花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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建国編

第23話 真実

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 ここ、崇城そうじょう平野には二つの軍が互いに睨みを効かせながら布陣していた。

【皇国軍】
最高指揮官:皇国皇 瑞穂之命
副官:瑞穂之命従者 御剣、斎ノ巫女 千代、神居古潭特使 ユーリ、ホルス
将校:右翼三千人隊将 龍奏りゅうそう、突撃騎馬隊長 れい、中央軍五千人隊将 ミィアン、左翼歩兵二千人隊将 宝華ほうか
総戦力:一万三百

 皇国軍は軍を中央、右翼、左翼の三軍に分け、龍奏、宝華の新たな二人の将を据え、騎馬隊を中央軍後方へと配置した。軍の陣形は盾を先頭とする横陣。

【迦軍】
将校:将軍 泰縁
副官:菖蒲
総戦力:一万

 同じく迦軍も横陣を敷いている。先頭は騎馬、後方に歩兵、弓兵と繋がる。

 両軍の睨み合う崇城平野は、ただの平野ではない。丘もあれば森もあり、川が流れ湿地もある。

 この戦いの行く末は軍を率いる将の力量によって勝敗が決まる。無論、戦術次第では兵力の差を埋めることができる。

 全ては瑞穂次第であった。


 ◇


 迦軍泰縁隊本陣


「ついに、始まるか…」

 平原を一望できる丘に立った泰縁は、眼下に布陣する自軍と、遠くに布陣する皇国軍を視界に収めていた。

「泰縁、各部隊、各将、各長、準備が整ったとのことだ」
「分かった」

 泰縁はそばに置いていた兜を手に取り、それを被る。そして、すぐそばにいた菖蒲の顔を見る。

「行ってくる。指揮を任せた」

 泰縁は剣と弓を手に、騎馬隊五百を率いて本陣を後にした。指揮を任された菖蒲が泰縁を見送った後、指揮を執るために本陣へと向き直った。

「ふむ、夫の事が気になるのか」
「なっ!?」

 その場にいた全員が沈黙した。そこにいたのは、本当であれば後方の桜楽おうがくの丘の本陣にいるはずの、総大将ウルイがいたのだ。

「う、ウルイ様!?」
「カカカ! 構わぬ、皆面をあげよ」

 菖蒲はなぜ、ウルイがこの場にいるかを理解できなかった。そんな菖蒲に、ウルイは口を開く。

「案ずるな、信じてやれい。奴はあの、泰司族唯一の生き残りじゃからのぉ!」
「!?」
「ほぅ、泰縁の奴、妻であるお主にも黙っておったのか。カッカッカ! 要らぬことを言うてしもうたわい」

 菖蒲は泰縁が泰司族の生き残りであったことを知らなかった。

 それもそのはずだ。泰縁自身が、自らの過去や経歴について、一切誰にも話していなかったからである。

 それは、泰縁の妻である菖蒲にあってもだ。

 泰司族の戦士は、一人で百の猛者を相手にする。その戦い方は獰猛で剣術と呼べるようなものではないが、決して品には欠けないものだった。

 泰司族が滅んだ原因の一つに、生真面目さがある。泰司族の力を憂慮した他部族が、殲滅のために罠を仕掛けた。

 それが、周辺部族との同盟の祝宴の時をウルイが狙ったものだ。

「カッカッカ! さて、ここは泰縁に任せ、儂は本陣に戻るとするか」

 ウルイはそう言って、馬を本陣のある桜楽へと向けた。

 平原ではすでに、泰縁の率いる騎馬隊を先頭に、一万の軍が皇国軍に向けて進軍を開始していた。


 ◇


 皇国軍本陣


 その様子は、対面の皇国軍本陣からも見えた。

「ほ、報告します! 敵軍、進攻を開始! すでに、敵先鋒と中央軍が衝突!」
「規模は?」
「敵軍より騎馬約五百が突出、中央軍前線の部隊に攻撃を開始しています!」
「報告! 敵騎馬隊、勢い止まらず! 中央軍前列に大きな被害が出ています!」
「ッ!?」
「待ちなさい、御剣」

