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武人祭

欲するもの

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 ☆★☆★

 私は愛情に飢えていた。
 理由は早くに亡くなった親の死であると考えられる。
 私、アリス・ワランは辺境の領主を任せられた貴族の娘だったという過去があり、そこで魔族に両親を、兄弟姉妹までも奪われ使用人さえ全て殺され家も焼かれてしまった。
 九歳になったばかりの私はそこで全てを失ってしまったのだ。
 そして死に際に母から言われた言葉がある。

 【アリス……生きて……生きて私たちの――】

 母は言葉の途中で事切れてしまった。
 その言葉の先を、私はこう解釈する。
 「私たちの無念を晴らして」と。
 四肢を切り刻まれ殺された母なのだ、そう言おうとしたに違いない。
 だから私はまず、その屋敷を襲った魔族を殺した。
 怒りでがむしゃらになっていたが、その時から体に身体能力が上がるスキルが発現したのだろう。子供だった私でもそいつらを呆気なく殺せたのだ。
 それからだ、私の人生が自分でも異常だと言えるほどに歪んでしまったのは。
 家も当てもない私は、まずその日その日で稼げる冒険者になることを決意した。
 年齢的なことも、少し昔までは子供でもなれる職業だった上に、こうなる前の環境だけで言えば恵まれてたこともあって、試験を突破するための勉学は問題がなかった。
 その後の魔物の素材を持ってくるという内容も……しかし子供が冒険者になるなど、周りからからかわれるだけだと思った私はその素材を超級と呼ばれていた魔物を倒して持っていったのだ。
 ギルドに戻った私の体は擦り傷など軽傷だけで、ほとんどが返り血という状態。
 それらを見た職員と冒険者は唖然とする。しかも魔物の素材は新鮮だったということもあり、私がズルをしたとは誰も言い出さなかったようだ。
 おかげで子供ながら、私のランクは一気にSへと昇格した。
 最初は陰口を叩いていた奴も、私が毎回全身返り血を浴びながら上級や超級の魔物の素材を持って帰っているうちに何も言わなくなり、私の力を疑って喧嘩腰で接してきた奴も瞬時に沈めたら従順な犬のようになってしまう。
 そうしているうちに、私が十歳になるかならないかという頃にはSSランクになっていて、ほとんどの冒険者から尊敬されるまでになってしまっていた。
 たまに私が高ランクの依頼を受けようとするのを見た新人冒険者が「君にはまだ早い依頼だよ?」と言ってくるが、その度に周りにいた強面の冒険者が「バカ野郎!」と恐喝じみた言い方で注意してくれる。
 いつしか周りには一緒に笑って泣いてくれる、仲間とも言える奴らが増えていっていた……しかし私の心はどこかポッカリと穴の空いたような感じだった。
 魔物や道中で出会った魔族などに怒りをぶつけてもスッキリしない。
 貯めたお金で立派な家を建てても満足しない。
 豪華な飯にありついても心が満たされない。
 私は普通に暮らしている人たちよりも良い環境が揃っているにも関わらず、何も手に入っていないという虚無感に襲われていた。
 何が足りない?なんで満足しない?なんでなんでなんで……
 そんな何をしていても「なんで」という疑問の言葉が頭から離れず、ただひたすら不安を抱きながら生活し続けた。
 そして私が二十歳というそろそろ家庭を持っていてもおかしくない年になった頃、ある出来事が起きた。

 「ねぇねぇ、今暇?よかったらお茶しようよ~?」

 今まさにそのお茶を外で飲んでいる私に、いかにも頭が軽そうな輩が話しかけてきたのだ。

 「……悪いが、構っている暇はない。私はこれでも忙しい身なのでな」

 その誘いを一蹴。歳が十九を超えた辺りからか、よくこういう手の奴らが語りかけて来ることが多々増えてきていた。
 最初は知識がなく、そのままの意味で捉えてしまっていた私。
 だが、どちらにしろこの時言った言葉と変わらない返事をしてやったが。
 それまではあまりしつこくもなく、一、二回断れば渋々とどこかへ消えてしまう骨のない奴ばかりだったが、この時は違った。
 いくら同じ返事をしようと、強めに断りの言葉を叫んでも引く様子がなく、鬱陶しくなってその場を離れても付いて来ようとする。
 いい加減腹立たしさを感じていた私は、立ち止まってその男へと振り返って文句を言おうとした。

 「貴様、いい加減に――」
 「いや、本当に好きになっちゃったんだって!愛してるとも言っていいくらいに!」

 ニヤニヤと笑う男のその言葉に、私はドクンッと心臓が脈打つ音が聞こえ、断ろうとした言葉を止めてしまった。

 「な、なんだ……愛……?」

 再び心臓が跳ねた気がした。気のせいではない。

 「そうそう!君を愛したいんだよ!」
 「っ!?」

 先程よりも大きく心臓が鳴る。
 同時に体が火照ってしまっているのに気付く。
 顔もかなり熱く、その日の気温は高くないはずなのに夏のような暑さを感じてしまっていた。なんだこれは……!?
 私のその様子を見た男はチャンスだと思ったのか、ここぞとばかりに攻め寄ってきた。

