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武人祭
魔族でも問題なし
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アヤトが作った裂け目に潜ったあたしは人間の街、クルトゥの入り口に堂々と立っていた。横にはメアとミーナもいる。
周りの人たちはそんなあたしたちを警戒し、奇異なものを見るような目で見てきていた。
「ま、待ってください!」
するとカイトの声が聞こえ、後ろを振り返ると実家に帰っていたカイトとリナ、ランカまでもが慌てて追ってきていた。
「おかえり、二人とも!」
メアの後にミーナが「おかー」と言って手を挙げる。
なんだかのんびりした光景だけど、周囲の人間の見る目は変わらない。
カイトたちがここに来たのは偶然じゃないわよね……ってことは、アヤトに見張るよう言われたか?
「っていうか、ランカ。なんであんたもいるのよ?しかも魔族姿のままで……」
「何となく察してもらえるでしょう?アヤトに放り出されたんですよ……まぁ、いい機会なので、私も冒険者登録とやらをしてみてもいいかもしれませんが」
やれやれと肩をすくめながら言うランカ。でもなんだかんだ言いつつ従ってるのよね、こいつって……
「……ま、いいわ、さっさと行きましょう?早くあいつの評判を落としてやらなきゃ♪」
あたしはウキウキしながら言い、メアたちにギルドのある場所を案内させた。
――――
メアに案内されたギルドへ到着し、あたしは躊躇なく扉を開けて入る。
そして案の定、魔族であるあたしの姿を見た奴らは驚いた顔をして注目する。中には席を立つ奴もいた。
気にせずあたしは、受付らしきテーブルに座っている少女の前まで歩いて行く。
そいつは目を丸くして口を開けたまま間抜け面を晒してあたしを見ていた。
だが、その少女はあたしが目の前に来たというのに、「いらっしゃいませ」の一言すら言わない。ちょっと失礼じゃないかしら?
「ねぇ、冒険者の登録ってここでいいんでしょ?」
「え……あっ、はい!」
少女はあたしに声をかけられて、ようやく気が付く。見た目もずいぶん幼いけど、ちゃんとできるのかしら?
「えっと……本当に冒険者登録で?」
「それ以外何だってのよ?アヤトがここで登録すればいいって聞いたんだけど?」
あたしがアヤトの名前を出した瞬間、辺りがざわつき始める。
「あ、アヤトさんの紹介ですか!?」
そう言って視線をあたしからカイトやメアたちに移す少女。
その後ろでは、もう一人の受付をするであろう女が「『様』ね」と言って少女に注意を促していた。
すると、少女の問いにカイトたち全員が頷く。
「はい、俺たちの仲間です」
カイトが躊躇なく言い、少女が「そうですか」と笑顔になって頷く。
あら、あたしが魔族でもあからさまに嫌悪とかしないのかしら?
不思議に思って周りを見るけれど、さっきの驚き警戒していた様子もどこへやら。冒険者たちは互いに酒などを飲み交わし合い、騒いでいた。
「あたしたちは魔族なのに、何もないの?」
あたしが少女にそう問いかけると、首を傾げられる。
「冒険者になる条件は、筆記試験の合格と魔物の素材だけですので……種族的な禁止はありませんよ?」
「っ……そうじゃなくて!魔族がここで冒険者になるのは嫌じゃないのかって話!」
あたしが少し声を荒らげて言ってしまいランカが横で「どうどう」と言うが、少女は気にした様子もなく笑顔で答える。
「はい、大丈夫です。うちのギルド長は魔族嫌いなので接触は難しいですが、登録自体何の問題もありません。特にアヤト様が推薦したと言うのであれば、尚更だと思うんです!」
少々興奮気味に言う少女。その目は子供のように輝いていた。
……マズい。この流れはマズい。
アヤトの株を落とすつもりが、逆にあたしの評価が上がっているような気がする。
このままじゃ、アヤトとの賭けにあたしが負けちゃうじゃない!
