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武人祭
平穏な生活を【最終話】
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突然ですが、この「最強の異世界やりすぎ旅行記」はこれにて最終回にさせていただきます。
この物語が書籍化する前から応援してくださった方、この先の展開が気になる方など申し訳ありません。
代わりというわけではありませんが、現在書いているもう一つの「目が腐ってるからですか?」という作品に力を入れていきたいと思います。
本作品のアヤトのような万能感はありませんが同じファンタジー作品となっておりますので、興味がありましたらぜひとも読んでいただければと思います。
今まで本当にありがとうございました。
――――
武人祭と剣魔祭が同時に開催されたあれから一年の年月が過ぎた。
一年……その長いようで短い時間の中で目まぐるしい多くのことが起きていた。
他国との戦争をする際に魔王という地位を利用して魔族たちに協力してもらって勝利したり、ミーナの母親を探すために亜人の大陸に行って騒動を起こしたりと休む暇もない日々を過ごし、今に至る。
「ここが目的の場所なのか、アヤト?」
「ああ、そうだ」
メアからそう聞かれ、働く男たちを屋根の上から見下ろしながら答えた。
そこには屈強な男たち以外にも宝石を身に着けた太った男や、檻に閉じ込められた亜人や魔族がいる。所謂、奴隷商というやつだ。
ここに猫人族がいるという情報を手に入れて来たわけなのだが……
「……ここに私のお母さんが?」
「もしかしたら、な……」
俺たちが亜人の大陸に行った時にはすでに猫人族の集落は無くなっていた。どうも一族総出で人間の大陸に渡ったらしいと聞いたが、その後の行方が掴めていなかったのだ。
それが今、裏で猫人族を大量に捕まえられたという情報が出回っていたのを聞き、俺たちは救出のため乗り込もうとしていた。
メア、ミーナ、フィーナ、カイト、リナの弟子四人を連れ、そしてノワールとアリスと俺を含めた七人。
「それで作戦はどうするんだ?正面突破なら先陣は私に任せてくれ!」
やる気満々でそう提案するアリス。彼女はギルド長の仕事を引き継がせ、正式に辞めて俺のところに転がってきた。
一年前は殺す殺されるの戦いをしたが、今ではメアたちと変わらず家族のように接している。とはいえ、若干の距離の近さにメアたちがズルいと言って羨ましがっていたりとか……まぁ、それは今は置いておこう。
「今回は俺とアリス、ノワールはサポートで捕まった奴隷たちをこっそり解放、その間にカイトたちが正面から喧嘩を売りに行け」
「相変わらず酷い作戦だな……ま、了解」
俺の指示にカイトがぶっきら棒な答え方で了承した。色んなことがあった日々の中には、この変化も含まれる。
その後、再び現れたシトに白状させたところ、やっぱりあいつが飲ませたものが原因での変化だという。
俺という人間に近付かせるため……「最強を作る飴」をカイトに与えたらしい。
どこからそんなものを……と思っていると、十八年間俺の体に宿っていた「神の加護」と「悪魔の呪い」に染み付いていた俺の記憶を抽出して作ったもので、見た者によって形が変わるとのことだが、カイトにとって俺の力の塊とも言えるソレは飴のように甘く見えたようで。
結果、記憶と技量、ついでに性格までもが俺とそっくりになってしまったというわけだ。
さらにこの一年を通してさらに実力を付けたため、余裕も出てきてかなり似てきていると周囲から言われている。最初は「俺って傍から見たらこんな感じなのか……」なんてちょっと悲壮感を感じたりもしたけれども、今となっては慣れてしまった。
「でも……あの人たちくらいなら余裕、だよね、カイト君?」
そのカイトに問いかけるリナ。
水色の髪は少し伸びて少し自信を持ったかのように胸を張り、大人びた雰囲気で大弓を持つ姿がそこにあった。
強気な発言もだが、拙かった言葉遣いも前と比べるとしっかりしている。
妙な色っぽさも持ち合わせ、学園でかなりモテるとのこと。リリスが悔しさを含んだ複雑な表情をしながらそう自慢していたのを今でも思い出す。
ちなみにチユキは相変わらずカイトにぞっこんだが、彼女もリナが出す色香に危機感を覚えて「このままじゃカイト君に相手にされなくなっちゃう!」なんて焦り始めている。
「大丈夫だろ。そこらの賊なら、もう敵じゃねーよ♪」
「油断はダメ。それで前に転ばされて危なかったの覚えてないの?」
余裕な発言をするメアに対し、ミーナがジト目で釘を刺す。
彼女たちはカイトたちほど劇的な変化はないが、ちゃんと成長している。
どこがと言われれば基本的な身長から女性の特徴である胸や尻……と、これは思うだけにして口にはしないでおく。
多感な時期だからか、そういうところが気になるらしい。年頃というやつだろう。
「……いや、何も正面から喧嘩売らなくていいじゃない。なんでわざわざ……」
ぶつくさそう言うのはフィーナ。
ノワールたちほどじゃなくとも彼女も長命なので、ほぼ身体的特徴で変わったところはない。
ただ……若干前より色香が増した気がする。
それは気のせいにするにはメアたち他の奴らもたまにそういう話題を出しているので、そう感じているのは俺だけではないということだ。
原因というか、心当たりは一つ……俺と恋人関係になったことだろう。
メアたちにそそのかされて、とかではなく、亜人の大陸に行った際に成り行きで……という感じだ。それをメアやミーナは快く受け入れてくれた……むしろ俺たちがそうなる前からフィーナの気持ちには気付いていて、元からそのつもりだったようだ。
そんな関係になっても性格はあまり変わらないとユウキたちは言ってたが、俺から見ればかなり変わったと思う。
突っかかるだけ突っかかってどこかへ消えてしまうのではなく、文句を言いつつも肩を寄せて甘えてくるようになっていた。
もちろんみんながいるところでは表立って甘えているのではなくわかり辛い態度で接してくるのだが、二人きりになるとフィーナがフィーナじゃなくなったんじゃないってくらいに豹変したり……っとまぁ、その話しはまた別の機会にしよう。
「さすがアヤト様の後継者。実力に伴って肝も据わるようになってきましたね」
ノワールが楽しそうにそう言って笑う。
