花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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建国編

第16話 兆し

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 桜花祭が無事に終わり、私たちは再び皇都居城へと戻ってきた。葦原での束の間の休息は名残惜しいが、私にはやるべき仕事が残っている。

 不在の間の政務は右京と仁が分担して行ってくれていたため、何事もなくすぐに政務に復帰することができた。

 皇城の一室、元はヤズラが各地から集めた献上品を展示していた部屋を、今は定例会を行う会場として作り変えている。

 この禊ノ間にはしめ縄と祠、そして皇国の皇旗として太陽をあしらった紋章が描かれた幕が張られている。国の方針を決めるこの場では、大御神の意向を常に心に刻み、禊を祓う意味を込めている。

 村長や各方面の代表が、上座に座る私を注目する。今日は、各方面の代表たちが集い、私が不在にしていた間の実務の報告を行う定例会だった。

「それでは、これより定例会を行います。それに先立って右京、仁。二人とも、私達が不在の間皇都を護ってくれてありがとう」

 私がそう言うと、二人は軽く頭を下げる。

「まず、至急の報がある者から報告を。無ければ右京から順に報告を」

 右京はしばらく様子を見て、誰も手を上げなかったことから話を切り出す。

「では、まずは私から」

 いつもと違い丁寧な口調の右京が報告を行う。

「周辺各国との状況ですが、まずは迦ノ国からです。申し訳ありません、力が及ばず交渉は難航しております。迦ノ国の皇であるウルイは、国が変わろうと緋ノ国改め皇国とは、現在も戦争中であるという認識のままであり、占領地の返還のみならず、講和交渉には皇国の領土割譲が絶対条件との事です」
「困ったわね。具体的な要求は⁇」
「主に、崇城平野の大部分割譲を申し出ております」

 崇城平野、皇都より西の国境付近に位置し、平野という平たく土壌にも恵まれていることから、皇国の三分の一の食糧事情を賄っている。

 かつては、ウルイが台頭する以前に緋ノ国が戦に勝利し、迦ノ国から土地を奪い支配している。皇国体制となった今、周辺国との軋轢を解消するためには、返還はやむなしではあるも、ここを直ぐにでも変換すれば、国防と食料自給の両方で大きな痛手を負う。

 これについては、粘り強い交渉が必要だ。

「いずれは、迦ノ国に返還するべきだと思うけど、今の迦ノ国の勢いを考えたら、簡単に明け渡すのは難しいわね」
「仰る通りです。迦ノ国を治めるウルイは、幾度も崇城平野に向けて兵を進めた前歴があります。半月前に敵将2名が討ち取られたことから、今日に至るまで新たな侵攻の兆しは見受けられません」
「こちらの出方を伺っているのかしら」
「おそらくは…、当分の間は休戦状態という事になりますが、西部方面の防備は早急に強化した方がよろしいかと思われます。次に北の斎国は占領地である穂積地方の返還を受け入れ、国交を再開致しました。私からは以上となります」
「聖上、私から右京の報告に補足を」
「分かったわ。お願い、仁」
「右京の仰る通り、迦ノ国には用心した方がよろしいかと思われます。西の守りとしては新生の第1軍、第2軍を当てており、現在斎国と宇都見国の国境を防衛している第3軍、第4軍からいくつかの部隊を抽出し、東の後方支援に当たらせる考えです」
「北と西の防備を東に回すということ?」
「はい。北と西には険しい山が多く、主要街道には新たに砦を築いていますので、現状は問題ないかと。軍の再編成と練兵が完了するまでの一時的な処置となります」
「分かったわ。ただ、国境付近での賊による略奪行為がいくつか報告されているから、特に手薄になる北部と西部には検非違使を増援として送るように」
「御意」
「次は私か。国内の復興についてだが、あらかた完了した。予想より低予算で復興が進んだから、余った分で街道の整備を進めて鉱山を一つ開発してみた」

 可憐お姉様の発言に一瞬驚く。

「鉱山を?」
「商人連中からある話を聞いてな。皇国の西に位置するある山から鉄が豊富に採れるらしくて、失業者を鉱山労働者として雇用し、掘り進めてみたらそれが見事に当たった。一応、今は採れた鉄を保管しているだけだが、これを国中の鍛冶屋に売り武具を作らせ、買い取れば景気も良くなる。せっかく交易が再開したんだ。国内にいる腕の良い職人に作らせた武具を、他国に輸出するのも良いだろう」
「交易については可憐お姉様に任せます。では、お姉様は引き続き事業を続けてください」

