花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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建国編

第21話 煉獄

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「報告します。関楼ノ砦攻略のために出した第1軍は防衛線を突破するも、敵の罠にはまり、戦力の半分を失いました」

 迦軍本陣の軍議で、オルルカンは卓上の地図に置かれた第1軍を示す駒を倒す。

「砦を守る部隊の指揮官が、あの右京であるから良い結果は期待できなかったが、これだけの人数で彼奴が敷いた防衛線を突破できたのは嬉しい誤算だな」

 ジュラが機嫌よくそう告げる。

「第1軍については、残存兵力を結集させ、継続的に敵に対する攻撃を繰り返させます。敵はこちらの兵力を鑑みて、防衛線から動きはしないでしょう。散発的に攻撃を続ければ、疲弊し、別働隊の進行の阻止に対する足止めになります」

 次に、彦見渓谷へと向かう第2軍の駒の前に、3つの黒い駒を並べる。

「敵はおそらく、停滞する第1軍に対して、側面より伏兵を出し奇襲を仕掛けるつもりだったのでしょう。そこに第2軍を配置し、奇襲を防ぐ。しかし、これでは山岳戦に不慣れなこちらも損耗を看過できません」
「損耗とは言っても、大半は剣奴だがな」

 今回、迦軍の兵士として戦っている半分以上は、これまで迦ノ国が戦争に勝利し他国から得た奴隷や捕虜達であった。

 正規軍は全軍に比例して少数であり、そのほとんどが剣奴で構成された予備軍の指揮にあたっている。

「くくくっ、かっかっか! 剣奴とはいえ元は他部族の正規兵だが、農民上がりの奴らがここまで抵抗するとは、儂も奴らを見くびっておったわ!」

 それまで静観していたウルイが立ち上がり、脇に立てかけていた薙刀を手に取る。

出撃ようぞ」
「皇自らでありますか?」
「久びさに、儂も戦いとなった。此度は小手調べのつもりだったがな。儂の馬を用意せえ」


 ◇


「皆、ここまでの行軍ご苦労様。それじゃあ、これより作戦について説明するわ。琥珀、偵察の報告を」
「うん! 可憐お姉さん達の部隊は、敵を迎撃しながらここに後退しているよ! でもね、敵は大きな蟲さんを出してきてた」
「アンクグかしら。それなら、ちょっと厄介ね…」

 瑞穂が考え込むのも無理はない。
 反乱時、砦でアンクグと戦ったのは記憶に新しい。斬撃を通さない強固な外殻、鋭い鎌を持ち、体格は熊ほどある。性格は獰猛で、普通の兵士が相手をするには分が悪い相手だ。

「あとどれくらいでここに来る?」
「もう少ししたら来ると思う」
「分かったわ。琥珀、引き続き周囲の警戒にあたって。他のみんなは持ち場へ、ここで敵を迎え討つ」

 彦見渓谷へと到着した俺たちは、各々待ち伏せのために瑞穂に指示された配置につく。

 俺とミィアンが敵を迎え撃つために、渓谷の崖下に陣取り、瑞穂や千代、そしてユーリ様達が崖の上に身を潜めていた。

「なぁなぁ、御剣はん。敵さん、まだ来へんのけ?」

 そう言いながら、ミィアンは敵がやってくるであろう方角を眺めていた。戦えないのが怠いのか、敵を待ちくたびれているのか、そんな印象を受ける。

「ゆるりと敵を待つのも一興ってやつだ」
「ほんまかぇ? うち、早よ戦いたいんよ」

 すると、俺たちが隠れている反対側から、数人の皇国兵達が、可憐姉さんを先頭にこちらに向かって走ってきた。
 その後ろからは、あの忌まわしき反乱の時に戦った成虫のアンクグ3匹と迦軍の兵士たちが迫っていた。

