩と進み、収納庫から刀を取り出す。
ゆっくりと鞘から刀身を抜くメアの様子は明らかに普通ではなく、魔人化した状態となっていた。
「何……してんだ、てめぇっ!」
愛した者を殴り飛ばされ、頭に血が上ってしまっていたメアは叫び、刀を片手にアリスに向かって斬りかかる……が、直後にメアの頭上から拳が振り下ろされ、地面に沈められる。
「――――っ!?」
「珍しい姿だな。だが、たとえ王女様と言えど邪魔をするなら容赦はしない」
沈んだメアの髪が元の状態になり、魔人化が解けたのがわかる。すると今度は体を眩い光で包み込んだミーナが、アリスに蹴りを入れる。
しかしそれさえもアリスは難無く受け止めてしまっていた。
「……そうだった、お前もアヤトを愛している者の一人だったな」
ミーナの怒りを露わにした表情を見て、アリスが悲しそうに呟く。
その後も硬直状態はなく、数度の蹴りがアリスに打ち込まれ、彼女もまた全てを受け切る。
防戦一方に見えるほど止む事がなく無数に打ち込まれる蹴りの一つをアリスが掴み、壁に向かって勢いよく投げ付けた。
「――カハッ!?」
凄まじい力によって投げられたミーナは血反吐を吐き、地面に倒れ込んでしまう。
「なんだ……なんなんだ、これは……!?」
短い間に次々とやられていくアヤトの仲間たちに、キリアは未だに状況を把握できていなかった。
そんなキリアの目の前に、アリスが仁王立ちする。
彼女の目は視線だけで相手を殺してしまえそうなほどに鋭く、睨まれているキリアは、ただひたすらアヤトの方を見て何度も呟く。
「お前もアヤトを愛していたのか?だがしかしそんな事は関係ない。私はお前たちを……私から全てを奪った魔族を、殺す!」
アリスは殺気を放って拳を振りかざし、それに対してキリアは即座に魔術を行使した。
辺りに充満する冷気。アリスの四肢が凍り始め、キリアの目の前に氷の塊が回転しながら風を渦巻いて出現した。
「よくもっ!」
キリアの叫びと共に放たれる魔術。アリスはそれに向けて拳を振るい、いとも簡単に砕かれる。
「幼稚な魔術だ……力ない者は命も奪われる。そんなお前たちがやってきた事を、私もお前たちにやるだけだ」
次いでアリスから逆の握られた拳の二撃目が、放たれようとしていた。
そこに地面からいくつもの棘が飛び出し、アリスの体を拘束するように囲む。
「何やってるのよ……あんたっ!?」
開かれていた扉の先で、フィーナが怒りを露わにして叫んだ。
完全には状況を把握できずにいても、誰もが倒れる中で堂々と立つアリスの姿を見て敵だと即座に判断したフィーナ。
氷の魔術を組み込んだ拳でアリスに殴りかかった。
それは見事に彼女の腹部へとヒットする……が。
「魔術を使いながら格闘家の真似事か?笑いも取れないな」
微動だにせず、ビクともしないアリスは凍り付いていく腹部など気に留める様子もなく、仕返しと言わんばかりに拘束していた石の棘はいとも簡単に砕いてフィーナの腹部へ熊手にした手を当てた。
「――カハッ!」
当てられたフィーナは血反吐を吐き、吹き飛ぶ前にアリスがフィーナの胸ぐらを掴んで投げ飛ばす。
投げられたフィーナは壁に激突し、アヤトと同じように埋もれる。
「フィーナ様!この……!」
自棄を起こしたキリアもまたアリスに殴りかかる。
その拳はアリスの頬に直撃するが、効いた様子もなくキリアは顔面を掴まれて、その場で沈められてしまう。
アリスはキリアが動かなくなった事を確認すると、フィーナの方へと向かう。
「様付けとは、慕われているのだな。ならまずはお前から殺して、絶望した他の奴らは、ゆっくり殺そう……死ね」
アリスの様子は先程までアヤトと言葉を交わしてた時とは違い、感情を殺した淡々とした声を発した。
躊躇もなく、憎しみを込められた表情で、瓦礫に埋もれたフィーナに握った拳を向ける。
メアも、ミーナも、キリアも……誰もその拳を止める者はそこにはいなかった。
……ように見えた。
しかしその拳はフィーナに当たる直前で止まる。
「……また邪魔をするのか、アヤト」
「……」
アリスの表情から怒りが消え、悲しみや哀れみの表れた表情で、自らの攻撃を止めたアヤトを見る。
アヤトはいつもの仏頂面に頭から血を流して、そこに立っていた。
「なぜ……お前が魔王なんだ……なぜよりによって、私が惚れた男なんだ!?」