悪魔のノワールや竜であるヘレナたちのような長命な種族に変化はない。ただ違ってると言えば彼ら彼女らの気分で髪や服装は変られるわけで、少し前にノワールとチユキが髪の色を交換しようという話になり、今のノワールは白髪となっている。
黒もいいが、たまにはそういう気分転換した姿も様になってていいと思う。
「今回は監督役は無しだ。各々の判断でそれぞれの状況に対応しろ」
「おう!」
「ん」
「わかりまし、た!」
「了解」
「ねぇ、帰っていい?」
弟子のメア、ミーナ、リナ、カイトがそう返事をする中、フィーナだけが面倒臭そうにそう言う。
「ずいぶん薄情なことを言うじゃねえか」
「大所帯でお邪魔するのも迷惑でしょ。見たところ、中にいるのもそんなに多くなさそうだし……」
フィーナが男たちが出入りする建物を見てそう言う。どうやら魔力を見ることができる目で中の人間を数えたらしい。こういうこっそり人に役に立とうとする優しいところは変わらない。
「じゃあ、フィーナは俺たちと一緒に来い」
「えー!?なんでフィーナだけ!」
「ズルいズルい!」と駄々を捏ねるメア。こいつのこういう子供っぽさも変わらないな……
「だってお前……コソコソするの好きじゃないだろ」
「うぐっ……!」
図星を突かれたメアが言葉を詰まらせる。
事前の演習としてリアルかくれんぼの修業を何回かに渡って行ったのだが、メアはどうも隠れるのが苦手らしく、あの広大な魔空間で何度も自ら戦いを挑んで来たのだ。たしかに見つかったら組手を始めるというルールにしたが、かくれんぼという趣旨を理解できていないメアに隠密は向いてないと思う……というのが理由だ。
するとフィーナが呆れたように溜息を零す。
「それに、そっちにカイトがいるんならあたし一人がいなくても問題ないでしょ?」
「女が多い方がやる気が上がるじゃん!」
「それ、普通は男が言うようなセリフなんだけど」
メアの奇天烈な発言にツッコミを入れる。
訂正しよう。変わっているのは容姿だけでなく、親父発言も堂々とするようになっていた。
しかも一緒にいることが多くなったことでフィーナへのセクハラが前より酷くなったし……俺とフィーナが同じ姿で頭を痛めることが最近多い。
……まぁ、それはともかく話を進めよう。
「人数が少ないっつっても、今回の標的は中々大きい。何人か腕の立つ奴を雇ってるって言うし、ミーナが言った通り油断はするなよ、メア」
「なんで俺を名指し!?」
「すぐに調子に乗るから」などとは言わずもがな。
それだけ言って俺たちはそれぞれ行動を開始した。
――――
「ふっ!」
目の前でボキッと音が鳴り、人の首を180℃回していたフィーナの姿を俺は目にしていた。
俺たちは中に忍び込み、ノワールとは別行動で奴隷が囚われてる部屋を見付けて見張りをしていた奴らを気付かれないように暗殺する。
「上手くなったもんだな、人の首を回すの」
「や、やめ――くぴっ!?」
かくいう俺もガタイのいい男の体を跪かせ、首を回して絶命させていた。
「変な言い方しないでよ!あんたが作ったゾンビで練習させたんでしょ!?」
死んだ死体を蹴り飛ばしながら叫ぶフィーナ。死体蹴りやめたげて……
「だけど実際、フィーナくらいの腕力があれば首を回す以外にも一撃必殺の技があるだろ?なんでわざわざ……」
俺たちが殺した人間で見張りは最後だったので、周囲で閉じ込められられている奴らの檻の鍵を解錠しながらそう言う。
「確実で慣れてるのがコレってだけよ。どこぞの筋肉修業バカがそればっかやらせるかなね!」
フィーナは不機嫌に「フンッ!」と鼻を鳴らしながら、いくつかできた死体を重ねて椅子代わりに座る。死者への冒涜というか、彼女の道徳はどうなってるんだろうと思いながら解錠を順調に終わらせていく。
それをフィーナは両手で頬杖をして見つめてくる。
「……ねぇ、速度的には早いみたいだけど、そういうのを魔術でパパッと片付けないの?あるんでしょ、そういうの」
「やってもいいんだが、あの魔術の形が気味悪がられてな……助けた奴の中にトラウマを植え付けちまったことがあったんだ。今でも俺を見て怖がってるくらいにな……」
自分で言ってて思い出し、悲壮感に駆られる。
「何やってんのよ……」と呆れて溜息を零すフィーナに、苦笑いしか返せなかった。
そしてある檻の解錠をしようとしたところで、その檻の中に囚われている奴の姿がふと気になった。
「あなたは……?」
長く綺麗な黒髪にピクピクと小刻みに動く耳、それに黄色い獣目……さらにヘレナのようなスタイルの良さをした女。
一目見て美しいと感じた。それが女性に対するものか、もしくは芸術的な感想なのかは自分でも定かではない。
しかし、そう思わせるほどの雰囲気を彼女から感じ取ったのだ。
「ちょっと!」
するとフィーナの声と共に、俺の右耳が引っ張られる感覚が。
視線をズラすとさっきよりも不機嫌な顔をしたフィーナが俺を睨んでいた。ああ、これは確実に嫉妬されてる。
「恋愛がどうのこうのって言っといて、結局いい女に弱いんじゃない!このたらし!節操無し!アーク!」
「罵倒の一つに人の名前が使うのやめてやれよ……」
意味が理解できてしまうのが悲しいところだがな……
「見惚れてたのはたしかだが、こいつをよく見てみろ」
「何よ、スタイルのいい女なんてヘレナとかで見飽きて……るわ……よ……」
檻の中の女を直視したフィーナが、目を見開いて言葉を詰まらせる。
「アヤト、この女……!」
「ああ、こいつは――」
「メアが見たら絶対飛び付くじゃない!危険だから会わせちゃダメよ!」
違うそうじゃないと心の中で強くツッコミを入れる。
「どちらにしろ、会わせなきゃならなくなったと思う」
「……どういう意味よ?」
「この女は恐らく……」
俺は彼女の面影を感じ、確信を持ってそれを口にする。
「ミーナの母親だ」
「えっ……あっ!」
フィーナが今一度女を見て、言葉を漏らした。言われて気付いたようだ。
そしてその女も俺の言葉に反応して、一気に近付いて抱き着いてきた。
「ミーナ……?今、ミーナと言いましたかっ!?あの子はどこにっ!?」
「ちょ……落ち着け!」
「なっ……何どさくさに紛れてアヤトに抱き着いてんのよ!」
ミーナの名前に過剰な反応を示す女に俺は戸惑い、それを見たフィーナが怒号を飛ばして俺の腕を掴んで引き剥がそうとする。
「こいつはあたしのもんよ!」
大声で宣言をし、赤くなりながらも潤んだ目で女を睨むフィーナ。
その声で女はハッと我に返り、暗い表情で数歩下がる。
「ごめんなさい……でもあなたの口から娘の名前が出たから、つい……」
「やっぱりミーナの母親か」