 中央軍の劣勢を聞きその場を立とうとすると、瑞穂が俺を止めた。

「中央軍にはミィアンがいる、私の指示に従いなさい」
「だが!」
「いいから! ユーリ様」
「皇、ユーリで構いませんわ。そうですね、本来であれば、左右の部隊に騎馬隊を包囲させ、退路を断ち、殲滅するのが定石」
「確かに、姉上の言う通りです。ただ…」
「えぇ、見たところ突出した騎馬隊は五百、歩兵五千の兵力差を承知の上で突っ込むくらいですから、よほど自信があると…」
「精鋭部隊ってことね」
「敵は、最初から本気だな」
「中央軍にはこのまま前進する騎馬隊に対処させるべきかと」
「ですが、万が一中央軍が騎馬隊を止められなかったら…」
「心配いらないわ。中央軍の指揮を取っているのは、あの琉球の狂い姫よ」


 中央軍 最前線


「行け! まっすぐ本陣を目指せ!」
「ぐはっ!」
「退け退け!」
「道を開けろ、百姓ども!」

 騎馬隊は第6軍へと突撃し、最前列の盾兵を破り、布陣の中へと入り込んでいた。

「ここは通さへんよ!」

 泰縁の前を走っていた騎馬兵が、突如上空から現れたミィアンによって真っ二つに切り裂かれる。

「な、なんだこいつ!」
「強いぞ! 気をつけッ!?」

 地に降り立ったミィアンは、続けざまに攻撃を仕掛けてきた騎馬兵を切り裂いた。突然現れたミィアンに、破竹の勢いで進行していた泰縁達騎馬隊は足を止めた。

「どんな人が来るんやと楽しみにしてたぇ。ほしたら、思ってたよりえらい男前さんやん!」
「はっ!」
「そいっ!」

 馬上から振り下ろされた泰縁の剣は、ミィアンの方天戟によって防がれる。攻撃を受け止められた泰縁は、続けざまに打ち込まれた方天戟の払いを受け、後ろへと弾き飛ばされる。

「あははは! ええよ、ええよ、もっと私を楽しませてぇな!」

 馬上と地上、戦いおいて高さは有利だ。しかし、二人の戦いは互角。地上のミィアンが泰縁を圧倒しているようにも見える。

「隊を分ける。玉英ぎょくえい、隊を率いて敵本陣へ向かえ」
「承知しました!」

 泰縁は隊を二つに分け、片方を瑞穂の本陣へ向けた。もう片方、泰縁率いる隊は二人の一騎打ちを邪魔しないよう、周囲の皇国兵と戦闘を始めた。

「お兄ぃさん! なかなかやるやないの。うち、ミィアン言うんよ。お兄さん、名前教えてぇな」
「泰縁だ」
「泰縁はん言うんかぁ」
「君は若いな。皇国兵は皆、君ぐらいの歳なのか」
「うち、あんまその辺のことは知らんわぁ」
「その歳でその武、見事だ。だが…」

 その時、ミィアンは泰縁の纏っている空気が変わったのを感じた。

「だが、戦場では歳は関係ない。容赦せんぞ」
「ッ!?」

 常人ではあり得ない早さで、ミィアンに剣が打ち込まれる。方天戟でその攻撃を防ぐが、絶え間なく、そして無駄のない攻撃に、ミィアンは防ぐことしか出来なかった。

「なんやお兄さん、手ぇ抜いとったん?」
「手を抜いていたと思ったなら謝罪しよう。少し…」

 泰縁はもう片方の剣を抜く。

「少し昔を思い出した」


 皇国軍本陣


「敵騎馬隊、隊を分けた模様! 敵将泰縁と思わしき者、ミィアン様と戦闘中!なお、敵騎馬隊が分裂するも、別部隊が足止めしております!」
「何とか騎馬隊の足は止めたわね。中央軍と敵本隊の動きは!?」
「敵本隊、中央軍と接触!」
「嶺の騎馬隊は後ろへ回り込ませて! 両翼は敵本隊の横を攻撃!」
「旗を掲げろ!」

