花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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再思編

第29話 目論見、消えた過去

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 胡ノ国の皇、華宵輝夜姫と豊葦原瑞穂皇国の皇、瑞穂之命の両人による会談が無事終了し、両国には国交、軍事同盟、相互不可侵条約が結ばれた。何よりも皇国にとって収穫だったのは、瑞穂の目指す平和のための神州全土の統一に、胡ノ国の輝夜姫が同調する確約を得られたことだろう。

 これにより、世界の勢力図が大きく変化することとなる。

 今回の会談以降、皇国は三つの国(神居古潭、迦ノ国、胡ノ国)と同盟関係になった。迦ノ国に関しては、形式的な同盟である。

 神居古潭の巫女であるユーリが、皇国の宰相になることによって、神居古潭とは永続的な友好関係を築くことに成功している。

 現在、この神州全土には大小合わせて40の国が存在する。

 その中でも、多方に多大な影響力を持っているのが、帝を最高位とする大和朝廷。

 現人神として崇められる現帝は温和な人物であり、国外の諸国に対して従属を強いることはないが、朝廷と明確に対立する意思を見せた時には、当該国を朝敵とし、その大義名分の下に攻め滅ぼす。

 故に、迦ノ国のウルイや宇都見国の元王でさえ、明確に朝廷とは対立する姿勢は見せない。

 絶対的存在の力による均衡の取れた平和。そして、他国の争いに朝廷が干渉しないのは、従属させる国同士に争わせ、その国力を削ぎ落とすのが目的とも言われている。

 大和朝廷という絶対的な存在の下で、明確な敵対関係にあるのが、迦ノ国と宇都見国である。

 宇都見国は、古くは大和朝廷、迦ノ国、そして皇国と国境を接していたが、西方地方が胡ノ国として独立したため、その南方を傀儡国家である斎国とし、三国に対する抑止力とした。

 迦ノ国は皇国と形だけの同盟を結び、東方の国境に展開していた部隊の一部を北方へと移動させ、斎国に対して圧力をかけていた。

 両国が斎国を挟み睨み合う中、宇都見国と対立している胡ノ国が、皇国と同盟を結んだという事実は、対立する両国に対して牽制することに繋がったが、同時に様々な憶測と火種を生んだ。

 各国を取り巻く情勢が刻々と変化する中、のちに世界を混乱の渦へと巻き込む序章が始まろうとしていた。


 ◇


 皇国西方某山中

 暗闇に支配された皇国のとある山中、そこにいたのは、迦ノ国についての情報や武具の供給を行っていたヤムトと。

「どうぞ、お待ちしておりました」

 そして、目元を深々と覆いで隠し、黒い外套を身に纏った長身の男。

 外套の男はヤムトへ近寄ると、覆いから唯一見える口元に不適な笑みを浮かべた。その風体から溢れ出す邪悪な気は、辺り一帯の空気を凍りつかせている。

「さて、例の物はあるのかい?」
「えぇ、ご注文の品をお持ちしました。こちらです、はい」

 ヤムトは鞄の中から取り出した二つの小包と、赤い液体の入った小瓶を男に手渡す。男はその中身をじっくりと確認したあと、それらを大事そうに懐へと仕舞った。

「確かに、注文通りだね。これは受け取っておくよ」
「しかし、その様な恐ろしい品をお求めになられるとは、使い道が実に気になりますねぇ」

 すると、その言葉を聞いた男の表情が、覆いの下で変わる。

「品物の用途については、何も聞かない約束だったはずじゃなかったのかい?」

 男はそう言って刀の柄に手を触れるが、ヤムトは一切怯むことなく、むしろ不敵な笑みを浮かべていた。

 商人の目に恐怖はない。あるのは好奇心と絶対的な自信の表れだった。

「単なる商人の独り言ですよ、くくく」

 ヤムトの言葉を聞き、男は刀の柄から手を離した。二人の間に張り詰めていた空気が徐々に薄れていく。

「ならいい、品物についてだが、効果はどうなんだい?」
「商品の効果については、保証しますよ。効果は即効、長続き。そして、証拠も残りませんよ。はい」
「分かった」
「では、いつも贔屓にしていただき、誠にありがとうございます。またのご利用、心よりお待ちしております」