「はい……」
申し訳なさそうに頷く女。そのまま顔を上げて俺を見てくる。
「猫人族であるミーナの母親、リィンです。あの、それでミーナは……?」
「ねぇ、その前に言うことあるんじゃない?」
フィーナが俺の腕に抱き着きながら、リィンを睨んでそう言う。
俺は何のことかわからなかったがリィンはすぐに言葉の意味を理解したようで、ゆっくりと頭を下げてきた。
「捕まっていたところを助けていただき、ありがとうごさいます。このお礼はまた後日、改めてさせてください」
リィンは丁寧にそう言い、俺はそう言うことかと納得する。フィーナのこういうところもまた変わってないところだが、今まさに道徳的に問題のある行動をしている彼女がそれを言うとなんだかなぁ……という感じがする。
「まぁ、好きでやってるんだから気にするなって。それよりもそろそろ表で暴れてる奴らも終わってる頃だろうし、あんたで捕まってんのは最後みたいだから向かおうぜ」
「やっと……娘に会えるんですね……!」
リィンはミーナに会えることがよほど嬉しいらしく、涙を流した。
――――
最初は潜入ということで警備が手薄なところから入ったが、今は捕まった奴らを引き連れて他に奴隷にされていた奴らを連れてきていたノワールとつつ合流して表の玄関から堂々と出る。
中で生きているのは俺たちを除けば誰もいなくなっているからで、リィンたちが警戒しながら外に出た先にも立っていたのはカイトだけとなっていた。
「師匠のとこも終わったみたいですね」
「おう、アヤト!こっちも片付いたぞ!」
「お腹減った。帰ってご飯食べたい」
「私も疲れました……お風呂に入りたいです……」
カイトたちがそれぞれが思い思いに余裕のある発言をする。
やっぱり余裕だったな、なんて思っているとリィンが俺たちより前に出てきた。
そしてそのリィンの姿を見たミーナの表情が驚いたものへと変化する。
「ミーナ……」
「……お母さ――」
「ミーナ!」
母を呼ぶミーナの言葉を遮り、リィンは彼女に向けて走り出して抱き着いた。
「よかった、無事だったのね!それに見違えるほど美人になっちゃって……」
リィンはミーナの頬と自分の頬を擦り合わせながら感傷に浸る。しかしミーナは……
「お母さん……暑い、苦しい。あとみんなが見てる。恥ずかしい」
「娘の反抗期!?」
感動の再開の場面が台無しになる一言を発し、リィンがショックを受ける。
「お母さん、ずっと暗い檻に閉じ込められて怖かったんだから少しは慰めてくれたっていいじゃない!久しぶりに会えて嬉しくないの!?」
「ん、嬉しい。でもそれはそれ、これはこれ」
淡々と答えるミーナに対し、リィンが悔しそうに頬を膨らませる。
すると状況があまり飲み込めてないカイトたちが俺の周りに集まってきた。
「ミーナさんの母親だって?」
「ああ、予想通りここに捕まってた。親子の感動の再開ってやつだな」
「ミーナ自身の言葉で全部台無しだけどね」
「……」
フィーナも俺と同じことを思っていたようで、それを口にされて俺とカイトが苦笑いする。
と、ここで一番騒ぎそうなメアが静かに彼女らを見つめていた。早くに両親を亡くしたメアにとって、「母親」という存在に思うところでもあるのだろうか……
「アヤト……」
「ん?」
「美人だな、あの人」
……考え過ぎだったのかもしれない。涎を垂らして羨ましそうにしていた崩れた表情を見て、俺は溜息を漏らしながらそう思った。
そんな時、リィンがミーナと共に俺の前にやってくる。
「もう親子喧嘩はいいのか?」
「ん。喧嘩というほど言い合いはしてないけど」
「恥ずかしいところを見せてしまいました」
いつも通りに言葉数少なく答えるミーナと、恥ずかしそうに赤らめるリィン。親子でもここまで似てないのも珍しいなと思う。
「ところでアヤトさん、相談があります――」
――――
「「ただいまー!」」
一年前から住んでいる学園に建てられた屋敷の玄関をくぐり、メアたちと一緒にその言葉を口にする。
「お邪魔します……」
続いてリィンも恐る恐る扉をくぐる。
他に捉えられていた奴らはいつも通り魔空間へと送ったが、リィンからは娘との時間を大事にしたいので一緒に過ごしたいという相談された、というわけだ。
「これから住む家なんだし、あんたも『ただいま』でいいぞ」
「は、はい!……ただいま、です……」
ぎこちなく言うリィン。そのうち慣れるだろう。
すると奥からココアやアルズが二人とも歩いてやってきた。
「おかー!」
「おかえりなさいませ、アヤト様。お食事の準備はできていますよ♪もちろんリィン様の分も用意しました」
不安そうにしているリィンを見たココアが優しく微笑んで言う。
歩いていたのは最初ココアだけだったのだが、彼女が普通の人のように歩けるようになったところを見たアルズたちも興味を示し、歩き始めたのだ。
当時はそのぎこちなさが面白いと言い始めて全員が始めたのだが、その結局……
「おかえり……」
「アヤト帰ってきたの?」
「おかえりッス!また女の人が増えてるッスね!」
「おっもちかえりー?」
「また住人が増えるのか?さらに賑やかになりそうだな、ハッハッハ!」
ぞろぞろと出てくる全属性の精霊王たち。そのみんながみんな、普通に歩けるようになっていての出迎えだった。
「この色鮮やかな人たちは……?」
ココアたちの肌色が気になったリィンが、戸惑いながらもそんな質問をする。
初めて見れば当たり前の反応だが、カイトたちに比べてリアクションが薄い。
彼女にとって珍しくはないのか?……いや、そもそもココアたちほどでなくても精霊という存在自体が人前に出ないから珍しいことであることには違いはないはずだ。
と困惑していたのも束の間。彼女の顔を見ると大量の汗を顔に浮かべていて、かなり動揺して明らかに驚いているのが見て取れる。
「この屋敷で一緒に住む住奴らだ。少し騒がしいが、飯を作ってくれたり色々特技を持ってる愉快な奴らだ。仲良くしてやってくれ」
「そうですか、わかりました」
そう言うリィンの顔からは不安が薄れ、和らいだ笑みを浮かべる。
するとその時、ふとその笑い方がどことなく俺自身の母親と影が重なった。
懐かしさ――この世界に来て一年近くが経ったが、ここに来てホームシックにでもなったかのように心に穴が開いた感覚に陥る。いや、「ように」ではなく、もう一度あの母の笑みが見たいというこの気持ちはホームシックなのだろう。
「……どうした、アヤト?」
俺の様子が気になったのか、メアが俺の顔を覗き込んでくる。表情に出てたか?