 本陣に陣形の変更を意味する旗が掲げられる。瑞穂の指示通り、中央軍から分離していた両翼の軍が左右に攻撃を仕掛ける。

 しかし、敵は左右からの攻撃に対応するため、両翼が動いたのを確認すると陣形を変え始めた。

 横陣の両端から円を描くように丸くなり、左右からの攻撃に対して防御の陣を敷いた。左右の部隊が足を止めたのを見計らい、方陣の中央に配置されている弓兵が、皇国兵に矢の雨を降らせる。

「矢だ! 矢が来るぞ!」
「がはっ!」
「畜生! 脚をやられた!」

 反撃の隙を与えないほど、断続的な矢の攻撃に皇国兵達は混乱した。矢の攻撃から逃れようと下がった皇国兵達は、背中に矢を受け次々と倒れた。

 しかし、それを両翼の将達は黙って見てはいなかった。

「活路は前だ! 押し進め!」
「敵の防御陣の一点を集中的に攻めよ! 」

 緋ノ国時代、反乱軍の中でも将として才能を開花させた龍奏と宝華の指示で、混乱していた皇国兵達は立て直しを図り、再び攻撃を開始した。

 瑞穂は、作戦通り中央軍が敵を食い止め、左右の軍が圧力をかけているのを本陣から見ていた。

「ここから反撃開始よ。御剣、千代」

 瑞穂は御剣と千代の名を呼ぶ。

「配置について」


 ◇


 瑞穂に指示された俺は、瑞穂の護衛を日々斗たち近衛兵に任せ、千代を後ろに乗せて馬で眼下の戦場へと駆け出した。

「み、御剣様! は、早いです!」
「振り落とされないようにしっかりと掴まってろ!」
「は、はい!」

 千代が俺の腰に手を回して体を密着させてくる。俺たちは急斜面の崖を駆け下り、嶺が率いる騎馬隊の場所へと向かう。

「嶺!」
「御剣様!」
「指示が出た、嶺は隊を率いて俺についてこい‼︎」
「承知しました‼︎」

 戦闘の中心を避け、中央軍の先頭、敵本隊との最前線へと向かった。

 俺は頭の中で、瑞穂の言葉を思い出す。

『いい、御剣。私の予想ではいま中央軍に騎馬で突撃したのは、この軍を率いる将の騎馬隊。つまり、敵本隊には将軍級の敵はいない。御剣はハンの騎馬隊を率いて敵本隊へ横から突撃、本隊を率いる下級の将を片っ端から狩ってきなさい』