「私がここで働き始めてからは日が浅いんですけど、あの人が冒険者としてこのギルドで活動し始めてから依頼の達成率が他よりもダントツで良いんです!おかげで余計な書類仕事も最初だけで楽になりましたし、給料も上がっちゃいますし!」
ホクホク顔で少女は語る。
その頭を、さっきの女が平べったい板で軽く叩く。
「こーら。いくら嬉しくてもお客様相手に仕事のことをペラペラ喋っちゃダメでしょ?本当に相手によっては口が軽いんだから……」
女が軽く溜め息を吐くと、その視線があたしに向けられる。
「お話は聞かせていただきました。冒険者の登録でしたらまずは筆記試験から……試験官は私が務めさせていただきます」
さっきまで少女に語りかけていた口調が業務的なものに一変し、雰囲気も凛々しくなっていた。
その様子を見て、あたしは「へぇ……」と感心の声を漏らす。
「では案内させていただきます、こちらへ……」
「あっ、私も受けますのでご一緒させてください!」
女が試験をするであろう部屋に案内しようと歩き出し、あたしとランカがその後を追おうとする。
「あの、失礼ですがご年齢は……?」
そのランカの容姿を見た少女が当然の疑問を投げかける。
「年?……忘れましたね。いえ、数で言うと四桁は越えて成人しているので、そこは安心してください」
「四……!?」
ランカの発言が信じられないといった様子の少女。
しかし案内する女の方は動揺する素振りもなく、気にせずに歩みを進める。
そりゃあ、驚くわよね。いくら人間と比べて魔族の見た目と実年齢が比例しないからと言って、ランカの場合は例外中の例外だもの。
そんな考えを他所に、さっきの少女の言葉をふと思い出す。
「……ねぇ、そのギルド長って今日はいるの?」
恐る恐る聞いてみる。
「魔族嫌い」……それはまるで、昨日魔城で暴れた女のようだった。
あいつも魔族を殺したくなるほど嫌っているらしいし、同一人物だったら絶対に鉢合わせしたくない。
「……いますが、鉢合わせになることはないと思います。彼女も忙しい身なので」
変わらない笑みを浮かべて言う。しかし返答するまでの僅かな間が、その「彼女」がただ普通に忙しいという状態ではないことを教えてくれる。
魔族嫌いの女がこのタイミングで調子が悪いって……まさかね?
魔族を嫌う人間なんていくらでもいるし、たまたま条件が重なっただけだろう。
そう自分に言い聞かせ、女が案内した部屋へと入る。
部屋はそこそこの広さで数人分の机があり、それぞれの上には白紙と筆記用具が用意されていた。メアたちもここで試験を受けたのよね……
「ではどれかの席に着き、次に置かれている紙を裏返してそこに書かれている問題を解いてください」
女の言われた通りに近くの椅子へ適当に座り、紙を裏返す。
そこにはたしかにいくつかの問題が書かれていた。
そして女からその問題を解く制限時間と合格点を告げられ、試験は始まる。
「終わりました」
「はっや!?」
開始十分も経たないうちにランカがそう告げ、驚いたあたしは思わず声を出してしまった。
試験官として来た女も驚き、その用紙を注視する。
「……ま、満点合格です」
「ま、当然の結果ですよ」
少し驚いた様子の女に対してランカは喜ぶこともなく、淡々とした声でそう言って扉の外に出ようとする。
「もう外で待っててもいいんですよね?」
「え……あっ、はい。お疲れ様でした……」
ランカは疲れた様子も見せず、その場から去って行ってしまう。
あいつ……そんなに頭よかったの……?
問題自体は難しくない。でもあれだけの早さで問題を解くなんて、どれだけ頭の回転が速いのだろう……と、驚いている間にも時間が経過していることに気付き、自分の問題を解くことに専念した。
あたしが終わったのは、その五分後。
一応満点で難なく終えた……と言えば聞こえはいいが、あのちびっ子より遅れて合格したというのが気に食わないあたしは、モヤモヤとした気持ちのままランカを含むメアたちの元へと帰った。
「これであとは魔物の素材を持ってくればいいんでしょ?なんだか拍子抜けね」
「まぁ、これはあくまで最低限の判断能力と実力を見極めるためのものですから……」
あたしが一息吐くと、受付の少女が苦笑いで話しかけてきた。
「でも凄いですね、フィーナ様とランカ様……百点だなんて!」
少女の言葉にメアを含めた周囲の奴らが、あたしを見てきた。
な、何よ……?
「おい、満点だってよ」
「凄ぇな……魔族ってあまり学がないイメージだったけど、そんなことなかったんだな……」
「いや、やっぱ旦那のとこにいるから特別なんじゃねぇか?」
最後になんだかあたし自身が凄いわけじゃなく、アヤトのおかげみたいなこと言われた気がして腹が立った。何よそれ……!
