花衣ー皇国の皇姫ー

AQUA☆STAR

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再思編

第30話 成れの果て

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 可憐から藤香と思われる人物が、皇国の領内で盗賊狩りをしているとの情報を得た瑞穂達は、藤の女武人に助けられた者に詳しい話を聞く為会いに行くことを決めた。

 場所は、皇都から西に、迦ノ国との国境付近に位置する真那村。ここではふた月前の迦ノ国との戦の当初、村人が総出で北へ避難しており、その道中に一行が盗賊に襲われ、藤の女武人に助けられたと言う。

 真那村に到着した瑞穂たちを出迎えたのは、定例会で面識のあった村長、ユルと呼ばれる老女。 

 ユルに連れられ、村長の屋敷へと案内された三人は、この村が抱えるある問題への助力を求められた。

 村の近くに位置する古い遺跡に、何人もの村人が出かけたきり帰ってこないという。そして、その中には藤の女武人に直接助けられたという女性もいたという。

 瑞穂はこれを承諾し、遺跡へと向かったが、しかし、そこで瑞穂たちは予期せぬ事態に遭遇するのであった。


 ◇


 俺たちは遺跡に向かうため、真那村から徒歩で山道を歩いていた。村長から道案内と護衛を兼ねて一人の男が同行している。

「自己紹介が遅れました。私め、真那村のイスケと申します」

 イスケと名乗った男は、そう言って丁重に頭を下げる。彼に対する瑞穂たちの印象は、何処にでもいそうな優しい人柄の男だろう。

「よろしく。私は瑞穂之命、そして従者の御剣と、斎ノ巫女の千代」
「まさか、この目で皇様を直接見ることができるとは思いもよりませんでした。至らぬところもあるかと思いますが、御三方とも、どうぞよろしくお願いします」
「早速だがイスケ殿、遺跡に着くまでにいくつか聞いておきたいことがある。村人が消えた遺跡とは、どんな所なんだ?」
「あの遺跡は、何かがいます」

 イスケは三人に数日前から起こった異変と、遺跡について話し始めた。

 元々、遺跡とは古くはこの地を守る大神を祀る一族が住んでいた場所である。しかし、時の支配者によって信仰が迫害され、一族はこの地から北東へ移り住むことを余儀なくされた。

 その後は、一族と信仰のあった真那村の人々が代々遺跡を管理していたが、事の発端となったのが、数日前から遺跡を清めに向かった村人が戻ってこないということだった。

 戦での逃避行で遭遇した盗賊は、藤の女武人によって始末されたものの、他に残っている者の仕業ではないかと考えた村人は、情報を得るため腕利きの若者を数名遺跡に向かわしたが、これも同じく帰ってこなかったという。

 様子を見に行った村人がことごとく帰ってこなかったことから、村長の命令もあり、今日に至るまで誰も遺跡には近づかなかったらしい。

「何が潜んでいるか分からんな…」
「一応、念のために村の者が交代で遺跡の入り口を見張っていますが、誰もそこから出て来た者は居なかったとの事です。さて、そろそろ到着します」

 現れたのは、山肌に出来た洞窟の入り口。その近くの草むらに、村人が一人座り込んでいた。

 しかし、様子がおかしい。何かに怯えている様に見えた。村人は両手で顔を押さえ、体を震わせている。

「近づくな、近づくな」
「おい、ハギリ。どうしたんだ」
「い、イスケか。頼む、奴を近づけないでくれ」
「奴って、ここには俺たちしかいないぞ?」
「ち、違う。ほ、ほら、すぐそこにいるじゃないか」

 ハギリという男が指差した方向には誰もいない。

「居ないぞ?」
「いるっ、いるって、いるんだ、来るな、こ、こっちに来るな!」

 その様子に瑞穂と千代の表情が変わる。

「千代、まさかこれって…」
「恐らく、幻術の類です」
「幻術?」
「恐らく彼には、彼にしか見えないものがございます。何者かの呪術によるものか、あるいは何らかの原因で、身体の呪力が不安定になり、思考に悪影響を及ぼしているのでしょう」