「……いや、なんでもない。俺も腹減ったから早く食いたいって思っただけだ」
「そうだな。良い臭いもするし、早く食おうぜ」
カイトが楽しそうに言いながら靴を脱いで、食事が用意されてるであろう居間へと赴く。
その後ろをリナが付いて行き、居間から出てきたチユキに抱き着かれながら部屋に入っていくカイトの後ろ姿を見送る。チユキの積極的な行動は相変わらずだ。
ココアたちも居間や台所など、それぞれの場所へと戻っていく。
落ち着いたところでリィンの背中を軽く叩いて中に入ることを促し、俺自身も居間に向かう。
「あっ……アヤト兄、おかえりなの。また違う人を誑かしてきたの?」
「ですです、仕方ないです。雄が強いメスに惹かれるのは自然の摂理です。それがアヤト兄となれば、本当の酒池肉林も夢じゃないです」
また出迎えてくれたのは、テーブルにお皿を並べているウルとルウ。ウルは俺の顔を真っ直ぐ見て真顔で失礼なことを言うし、ルウに至ってはこっちを見ずに冷たくそう言い放つ。
二人ともたった一年で見違えるほどに成長し、子供ながら容姿の美しさが目立つくらいに凛とした雰囲気を纏っている。
そして同時に性格も劇的に変化し、いつしか俺に対して冷たい態度を取るようになってしまった。「兄様」という呼び方も「アヤト兄」とフレンドリーになってしまったし……俺を慕っていた純粋無垢な彼女たちはどこへ行ってしまったのだろうか……
その原因……もとい、理由はこいつらの教育係をしているノワールとエリーゼだろう。
二人の冷静冷淡な性格が病原菌の如くウルたちに伝わり、こうなってしまったとしか考えようがない。じゃなきゃ――
「そこに突っ立ってると他の人の邪魔になるの。さっさと席に付くの」
「どうせお姉様たちとイチャイチャするんなら、座ってジッとしながらイチャコラするです」
「こんな反抗期の娘みたいな性格になるわけがないっ!!」
「まーた言ってるわよ、この妹バカは」
俺がわざとらしく顔を両手で覆い泣く振りをすると、その横をフィーナが呆れた物言いをしながら通り過ぎる。ああ、もしかしたらフィーナの素っ気無さも関係してるかも……
というか最近、「○○バカ」がフィーナの口癖になっている気がする。
「告。おかえりなさいアヤト、フィーナ」
「遅かったじゃないですか。おかげでお腹と背中がくっ付きそうです。早く食事にしましょうよ」
次に出迎えてくれたのはヘレナとランカだ。
ランカは何も変わっていないのだが、ヘレナは優しい声色と表情で不思議な言葉遣いをしつつ出迎えてくれた。
さっき長命種はあまり変わらないと言ったが、ヘレナは落ち着いた性格に変わっている。
メアやミーナがはしゃいでいる時も自分は会話に参加せず、暖かく見守るような目で遠目に見ていたり、俺の臭いを嗅ぐ変態的な行為も日に日に減っていき普通の女の子のような接し方をしてくるように。
俺にとって彼女が一番変化したと感じるかもしれない。
その中でもランカだけは外見も中身も何も変わっていない。本当に、身体的成長は何一つ……
ある意味安心できる存在だ。
「何か失礼なことを考えてません?」
「そんなことない」
コンプレックスに関しては鋭いランカ。
……とまぁ、今ではこれが今この屋敷に住んでいるのは全員だ。
前に住んでいた竜のグレイたちは一度帰ると言い、ベルを連れてどこかへ行ってしまった。
自分の家を持つと言って一生懸命冒険者で稼いでいたラピィたちも晴れて先日、金が貯まり住居を建てて三人で住み始めたのである。
そしてノクトとシャードも別居。シャードが貯めた貯蓄で中々良い家を建てて二人で暮らしている。
さらに驚くことがここで二つ。
シャードとノクト、さらにラピィとアークが結婚するという話を聞いた。
ラピィとアークはちょくちょく顔を合わせる度に仲が深まっていたようだしなんとなく察していたのだが、まさかノクトとシャードが……と誰もが驚いていた。
ノワールでさえ目を見開くほどだったしな。そういえばそれをユウキがスマホで撮ろうとして、ノワールにデコピンされて吹っ飛んでたな……
それでそのユウキはというと、亜人の大陸に行った時に亜人の王である獣王に気に入られてしまい、今ではそっちで寝食して過ごしている。
獣王は九尾の狐っぽい金髪の女でユウキ自身も彼女の好意が嬉しいらしく、一緒にいることに何の不満もないらしい。つまり相思相愛というわけだ。
たまに様子を見に行ったりもするが、正直俺たちは邪魔者にしかならないのであまり長居はせずに帰ってくるのがほとんど。
ユウキもホームシックになることがあるようだが、獣王が全力で愛してくれてるおかげで寂しさはないとか。
そんであーしさん……エリは「一人暮らしをしたいから」と言って出て行ってしまった。
噂では異世界人特有の戦闘能力の強さで、名を馳せた冒険者になっているだとか。
学園に通ってる身なのでちょくちょく顔を見るが、昼時も来なくなってしまったので少し寂しい気もする……まぁ、彼女が楽しくやっているならそれでいいか。
ちなみに学園でのユウキの扱いは休学扱いだ。
元々勉強も運動も戦い方面も万能にこなすユウキは学園にとって貴重な人材とのことで、いつでも復学していいとのこと。その時は始業式も終業式も終えてないあいつは、また一年からやり直すことになるけども……
ちなみにガーランドは正式に一国の王となり、エリーゼも王妃になってラライナと友好な関係を保たせつつ一国を治めている。
ミランダとアルニアはこの屋敷と自宅を行き来している。
俺のことを好いていてくれてはいるが、親の元気な姿もこまめに確認したいらしい。意外と二人とも甘えん坊なのかもな。
そんなこんなで俺たちは色んな出来事を体験しながら過ごしてきた。
たった一年でハチャメチャな日々だったが、同時に充実した時間でもあった。
「そんな物思いに耽った顔して……どうした?」
機嫌を伺うようにそう言って隣に座るメア。
俺は居間でどんちゃん騒ぎみたく雑談する奴らを見渡す。
「……いや――」
俺はそれを見て、静かに笑いを零す。
「――平和だなって」
「……ああ、そうだな」
メアも共感して答え、俺の肩に頭を乗せてくる。
いつかはまた事件が起きたり厄介事に巻き込まれるかもしれないが、それまではこの何でもない平穏な時間を大切にしたいと思う。
☆★☆★
魔城の魔王の間でコツコツと軽快な足跡を響かせ、白髪白服の少年のシトが階段を上がっていた。
「こうしてアヤト君の『最強の異世界やりすぎ旅行記』は閉幕。彼はいつまでも幸せに波乱万丈な暮らしをしましたとさ……めでたしめでたし! ……なんて感じかな、今の君は?」
視線の先にいる男にそう語りかけると、相手はニッと子供のような笑顔を作る。
「おいおい、俺はまだ人生を終わらせるつもりはねえぞ。むしろようやくこれからじゃねえか」
「そうかい? 魔王になって人間の王にもなって、神をも超越した神以上の存在の君にやり残したことがまだあるのかい? ねぇ、アヤト君?」
そう言ってクスクスと笑うシト。
するとその後ろの扉が勢いよく開き、武装した少年少女数人が押し入ってきた。