あまり問題を起こしてアヤトに小言を言われるのは嫌だけど、ここで魔術の一発でもやってやろうかしら……
と無詠唱の魔術を左手にこっそり溜め込もうとすると、バンッと大きな音が鳴る。
音が鳴った方を見ると、少女が立って机に手を置いていた。机を叩いた音だったのだろう。
「皆さん……そんな言い方、いくら何でも失礼じゃないですか!?フィーナ様はズルせず実力で満点を取ったのですから、魔族もアヤト様も関係ありません!」
少女が叫ぶようにそう言う。
こいつ……なんであたしを庇うような言い方をするのよ……?
すると、辺りの奴らはバツが悪そうにしていた。
「す、すまねぇ……そうだよな、旦那のとこにいなくても関係なく凄ぇ奴は凄ぇよな……」
その中でも体の大きい男が、そう言って肩を落としてしょぼくれる。
「わかったらいいんです!」
少女が胸を張るが、さっき試験官をしていた女がその頭を叩く。
「いたっ……!?」
「お客様説教してどうするの?いい加減ギルド長に言いつけるわよ」
女はそう言って溜め息を吐くと、フッと笑う。
「ま、私も思ってたけどね」
「ならなんで叩かれたんですかぁ~……?」
涙目で言う少女に、女は「一応ケジメとしてよ」と答える。
「でもこの方はこれからあなたたちと同じ冒険者になるんですから、今後諍いを起こさないように今から仲良くなっておいてくださいね?」
「「おうっ!!」」
冒険者たちがビールが入ったジャッキを掲げて呼応する。
「だったら早速飲もうぜ、仲間として!」
「まだ魔物の素材を取ってきてもらう項目が残ってるんです!飲むのはそれからです!」
あたしを誘ってきた奴らに一喝する女。気のいい奴らというか何というか……バカな奴らね。
あたしが思わずクスリと小さく笑うと、少女がパッと輝いた笑顔を向けてきた。
「フィーナさんの笑った顔って凄く綺麗ですね!」
「……は?」
少女の発言に、またしても「思わず」と付いてしまうように睨み付けてしまう。
あたしの顔が相当怖かったのか、少女は「ひっ!?」と悲鳴を上げて女の後ろに隠れてしまった。
「やー、やっぱりフィーナって美人だよな?もう青い肌とか関係ないって証明されたな!」
今度はメアがそう言いながら後ろから抱き着いてきて、顎をあたしの肩に乗せてきた。
しかもミーナも器用に上ってきて、空いている方の方に顎を乗せ、二人同時に頬を擦り付けてきた。
う……鬱陶しい!
「あははっ、まるで子持ちみたいですね」
「誰が子持ちよ!?こんな子供持ちたくないわ!」
あたしがそう叫ぶと、辺りで笑いが巻き起こる。別に受けを狙ったわけでもないのに……
なんだか辱めを受けたような気分になり、メアたちを振り落とす。
「そんなことより、さっさと魔物の素材取りに行くわよ!いつまでもこんなとこで道草食いたくないもの……魔物の素材は指定とかあるの?」
少し強引にでも話を進めようと少女に話を振ると、女に頭をグリグリされて悲鳴を上げていた。
「あっ、ごめんなさい……特にこれと言ったものはありません。弱くてもこの街の近くにいるものでも……ただし、時間はギルドが閉まるまでですので、それだけお気を付けください」
少女の代わりに女がグリグリしていた手を止め、説明してくれる。
解放された少女は「あぅ!」と声を漏らして机に伏せる。
「そう、わかったわ」
あたしはそれだけ言って、ギルドを出て行こうと振り返る。あたしもこんなの早く終わらせて、こいつらと同じビールを一杯引っかけたいし。
しかしそこである異変に気付く。
周囲の冒険者たちがあたしたたちのことで騒いでるどころか、会話の一つすらなくなっていたことに……
さらに言うと、全ての者の視線が一点に集まっていたのだ。しかもメアたちまで。
何かに驚いてるみたいだけど、何が――
「……」
疑問を晴らすべく、全員の向けている視線の先にあたしも目をやると、驚きの人物がそこにいた。
昨日、あたしたちを殺しかけてアヤトさえも手にかけようとした人間の女が……寝起きのような怠そうな表情ですぐそこに立ち、身長差であたしを見下ろしていた。
「なん、で……!?」
心臓の音がひたすらうるさく聞こえるくらいに鳴り、緊張で舌もロクに回せずにいたあたしがやっと発せた言葉がソレだった。
周りの人たちはそんなあたしたちを警戒し、奇異なものを見るような目で見てきていた。
「ま、待ってください!」
するとカイトの声が聞こえ、後ろを振り返ると実家に帰っていたカイトとリナ、ランカまでもが慌てて追ってきていた。
「おかえり、二人とも!」
メアの後にミーナが「おかー」と言って手を挙げる。
なんだかのんびりした光景だけど、周囲の人間の見る目は変わらない。
カイトたちがここに来たのは偶然じゃないわよね……ってことは、アヤトに見張るよう言われたか?
