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夏休み
殴り合い
しおりを挟むあれから更に数時間ミーナたちに修行をし、カイト以外を屋敷へ帰した。
つまり今、この空間には俺とカイトしかいない。
そして俺は宣言する。
「では第一回ィ!超絶殴り合いタイマン大会を始めるゥッ!!」
「・・・・・・」
人差し指を天に高く掲げて叫ぶ。
そんな俺の姿に呆然とした様子で見つめるカイト。
分かるぞ、この視線。「え、急に何を言い出してるの、この人は?」的な視線だ。
それだけ分かったので、何か言われる前に説明を始める。
「まぁ、とりあえずルールを簡単に説明するとだな・・・俺とお前で殴り合いだ」
「・・・・・・えっと」
「殴り合いだ☆」
「嫌ですよ!死んじゃいますって!?」
「まぁ、聞けって。更に説明すると、さっきと違って俺がレベルをカイトと同じくらいに下げて戦う」
「はぁ・・・。でもなんでそれを俺だけなんですか?」
「まぁ、さっき言ったみたいに、これはお試しだから。テーマは・・・そうだな、「実践に近い戦いを経験しよう!」かな」
「実践に近いって・・・もしかして!?」
何かを悟ったように顔を青くするカイト。
その顔を見てニヤリと笑い、自分の体に緑色の光を宿す。
「まぁ、そういう事だ。これは回復魔術を属性付与したもので、俺が殴った傷はすぐに治る。面白いだろ?ある程度、死ぬような攻撃でも死なない。だから・・・多少殺す気で行くぞ」
「ッ!!」
まずは戦闘態勢にさせるために威圧する。
カイトは汗が引いたばかりの顔に、再びべったりとした汗が噴き出しながら剣を構える。
「今は俺がわざわざ構えさせたが、次からは合図無しだ。気配を感じ取れない今は不意打ちも想定しておけ」
「分かりました、師匠!」
俺は「よし」と呟いてカイトに向かって走り出す。
勿論かなりゆっくりとだ。カイトの動体視力で見える範囲で。
しかしゆっくり過ぎず、目では追えるが体の反応が間に合うかどうかの速さでカイトを殴り、防いだ剣をへし折った。
「グッ!?」
カイトは初撃を防ぐ事に成功していた。が、もう剣は使えない。
しかし休む時間など与えず、すぐに次の攻撃に移る。
数回の連撃。カイトは折れた剣でその打ち込まれたソレをいくつか食らいながらも凌いでいた。
「どうした?俺のコレは肉体は回復しても剣は回復しねえぞ?そんなもの捨てて反撃しないと、やられるのも時間の問題だぜ」
少し重い一撃を当て、カイトを少し飛ばしてわざと距離を取らせる。
これで反撃が来なければ、また俺が打ち込みに行く。
そう思っていたが、カイトの方は少しだけ吹っ切れたようで、剣を捨ててがむしゃらに殴り掛かって来た。
「ウオォォォォ!!」
ーーーー
☆★カイト★☆
俺は驚いている。
何に?師匠と戦えてる事にだ。
師匠が振った拳が見えていて、受け止めた時も確かに重い一撃だったけど、受け止めきれない程じゃなかった。
仮に骨にヒビが入るような一撃をもろに食ったとしても、次の瞬間には痛みが消えている。
俺が殴れば師匠はソレを受け止め、わざと食らって仰け反るフリをしてくれる。
勿論本当に仰け反っているわけじゃないのは分かってる。多分、俺の放ったその一撃が良かったという意味なんだろう。
殴り殴られのインファイト。
師匠と打ち合う度にワクワクする。しないわけがない。
模擬戦で間近で見た、魔族大陸で遠目に見えた、あの憧れの人と打ち合えている事が、たとえそれが俺に合わせてくれたレベルだとしても凄く嬉しくて楽しい。
俺より少し強めだけど、それでも全く敵わないわけじゃない。
防いで反撃して、反撃されて防いで。その繰り返し。
最初は戸惑い気味だった俺も、時間が経つにつれ無意識に遠慮しなくなっていった。
ただ一つ、悔しい事があるとしたら、師匠の体に傷を付けられない事くらいか。
いくら手加減してくれて、わざと食らってくれているとしても、師匠の肌には傷一つ付いていない。
剣で斬ってもダメなんだぜ?笑うしかない。
だけどーー
「いつもみたいに指摘して鍛えるのもいいが、こうやって実力の近い相手と実践みたいに戦うってのも楽しいだろ?」
「・・・ああ、楽しい!」
気付くと俺は、レナが言っていたように敬語をやめ、砕けた話し方をしていた。
だけど今はそんな事気にする気分でもなく、ただひたすらに師匠と剣と肉体をぶつけ交えていた。
「そんじゃ、少しレベル上げて行くか」
師匠はそう言うといたずらな笑みを浮かべ、更にスピードを上げて来た。
蹴り、肘打ち、蹴り上げ、かかと落とし、殴る、回し蹴り、後ろ回し蹴り、掌底。
凄まじい猛攻。力や速さはまだギリギリ対応できるが、どこから打つか分からない縦横無尽の打撃と斬撃。
そのうち目が追い付かなくなり、体の至るところに拳と蹴りが当てられて体が宙に浮き、攻撃が止む頃には傷は治っても立てなくなってしまっていた。
「カハッ!ハァ・・・ハァ・・・」
「うっし、今回はここまでだな」