 ◇


 皇城内 道場 一闘の間

 皇宮の一画に、武人たちが鍛錬を行う道場一闘の間は、数十人が一斉に稽古を行えるほど広く、また皇宮の中にあるため装飾も細部まで施されている。
 
 朝は誰もここを使わないため、ひとりで素振りをしていた。

「千五百、千五百一、千五百二…」

 強い日差しを遮る屋根の下で、思い浮かべた相手に向けて木刀を打ち込む。

 元々、呪詛痕の影響で人一倍体力や筋力があるため、普通の人の倍以上の回数をこなさなければ、稽古に意味はなかった。

 刀の流れに一切のぶれなく、真っ直ぐ空気を切り裂く。回数が増えるに連れて、惰性にならないよう注意する。

「やってるやってる。ご苦労様」

 素振りをしていると、入り口から瑞穂と千代が中へと入ってきた。千代はいつもの巫女服であるが、瑞穂は皇の正装ではなく、袴に身を包み、髪を鉢巻と髪留めで纏めて木刀を手にしていた。

「御剣、私と手合わせ願えないかしら」
「特訓か?千代は?」
「あ、ちなみに私はただの付き添い兼応援でございますので」

 そう言えば、迦ノ国との戦の前に瑞穂の特訓に付き合うことを約束していたのを思い出す。

 巫女であり呪術を使う千代以外は、子供の頃に可憐姉さんの下で同じ剣術を学んでいたが、一通り剣術を学んだ後は、各々の独流だった。

 瑞穂の剣術については、自他共に認めるからっきしな腕前ではあるが、独流ながら努力を続けているのは誰もが知っている。俺も、そんな努力を怠らない主の姿を見るのが嬉しい。

 だから、今回の特訓に付き合う意思の表示は、従者としては嬉しい提案であった。

「分かった。相手になる」
「お二方とも、頑張ってくださいね。あ、くれぐれも怪我だけはしないように」

 千代は道場の隅にちょこんと座り、瑞穂は俺と相対するように正面に立つ。

 構えているのは木刀であるが、一歩間違えれば大怪我をしてしまうため、注意が必要である。 

 相手に打ち込むのと同時に、相手を怪我させないために既の所で止めなければならない。

 幸い、怪我をしても回復呪術を使える千代が側に控えている。怪我をするまでやるつもりはないが。

「じゃあ、勝負は5回、1回でも私が御剣に攻撃を当てれれば、私の勝ちよ」
「望むところだ、さぁ来い」
「千代、審判をお願い」
「はい。では、始め!」

 瑞穂は木刀を構え、正面から打ち込みにくる。それを左に避け、振り下ろしてきた木刀を叩き落とそうとした。

「ッ!?」

 しかし、瑞穂はその攻撃を避け、俺の横っ腹に木刀を容赦なく打ち込んでくる。それを逆手に持ち替え受け止め、後ろに退いて間合いを取る。

 どうやら、俺が知らないうちに剣の腕を上げていたらしい。少し前の瑞穂に比べて、身のこなしや剣捌きが格段に上達している。

 間合いをとったとしても、すぐさま距離を詰めてくる。突いてきた剣先を弾き、白く細い首元に刀身を添える。

「もう一回」

 二度目からは、最初とは全く違う動きで俺を翻弄してくる。 

 肩に添える。

 三度目、それまで受け止めていた俺の攻撃を、あえて紙一重で避けて懐に入り込もうとする。

 脇腹に添える。

 四度目、息をつく間も与えないくらい、連続した攻撃を繰り返してくる。速さと持久力は、瑞穂の方が優っている。
 腕にそえる。
 そして五度目。

「はぁあ!」

 横に斬りつけてきた後、柄を持つ握りを変えて上から振り下ろしてくる。

 目の前の光景がとてもゆっくりに見えた。

 振り下ろしてきた木刀を身体を横にして避け、瑞穂の胸に添えようとする。

「ッ!?」

 しかし、そこにあるはずの瑞穂の姿は無く、屈んで下から斬り上げてきた。

「そっ、そこまでっ!」

 片手で持った木刀の剣先が、瑞穂の心臓を捉えていた。千代の声で、俺たちは離れ、互いに礼をする。

「ふぅ」
「流石ね御剣、今回は私も結構本気だったけど」
「最後のは俺も驚いた。上達したな」
「ありがとう」
「やはり、瑞穂様も御剣様も、とんでもなくお強いですね…」