「琥珀の情報通りだな。ミィアン、奴の外殻は刃を通さない、外殻の間を…あれ」

 横を見ると、そこにさっきまでいたはずのミィアンの姿はなかった。
 方天戟を担いだミィアンは、いつの間にか可憐姉さん達の前に立ち、アンクグを見据えていた。

「いつの間に!?」
「ちっ、待ち伏せか! あぁ? なんだ一人じゃねぇか。蟲師、蟲を遣わしてやれ!」

 ミィアンの前に、3匹のアンクグが立ちはだかる。側から見れば絶体絶命の状況であるが。
 彼女は笑っていた。

「やっとウチの出番やぇ、うひひひ、楽しませてやぁ」

 ミィアンは方天戟を構えると、先頭のアンクグを攻撃する。奴の外殻には斬撃が通用しない。

「そりゃ!」
「えっ…」

 しかし、信じられないことに、ミィアンが繰り出した攻撃は衝撃を生み、強固な外殻を破り、中の身を抉った。

 仁と戦った時よりも、断然動きが鋭かった。
 斬撃を受けたアンクグは断末魔をあげてその場に倒れる。残りのアンクグは鎌でミィアンを斬りつけるが、踊り子のように動き、紙一重で攻撃を避ける。

「えいっ!」

 まるで棒切れを扱うかのように、手にした武器を振り、残りのアンクグを文字通り

「なっ、アンクグを一瞬で!?」
「ひ、怯むな! 数で圧倒しろ!」

 俺は岩の陰から飛び出し、ミィアンに攻撃を仕掛けようとした敵兵を斬りふせる。

「ミィアン! 援護する!」

 俺たちは迫り来る大軍を迎撃する。第2軍と戦闘を行っていた敵が、狭い崖下に殺到する。
 しかし、何人倒しても、敵は味方の屍を乗り越え、俺たちに迫ってくる。

「御剣! 撤退が完了した!」

 可憐姉さんが背後で叫ぶ。崖の上を見ると、瑞穂が合図をする。

「ミィアン!」

 俺たちは最後の敵を倒し、後方へと飛び退く。すると、敵の前後の岩壁に術式が現れ、爆発を起こす。
 千代の呪術だ。爆発によって崩れた岩が行く手を塞ぎ、その中に多くの敵が取り残された。

「くそ! 退路を断たれた!?」

 間髪入れずに、崖から油が大量に入った結樽や瓶が投げ込まれ、落下の衝撃で兵士たちは油にまみれる。

「ま、まさか…」
「弓兵!」
「や、やめろぉ!!」

 兵士たちの叫び声も虚しく、崖上から火矢が放たれた。
 油に火が燃え移り、瞬く間に崖下は火の海と化する。生きながら焼かれる兵士たちが、逃れようのない苦痛を受け、叫ぶ。

「た、助けて!」
「熱い! 熱い!」

 ここまで熱気が伝わってくる。もし、自分が迦軍の兵士たちであったらと思うと、背筋が凍りつく。
 同時に、俺は不安を覚えた。これは戦だ。どちらかが死ぬまで戦いは続く。しかし、これが本当に正しいやり方なのだろうか。
 人の焼ける嫌な臭い。そして断末魔。
 答えが出ないままその場に立っていると、どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。

「かっかっか! まさか、我が兵を丸焼きにするとはな」

 声のする方を見る。崖下の岩場、そこにいたのは。

「お前は、迦ノ国の皇、ウルイ…」

 白を基調にした羽織から、真紅の鎧が見える。その手には、鋭い刃が取り付けられた薙刀を手にしていた。

「たかが農民上がりと思っておったが、まさかこの様な策を平然と使うとは。儂を楽しませてくれる!」

 ウルイはそう言うと、立っていた場所から俺たち2人の目の前に飛び降りた。

「其方、名は?」
「………」
「なんじゃ、答えんのか。儂はウルイ、迦ノ国の皇よ。名はなんぞ」
「…御剣だ」
「御剣か、ふふ、はは! 其方が、あの瑞穂という皇の従者か!」
「ッ!?」