 「それでさ、俺いい場所知ってんだけど……そこで愛し合わない?」

 男の囁くような呟きに、私は背筋に電撃が走ったような感覚に襲われる。
 今思うと、あれは発情していたのだろう……火照った体が無意識にその男の誘導しようとする手を取り、勝手に足が動いて付いて行ってしまっていた。
 その時に私は自覚してしまう。この長年に渡って私が欲していたものは……「愛」なのだと。
 しばらく男の後に付いて行くと、人気のない場所に連れて行かれて別の大男が目の前に現れる。

 「どうっすか?すげぇ美人っしょ!」
 「ほっほー、ちょっと傷はあるがたしかに美人だ!よくこんな上玉連れて来られたな……おい、姉ちゃん?」

 突然湧き上がっていた感情に頭がボーッとしていた私に、大男が語りかけてきてハッと我に返る。
 屈強そうな男が目の前におり、私を口説いて連れて来た男はヘコヘコと頭を下げながらその後ろに隠れているという状況が目に入った私は……

 「へへへっ、悪いがこいつに騙されて付いてきたあんたが悪いんだぜ?今からたっぷり可愛がってやるから、大人しく――」

 大男が言葉を言い切る前に、私がぶん殴って吹っ飛ばしてしまっていた。

 「なっ……!?」
 「ふ……ふふ……そうか、そういうことだったのか……ならば私の愛の前に立ち塞がり妨げるものは全て排除しよう!」

 私が下した結論は、このチャラ男と私の仲を大男が邪魔しようとしたというものだった。

 「さぁ、邪魔者はいなくなった、存分に私を愛してく……れ……?」
 「ご……ごめんなさぁぁぁいっ!?」

 さっきまでニヤニヤと余裕を浮かべていたチャラ男は、私が大男を吹き飛ばしたことによって恐怖を覚え、全力で逃げて行ってしまっていた。
 チャラ男もグルだったと気付いたのは、それからかなり後のことになる。
 その後も似たようなことがあったが、どの男も私の力を目の当たりにすると一目散に逃げてしまっていた。

 「……ったく、どいつもこいつも根性が足らん!私は本気の一割も出していないというのに、逃げ出してしまうなど……」

 そう言って私はギルド長の部屋にあるソファーに座り、行儀悪く机に足をかける。
 男に口説かれ誘われ、そして逃げ出され……それを繰り返してさらに五年が経過し、すでに立派なギルド長となっていた。
 ……まぁ、私が求めているのが愛だと理解してから婚活を優先し始めようと、冒険者を辞めると言い出したのが原因なのだが。
 私ほどの人材を手放すのが惜しいということで、ギルドの管理を任されることとなってしまっていた。
 だが私がそれを受けたのには理由があり、その時から「強い男」を理想としていたので、冒険者を管理する職はある意味都合がよかったのだ。
 しかし二十五歳とは、女としてはすっかり適齢期てきれいきを越えている年齢である……とはいえ、一応まだまだ現役らしく、口説かれる頻度はあまり変わらない。
 だがしかし、その成功率も変わらず0である。
 そんな私に、お茶を差し出してくれる奴がいた。

 「机に足を乗せないでください。それと、また外で暴れたんですか?そんなことをすれば逃げるに決まってるじゃないですか、ワランギルド長」

 そう言って説教してくる女……私が任されているこのギルドの受付を担当してくれているミーティアだ。
 容姿端麗で仕事もキッチリこなす。その姿から冒険者に女神だの天使だのと慕われている。
 口説かれる回数など、私より多いのだから嫉妬してしまえそうだ。

 「そりゃあ、仕方ないだろ?単純に無理矢理襲おうとしてくる奴もいれば、身代金目的の奴さえいる始末なんだから。それに体目的の奴もいたが、私がわざわざ脱いだというのにこの体を見て裸のまま逃げ出したこともあったんだぞ?失礼過ぎるだろ……」

 私はそう言って、ミーティアに渡されたお茶を受け取ってすする。
 たしかに十五年前後の年月が経過した今では、私の体は下手な男よりもマッチョと言えるほどに筋肉質になってしまい、傷跡もたくさんできてしまっていた。
 だが言い替えれば引き締まってるとも言えるし、胸の大きさだってかなりある……柔らかいかは知らんが。
 とにかく、女っぽいところは残っているには残っている。だからこんな私にも愛情を注いでくれる男が現れると信じているのだ。
 と、その結果が騙され続けて逃げられての連続なのだが。