「魔王! 貴様の悪行もここまでだ! 色んな人々を苦しめてきた罪、今俺が裁いて――!?」
その中でも仰々しい装備に身を包んで威風堂々と前に出た少年が、目の前の光景に言葉を失う。
それは後方に控えていた少年少女たちも同様で、その原因は視線の先にいた椅子に座るアヤトだった。
理由は魔族の王なのに人間だったから? 違う。
周囲にメアやミーナなど、他にもアヤトの知り合いが数多くその場にいたから? 違う。
ただ一点、アヤトが「座っていた」という光景が見蕩れてしまうほど絵になっていて、その美しさに動けずにいたからだった。
そんな彼らの反応を見たメアたちがクスクスと笑い、満足したアヤトが口を開く。
「ああ、ようこそ勘違い勇者諸君。誰に何を吹き込まれてここに来たかは知らないが、とりあえず歓迎しよう」
アヤトは慌てた様子もなく、知人友人のように優しく語りかける。
「ではまず、どうせ聞く耳を持たないであろう君たちと拳で語り合おうか。準備はいいか?」
「あ……え……?」
見蕩れ過ぎてアヤトが何を言っていたか聞き取れずにいた少年がどもる。
しかしアヤトは気にせず言葉を続けた。
「今お前たちが戦おうとしている相手は魔王であり、人間の王であり、一度は神も殺した男だ。それを相手する覚悟は……お前たちにあるか? 俺を本当に殺したいと思うのなら……」
動じずに堂々と、ただ座ってるだけの彼の姿は見た目の変化だけでなく、そこに相応しいと思わせる威厳を纏わせていた。
それはまさしく王者の風格……いや――
「世界を敵に回す覚悟と、神を一匹でも倒してこい」
――王者そのものだった。
「ふふっ……さぁ、魅せてやりなよ、君の物語を!」
その成長が嬉しいシトはダンスするようにその場でくるりと回る。
そんな彼らのことは伝承や詩として今後語り継がれていく……
「ひょっとしたら、案外お前らの近くに俺がいたりしてな♪」
~Fin~
この物語が書籍化する前から応援してくださった方、この先の展開が気になる方など申し訳ありません。
代わりというわけではありませんが、現在書いているもう一つの「目が腐ってるからですか?」という作品に力を入れていきたいと思います。
本作品のアヤトのような万能感はありませんが同じファンタジー作品となっておりますので、興味がありましたらぜひとも読んでいただければと思います。
今まで本当にありがとうございました。
――――
武人祭と剣魔祭が同時に開催されたあれから一年の年月が過ぎた。
一年……その長いようで短い時間の中で目まぐるしい多くのことが起きていた。
他国との戦争をする際に魔王という地位を利用して魔族たちに協力してもらって勝利したり、ミーナの母親を探すために亜人の大陸に行って騒動を起こしたりと休む暇もない日々を過ごし、今に至る。
「ここが目的の場所なのか、アヤト?」
「ああ、そうだ」
メアからそう聞かれ、働く男たちを屋根の上から見下ろしながら答えた。
そこには屈強な男たち以外にも宝石を身に着けた太った男や、檻に閉じ込められた亜人や魔族がいる。所謂、奴隷商というやつだ。
ここに猫人族がいるという情報を手に入れて来たわけなのだが……
「……ここに私のお母さんが?」
「もしかしたら、な……」
俺たちが亜人の大陸に行った時にはすでに猫人族の集落は無くなっていた。どうも一族総出で人間の大陸に渡ったらしいと聞いたが、その後の行方が掴めていなかったのだ。
それが今、裏で猫人族を大量に捕まえられたという情報が出回っていたのを聞き、俺たちは救出のため乗り込もうとしていた。
メア、ミーナ、フィーナ、カイト、リナの弟子四人を連れ、そしてノワールとアリスと俺を含めた七人。
「それで作戦はどうするんだ?正面突破なら先陣は私に任せてくれ!」
やる気満々でそう提案するアリス。彼女はギルド長の仕事を引き継がせ、正式に辞めて俺のところに転がってきた。
一年前は殺す殺されるの戦いをしたが、今ではメアたちと変わらず家族のように接している。とはいえ、若干の距離の近さにメアたちがズルいと言って羨ましがっていたりとか……まぁ、それは今は置いておこう。
「今回は俺とアリス、ノワールはサポートで捕まった奴隷たちをこっそり解放、その間にカイトたちが正面から喧嘩を売りに行け」
「相変わらず酷い作戦だな……ま、了解」
俺の指示にカイトがぶっきら棒な答え方で了承した。色んなことがあった日々の中には、この変化も含まれる。
その後、再び現れたシトに白状させたところ、やっぱりあいつが飲ませたものが原因での変化だという。
俺という人間に近付かせるため……「最強を作る飴」をカイトに与えたらしい。
どこからそんなものを……と思っていると、十八年間俺の体に宿っていた「神の加護」と「悪魔の呪い」に染み付いていた俺の記憶を抽出して作ったもので、見た者によって形が変わるとのことだが、カイトにとって俺の力の塊とも言えるソレは飴のように甘く見えたようで。
結果、記憶と技量、ついでに性格までもが俺とそっくりになってしまったというわけだ。
さらにこの一年を通してさらに実力を付けたため、余裕も出てきてかなり似てきていると周囲から言われている。最初は「俺って傍から見たらこんな感じなのか……」なんてちょっと悲壮感を感じたりもしたけれども、今となっては慣れてしまった。
「でも……あの人たちくらいなら余裕、だよね、カイト君?」
そのカイトに問いかけるリナ。
水色の髪は少し伸びて少し自信を持ったかのように胸を張り、大人びた雰囲気で大弓を持つ姿がそこにあった。
強気な発言もだが、拙かった言葉遣いも前と比べるとしっかりしている。
妙な色っぽさも持ち合わせ、学園でかなりモテるとのこと。リリスが悔しさを含んだ複雑な表情をしながらそう自慢していたのを今でも思い出す。
ちなみにチユキは相変わらずカイトにぞっこんだが、彼女もリナが出す色香に危機感を覚えて「このままじゃカイト君に相手にされなくなっちゃう!」なんて焦り始めている。
「大丈夫だろ。そこらの賊なら、もう敵じゃねーよ♪」
「油断はダメ。それで前に転ばされて危なかったの覚えてないの?」
余裕な発言をするメアに対し、ミーナがジト目で釘を刺す。
彼女たちはカイトたちほど劇的な変化はないが、ちゃんと成長している。
どこがと言われれば基本的な身長から女性の特徴である胸や尻……と、これは思うだけにして口にはしないでおく。
多感な時期だからか、そういうところが気になるらしい。年頃というやつだろう。
「……いや、何も正面から喧嘩売らなくていいじゃない。なんでわざわざ……」
ぶつくさそう言うのはフィーナ。
ノワールたちほどじゃなくとも彼女も長命なので、ほぼ身体的特徴で変わったところはない。
ただ……若干前より色香が増した気がする。
それは気のせいにするにはメアたち他の奴らもたまにそういう話題を出しているので、そう感じているのは俺だけではないということだ。
原因というか、心当たりは一つ……俺と恋人関係になったことだろう。