 敵本隊は中央軍の先頭との戦いに気を取られ、こちらの動きには気づいていない。

「千代! 任せたぞ!」
「はい!」

 千代は札を人差し指と中指で挟み、目の前で五芒星を描く。

「炎符、気炎!」

 千代が唱えると、前方の地面から敵に向けて豪炎が放たれる。後方での突然の出来事に、方陣で皇国兵を押し止めていた迦兵が浮き足立つ。

「じゅ、呪術使いだ!」
「陣形を立て直せ! 敵が来るぞ!」
「遅い!」

 千代の呪術で吹き飛ばし、陣形に穴を開ける。そこから、俺を先頭に騎馬隊が突撃を敢行した。

「ハァア!」
「ガッ!?」

 馬上から部隊に指示を出していると思った兵士を、片っ端から斬り伏せていく。先頭の俺が切り損ねた敵は、後ろに続く嶺達が刈り取っていく。

 血肉が弾け、返り血が付く。どういうわけか、いつもに比べて身体が重く感じた。

「そうか」

 これは、俺が初めて経験する、本当の戦だった。反乱の時とは打って変わり、何百、何千という敵に対して、俺はいま相対していた。

 戦さ場の空気が異様に重く、それが身体が重いと錯覚していた。

 自分たちに飛んできた矢を、刀で叩き落とす。後ろにいる千代にだけは、絶対に怪我をさせるわけにはいかなかった。

「千代! 大丈夫か!?」
「大丈夫です!」
「なら、行くぞ!」
「はい!」

 1万の軍勢の中に、たった三百で斬り込んでいる。勢いが失われる前に、離脱しなければならない。

 あらかた目についた将を倒した後、俺たちは一斉に離脱を図り、何とか敵の包囲を抜けた。

「あれは!」

 俺が見たのは、中央軍の布陣の真ん中で、一騎打ちを繰り広げるミィアンの姿だった。遠目に見ても、明らかにミィアンが押されている。

「御剣様、どうするおつもりですか!?」
「ミィアンを助ける! 嶺、千代を任せた!」
「承知!」

 俺は千代に馬の手綱を手渡し、一騎打ちが行われている場所のすぐ近くに飛び降り、敵味方入り乱れた乱戦の中、ミィアンの元へと向かう。

 反射的に身体が動いた。ミィアンに向けて振り下ろされた剣を、間一髪のところで刀で受け止める。

「くぅっ!」

 その剣は、ウルイの一撃にも匹敵するほどの重さがあった。

「御剣はん!」
「こいつは俺が抑える! ミィアンは中央軍の指揮をとれ!」
「せやけど!」
「いいから! 早く!」

 ミィアンを離脱させ、俺は目の前の男と間合いを取る。

 攻撃を受けて分かった。こいつは強い。

「お前が、御剣か」
「ッ!? どうして俺の名を?」
「皇から聞いた。敵の中に、中々の手練れがいるとな。先程の娘といい、お前といい、皇国には有望な若き将が多くいるのだな」

 男はそう言うと、二振り剣を鞘にしまう。

「総員、後退だ。体勢を立て直す」
「待て! 逃げるのか!?」
「お前たちの力がどれほどのものか確かめたかった。俺も、少しお前たちを見くびっていた。だが、次はそうはいかん」

 俺は、背を向けて立ち去ろうとする男に斬りかかろうとするが、その場から一歩も前に踏み出せなかった。

 男から発せられる、とてつもない殺気によって、身体が硬直していた。冷や汗が出て、息が荒れてくる。

「お前は一体…」
「迦軍泰縁隊、隊長の泰縁だ」

 泰縁と名乗った男は、周囲にいた騎兵たちを引き連れ、自軍の本陣へと戻っていく。それに呼応し、それまで前線を有利に進めていた敵本隊も撤退を開始した。

「力を確かめたかっただと…ふざけるな!」

 その言葉は、泰縁ではなく自分自身に言い聞かせたものだ。俺は、力量を試しに来た相手に斬りこめなかった。

 それは、自分の力では討ち取れないと敵に教えたのを意味するものだった。


 ◇


 その夜、日が落ちると同時に両軍は戦線を後退させ、野営を行なった。明かりがない暗闇の中での戦闘は、視界が十分に確保できず、暗闇を忌避する人間の本能的な弱みもあり、行われることはなかった。

 野営地では、皇国兵たちが迦軍を後退させたことに喜びの声を上げ、至る所からこの日の戦いについて話がされていた。それが、たとえ敵の戦略的後退であったとしても、国力が自国の三倍を超える敵を退かせたことは、皇国兵たちにとって誇りに感じられたのだ。