 俺たちが汗を布で拭い、一息ついていた時だった。再び道場の扉が開くと、可憐姉さんが中へと入ってきた。

「三人とも、揃っているな」

 そう言った可憐姉さんの顔は、難しい表情をしている。

「お前たちに少し話したいことがある」
「何でしょうか?」
「瑞穂の耳にはもう入っているかも知れないが、巷で噂になっている藤の女武人の事についてだ」

 藤の女武人、確か宰相であるユーリ様から瑞穂へ上げられた情報の一つにあったものだ。

「存じています。何でも、毒を使い、山々を縄張りとしている盗賊を始末していると」
「そいつは、言葉をほとんど話さず、髪を藤の花の髪留めで留めていることから、藤の女武人と呼ばれている」

 瑞穂に続く可憐姉さんの言葉を聞き、俺は記憶の中からある人物を導き出した。

「もしかして藤香、ですか?」

 藤香という名前に、瑞穂、そして千代の表情が変わる。

 藤の花の髪留めで、俺の記憶はその正体で思い当たる人物がいる。

 10年前、俺たちがまだ子どもの頃、可憐姉さんのもとで剣術の修練をしていた四人のうち一人。

 無口でお淑やか、そして何よりもその剣の才にあっては、可憐姉さんも認めるほどであり。

 俺たちの元から姿を消した、仲間であった。


 ◇


 声が出ない。

「この役立たずがぁ!」

 痛い、お願い、やめて。

「何だその顔は!ふざけてんのか!」

 やめて、蹴らないで、叩かないで、痛い、痛い。

「お前なんか、生まれてこなければ良かったんだ!くたばれ塵が!」

 やだ、痛い、痛い、痛い、痛い。

 私の中で何かが壊れた。

 すると、何も感じなくなった。

 そして、何も思わなくなった。


 ◇


 初めて見た藤香の目には、光がなかった。

 巫女であった千代を除き、俺に瑞穂、そして日々斗の3人は、剣術を学ぶために村の道場で可憐姉さんに稽古をつけてもらっていた。その道場に、4人目として入ってきたのが藤香だった。

 可憐姉さんに直接連れられてきた彼女の姿は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。俺たちよりも破けて汚れた服、無造作にはねた髪、そして泥にまみれ痣や傷だらけの身体。

「今日からここでお前たちと稽古する仲間だ、名前は藤香と言う。皆、仲良くしてあげてくれ」
「……」

 全ては隣にいる姉さんが話していた。

 当の本人は一切喋ることもなく、表情も変えずに黙ってじっとしている。対するこちらも、反応に困り果てていた。

 姉さんによれば、藤香は当時緋ノ国の皇であったヤズラが、迦ノ国や斎国との戦乱に明け暮れている中、前線兵士たちへの性欲の吐口のために各地から献上させたひとりだという。

