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夏休み
明日は雨か
しおりを挟むアヤトがフィーナの看病をし、女性たちが出掛けている頃。
「「・・・・・・」」
居間の机にチェス盤を広げ、アークと着物の女が向かい合っていた。
それを見守るように作務衣の男、ノワール、カイト、ノクト、ベル、ペルディア、ランカが周りを囲んでいた。
「ち、チェックメイト・・・です・・・」
「・・・チッ!」
勝てないと分かった着物の女がイラつきを机の脚にゴンッ!と蹴りぶつける。
「ヒッ!」
「あー・・・机壊さないでくださいよ?」
恐怖のあまりアークに飛び付かれたカイトが呆れ気味に注意を促す。
「本当にチマチマして腹の立つ遊びだ・・・次は貴様だ!貴様が相手しろ!!」
着物の女がカイトに指を差す。
文句を言いつつも楽しんでいるようにも見える。
「俺ですか?でも見てるだけじゃルール分からなかったんですけど・・・」
「でしたら基本的なルールだけお教えしますよ」
ノワールがクフフと笑ってカイトの横に立ち、アークは「交代だ」と言ってカイトの肩を叩く。
「正直、悪魔やら竜やらに囲まれてやる遊びなんて、生きた心地がしねえよ・・・」
「クゥーン♪」
たまたま横にいたベルに頭を擦り付けられるアーク。
「いやぁ、むしろ竜の姿のままのお前にだけは癒されるよ・・・」
「クゥーン?」
目からホロリと流れる涙を見てベルは首を傾げた。
カイトはチェス盤の前に座り、反対に座ったノワールから簡単なルールを教えてもらい覚えていた。
「ーーと、クイーンと名の付いたコレは前後左右斜めに際限なく移動できます。そして最後にキング。王であるコレは周囲に一つずつだけ移動が可能となります。この王が討たれれば、その者の負けとなります」
「ありがとうございます、大体分かりました!」
「クフフ、物分かりの良い子は好きですよ」
説明が終わりノワールが席を立つと、すかさず着物の女が座り直す。
「ではやるぞ・・・私の気の済むまでな」
着物の女の言葉にカイトはゾッとして苦笑いをする。
「ズルいです!私もそろそろやりたいですー!」
「だったらこの小僧の次に相手してやる」
「貴女が代わってくださいよ、竜の人ー!!」
頬を膨らませてブーイングするランカ。
「断る。今良いところなんだ」
「良いところって、未だ全員に連敗してるじゃないですか・・・」
女は今、ノワール、作務衣の男、ペルディア、ノクトにそれぞれ二敗ずつし、累計八戦八敗中である。
「う、うるさい!その連敗記録を今止めてやる・・・!」
「ルール覚えたての初心者に意気込みましても・・・」
「では私から先行で行かせてもらうぞ」
女はランカの言葉を無視して、カイトとチェスを始める。
そして二十分程が経過した頃。
「・・・フッ、良い勝負だった」
「え?あっ、はい、ありがとうございます・・・?」
女はカイトに負けていた。
「お主は弱いのぉー・・・」
「クッ、まだだ!もう一回・・・!」
「そーろーそーろーこーうーたーいーーー!!!」
「バカお前、揺らすなコラッ!」
「ハハハッ、竜に臆せず意見を言えるとは肝が座っておるの。ホラ、此奴の言う通りそろそろ交代してやれ。いつもの事ながら大人気ないぞ」
「ですね、見苦しいです」
そう言いながらノワールと作務衣の男が着物の女の両端に立ち、腕を持ち上げて行った。
「な、何をする!?まだ我は満足していないぞ!!」
「別にこの遊びが今日限りというわけじゃないのだから、また別の日にすれば良かろう?」
「・・・いいだろう、今日のところは勝ちを譲ってやる」
「ああ、いいから早く譲ってやれ」
すると軽く溜息を吐き、「やれやれ」と言いながらペルディアが着物の女がいた場所に座る。
「ではランカ、私の相手をしてくれるか?」
「勿論です、覚悟してください!我が二つ名「千を扱う者」の恐ろしさをその身に刻んでやりますよ!」
「フフフ、お手柔らかにな」
チェスの駒の一つを持って決めポーズを取るランカを見て微笑ましく笑うペルディア。
そこへバンッ!と、扉が壊れるのではないかというくらいの開かれ方をし、ウルとルウが泣きじゃくりながら尋常じゃない様子で入って来た。
「兄様が・・・兄様がッ!!」
「兄様が死んじゃうのッッッ!」
ーーーー
(なんだ・・・体が重い・・・)
体の異変に気付いたアヤトは、フィーナの部屋からゆっくりと出て、壁に寄り掛かりながら歩いていた。
その顔からは普通ではない汗が滲み出、息も荒くなっている。