 千代は呪術を使い、ハギリに向けて呪文を唱える。すると、彼は落ち着きを取り戻し、その場にゆっくりと倒れた。

「私の呪術で、精神の中の呪力乱れを安定させました。イスケ様、ハギリ様を村までお願いします。私たち村に帰ってくるまでここには誰も近づかない様にお伝えください」
「は、はい!皆さま、どうかご無事で」

 千代の指示に従い、イスケはハギリを背負い、村へと戻っていった。

「千代。一体この洞窟には何がいるんだ」

 すると、千代は少し怯えた様な表情になる。

「正直なところ、まだ何もわかりません。ただ…」
「ただ?」
「これほどまで強く、そして気味の悪い呪力は感じたことがありません…」
「そうか。どうする瑞穂?」
「何にせよ、この状況を見て見ぬふりはできない。現実に、村人が幻術によって惑わされている。中に入るわよ、二人とも」
「承知した」
「お、お供します」

 瑞穂を先頭に、不気味な雰囲気を漂わせる洞窟の中へと足を踏み入れた。

「…」

 その時俺たちは誰も、自分たちを見つめる人影には気づかなかった。


 ◇


 洞窟は光がなく暗闇に包まれていた。外とは違い、日陰で風が通るためか、空気がひんやりとしている。

 千代が、詠唱式の呪術で火の大神の恩恵を得ると、自分たちの周りが明るく照らしだされる。洞窟は奥に続く一本道になっていて、道には皿や桶といった道具が落ちている。

 横にいた千代が、腕に抱きついてくる。

「御剣様…怖いです」

 小声でそういう千代は少し震えていた。

「大丈夫だ、瑞穂も俺もそばいる。心配するな」

 しばらく洞窟の中を歩いていると、目の前に洞窟の壁にもたれかかる人の姿があった。

 近づいて様子を伺う。どうやら、大人の女の様だった。

「う、うぅ…」
「息がある。あんた、大丈夫か?」
「千代、治癒の術を」
「は、はいっ!」

 抱き抱えた時、ふと俺は倒れていた女に違和感を感じる。

 女は左胸には剣が刺さっており、大量の血を流している。心臓を貫かれているのだ。生きているのが奇跡だった。

 千代が女に駆け寄り、治癒を施そうとする。

 すると突然、女が頭を抱えてうめき始めた。

「い、いや、いや、いき、イギギギッ!」
「ッ!?」

 見る見るうちに身体が変形し、背中から飛び出した触手によって身体を掴まれる。何とか千代を弾き飛ばし、刀の頭金で女の顔を打ち、怯ませて脱出する。

「ギッ!」
「なっ、何だこいつっ!?」
「御剣っ!」

 そこにいたのは、人とは言い表せない異形の姿をした者だった。

 顔と身体が、まるで一つの青白い皮膚で繋がっている。目は剥き出し、口は怪物の様に大きくなっている。

「ヴギッ、ギギッ」
「千代、大丈夫か?」
「だ、大丈夫でございます!」
「瑞穂、どうする」

 瑞穂は一瞬戸惑いを見せるも、すぐに答えを出した。

「こちらに危害を加えるのなら斬りなさい」
「承知!」

 俺は異形の化け物に斬りかかる。

 幸い、化け物の動きは遅く、こちらが一方的に斬りかかるのが容易だった。単純な攻撃を避け、化け物の胴を斬りそのまま突き倒す。

 しかし、何度斬り倒しても化け物は立ち上がり、こちらに向けてふらふらと歩み寄る。

「まさか、不死身…?」
「くそ、このままじゃ埒があかない!」

 すると、背後から化け物に向けて火の弾が撃ち出された。千代が呪符を用いたの呪術だった。

 火の弾が命中した化け物は、そのまま前のめりに倒れ火達磨になる。焼け焦げた化け物は、異形の姿から人にほど近い姿へと変化し、やがて灰となって消えていった。

「助かった、千代」
「は、はい…」
「人から化けて、元の姿に…。何なのかしらこいつ…まさか…いや、そんなはずは…」
「どうした瑞穂、何か心当たりがあるのか?」
「妖…」