 この時代、戦場に女を送り込むことは珍しくない。目的は、なにより兵士の性欲発散のためである。

 死が隣り合わせの戦場では常に緊張状態が続き、兵士の精神に多大な負担を掛けてしまう。特に、男ばかりの戦場では、どうしても禁欲という枷がついて回る。

 そこで、現地で雇った者、戦場近くの村から強引に連れ出された者、敵国の者など、さまざまな境遇におかれた者(特に女)が、そうして戦場へと送られる。

 これを怠れば、統率の低い部隊は虐殺や陵辱、略奪へと走ってしまう。稀に高い統率により統制される部隊も見られるが、それはごく稀である。

 北の地からの帰郷の最中、姉さんは藤香を連れていた馬車に偶然遭遇し、端金にもならずほぼ無償で献上される彼女を、大枚を叩いて買って連れて帰ってきたのだ。

 これが、彼女がここへ来た経緯である。

 それから、姉さんが藤香を風呂に入れ、身なりを整えさせた。しばらくして、風呂に入り身なりを整えられた藤香は、先ほどとは見違えるほど綺麗になっていた。

 しかし、相変わらずその目に光は宿っていない。再び道場へと訪れた藤香に、瑞穂が歩み寄る。

「私は瑞穂、隣にいるのは御剣、そして日々斗、よろしくね」
「………」
「えっと、よろしく、ね?」
「………」
「全然話してくれないな…」

 何度も話しかけるが、彼女は聞こえていないのか、全く言葉を口にするどころか、表情すら変えなかった。

 それどころか、目の前の人を認識しているのかも怪しい。

 そんな彼女に瑞穂は何度も話しかけるが、全く相手にされないのか少し焦った様子。

「え、えっと…」

 困惑する瑞穂に、姉さんはため息をついてから説明する。

「瑞穂、藤香は無視をしているわけじゃない。この子は、自分から行動したり、話したりすることが出来ないんだ」
「えっ?」

 可憐姉さん曰く、藤香はこれまで自分の意思で行動することを許されていなかったらしい。

 彼女が育ったのは、葦原村よりも山奥の家。その家の家主であるならず者と、花街の妓女の間に生まれた。

 妓女を孕ました御法度を犯したことにより、花街から追い出されたそのならず者は、その原因となった藤香に対して壮絶な虐待を繰り返していた。

 やがて、自身が戦場に送り込まれる事となり、晴れて自由の身となった彼女であったが、それまでの生活の影響から飯を食べるのも、誰かに食べろと言われなければ食べず。それは腹が鳴っても、言われるまで絶対に食べない。言葉を発するのも、誰かに喋れと言われるまで喋らなくなった。

 そんな環境で育てられた藤香にとっては、それが普通のことであった。そして、自分の意思で動く人がいる外の世界は、彼女にとって異常だったのだ。

「ったく、面倒だな。御剣、どうする?」

 日々斗は面倒くさそうに邪険にするが、俺は違った。

「?」

 俺は藤香の元に歩み寄る。藤香は俺が近づいてきても、何の動きもせずにただ顔を見つめてくる。

 そして、俺は藤香の手を握った。その手はひんやりとしていたが、俺が手を握ると少しずつ暖かくなっていく。

「御剣だ。よろしくな藤香」
「…?」
「こういう時は、よろしくって言って握り返せばいい」
「よ、ろ、しく?」

 首を傾げながらも、藤香は手を握り返してくれた。その手には、紛れもなく力が込もっていた。

 ぎこちないながらも、彼女は応えてくれた。

 それからというもの、藤香は俺たちに混じって剣術の稽古をすることになったが、彼女の【指示されなければ動かない】という性格は簡単には消え去らない。

 酷い時は、自分の意思で止める事なく、一日中木刀で素振りをやり続け、手の皮がぼろぼろになり、血塗れになって止められた事もあった。

 普段の生活は瑞穂と共に過ごしており、少しずつではあるものの、目に光が宿ってきたように見えた。徐々に自らの意思で行動する事も増え、自ら言葉も発するようになった。

 中でも特に成長が著しかったのは、剣術だ。可憐姉さん曰く、剣の腕では4人の中でも1番だという。

 剣術には、いくつかの流派や剣技が存在するが、それらの元を辿ると『斬る』と『刺す』という2種類の原点に辿り着く。

 斬るは、言葉の通り力を最大限に発揮して相手を文字通り斬りつける剣術だ。対して刺すは、速度を生かして何度も突き刺すことによって傷を負わせる剣術である。

 前者は俺や日々斗のような男に多く、対して後者は瑞穂や藤香のような女に多い。その刺す剣術においては、俺を超える実力を有していた。

 しかし、藤香はある日を境に俺たちの前から姿を消した。
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