(風邪が移ったか?いや、それにしても早過ぎるし、風邪なんてある程度抗体が出来てるし今更・・・それとも、俺たちの世界の「風邪」とは別の病原体か?何にしてもシャードを一緒に行かせたのは失敗だったかな・・・)
「・・・ウッ!?ゴホッゴホッ!!・・・ハハッ、これは確実に四十℃近くはあるな・・・」
凄まじい倦怠感に加え、目眩、吐き気などがアヤトを襲っていた。
それでもズルズルと動かない自分の体を無理矢理に引きずる。
(しかし、空間魔術が使えないのはなんでだ・・・?空間魔術だけじゃない、火や水、他のも使えなくなってる。ノワールが何も言って来ないところを見ると、前のように魔力が使えなくなる結界が張られてるわけでもないとは思うが・・・)
「ゴホ・・・ゴホッゴホッ!!」
そして遂にその場に倒れ込んでしまう。
(目の前すら霞んで見える・・・クソッ、本格的にヤバいか・・・)
「あれ・・・兄様・・・?」
アヤトが倒れている廊下の先から少女の呟きが聞こえる。
顔を少し上げるとそこにはウルとルウが信じられないものを見るように目を見開いて、恐らく洗濯物を入れていたであろうカゴを足元に落としていた。
「あーぁ・・・よりにもよってお前らに見つかっちまったかぁ・・・」
掠れた声で、それでもニッと笑って陽気に話し掛けるアヤト。
しかしそれは逆効果で、駆け寄って行ったウルたちの目に大粒の涙が溜まっていく。
「死んじゃ嫌です、兄様ぁ・・・」
「なの・・・兄様が死んじゃったら凄く悲しいのぉ・・・嫌なのぉ・・・」
「オォォォお前らぁ・・・大、丈夫だから・・・多分コレもただの風邪、だから・・・死にはしないって・・・だから揺らすなって・・・」
アヤトの言葉が聞こえてないのか、ウルたちは涙をポロポロと零しながら揺すり続けていた。
すると「おや?」と緊張感のない声が混じる。
「どうしたんだい、君たち?というか、こんなとこで寝てたら風邪引くよ、アヤト君?」
心配している様子など微塵も感じさせない陽気な声で話し掛けて来たのはシトだった。
「残念だが、すでに風邪を引いてるからこうなってるんだと思うんだが・・・ゴホッ!」
「へ?・・・あー、確かに様子がいつもと違うみたいだね。シャード君たちはどうしたんだい?」
「外で女子会だ・・・」
「・・・ああ、なるほど。だからミーナちゃんたちいなかったのか。ああ、ウルちゃんとルウちゃん、居間にいるノワール君を呼んで来てくれるかな?」
涙で顔を歪ませながら「あ゛い」と答え、ドタドタと足音を立てながら走って行く二人。
「愛されてるね♪」
「ハハッ、兄冥利に尽きるな・・・」
「・・・君は本当に参ってるようだ、皮肉の一つも返してくれないなんて」
「理解・・・したか?今日は本当に参ってるんだ・・・悪いが冗談ならからかい易そうな着物女にでもしてやってくれ・・・」
うつ伏せに倒れていたアヤトがゆっくりと起き上がり、フラフラとしながら再び歩き出す。
「あれ、どこ行くの?」
「俺の部屋。こういう時は寝るに限る。・・・あ、メアたちには部屋に近付かないよう言っといてくれよ・・・」
「・・・ああ、分かったよ。「メアちゃんたちには」ね」
ーーーー
「と、いう事があったんだ」
シトが呼び出したノワールとその場にいた者たちにそう言って説明をした。
「兄さんが・・・?」
ノクトが今にも泣き出しそうな悲しい顔で呟く。
「師匠がですか?なんというか・・・皆さん、明日はどこかの街を滅ぼす予定でもありました?」
「そんな「明日は雨でも降るのか」みたいな事を言わんでもらえるか?確かに普通の生物からしたら儂らは天変地異みたいな存在だが・・・」
「そうですね、いっそ「アヤト様がこの世界に来て初めての風邪」という記念で、今後我らの妨げになりそうな邪魔な国を滅ぼしにでも行きますか?」
「やめてくれないかな?アヤト君が初めて何かした度に僕の世界を滅茶苦茶にしないでくれよ。・・・僕たちは一応そういう「契約」をしたんだから」
「分かっています、ほんの冗談ですよ」
「ノワールさんが言う冗談って結構心臓に悪いです・・・」
「本当にな・・・」
大きく溜息を吐くカイトとアーク。
「ところで、私だけを呼んだのはどういうつもりで?結果的に他の者も来てしまいましたが」
「んー・・・まぁ、いっか。あまり心配掛けたくなかったから言いたくなかったんだけど、時間が残されてないから言っちゃうね」
シトは少し声のトーンを下げて言う。
「ーーアヤト君は風邪じゃない」
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