メアたちにそそのかされて、とかではなく、亜人の大陸に行った際に成り行きで……という感じだ。それをメアやミーナは快く受け入れてくれた……むしろ俺たちがそうなる前からフィーナの気持ちには気付いていて、元からそのつもりだったようだ。
そんな関係になっても性格はあまり変わらないとユウキたちは言ってたが、俺から見ればかなり変わったと思う。
突っかかるだけ突っかかってどこかへ消えてしまうのではなく、文句を言いつつも肩を寄せて甘えてくるようになっていた。
もちろんみんながいるところでは表立って甘えているのではなくわかり辛い態度で接してくるのだが、二人きりになるとフィーナがフィーナじゃなくなったんじゃないってくらいに豹変したり……っとまぁ、その話しはまた別の機会にしよう。
「さすがアヤト様の後継者。実力に伴って肝も据わるようになってきましたね」
ノワールが楽しそうにそう言って笑う。
悪魔のノワールや竜であるヘレナたちのような長命な種族に変化はない。ただ違ってると言えば彼ら彼女らの気分で髪や服装は変られるわけで、少し前にノワールとチユキが髪の色を交換しようという話になり、今のノワールは白髪となっている。
黒もいいが、たまにはそういう気分転換した姿も様になってていいと思う。
「今回は監督役は無しだ。各々の判断でそれぞれの状況に対応しろ」
「おう!」
「ん」
「わかりまし、た!」
「了解」
「ねぇ、帰っていい?」
弟子のメア、ミーナ、リナ、カイトがそう返事をする中、フィーナだけが面倒臭そうにそう言う。
「ずいぶん薄情なことを言うじゃねえか」
「大所帯でお邪魔するのも迷惑でしょ。見たところ、中にいるのもそんなに多くなさそうだし……」
フィーナが男たちが出入りする建物を見てそう言う。どうやら魔力を見ることができる目で中の人間を数えたらしい。こういうこっそり人に役に立とうとする優しいところは変わらない。
「じゃあ、フィーナは俺たちと一緒に来い」
「えー!?なんでフィーナだけ!」
「ズルいズルい!」と駄々を捏ねるメア。こいつのこういう子供っぽさも変わらないな……
「だってお前……コソコソするの好きじゃないだろ」
「うぐっ……!」
図星を突かれたメアが言葉を詰まらせる。
事前の演習としてリアルかくれんぼの修業を何回かに渡って行ったのだが、メアはどうも隠れるのが苦手らしく、あの広大な魔空間で何度も自ら戦いを挑んで来たのだ。たしかに見つかったら組手を始めるというルールにしたが、かくれんぼという趣旨を理解できていないメアに隠密は向いてないと思う……というのが理由だ。
するとフィーナが呆れたように溜息を零す。
「それに、そっちにカイトがいるんならあたし一人がいなくても問題ないでしょ?」
「女が多い方がやる気が上がるじゃん!」
「それ、普通は男が言うようなセリフなんだけど」
メアの奇天烈な発言にツッコミを入れる。
訂正しよう。変わっているのは容姿だけでなく、親父発言も堂々とするようになっていた。
しかも一緒にいることが多くなったことでフィーナへのセクハラが前より酷くなったし……俺とフィーナが同じ姿で頭を痛めることが最近多い。
……まぁ、それはともかく話を進めよう。
「人数が少ないっつっても、今回の標的は中々大きい。何人か腕の立つ奴を雇ってるって言うし、ミーナが言った通り油断はするなよ、メア」
「なんで俺を名指し!?」
「すぐに調子に乗るから」などとは言わずもがな。
それだけ言って俺たちはそれぞれ行動を開始した。
――――
「ふっ!」
目の前でボキッと音が鳴り、人の首を180℃回していたフィーナの姿を俺は目にしていた。
俺たちは中に忍び込み、ノワールとは別行動で奴隷が囚われてる部屋を見付けて見張りをしていた奴らを気付かれないように暗殺する。
「上手くなったもんだな、人の首を回すの」
「や、やめ――くぴっ!?」
かくいう俺もガタイのいい男の体を跪かせ、首を回して絶命させていた。
「変な言い方しないでよ!あんたが作ったゾンビで練習させたんでしょ!?」
死んだ死体を蹴り飛ばしながら叫ぶフィーナ。死体蹴りやめたげて……
「だけど実際、フィーナくらいの腕力があれば首を回す以外にも一撃必殺の技があるだろ?なんでわざわざ……」
俺たちが殺した人間で見張りは最後だったので、周囲で閉じ込められられている奴らの檻の鍵を解錠しながらそう言う。
「確実で慣れてるのがコレってだけよ。どこぞの筋肉修業バカがそればっかやらせるかなね!」
フィーナは不機嫌に「フンッ!」と鼻を鳴らしながら、いくつかできた死体を重ねて椅子代わりに座る。死者への冒涜というか、彼女の道徳はどうなってるんだろうと思いながら解錠を順調に終わらせていく。
それをフィーナは両手で頬杖をして見つめてくる。
「……ねぇ、速度的には早いみたいだけど、そういうのを魔術でパパッと片付けないの?あるんでしょ、そういうの」
「やってもいいんだが、あの魔術の形が気味悪がられてな……助けた奴の中にトラウマを植え付けちまったことがあったんだ。今でも俺を見て怖がってるくらいにな……」
自分で言ってて思い出し、悲壮感に駆られる。
「何やってんのよ……」と呆れて溜息を零すフィーナに、苦笑いしか返せなかった。
そしてある檻の解錠をしようとしたところで、その檻の中に囚われている奴の姿がふと気になった。
「あなたは……?」
長く綺麗な黒髪にピクピクと小刻みに動く耳、それに黄色い獣目……さらにヘレナのようなスタイルの良さをした女。
一目見て美しいと感じた。それが女性に対するものか、もしくは芸術的な感想なのかは自分でも定かではない。
しかし、そう思わせるほどの雰囲気を彼女から感じ取ったのだ。
「ちょっと!」
するとフィーナの声と共に、俺の右耳が引っ張られる感覚が。
視線をズラすとさっきよりも不機嫌な顔をしたフィーナが俺を睨んでいた。ああ、これは確実に嫉妬されてる。
「恋愛がどうのこうのって言っといて、結局いい女に弱いんじゃない!このたらし!節操無し!アーク!」
「罵倒の一つに人の名前が使うのやめてやれよ……」
意味が理解できてしまうのが悲しいところだがな……
「見惚れてたのはたしかだが、こいつをよく見てみろ」
「何よ、スタイルのいい女なんてヘレナとかで見飽きて……るわ……よ……」
檻の中の女を直視したフィーナが、目を見開いて言葉を詰まらせる。
「アヤト、この女……!」
「ああ、こいつは――」
「メアが見たら絶対飛び付くじゃない!危険だから会わせちゃダメよ!」
違うそうじゃないと心の中で強くツッコミを入れる。
「どちらにしろ、会わせなきゃならなくなったと思う」
「……どういう意味よ?」
「この女は恐らく……」
俺は彼女の面影を感じ、確信を持ってそれを口にする。
「ミーナの母親だ」
「えっ……あっ!」
フィーナが今一度女を見て、言葉を漏らした。言われて気付いたようだ。
そしてその女も俺の言葉に反応して、一気に近付いて抱き着いてきた。
「ミーナ……?今、ミーナと言いましたかっ!?あの子はどこにっ!?」