「っていうか、ランカ。なんであんたもいるのよ?しかも魔族姿のままで……」
「何となく察してもらえるでしょう?アヤトに放り出されたんですよ……まぁ、いい機会なので、私も冒険者登録とやらをしてみてもいいかもしれませんが」
やれやれと肩をすくめながら言うランカ。でもなんだかんだ言いつつ従ってるのよね、こいつって……
「……ま、いいわ、さっさと行きましょう?早くあいつの評判を落としてやらなきゃ♪」
あたしはウキウキしながら言い、メアたちにギルドのある場所を案内させた。
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メアに案内されたギルドへ到着し、あたしは躊躇なく扉を開けて入る。
そして案の定、魔族であるあたしの姿を見た奴らは驚いた顔をして注目する。中には席を立つ奴もいた。
気にせずあたしは、受付らしきテーブルに座っている少女の前まで歩いて行く。
そいつは目を丸くして口を開けたまま間抜け面を晒してあたしを見ていた。
だが、その少女はあたしが目の前に来たというのに、「いらっしゃいませ」の一言すら言わない。ちょっと失礼じゃないかしら?
「ねぇ、冒険者の登録ってここでいいんでしょ?」
「え……あっ、はい!」
少女はあたしに声をかけられて、ようやく気が付く。見た目もずいぶん幼いけど、ちゃんとできるのかしら?
「えっと……本当に冒険者登録で?」
「それ以外何だってのよ?アヤトがここで登録すればいいって聞いたんだけど?」
あたしがアヤトの名前を出した瞬間、辺りがざわつき始める。
「あ、アヤトさんの紹介ですか!?」
そう言って視線をあたしからカイトやメアたちに移す少女。
その後ろでは、もう一人の受付をするであろう女が「『様』ね」と言って少女に注意を促していた。
すると、少女の問いにカイトたち全員が頷く。
「はい、俺たちの仲間です」
カイトが躊躇なく言い、少女が「そうですか」と笑顔になって頷く。
あら、あたしが魔族でもあからさまに嫌悪とかしないのかしら?
不思議に思って周りを見るけれど、さっきの驚き警戒していた様子もどこへやら。冒険者たちは互いに酒などを飲み交わし合い、騒いでいた。
「あたしたちは魔族なのに、何もないの?」
あたしが少女にそう問いかけると、首を傾げられる。
「冒険者になる条件は、筆記試験の合格と魔物の素材だけですので……種族的な禁止はありませんよ?」
「っ……そうじゃなくて!魔族がここで冒険者になるのは嫌じゃないのかって話!」
あたしが少し声を荒らげて言ってしまいランカが横で「どうどう」と言うが、少女は気にした様子もなく笑顔で答える。
「はい、大丈夫です。うちのギルド長は魔族嫌いなので接触は難しいですが、登録自体何の問題もありません。特にアヤト様が推薦したと言うのであれば、尚更だと思うんです!」
少々興奮気味に言う少女。その目は子供のように輝いていた。
……マズい。この流れはマズい。
アヤトの株を落とすつもりが、逆にあたしの評価が上がっているような気がする。
このままじゃ、アヤトとの賭けにあたしが負けちゃうじゃない!