 瑞穂は焼け焦げた死体のそばに跪く。

「体内の呪力が暴走し、精神が崩壊する。そして、溢れ出た呪力が身体の構造が人のそれから著しくかけ離れた存在…」
「で、ではこの人は…」
「あくまで推測よ。千代、呪力の反応は?」
「あ、はいっ。あの…まだ奥に、とても強いのを感じます。他にもいくつか…」
「進むわよ。この原因は絶対に突き止めないと」
「同感だ」

 洞窟の奥へと進み続けた俺たちは、日の光が差し込む大きな空間へと出てきた。

「ここが最奥部になるのかしら…」
「遺跡というよりも、社だな」

 崖下に、古びた社がひっそりと佇んでいた。

「きゃっ!?」

 蝙蝠が甲高い鳴き声をあげ、光の差し込む穴から外へと飛び立っていく。その蝙蝠たちが飛び立った後の天井の岩肌、そこににへばりつく黒い人影があったのを俺は見逃さなかった。

 その人影が翼を広げて、こちらに向けて飛びついてくる。

「くっ!」

 勢いよく体当たりを受け、その衝撃で崖下の地面へと落下する。幸い、着地することはできたが、瑞穂たちと分断されてしまう。

「御剣!」
「俺は大丈夫だ!」

 自らを弾き飛ばした正体を睨み付ける。

 背丈は、自分の二人分はあるだろう。

 所々、肌が見える位に破れた黒い着物を身に纏い、黒い長髪に青白い肌。紅く染められた目で御剣を見つめ、舌で唇を舐める若い女。

 妖、飛縁魔。

 飛縁魔という名は空を飛ぶ障魔を意味しており、人の血と精気を吸い取り命を奪う。

 言い伝えでしか聞いたことのないその存在は、背中に生えた翼を広げ、笑い声の様な声を出しながら俺の目の前に立ちはだかる。

 飛縁魔に向けて刀を構える。

 崖の上に残された二人には、先ほどの化け物が何体もふらふらと現れ迫っていた。

 瑞穂は千代の前に立ち、狭い崖の道を利用して化け物を一体ずつ相手をしていた。

「瑞穂!千代を任せたぞ!」
「任せて!」

 主を信じて目の前の敵に全神経を集中させる。飛縁魔は翼を広げ、地面を蹴り身体ごと突進してきた。

 その突進を左に避けて躱し、すれ違いざまに飛縁魔の胴体へと斬りかかる。しかし、飛縁魔は空中で身体を捻り回転させ、攻撃を避けた上に翼を使った攻撃を繰り出してきた。

 強烈な勢いで風が吹き上げられ、身体が一瞬宙に浮きそうになってしまう。

「く、かはっ!?」

 身体の自由が効きづらい中、翼の先にある鋭い爪が胴体を切り裂く。鮮血が舞うのと同時に、痺れる様な痛みが襲ってきた。恐らく、飛縁魔の爪先には麻痺毒があるのだろう。毒さえあれば、傷が浅くとも、確実に相手の動きを封じることができる。