 まさか、復興の片手間に鉱山を開発していたとは思わなかった。

 次に、検非違使巡邏隊長である瑛春が報告を行う。彼は元々緋ノ国の兵士だったが、私が剣の腕を買い、建国後に検非違使のまとめ役である巡邏隊長に任命した。

 彼は人柄こそ良いが、あまりつかみ所のない性格をしている。

「国内の治安については良好です。ですが、民衆の間では刑罰の一つである死刑について疑問を問う声もあります」
「確かに、死刑は人の尊厳を著しく害するどころか、生命を死に陥れる。けど、私は刑罰を変える考えはない。もし死刑が無くなれば、どんな罪を犯しても牢に入れられ、時が来れば自由になると考える。罪を犯す前に躊躇する心が無くなると私は考えているわ」
「そうだな。人を殺してもそいつは生きているなんて、殺された人間の家族からしてみれば認められないだろうな」
「そう言うことよ。分かったかしら瑛春」
「分かりました」
「他に報告は⁇」
「北部、西部への検非違使増派の件は承知いたしました。他にはありません」
「リュウ、ローズ。軍の状況は?」
「最初はへっぽこだったが、今じゃ見違えるくらい勇敢になった、と言っとく」
「何か不足点がある言い方ね」
「はっきり言うと武器の質が悪い。扱う兵士が強ければ、それに見合うある武器を用意する必要がある」

 現在、皇国軍の主力は盾を持ち戦場を作り上げる重装歩兵、槍を主として戦う軽装歩兵、弓を使う弓兵の三つだ。

 騎馬隊は由羅族長率いる嶺の騎馬兵が存在するが、常備軍である皇国騎馬隊を含めてもそもそも数が少ない。

 皇国軍全体の特性としては、旧軍の兵士は剣を使えるが、新たに再編された際に兵士となった大半が農民上がりか失業者であり、剣をまともに使える者が少ないということだ。

 練度は戦術で補えるが、武器はどうにもならない。さらにヤムトに質の良い武器を発注しなくてはならなくなった。

 そして、最後に。

「琥珀」
「はーい、お姉さん。呼んだ?」

 私が琥珀を呼ぶと、何処からともなく琥珀が現れ、私の膝の上にちょこんと座る。

「お帰り琥珀、任務お疲れ様」
「えへへ、琥珀頑張ったよ!」

 琥珀は私にも刃を向けた小さな暗殺者ではあるが、今は私たちの仲間となり、皇国の密偵として動いてくれている。他のみんなはまだ琥珀のことを信頼しきってはいないが、私は違った。

 私は琥珀の頭を撫でながら報告を聞く。

「実は、琥珀に迦ノ国の中枢へ潜入してもらっていた。きな臭いから動向を把握したくてね。琥珀、迦ノ国の動向は?」
「皇ウルイが朝廷の帝と頻繁に会ってるよ。表向きには会ってない事になっているけど」
「帝と?」

 小国家群を越え大国である胡ノ国のさらに北西に位置する国家、大和。その大和を統べるのが、強大な力を持つ大和朝廷と天子、帝。

 緋ノ国時代、この国は朝廷とあまり関わりを持とうとしなかった。それが地理的所以なのか、亡きヤズラの思惑なのかは定かではないが、少なくとも緋ノ国を継承している皇国は、未だに朝廷との交流を図っていない。

 現在、戦争中という認識がある迦ノ国と、強大な権力を持つ朝廷が頻繁に接触しているとすると、最悪の事態を考えなければならない。

 朝廷による皇国の朝敵指定。

 朝敵とは、いわゆる朝廷の敵。すなわち、朝廷が自分たちに反目する、あるいは自分たちが気に入らない勢力に対して指定するものだ。

 朝敵となれば、周辺各国は必然的に朝敵征伐を行わなければならず、朝廷からすれば厄介者の口減らしに使う都合の良いやり口だ。

 戦争を始めたのはこちら側、つまり迦ノ国は国土を攻められた側であり、北に朝廷を見据える迦ノ国からすれば、この機を利用して形勢を逆転させる思惑も感じ取れる。

 すぐにでも朝廷と接触を図りたいところではあるが、戦争中である迦ノ国を挟んでいる上、国土が隣接している迦ノ国とは違い、関わりの少なかったこの国の話なんて、恐らく聞こうとしないだろう。こちらも朝廷に使者を送っているが、先んじて迦ノ国が朝廷と繋がるのを妨害する必要がある。