 腕が折れると感じたほどの衝撃が襲う。
 振り下ろされた薙刀を刀で受け止める。油断していれば、頭から真っ二つにされていただろう。

「御剣はん! きゃ!?」
「邪魔をするなぁ!」

 横から斬りかかろうとしたミィアンの攻撃を受け流し、そのまま柄で横薙ぎにして吹き飛ばす。幸い、ミィアンは得物でそれを受け止めたため、負傷していない。

「せやっ!」
「ふんっ!!」

 懐に潜り込み斬りかかるが、ウルイは薙刀の柄で攻撃を受け止める。

「そう、そうでなくては! もっと、もっと儂を楽しませい!」
「くっ!」
「どうした! 其方の実力は、その程度か!?」

 ウルイの攻撃を受け止めるが、その衝撃は立ったまま後ろに滑るほど強力だった。

「はぁぁ!!」

 避けた刀身が地面を割る。

「ッ!? なんて威力なんだ!」
「御剣!」

 瑞穂の声とともに、ウルイに向けて弓矢、呪術が打ち込まれる。しかし、それらを軽々と避け、矢を叩き落としたウルイは、一飛びで元の岩場へと飛び退く。

「ふむ。邪魔が入ったか。其方は…其方、瑞穂之命という皇か」

 崖上から俺の隣へとやってきた瑞穂が、ウルイを見つめる。

「いかにも、私がこの国の皇、瑞穂之命よ」
「かっかっか! どうやら、役者は揃ったようだ。勝負はお預けだ、今度会うときは楽しみにしておるぞ、皇国の者共」

 ウルイは手にしていた薙刀を背中に収めると、すぐそばにいた馬に跨り、颯爽とその場を立ち去った。


 ◇


 本陣は重い空気に包まれていた。敵の撃退には成功したものの、軍の1割を損失してしまった。

 そもそも、国力兵力が皇国の3倍以上である迦ノ国に対して、1割の割合は軽微とは言えない。

「報告を」

 私は伝令から報告を聞く。

「はい、敵は現在も戦力を集中させ、散発的に関楼ノ砦を攻撃中です。昼夜を問わず戦闘が発生、兵たちも疲弊しています。そのため、こちらは守りに入ってしまい、反撃が難しいのが現状の状態です」
「…そう。右京に伝達、戦力の損失を最小限に抑え、必要であれば後方の砦へ撤退せよと」
「はっ!」

 伝令が走り去った後、私は大きく息を吐く。正直なところ、戦況は劣勢だった。各戦闘での結果は勝利しているものの、このまま戦が長引けば物資の不足や兵の損耗は避けられない。
 特に、敵の総大将、迦ノ国の皇ウルイが戦場に来ている。ウルイの実力は、直接戦っていなくても分かる。

「やっぱり、一筋縄にはいかないわね」
「そうだな。だが、気を病む必要はない。勝負において人の心は、予想外の結果をもたらす」

 それからしばらく、明日からの戦いについて議論が交わされた。

「それじゃあ皆、今日はゆっくり休んで」

 早めに切り上げた軍議の後、私は天幕の中で明日からの動きについて作戦を練っていた。

「二手に分かれた敵軍。情報によれば、その大半は本当の迦軍ではなく、捕虜や奴隷。敵に…何か敵の喉元に何か大きな一撃を与えることができれば…」
「すまない瑞穂、俺だ」
「御剣?」

 天幕の外から声が聞こえる。

「入って構わないか?」
「うん、いいわ」

 私がそう言うと、御剣は天幕の布を寄せて中へと入ってきた。よく見ると、すこし顔が疲れているようだった。

「あまり根を詰めると、明日に障るぞ」
「ありがと。でも、どうしても打開策が見つからなくて…えっ?」

 ぽんと、頭に何かが載せられる。
 御剣が、私の頭を手で撫で始めた。とても優しく、とても心地よかった。

「心配ない。俺たちは皆、瑞穂に付いていく。言ったろ、瑞穂はどっしりと構えていればいい。皆が苦しいとき、皇が沈んでいたら、皆落ち込むからな。笑って…」
「御剣…」
「ッ!?」

 私は、無意識に御剣を抱きしめていた。
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