「私がここで働き始めてからは日が浅いんですけど、あの人が冒険者としてこのギルドで活動し始めてから依頼の達成率が他よりもダントツで良いんです!おかげで余計な書類仕事も最初だけで楽になりましたし、給料も上がっちゃいますし!」
ホクホク顔で少女は語る。
その頭を、さっきの女が平べったい板で軽く叩く。
「こーら。いくら嬉しくてもお客様相手に仕事のことをペラペラ喋っちゃダメでしょ?本当に相手によっては口が軽いんだから……」
女が軽く溜め息を吐くと、その視線があたしに向けられる。
「お話は聞かせていただきました。冒険者の登録でしたらまずは筆記試験から……試験官は私が務めさせていただきます」
さっきまで少女に語りかけていた口調が業務的なものに一変し、雰囲気も凛々しくなっていた。
その様子を見て、あたしは「へぇ……」と感心の声を漏らす。
「では案内させていただきます、こちらへ……」
「あっ、私も受けますのでご一緒させてください!」
女が試験をするであろう部屋に案内しようと歩き出し、あたしとランカがその後を追おうとする。
「あの、失礼ですがご年齢は……?」
そのランカの容姿を見た少女が当然の疑問を投げかける。
「年?……忘れましたね。いえ、数で言うと四桁は越えて成人しているので、そこは安心してください」
「四……!?」
ランカの発言が信じられないといった様子の少女。
しかし案内する女の方は動揺する素振りもなく、気にせずに歩みを進める。
そりゃあ、驚くわよね。いくら人間と比べて魔族の見た目と実年齢が比例しないからと言って、ランカの場合は例外中の例外だもの。
そんな考えを他所に、さっきの少女の言葉をふと思い出す。
「……ねぇ、そのギルド長って今日はいるの?」
恐る恐る聞いてみる。
「魔族嫌い」……それはまるで、昨日魔城で暴れた女のようだった。
あいつも魔族を殺したくなるほど嫌っているらしいし、同一人物だったら絶対に鉢合わせしたくない。
「……いますが、鉢合わせになることはないと思います。彼女も忙しい身なので」
変わらない笑みを浮かべて言う。しかし返答するまでの僅かな間が、その「彼女」がただ普通に忙しいという状態ではないことを教えてくれる。
魔族嫌いの女がこのタイミングで調子が悪いって……まさかね?
魔族を嫌う人間なんていくらでもいるし、たまたま条件が重なっただけだろう。
そう自分に言い聞かせ、女が案内した部屋へと入る。
部屋はそこそこの広さで数人分の机があり、それぞれの上には白紙と筆記用具が用意されていた。メアたちもここで試験を受けたのよね……
「ではどれかの席に着き、次に置かれている紙を裏返してそこに書かれている問題を解いてください」
女の言われた通りに近くの椅子へ適当に座り、紙を裏返す。
そこにはたしかにいくつかの問題が書かれていた。
そして女からその問題を解く制限時間と合格点を告げられ、試験は始まる。
「終わりました」
「はっや!?」
開始十分も経たないうちにランカがそう告げ、驚いたあたしは思わず声を出してしまった。
試験官として来た女も驚き、その用紙を注視する。
「……ま、満点合格です」
「ま、当然の結果ですよ」
少し驚いた様子の女に対してランカは喜ぶこともなく、淡々とした声でそう言って扉の外に出ようとする。
「もう外で待っててもいいんですよね?」
「え……あっ、はい。お疲れ様でした……」
ランカは疲れた様子も見せず、その場から去って行ってしまう。
あいつ……そんなに頭よかったの……?
問題自体は難しくない。でもあれだけの早さで問題を解くなんて、どれだけ頭の回転が速いのだろう……と、驚いている間にも時間が経過していることに気付き、自分の問題を解くことに専念した。
あたしが終わったのは、その五分後。
一応満点で難なく終えた……と言えば聞こえはいいが、あのちびっ子より遅れて合格したというのが気に食わないあたしは、モヤモヤとした気持ちのままランカを含むメアたちの元へと帰った。
「これであとは魔物の素材を持ってくればいいんでしょ?なんだか拍子抜けね」
「まぁ、これはあくまで最低限の判断能力と実力を見極めるためのものですから……」
あたしが一息吐くと、受付の少女が苦笑いで話しかけてきた。
「でも凄いですね、フィーナ様とランカ様……百点だなんて!」
少女の言葉にメアを含めた周囲の奴らが、あたしを見てきた。
な、何よ……?
「おい、満点だってよ」
「凄ぇな……魔族ってあまり学がないイメージだったけど、そんなことなかったんだな……」
「いや、やっぱ旦那のとこにいるから特別なんじゃねぇか?」
最後になんだかあたし自身が凄いわけじゃなく、アヤトのおかげみたいなこと言われた気がして腹が立った。何よそれ……!