「ちょ……落ち着け!」
「なっ……何どさくさに紛れてアヤトに抱き着いてんのよ!」
ミーナの名前に過剰な反応を示す女に俺は戸惑い、それを見たフィーナが怒号を飛ばして俺の腕を掴んで引き剥がそうとする。
「こいつはあたしのもんよ!」
大声で宣言をし、赤くなりながらも潤んだ目で女を睨むフィーナ。
その声で女はハッと我に返り、暗い表情で数歩下がる。
「ごめんなさい……でもあなたの口から娘の名前が出たから、つい……」
「やっぱりミーナの母親か」
「はい……」
申し訳なさそうに頷く女。そのまま顔を上げて俺を見てくる。
「猫人族であるミーナの母親、リィンです。あの、それでミーナは……?」
「ねぇ、その前に言うことあるんじゃない?」
フィーナが俺の腕に抱き着きながら、リィンを睨んでそう言う。
俺は何のことかわからなかったがリィンはすぐに言葉の意味を理解したようで、ゆっくりと頭を下げてきた。
「捕まっていたところを助けていただき、ありがとうごさいます。このお礼はまた後日、改めてさせてください」
リィンは丁寧にそう言い、俺はそう言うことかと納得する。フィーナのこういうところもまた変わってないところだが、今まさに道徳的に問題のある行動をしている彼女がそれを言うとなんだかなぁ……という感じがする。
「まぁ、好きでやってるんだから気にするなって。それよりもそろそろ表で暴れてる奴らも終わってる頃だろうし、あんたで捕まってんのは最後みたいだから向かおうぜ」
「やっと……娘に会えるんですね……!」
リィンはミーナに会えることがよほど嬉しいらしく、涙を流した。
――――
最初は潜入ということで警備が手薄なところから入ったが、今は捕まった奴らを引き連れて他に奴隷にされていた奴らを連れてきていたノワールとつつ合流して表の玄関から堂々と出る。
中で生きているのは俺たちを除けば誰もいなくなっているからで、リィンたちが警戒しながら外に出た先にも立っていたのはカイトだけとなっていた。
「師匠のとこも終わったみたいですね」
「おう、アヤト!こっちも片付いたぞ!」
「お腹減った。帰ってご飯食べたい」
「私も疲れました……お風呂に入りたいです……」
カイトたちがそれぞれが思い思いに余裕のある発言をする。
やっぱり余裕だったな、なんて思っているとリィンが俺たちより前に出てきた。
そしてそのリィンの姿を見たミーナの表情が驚いたものへと変化する。
「ミーナ……」
「……お母さ――」
「ミーナ!」
母を呼ぶミーナの言葉を遮り、リィンは彼女に向けて走り出して抱き着いた。
「よかった、無事だったのね!それに見違えるほど美人になっちゃって……」
リィンはミーナの頬と自分の頬を擦り合わせながら感傷に浸る。しかしミーナは……
「お母さん……暑い、苦しい。あとみんなが見てる。恥ずかしい」
「娘の反抗期!?」
感動の再開の場面が台無しになる一言を発し、リィンがショックを受ける。
「お母さん、ずっと暗い檻に閉じ込められて怖かったんだから少しは慰めてくれたっていいじゃない!久しぶりに会えて嬉しくないの!?」
「ん、嬉しい。でもそれはそれ、これはこれ」
淡々と答えるミーナに対し、リィンが悔しそうに頬を膨らませる。
すると状況があまり飲み込めてないカイトたちが俺の周りに集まってきた。
「ミーナさんの母親だって?」
「ああ、予想通りここに捕まってた。親子の感動の再開ってやつだな」
「ミーナ自身の言葉で全部台無しだけどね」
「……」
フィーナも俺と同じことを思っていたようで、それを口にされて俺とカイトが苦笑いする。
と、ここで一番騒ぎそうなメアが静かに彼女らを見つめていた。早くに両親を亡くしたメアにとって、「母親」という存在に思うところでもあるのだろうか……
「アヤト……」
「ん?」
「美人だな、あの人」
……考え過ぎだったのかもしれない。涎を垂らして羨ましそうにしていた崩れた表情を見て、俺は溜息を漏らしながらそう思った。
そんな時、リィンがミーナと共に俺の前にやってくる。
「もう親子喧嘩はいいのか?」
「ん。喧嘩というほど言い合いはしてないけど」
「恥ずかしいところを見せてしまいました」
いつも通りに言葉数少なく答えるミーナと、恥ずかしそうに赤らめるリィン。親子でもここまで似てないのも珍しいなと思う。
「ところでアヤトさん、相談があります――」
――――
「「ただいまー!」」
一年前から住んでいる学園に建てられた屋敷の玄関をくぐり、メアたちと一緒にその言葉を口にする。
「お邪魔します……」
続いてリィンも恐る恐る扉をくぐる。
他に捉えられていた奴らはいつも通り魔空間へと送ったが、リィンからは娘との時間を大事にしたいので一緒に過ごしたいという相談された、というわけだ。
「これから住む家なんだし、あんたも『ただいま』でいいぞ」
「は、はい!……ただいま、です……」
ぎこちなく言うリィン。そのうち慣れるだろう。
すると奥からココアやアルズが二人とも歩いてやってきた。
「おかー!」
「おかえりなさいませ、アヤト様。お食事の準備はできていますよ♪もちろんリィン様の分も用意しました」
不安そうにしているリィンを見たココアが優しく微笑んで言う。
歩いていたのは最初ココアだけだったのだが、彼女が普通の人のように歩けるようになったところを見たアルズたちも興味を示し、歩き始めたのだ。
当時はそのぎこちなさが面白いと言い始めて全員が始めたのだが、その結局……
「おかえり……」
「アヤト帰ってきたの?」
「おかえりッス!また女の人が増えてるッスね!」
「おっもちかえりー?」
「また住人が増えるのか?さらに賑やかになりそうだな、ハッハッハ!」
ぞろぞろと出てくる全属性の精霊王たち。そのみんながみんな、普通に歩けるようになっていての出迎えだった。
「この色鮮やかな人たちは……?」
ココアたちの肌色が気になったリィンが、戸惑いながらもそんな質問をする。
初めて見れば当たり前の反応だが、カイトたちに比べてリアクションが薄い。
彼女にとって珍しくはないのか?……いや、そもそもココアたちほどでなくても精霊という存在自体が人前に出ないから珍しいことであることには違いはないはずだ。
と困惑していたのも束の間。彼女の顔を見ると大量の汗を顔に浮かべていて、かなり動揺して明らかに驚いているのが見て取れる。
「この屋敷で一緒に住む住奴らだ。少し騒がしいが、飯を作ってくれたり色々特技を持ってる愉快な奴らだ。仲良くしてやってくれ」
「そうですか、わかりました」
そう言うリィンの顔からは不安が薄れ、和らいだ笑みを浮かべる。
するとその時、ふとその笑い方がどことなく俺自身の母親と影が重なった。
懐かしさ――この世界に来て一年近くが経ったが、ここに来てホームシックにでもなったかのように心に穴が開いた感覚に陥る。いや、「ように」ではなく、もう一度あの母の笑みが見たいというこの気持ちはホームシックなのだろう。
「……どうした、アヤト?」
俺の様子が気になったのか、メアが俺の顔を覗き込んでくる。表情に出てたか?