 しかし、どこを見ても酒を酌み交わす者はいなかった。それは誰もが心の中で、いつ敵が攻めてくるか分からないという、緊張があったからだ。


 ◇


 私は天幕に部隊を指揮する者を全員集めていた。

 敵の強さ、そして優勢であった敵の突然の撤退、後手に回った戦略。

 想定外だらけだったこの日の戦闘について、私の中で敗北という二つの字が浮かび上がった。

「同等の兵力とはいえ、やはり迦軍の兵士は練度が高い。おまけに、今日の敵はやけに士気が高かったわ」
「歩兵と弓兵の連携が完璧だ。こちらの騎馬隊の突撃を防ぎ切られた」
「ミィアン、御剣、敵の将の実力はどうだったの?」

 私は天幕の端にいた御剣とミィアンを見る。すると、御剣が口を開く。

「奴は、今日の戦いは力試しと言っていた」
「力試し!?」
「なら、敵はまだ本気ではなかったと言うことか!?」
「そうだ。俺は奴の背に斬りかかろうとしたが、一歩も動けなかった。一瞬の隙もない、あれは正真正銘の武人だ」
「ウチも、あんな強い人と戦ったんは初めてやったぇ」
「そう…。今回、中央軍の布陣を突破した騎馬隊、それを率いていたのは敵将の泰縁。敵将が不在の本隊があれほど素早く陣形を変えれたのは、敵にまだ本隊を指揮できる将がいるってことね」
「大正解~、やっぱり気づいたんだ」
「「「ッ!?」」」

 私が刀を抜く前に、御剣とミィアンが天幕の中に現れた女に向けて斬りかかった。しかし、女は円状の武器を巧みに扱い、両側からの攻撃を受け止める。

「貴様は!」
「ルージュ!?」
「こいつ、どこから!?」
「待った待った、私はお話に来たんだよ? それとも、斬ってくるなら今ここで全員血祭りにあげてもいいんだけど?」
「ちっ!」

 その場にいた全員が間合いを取るが、武器はルージュに構えたままだった。

「それにしても、本陣の護り、もっと固めた方がいいよぉ? 私みたいなのがすぐに入ってくるし」
「貴様、どこから来た!」
「どこからって、あんた達前ばっか見過ぎ。後ろにも気をつけてねぇ」

 ルージュの言う通りだ。本陣の背後は最低限の兵士しか配置していない。これ程の力の持ち主であれば、突破するのは容易だろう。

「狙いは私の首?」
「半分正解、半分不正解。首をとってもいいけど、今日は面白い話をしに来たの」
「面白い話だと?」
「最初に言っとくけど、あんた達が何を考えてどう動いているか、全てオルルカンの奴がお見通しってこと。あんた達が大半の戦力をここに持ってきて、残りを砦の防衛に回していることもね」
「なっ!?」

 ルージュの話が本当であれば、私たちはまんまとオルルカンの策にはまっている。第6軍と泰縁隊の兵力は互角、それ以上の兵力を有するウルイの本隊がそのことに気づいていれば。

「狙いは関楼ノ砦!?」
「嘘だ。ならなぜ、ウルイは桜楽の丘から動いていない。それが分かっているなら、ウルイはとっくに軍を率いて関楼ノ砦に向かっているはずだ」
「うーん、何でだろね。私も分かんない。まぁ、敵の話を聞いて鵜呑みにするのも、馬鹿だけど。どう思うかはそっちの勝手だし」
「言いたいことはそれだけか?」

 刀を構える御剣から、殺気が溢れている。

「待ちなさい御剣」
「うっわ、引くわ。何ひとりで熱くなってんの? 泰縁に一太刀も浴びせれなかったくせに」
「何だと?」
「御剣!」

 今にも飛びかかりそうな御剣を制止し、私はルージュへと向き直る。

「用が済んだなら帰りなさい」
「気が早いねぇ、もう一つ面白い話があるのに」
「?」
「あんた達がいま戦っている泰縁、私より強いから。だってあいつ、武神の神力を宿しているからね」

