花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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再思編

第28.5話 薬師

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 皇宮 瑞穂の私室


「皇様、少しよろしいでしょうか?」

 私室で薬の調合をしていると、障子越しに透き通る声が聞こえてくる。
 ユーリだ。

「どうぞ、入っていいわ」
「では、失礼いたします」

 障子がゆっくりと開かれ、巫女服姿のユーリが姿を現す。文化の違う神居古潭の巫女服は、皇国の巫女服とは違い白地に女性は緑色の染色がなされている。男性の祭司が白地に青であることから、男女を色で区別しているのだろう。

 やはり、国の人間全員が神居子かむいかちとして神職に就いているだけはあり、根本的に違いがある。

「お仕事中でございましたか、申し訳ありません」
「気にしないで、これは仕事とは別だから」
「左様ですか。それにしても…良い香り」

 そう言ったユーリは、床に腰を下ろし、目を瞑って大きく深呼吸した。その顔は、とても幸せそうな顔をしていた。

「とても、懐かしい香りですね」
「ユーリも薬を作っていたの?」
「いえ…実は一つ皇様にお伺いしたいことが。皇様は、薬師の墨染様をご存知でしょうか?」
「墨ぞ…って、私のお祖母様だけど。どうして、ユーリが名前を?」
「この身も、一度は医術の道を歩んでいます。医術の道を歩んだ者で、墨染様を知らぬ者などおりません。薬の香りと作り方が似ておりましたので、もしかしたらと思ったのです。そうですか、お祖母様だったのですね」

 そしてユーリは、表情を曇らせる。

「お話は御剣様からお伺いしました。とても…残念です。もう一度お会いして、薬についてご教示を賜りたいと思っていましたが…」
「…」

 手を止めてしまう。私はユーリに返す言葉が見つからず、視線を下に落とす。

「無神経な発言をお許しください…」
「ううん、気にしないで。ただ…」

 私は気を紛らわせるように、すりこぎ棒ですり鉢の中に入れた薬草を混ぜる。

「お祖母様のことを思い出して、悲しい気持ちになったのが半分。もう半分は、神居古潭の巫女様がお祖母様の名前をご存知だったことへの、嬉しい気持ちになったの」
「そうですか…墨染様は、とても偉大なお方でした。才の無いこの私にでさえ、存外に扱われず、優しく最後まで丁寧に教えていただきました」
「良かった…」
「えっ」
「お祖母様は厳しい人だから、孫の私も薬を教えてもらうのは苦手だったの。でも、ユーリに優しく教えていたから、安心した」
「ふふ、お厳しいお方だったのですね」
「うん、とってもね」

 お祖母様の意外な一面を知り、少し気分が晴れた気がした。お祖母様が亡くなってしばらく経ち、吹っ切れたと自分の中では思っていたが、案外そう簡単に辛いことは忘れられなかった。

「私も、物心つく前に祖母を亡くしました。ですから、私にとって墨染様は、薬の師であり、同時にもう一人の祖母でした」

 それを聞き、少し笑ってしまう。

「それ、御剣も千代も言ってた。ふふ、これじゃあ、みんなのお祖母様ね」
「そうかもしれません」
「そうだ、ユーリ。時間が空いた時、私と一緒に薬の勉強をしない?」
「薬の勉強でございますか?」
「ええ、お祖母様から教わっていない薬だって沢山ある。ユーリも同じ。私が知っている知識、そしてユーリの知識。お互いが知識を共有しあって深めることが、上達への近道だと思う」

 すると、ユーリの顔が笑顔になる。

「こんな私でよろしければ、是非御一緒させて戴きたいです」
「もちろん。じゃあ、早速始めましょう」

 昔、まだ小さい頃にお祖母様から聞いたことがある。

"薬師は命を紡ぎ、縁と絆を紡ぐ者"

 子どもの頃は、その意味がわからなかった。でも、今初めてお祖母様がそう言った言葉の意味が分かった気がする。
 巡り巡って、ユーリと出会うことができた。

 お祖母様から紡がれた縁。

 今度は、私がその縁を受け継ぎ、絆を紡ぐ番である。
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