 その他、族長たちからの報告を受け、迦ノ国への対応は次回へ持ち越しとなり定例会は終了した。


 ◇


「早く、もっと早く!」

 血まみれの兵士が一人、必死に馬の手綱を握って山道を駆けていた。早馬で走り続けて一刻、国境地帯から逃れてきた兵士は必死だった。

「早く聖上にお伝えしなくては!」

 彼の頭の中には、ひと時も早く皇城に向かうことしかなかった。


 ◇


 中庭で、俺は一人鍛錬を行なっていた。今頃、定例会が行われているだろうが、剣を振るうことしかできない俺は正直小難しい話をするよりこちらの方が性に合う。

 均等に並べられた藁の人形に向けて刀を構える。これまでの戦いで俺自身の弱点はいくつか見つかった。

 数で劣る俺たちは、必然的に複数人を同時に相手にする場合がある。俺が可憐姉さんから教わったのは、強者との一対一サシでの戦い。戦場は刻々と変化し、気がつけば後ろに敵が回り込んでいることも少なくない。

 戦いは一つにこだわらず、変化に対応していかなければならない。慢心はいずれその身を滅してしまう。

 目の前の人形を叩き斬り、すぐに横から攻撃を受けた程で防御の構えを取る。そして、続けざまに左右の人形を叩き斬り、間合いを取る。

「ふぅ…」
「ここに居たのね御剣」

 振り返ると、定例会が終わったのか瑞穂がいた。

「定例会は終わったのか?」
「ついさっきね。それにしても、少しは休んだら?」

 瑞穂はそう言って水筒を手渡してきた。

「えいっ!」
「ッ!?」

 すると、水筒を手渡すどころか俺の心臓に向けて小刀を突き出してきた。反射的に瑞穂の手首を捻り、小刀を叩き落とす。

「きゃっ!」
「どういうつもりだ、瑞穂」
「…えっと。こうでもしないと、剣の特訓してくれないと思って」

 だからって、暗殺者みたいな手段は使わないでほしい。

「剣を教えるって約束したでしょ」
「確かに約束はしたが…」

 正直、瑞穂に剣は握ってほしくない。俺はふと、捻り上げた手を見た。

"ぼろぼろだな…"

 恐らく、自分一人で剣術の鍛錬を積んでいたのだろう。あれほど綺麗だった手の皮がぼろぼろになり、乙女の手とは思えなかった。

「自分が非力なのは分かっているの。非力なのは愚かなことよ。でも、私は気がついたの。非力を放っておくのが最も愚かなことだという事に」
「そうか…」

 俺は地面に落ちていた小刀を拾い、瑞穂に手渡す。そして、近くに置いていた木刀を手に取り、瑞穂に向けて構える。

「俺は玉座でふんぞり返る瑞穂の方が良いが、諦めた」
「御剣は口だけの愚王が好みなの?」
「そっちの方が守りやすいからな。戦場に出られたら、目を離せられない。でも、お前から目を離さないのも良いかもな」
「何よそれ、口説き文句にしては下手くそね」

 瑞穂は皇の衣装を脱ぎ、軽装になって木刀を振りかぶる。瑞穂は俺の斬撃をひらりと躱し、横から斬りつけてくる。遅いが、相手の隙を狙った的確な攻撃だ。

 後ろへ一歩下がり、横からの攻撃を躱す。

「ちょっと、少しは食らいなさいよ!」
「無茶言うな」

 その後も攻撃を続けてくるが、避けきれないもの以外を刀で受け止める。

「きゃっ!」
「おっと」

 体勢を崩して倒れそうになった瑞穂の手を握る。倒れそうになった瑞穂は、何とか体勢を立て直して立ち上がる。

「ふぅ、御剣はやっぱり強いわね」

 瑞穂はそう言いながら、裾についた汚れを払う。

「迦ノ国で不穏な動きがあるわ。恐らく、遅かれ早かれ、皇国は戦乱に陥る」
「回避出来る方法はないのか?」
「迦ノ国の皇ウルイは武皇としても有名で、自ら戦場に出て武勇を立てる。簡単に戦を終わらせるような人間ではない事は確かよ。右京に交渉を任せているけど、どうなるか分からない…」
「せ、聖上!」

 兵士の一人が慌てて俺たちの元へと駆け寄ってくる。

「何事?」
「か、火急の知らせです! 国境地帯の防人部隊が壊滅!」
「なにっ!?」
「迦ノ国の侵攻です!」
「それは本当だな⁇」
「はい!」
「御剣、皆を集めて」
「承知した」

 新たな戦の狼煙が上がった。
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