ポロポロと涙を流す。大粒の涙を流しながら、アリスは再び躊躇なく殴り付けた。
その拳はアヤトの顔面へと当てられる。
それは先程、アヤトが受けて吹き飛ばされたのと同じものだった。
しかし、今度は拳を受けても尚、アヤトはその場に踏み止まる。
「ああぁぁぁぁっ!」
まるで癇癪を起こした子供のように、叫びながら乱打を繰り返すアリス。
他者から見ればその一発は見えないほど早く、全てが平等に重い一撃を放っていると事がわかる音が響いていた。
アリスの一発を食らう度に、アヤトは少しずつ下がっていく……
「アヤ、ト……」
フィーナから見たその光景は防戦一方。アヤトが無抵抗でやられてる様を見たフィーナは悔しそうに唇を噛む。
「何、やってんの……いつもどんな事でも余裕でやっちゃうあんたが、なんでやられっぱなしにされてんのよ!あんたなら……メアやミーナが!あたしがぶっ飛ばされ前に起き上がって、そんな奴ぶっ飛ばしちゃいなさいよ、バカァッ!」
「この……!」
フィーナが涙を零しながら、自分でも無茶苦茶だと思うような事をひたすらに叫ぶフィーナ。
そんな彼女が鬱陶しく感じたアリスが攻撃の手を止め、フィーナに向けて走り出し、右拳を打ち込もうとする。
しかしそれがフィーナに当てられる直前、アリスの頬に拳が放たれ、彼女は勢いよく吹き飛ばされる。
「俺の家族に……手ぇ出してんじゃねえっ!」
アヤトが放った拳により、殴られたアリスは消えたと錯覚してしまえるほどの速さで吹き飛んでいった。
壁を一枚、二枚、三枚とどんどんぶち抜き、ついには魔城の外までアリスは放り出されてしまう。
フィーナはそれを見ても、驚くどころか笑みを浮かべていた。
「ハッ……やればできるじゃない……」
掠れ声で呟くフィーナに対し、アヤトは悲しげな表情を彼女に向ける。
「……すまない」
アヤトはただその一言のみを口にし、瓦礫に埋まっていたフィーナを抱き上げる。
お姫様抱っこの形で持ち上げられたフィーナだが、気力がないのかいつものように文句は言わない。
回復魔術をかけながらフィーナを柔らかい絨毯の上に下ろすと、アヤトはメアやミーナ、キリアも同じように抱き上げて回復をしつつフィーナの横に並べる。
アヤトはそのまま無言で、その場を立ち去ろうとする。
僅かに意識のあったフィーナは、その背中を見て不安を感じた。
生きて帰ってこないとは考えていない。戻って来ないとも思っていない。
しかし、いつもと違うアヤトの背中から感じ取ったフィーナはいても立ってもいられず、なんとか起き上がって彼の名を呼ぶ。
「アヤト!」
フィーナの呼びかけに反応して振り返るアヤト。
すると彼女はすでにアヤトの目の前に立っていたフィーナが、彼の襟首を掴んで顔を急速に近付いていった。
「……んっ」
アヤトとフィーナの距離はなくなり、フィーナの唇がアヤトの唇へと当たっていた。
それはアヤトがフレア・アーリアとしていたものとは違い、すぐに唇を離す。
「……フィーナ?」
彼女の名を呼ぶアヤト。
そこには先程していた神妙な顔ではなく、キョトンと間の抜けた表情をしていた。
キスをされた事というよりも、『フィーナがした』という事に驚きを隠せないでいるようだった。
アヤトのその顔を見たフィーナは優しく笑う。
「ふふっ、そう、そのマヌケ顔の方があんたっぽいわ」
「……そういうお前はらしくないな。なんだ、惚れたか?」
そうやっていつもの軽口を叩いて笑うアヤトに、今度は呆れるフィーナ。
「うるさい、バカ。いいからあんたは、あのあんたをぶっ飛ばすようなあんたみたいな化け物をぶっ飛ばしてきなさいよ」
「それ、一周回って俺を化け物って言ってね?……んじゃ、フィーナ様の仰せのままに行ってくるとするか」
アヤトは軽口を叩きながら振り返り、アリスを吹き飛ばして空けた壁の向こうへと進んでいく。
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「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
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連載時、HOT 1位ありがとうございました!
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