「……いや、なんでもない。俺も腹減ったから早く食いたいって思っただけだ」
「そうだな。良い臭いもするし、早く食おうぜ」
カイトが楽しそうに言いながら靴を脱いで、食事が用意されてるであろう居間へと赴く。
その後ろをリナが付いて行き、居間から出てきたチユキに抱き着かれながら部屋に入っていくカイトの後ろ姿を見送る。チユキの積極的な行動は相変わらずだ。
ココアたちも居間や台所など、それぞれの場所へと戻っていく。
落ち着いたところでリィンの背中を軽く叩いて中に入ることを促し、俺自身も居間に向かう。
「あっ……アヤト兄、おかえりなの。また違う人を誑かしてきたの?」
「ですです、仕方ないです。雄が強いメスに惹かれるのは自然の摂理です。それがアヤト兄となれば、本当の酒池肉林も夢じゃないです」
また出迎えてくれたのは、テーブルにお皿を並べているウルとルウ。ウルは俺の顔を真っ直ぐ見て真顔で失礼なことを言うし、ルウに至ってはこっちを見ずに冷たくそう言い放つ。
二人ともたった一年で見違えるほどに成長し、子供ながら容姿の美しさが目立つくらいに凛とした雰囲気を纏っている。
そして同時に性格も劇的に変化し、いつしか俺に対して冷たい態度を取るようになってしまった。「兄様」という呼び方も「アヤト兄」とフレンドリーになってしまったし……俺を慕っていた純粋無垢な彼女たちはどこへ行ってしまったのだろうか……
その原因……もとい、理由はこいつらの教育係をしているノワールとエリーゼだろう。
二人の冷静冷淡な性格が病原菌の如くウルたちに伝わり、こうなってしまったとしか考えようがない。じゃなきゃ――
「そこに突っ立ってると他の人の邪魔になるの。さっさと席に付くの」
「どうせお姉様たちとイチャイチャするんなら、座ってジッとしながらイチャコラするです」
「こんな反抗期の娘みたいな性格になるわけがないっ!!」
「まーた言ってるわよ、この妹バカは」
俺がわざとらしく顔を両手で覆い泣く振りをすると、その横をフィーナが呆れた物言いをしながら通り過ぎる。ああ、もしかしたらフィーナの素っ気無さも関係してるかも……
というか最近、「○○バカ」がフィーナの口癖になっている気がする。
「告。おかえりなさいアヤト、フィーナ」
「遅かったじゃないですか。おかげでお腹と背中がくっ付きそうです。早く食事にしましょうよ」
次に出迎えてくれたのはヘレナとランカだ。
ランカは何も変わっていないのだが、ヘレナは優しい声色と表情で不思議な言葉遣いをしつつ出迎えてくれた。
さっき長命種はあまり変わらないと言ったが、ヘレナは落ち着いた性格に変わっている。
メアやミーナがはしゃいでいる時も自分は会話に参加せず、暖かく見守るような目で遠目に見ていたり、俺の臭いを嗅ぐ変態的な行為も日に日に減っていき普通の女の子のような接し方をしてくるように。
俺にとって彼女が一番変化したと感じるかもしれない。
その中でもランカだけは外見も中身も何も変わっていない。本当に、身体的成長は何一つ……
ある意味安心できる存在だ。
「何か失礼なことを考えてません?」
「そんなことない」
コンプレックスに関しては鋭いランカ。
……とまぁ、今ではこれが今この屋敷に住んでいるのは全員だ。
前に住んでいた竜のグレイたちは一度帰ると言い、ベルを連れてどこかへ行ってしまった。
自分の家を持つと言って一生懸命冒険者で稼いでいたラピィたちも晴れて先日、金が貯まり住居を建てて三人で住み始めたのである。
そしてノクトとシャードも別居。シャードが貯めた貯蓄で中々良い家を建てて二人で暮らしている。
さらに驚くことがここで二つ。
シャードとノクト、さらにラピィとアークが結婚するという話を聞いた。
ラピィとアークはちょくちょく顔を合わせる度に仲が深まっていたようだしなんとなく察していたのだが、まさかノクトとシャードが……と誰もが驚いていた。
ノワールでさえ目を見開くほどだったしな。そういえばそれをユウキがスマホで撮ろうとして、ノワールにデコピンされて吹っ飛んでたな……
それでそのユウキはというと、亜人の大陸に行った時に亜人の王である獣王に気に入られてしまい、今ではそっちで寝食して過ごしている。
獣王は九尾の狐っぽい金髪の女でユウキ自身も彼女の好意が嬉しいらしく、一緒にいることに何の不満もないらしい。つまり相思相愛というわけだ。
たまに様子を見に行ったりもするが、正直俺たちは邪魔者にしかならないのであまり長居はせずに帰ってくるのがほとんど。
ユウキもホームシックになることがあるようだが、獣王が全力で愛してくれてるおかげで寂しさはないとか。
そんであーしさん……エリは「一人暮らしをしたいから」と言って出て行ってしまった。
噂では異世界人特有の戦闘能力の強さで、名を馳せた冒険者になっているだとか。
学園に通ってる身なのでちょくちょく顔を見るが、昼時も来なくなってしまったので少し寂しい気もする……まぁ、彼女が楽しくやっているならそれでいいか。
ちなみに学園でのユウキの扱いは休学扱いだ。
元々勉強も運動も戦い方面も万能にこなすユウキは学園にとって貴重な人材とのことで、いつでも復学していいとのこと。その時は始業式も終業式も終えてないあいつは、また一年からやり直すことになるけども……
ちなみにガーランドは正式に一国の王となり、エリーゼも王妃になってラライナと友好な関係を保たせつつ一国を治めている。
ミランダとアルニアはこの屋敷と自宅を行き来している。
俺のことを好いていてくれてはいるが、親の元気な姿もこまめに確認したいらしい。意外と二人とも甘えん坊なのかもな。
そんなこんなで俺たちは色んな出来事を体験しながら過ごしてきた。
たった一年でハチャメチャな日々だったが、同時に充実した時間でもあった。
「そんな物思いに耽った顔して……どうした?」
機嫌を伺うようにそう言って隣に座るメア。
俺は居間でどんちゃん騒ぎみたく雑談する奴らを見渡す。
「……いや――」
俺はそれを見て、静かに笑いを零す。
「――平和だなって」
「……ああ、そうだな」
メアも共感して答え、俺の肩に頭を乗せてくる。
いつかはまた事件が起きたり厄介事に巻き込まれるかもしれないが、それまではこの何でもない平穏な時間を大切にしたいと思う。
☆★☆★
魔城の魔王の間でコツコツと軽快な足跡を響かせ、白髪白服の少年のシトが階段を上がっていた。
「こうしてアヤト君の『最強の異世界やりすぎ旅行記』は閉幕。彼はいつまでも幸せに波乱万丈な暮らしをしましたとさ……めでたしめでたし! ……なんて感じかな、今の君は?」
視線の先にいる男にそう語りかけると、相手はニッと子供のような笑顔を作る。
「おいおい、俺はまだ人生を終わらせるつもりはねえぞ。むしろようやくこれからじゃねえか」
「そうかい? 魔王になって人間の王にもなって、神をも超越した神以上の存在の君にやり残したことがまだあるのかい? ねぇ、アヤト君?」
そう言ってクスクスと笑うシト。
するとその後ろの扉が勢いよく開き、武装した少年少女数人が押し入ってきた。
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周囲にメアやミーナなど、他にもアヤトの知り合いが数多くその場にいたから? 違う。
ただ一点、アヤトが「座っていた」という光景が見蕩れてしまうほど絵になっていて、その美しさに動けずにいたからだった。
そんな彼らの反応を見たメアたちがクスクスと笑い、満足したアヤトが口を開く。
「ああ、ようこそ勘違い勇者諸君。誰に何を吹き込まれてここに来たかは知らないが、とりあえず歓迎しよう」
アヤトは慌てた様子もなく、知人友人のように優しく語りかける。
「ではまず、どうせ聞く耳を持たないであろう君たちと拳で語り合おうか。準備はいいか?」
「あ……え……?」
見蕩れ過ぎてアヤトが何を言っていたか聞き取れずにいた少年がどもる。
しかしアヤトは気にせず言葉を続けた。
「今お前たちが戦おうとしている相手は魔王であり、人間の王であり、一度は神も殺した男だ。それを相手する覚悟は……お前たちにあるか? 俺を本当に殺したいと思うのなら……」
動じずに堂々と、ただ座ってるだけの彼の姿は見た目の変化だけでなく、そこに相応しいと思わせる威厳を纏わせていた。
それはまさしく王者の風格……いや――
「世界を敵に回す覚悟と、神を一匹でも倒してこい」
――王者そのものだった。
「ふふっ……さぁ、魅せてやりなよ、君の物語を!」
その成長が嬉しいシトはダンスするようにその場でくるりと回る。
そんな彼らのことは伝承や詩として今後語り継がれていく……
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~Fin~
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