 それだけを言い残して、ルージュは天幕を去った。

「追いますか?」
「結構、あれは相当な手練れよ。犠牲が増えるだけ。それにしても、武神…」
「瑞穂様…」

 すると、横にいた千代が少し不安な顔つきで話しかけてきた。

「武神様について、私は少し知っています」
「話せる?」
「はい。武神、簡単に言えば尋常ではない武の鍛錬を積み、その屈強な身体と精神を持つ者たちに宿る、武の大神様の事です」
「神を宿す?」
「はい。私が斎ノ巫女を務めています明風神社は、知っての通り大御神様を祀っております。ですが、神と呼ばれる存在は大御神様のみではなく、実に八百万と言われる大神様達がおられます」
「八百万…」
「八百万の大神様達の中には、武を極め戦場で散り神格化された大神様や、元々武の神としてお生まれになった大神様、武具に宿る大神様など様々です。恐らく、そのお方はそれらの武神様を宿しているのだと」
「し、しかし、大神の神力を宿すなど。ましてはなぜあのような者達に」
「大神様達にとって、我々人の争い、思想、感情などの有象無象には興味はございません。己を極め、武神の大神様に愛される者であるからでしょう」
「千代様の言う通りです。私たち神居古潭でも、その身に大神様の神力を宿すものも少なくありません。私もその一人です」

 ユーリは、ただ、と付け加える。

「武神の神力をその身に宿すというものは、尋常ではないほどの負担が掛かります。恐らく、その者は私たちの想像をはるかに超える鍛錬を積み重ねてきたのでしょう」


 ◇


 軍議が続けられる中、俺は少し外の空気を吸うことにした。すると、後ろから服の袖を誰かがそっと引いた。

「千代?」
「御剣様、少しお話できますでしょうか」

 俺たちは本陣のすぐ近くにある森の中へと入っていった。よほど誰かに聞かれたくないのだろうか、暗闇の中、おぼつかない足取りで千代は俺の手を引いて森へと入っていく。

「ここでよろしいですね。ご足労いただき申し訳ありません、御剣様」
「千代、話したいこととは?」
「瑞穂様のこと、そして御剣様のことです」
「俺と瑞穂のこと?」
「はい、時が来ればお話すると決めておりました。まず、瑞穂様のことです。御剣様は、瑞穂様の力についてご存知でしょうか」
「…一応、信濃さんから少し聞いた。大御神の加護があると」
「やはり、それだけですか」
「それだけとは?」
「瑞穂様、あの方は、かの大御神様の生まれ変わり、つまり、大御神様御自身であらせられます」
「………えっ」
 俺たちの間に、しばらく沈黙が流れた。

「私たち斎ノ巫女は、代々大御神様にお仕えしてきました。先代の斎ノ巫女は、今から何年前、私の母が担っておりました」
「それは知っている。だが、先代の斎ノ巫女がいるなら…ちょっと待て。じゃあ、何で瑞穂が大御神の生まれ変わりなんだ。千代の母君が大御神に仕えていたとなると、年の差の開きがおかしくならないか」
「瑞穂様のお母様である明日香様は、大御神様の依り代であられました」

 依り代、それは信仰がなくなった今、大神が力を失わないように神力を預けた人のこと。

「初代斎ノ巫女は、大御神様より来たるべく時、生まれ変わる、と御神託を受けられました。その神託は受け継がれ、そして、ある時伴侶がおられませんでした明日香様は、大御神様の依り代として子を宿されました」
「じゃあ、瑞穂に父親がいなかったのは」
「はい、全ては奇跡であります。つまり、瑞穂様は人ではございません。現人神であられます。瑞穂様ご自身は、まだ気づいておられませんが」
「………」

 俺は言葉を失った。現実に、理解がついていけないのだ。しかし、それならあの反乱で自分が見た瑞穂の異様な力、神居古潭の巫女がここへやってきたのも納得がいく。

「そして、大御神様の御神具に三種の神器というものが存在します。鏡、勾玉、そして剣です」

 千代は、ゆっくりと俺の目を見て口を開く。







「御剣様、あなたも人ではございません」
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