あまり問題を起こしてアヤトに小言を言われるのは嫌だけど、ここで魔術の一発でもやってやろうかしら……
と無詠唱の魔術を左手にこっそり溜め込もうとすると、バンッと大きな音が鳴る。
音が鳴った方を見ると、少女が立って机に手を置いていた。机を叩いた音だったのだろう。
「皆さん……そんな言い方、いくら何でも失礼じゃないですか!?フィーナ様はズルせず実力で満点を取ったのですから、魔族もアヤト様も関係ありません!」
少女が叫ぶようにそう言う。
こいつ……なんであたしを庇うような言い方をするのよ……?
すると、辺りの奴らはバツが悪そうにしていた。
「す、すまねぇ……そうだよな、旦那のとこにいなくても関係なく凄ぇ奴は凄ぇよな……」
その中でも体の大きい男が、そう言って肩を落としてしょぼくれる。
「わかったらいいんです!」
少女が胸を張るが、さっき試験官をしていた女がその頭を叩く。
「いたっ……!?」
「お客様説教してどうするの?いい加減ギルド長に言いつけるわよ」
女はそう言って溜め息を吐くと、フッと笑う。
「ま、私も思ってたけどね」
「ならなんで叩かれたんですかぁ~……?」
涙目で言う少女に、女は「一応ケジメとしてよ」と答える。
「でもこの方はこれからあなたたちと同じ冒険者になるんですから、今後諍いを起こさないように今から仲良くなっておいてくださいね?」
「「おうっ!!」」
冒険者たちがビールが入ったジャッキを掲げて呼応する。
「だったら早速飲もうぜ、仲間として!」
「まだ魔物の素材を取ってきてもらう項目が残ってるんです!飲むのはそれからです!」
あたしを誘ってきた奴らに一喝する女。気のいい奴らというか何というか……バカな奴らね。
あたしが思わずクスリと小さく笑うと、少女がパッと輝いた笑顔を向けてきた。
「フィーナさんの笑った顔って凄く綺麗ですね!」
「……は?」
少女の発言に、またしても「思わず」と付いてしまうように睨み付けてしまう。
あたしの顔が相当怖かったのか、少女は「ひっ!?」と悲鳴を上げて女の後ろに隠れてしまった。
「やー、やっぱりフィーナって美人だよな?もう青い肌とか関係ないって証明されたな!」
今度はメアがそう言いながら後ろから抱き着いてきて、顎をあたしの肩に乗せてきた。
しかもミーナも器用に上ってきて、空いている方の方に顎を乗せ、二人同時に頬を擦り付けてきた。
う……鬱陶しい!
「あははっ、まるで子持ちみたいですね」
「誰が子持ちよ!?こんな子供持ちたくないわ!」
あたしがそう叫ぶと、辺りで笑いが巻き起こる。別に受けを狙ったわけでもないのに……
なんだか辱めを受けたような気分になり、メアたちを振り落とす。
「そんなことより、さっさと魔物の素材取りに行くわよ!いつまでもこんなとこで道草食いたくないもの……魔物の素材は指定とかあるの?」
少し強引にでも話を進めようと少女に話を振ると、女に頭をグリグリされて悲鳴を上げていた。
「あっ、ごめんなさい……特にこれと言ったものはありません。弱くてもこの街の近くにいるものでも……ただし、時間はギルドが閉まるまでですので、それだけお気を付けください」
少女の代わりに女がグリグリしていた手を止め、説明してくれる。
解放された少女は「あぅ!」と声を漏らして机に伏せる。
「そう、わかったわ」
あたしはそれだけ言って、ギルドを出て行こうと振り返る。あたしもこんなの早く終わらせて、こいつらと同じビールを一杯引っかけたいし。
しかしそこである異変に気付く。
周囲の冒険者たちがあたしたたちのことで騒いでるどころか、会話の一つすらなくなっていたことに……
さらに言うと、全ての者の視線が一点に集まっていたのだ。しかもメアたちまで。
何かに驚いてるみたいだけど、何が――
「……」
疑問を晴らすべく、全員の向けている視線の先にあたしも目をやると、驚きの人物がそこにいた。
昨日、あたしたちを殺しかけてアヤトさえも手にかけようとした人間の女が……寝起きのような怠そうな表情ですぐそこに立ち、身長差であたしを見下ろしていた。
「なん、で……!?」
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