師匠はそう言って首をコキコキ鳴らしながら、大の字で倒れている俺の横に腰を下ろす。
するともう片方の自分の手を確かめるようにグーパーして見つめていた。
「・・・?どうしたんですか?」
「いや・・・カイトの力が意外と強くなってるなと」
「そうなんですか?やっぱ修行の成果が出てるんですかね?」
「んなわけないだろ。まだ一週間も経ってないのにそんな急激に力が付くわけない。・・・って事は、やっぱ副作用ってやつなのかねぇ・・・」
「副作用って・・・」
俺は疲れている体を起こし、ふわりと目に入った本来赤い筈の自分の髪が黒くなっている部分を指で摘む。
「ヘレナが言うには、お前の体に失った血肉をアイツの一部で補ってる状態だって言ってた。つまり今のお前は人間の部分に少し竜が混じった状態って事だな」
「竜の・・・?」
俺も同じく自分の手を見つめるが、変化のないいつもの自分の手があるだけで実感が湧かない。
「まぁ、今はそれ以外特に目立った変化もないし、もう少し様子見だな」
「ええ、そうですね」
それから少し目を閉じて顔に当たる風を気持ち良く感じていると、何かを思い出したかのように師匠が口を開く。
「・・・そういえば、さっきお前敬語じゃなくなってたよな?」
「え、あっ・・・す、すいません!俺もレナに言われて気が付いたんですが・・・。気分悪くしてしまいましたか・・・?」
「うんにゃ?俺はそういうの気にしねえし。好きにしたらいいんじゃないかって思う」
ああ、本当にレナの言った通り、こういうの気にしないんだな、師匠は。
「ああ、だけど・・・一応使い分けはできるようにしといた方がいいな。ほら、俺って人に敬語なんて使わない性格しちまってるから、色んな奴に喧嘩売られるんだよ。まぁ、人から見たら敬語使わない俺が売ってるようにも見えるんだろうが・・・」
「フッ・・・」と哀愁漂う笑いを浮かべた師匠の横顔がそこにあった。
結構苦労してるんだな、この人も。
「さて、そろそろ帰るか」
「そうですね」
二人揃って同時に背伸びをして立ち上がり、それがおかしくて吹いてしまい、師匠が俺を見て首を傾げる。
ーーーー
☆★アヤト★☆
「たっだいま~・・・」
別段疲れてるわけでもないが、怠そうな声を出す。
帰った家で面倒な奴らが待ってるって意味じゃ、ある意味そういう気分だが・・・まぁ、賑やかなのは嫌いじゃないからいいんだけど。
「おう、おかえりアヤト」
空間を繋げた先は玄関だったのだが、まず最初にメアがそこにいた。
髪がしっとりと濡れてタオルを首に掛けてるところを見ると、ここで待っていたわけではなく、偶然鉢合わせたようだ。
「全員風呂入ったのか?」
「ああ、あとはアヤトたち二人だけだ」
「そっか、んじゃ俺たちもさっさと入って寝るか。もう結構遅くなってるみたいだしな」
「夏休みなんだからもう少し遅くてもいいんじゃねえか?」
「あー・・・まぁ、生活循環が狂わない程度にならな。明日も修行あるんだし」
「わーってるって!ったく、アヤトもジジイと同じ事言うなよ・・・」
メアはそう言って口を尖らせて拗ねる。
俺がすでに年寄りとでも言いたいのか。
「これくらいどこの親も同じ事言うって。っていうか、まだ俺やルークさんは優しい方じゃないか?言うのは今だけなんだし」
「ですよねー。うちの父親なんて朝起きれなかったら叩き起こされますもん・・・」
「うへぇ、それは嫌だな・・・。でも確かにマナーとか態度はともかく、寝る時間に関してはジジイも一回しか言って来なかったな」
「そもそもメア寝るの早えし、言う程遅く起きてる事なんてあんまねえからだろ」
「・・・ああ、そうか」
納得したように頷くメア。
「そんじゃ、俺たちも風呂に・・・」
「あっ、アヤトーー」
メアの横を通り風呂に向かおうとしたところで呼び止められ、振り向こうとすると抱き付かれた。
そして猫のように俺の胸に頬を擦り付けたと思うと、頬を薄赤くした顔を上げてニッと笑う。
「おやすみ!」
そう言って離れ、軽い足取りでその場から離れていくメア。
「結構積極的だな、メアは」
「積極的っていうか、大胆ですね。俺がいるのに堂々と」
「ハハッ、そうだな」
「師匠は師匠で全く動じませんね」
「そんな事ない、結構驚いてるぞ?」
「気持ちが表に出てない時点で説得力がないですよ」
「そうか?というか、大胆って言うならお前もだろ?ほとんど全員の意識が俺に集中してたっつっても、レナの目の前であんな・・・」
「見てたんスか!?」
「まぁ、暇だったし、カイトのとこに行ったアイツの様子が気になりもした、チラッと見てみたら、あらあらまぁまぁ状態だったというわけだ。レナの顔もかなり真っ赤になってたし」
「アハハ・・・まぁ、そうですね・・・」
カイトは複雑そうな苦笑いを浮かべて笑う。
そんな感じで二人で雑談をしながら風呂に向かって行く。
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