 「……いつか現れますよ、ギルド長から逃げ出さず、お眼鏡に叶う人が」

 フッと笑ってフォローしてくれるミーティア。
 ……そういえば、こいつに男ができたという話は聞かないが、なぜなんだろうか……と疑問を抱いたものの、踏み込むほど興味もなかったので何も聞かないでおくことにした。
 そしてさらに年月が経ち、そろそろ三十路に近付いてしまい焦っていたところにあの少年、アヤトが現れたのだ。
 彼に会った瞬間、胸が高揚して背景が輝く。
 強い力で私の腕を掴み、真っ直ぐに見つめてくるその瞳に私は、その時初めて本当の恋をしたと理解する。
 かなり年下で、オバサンとも言える年齢の私を相手してくれるかはわからないが、必死にアピールすることに決めた。
 いつか使うであろうと取っておいた惚れ薬を飲み物に入れたり、筋肉塗れな体にある数少ない女の部分である胸などの一部を押し付けたり……しかしかなりの耐性があるのか、どれも効果はなかった。
 男にしか興味が無い?とも思ったが、彼の口から自分には彼女がいると聞かされる。
 最初はもうダメかと思ったが、それでも諦め切れなかった私は彼にアピールし続けることを決め直した。
 愛に飢えていた私は、そろそろ我慢するのに限界だったのだ。
 だが、その我慢は彼が魔族と繋がっていたという真実を知ったことにより、別の形で爆発してしまう。
 一国の姫様で彼の婚約者であるというメア・ルーク・ワンド、そしてその仲間たちを殺す一歩手前まで手にかけてしまったのだ。
 そして何よりも、惚れてしまった彼を殴り飛ばしてしまうということをしでかしてしまった。
 にも関わらず、昔失った家族を殺した仇の魔族が目の前にいるという光景に頭が真っ白になり、殺意で埋め尽くされてしまう。
 愛情よりも、憎しみを優先してしまったのだ。
 だが、彼はそんな私を止めようとした。
 かつて誰一人として止められなかった私を、言葉や小細工などではなく、純粋な力でねじ伏せてきた。
 その結果、私は敗北。
 凄まじい腹部への衝撃により、意識はそこで途切れた。
 ――死
 それが頭に浮かんだ唯一のイメージだった。
 私以上の力に、さらに魔術らしきものを込めた技で私は殺されたのだ……そう思っていたのだが。

 「ぐっ……うぅ……!?」

 なぜか意識が覚醒する。
 目には見慣れた天井と、窓から注ぎ込まれる心地良い日差しが目に入る。
 生きて……いる?
 感覚的には、つい先程殴られたという気分だ。しかしあの時点で夜だったので、最低でも一晩は眠っていたことになる。
 横になっていた体を起こすと、自分が寝ていたのは客に座らせるための大きなソファーだったことに気付く。
 そう、ここは私が任されているクルトゥーのギルドである。
 体には薄い布団がかけられていた。

 「どうなっている……?私はあれからどうして……っ!?」

 あれは夢だったのかと、アヤトに殴られた腹部を見ようと服を上げると、信じられないことが起きていた。
 昔に受けた傷跡がいくつか無くなっている……綺麗さっぱりに。

 「これは……?」

 触って確かめるが、傷一つない綺麗な腹筋だ。
 しかし消えているのは腹部だけで、他の傷は消えていない。
 そしてもう一つ。着ている服がボロボロなのである。
 淑女としてどうなのだろうと問われても仕方ないほどだ。
 ああ、やはりあれは夢ではなかったのだろう。
 そう考えると、アヤトとの壮絶な戦いの記憶が蘇る。

 「……さすがに、嫌われてしまっただろうな……」

 自分の姿を見ながら、ポツリと呟く。
 当然だ、最愛の彼女と仲間を殺されかけ、挙句自身にも手を出されたのだから。
 私はあまりの憂鬱さに蹲り、親が殺されてから今まで流したことのなかった涙が溢れていたのに気付く。

 「あ……あはは……恋とは……愛とはこんなにも苦しく……辛いものなのだな……」

 まるで自分に向けたかのように零れた言葉が自らの胸に刺さり、さらに多くの涙が溢れてしまった。
 声は出さず、ただ静かに流れる涙をそのままにして立ち尽くす。
 どれだけの時間を泣いたかはわからない。
 だけれども、涙は止まった。ギルドの運営時間も過ぎている。
 そろそろ甘えるのは終わりにして、通常業務に戻ろうと気持ちを切り替える。

 「……大丈夫だ、もう大丈夫。また誰かを求める日々に戻るだけだ」

 自分に言い聞かせるように呟き、今着ている服を脱ぎ捨てて予備の服を着る。
 またアヤトと顔を合わせてしまったらどうしようという考えは後回しにし、綺麗な服に着替えた私はミーティアやサリア、冒険者たちがいるであろう扉を開き、表へと出る。
 その瞬間、神様はなんて残酷なんだろうと思えてしまった。
 ようやく自分の心に一区切り付けようとしたのに、それを嘲笑うかのように現実を突き付けてくる。
 ……目の前には、アヤトが必死に庇った魔族の少女が私の進行方向に立ち塞がり、見上げていたのだ。

 「なん、で……!?」

 魔族の少女からその言葉がポツリと零れ、ありえないと言わんばかりに目を見開いていた。
 私はどうすればいいんだろうか?なぁ、アヤト……
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