 並の相手ではない。他に干からびた死体がこの場に転がっている事から、どうやら、俺は狩場に迷い込んでしまったらしい。

 だが、俺とてそう簡単に狩られる訳にはいかなかった。

 強大な力を持つ、飛縁魔を初めとする名有りの妖の力は計り知れない。

 しかし、敵が強大だからと言って、負けるわけにも、このまま一方的にやられるわけにもいかなかった。

 痺れを我慢し、刀に精神を集中させる。すると、泰縁と戦った時のように、刀に熱が帯びてくるのを感じた。

 身体にも、刀の熱が伝わってくる。

「ギャア!?」

 地面を蹴り、すれ違いざまに腕を切り裂く。そして、振り向き様に飛縁魔の顔を横に斬りつけた。

 まるで人の様に顔を抑える飛縁魔。人だった頃の感覚が残っているのだろうか。

 血、そしてこの飛縁魔の様に精気を吸う異形の妖となった者を救う手立ては、宿主である飛縁魔を倒す以外にはない。

 あの化け物は、恐らくこの飛縁魔に血や精気を吸われ、出来損ないの妖として生まれ変わってしまったのだろう。

 これ以上、犠牲を増やすわけにはいかなかない。

 構えて前を見据える。俺に顔を斬られた飛縁魔は、再びこちらに向けて飛び出してくる。身体を宙で回転させ、勢いを増して迫ってくる。

 一瞬の刹那。

 腕に痛みを感じる。横目で右腕を見るが、切られただけで落ちてはいない。

 しかし、こちらは飛縁魔の片腕を斬り落とした。

 心の鼓動が早くなる。

 考えていては遅い、相手の動きを感じて身体を無意識の反応に任せる。

 近づいてくれば間合いを取り、攻撃してくればそれを避けて反撃する。その間、こちらも避けきれなかった分の攻撃を受ける。

 毒の痛みと痺れに耐え、最後の力を振り絞り、すれ違いざまに飛縁魔の首筋に刀身を押し込む。

 柔らかい感触が刀身を伝って感じる。それと同時に、自分の意識の中に不思議な声が流れ込んできた。

 "ありがとう"と。それは確かに、自分の斬った妖からの感謝の念だった。
 

 ◇


「はぁ、はぁ、はぁ…」

 御剣によって頭部を刎ねられた飛縁魔は、その場に倒れる。やがて、切り離された胴体と頭部は灰となり、風に吹かれて跡形もなく消え去ってしまう。

 宿主である飛縁魔が倒され、瑞穂たちを襲っていた従属の化け物達も、次々と後を追う様に灰となって消えていった。

「うっ…」

 御剣は痺れる身体で、地面に刺した刀に寄り掛かった。

「御剣、大丈夫?」
「終わった途端に効いてきた。しばらく動けそうにない…」
「じっとしていてくださいね」

 千代が呪術で治癒を施すが、麻痺毒に侵された身体はなかなか治る気配がなかった。

「毒、か…」

 すると瑞穂は、袋の中から丸薬を取り出し、それを水筒の水で御剣に飲ませる。

「簡単なものだけど、よく効く解毒剤よ」

 即効性が売りの解毒剤の効果を、御剣はすぐに感じていた。

「流石だな、助かったよ…」
「それにしても、ここ。改めて見たけども…」

 辺りを見渡す。広場には、いくつもの遺体が散乱していた。飛縁魔によって、出来損ないの妖に変えられた者の他に、ただの贄として殺された村人の遺体であると、瑞穂は推測する。

「恐らく、ここに来た村人はあの妖になったと考えて、間違いないわね」

 瑞穂は憤りを感じる。

「どうやら、この社があの不気味な呪力の元ではないかと…」
「あの社ね。御剣、動ける?」
「二人のおかげでだいぶ良くなった。大丈夫だ」

 瑞穂たちは社へと近づく。

 古い割には手入れが行き届いており、つい最近まで村人が出入りしていることを物語っている。

 扉に手をかける。すると、扉は独りでに動き出し、中の様子が露わになった。

「これは…」

 社の中にあったのは、大御神を祀るための祭壇。

「ここにいた一族のものでしょうか…」
「………」
「瑞穂様?」
「どうして、どうしてこれがこんな所に…」

 黒き柄、そしてしなやかに伸びた刀身からは、何とも言い表せないほど不気味な呪力が溢れている。

 祭壇の中央部に置かれていたその刀を、瑞穂は知っていた。

「瑞穂、この刀は一体…?」
「私の桜吹雪、あなたの業火、数多くの刀を生み出してきた刀匠獅子神刻庵が、自らの命と引き換えに、根の国の大神の力を封じ込めたと言われる刀よ。名前は確か…」
「瑞穂ッ!!」

 突然現れた人影から、身を呈して主を守る御剣。瑞穂への攻撃を防がれた黒装束の人物は、倒れた二人に襲いかかる事なく、祭壇に置かれていた刀を鞘ごと手にすると、そのまま出口に向かって走り去っていく。

「い、一体何事ですか!?」
「先に奴を追う!ふたりは後からついて来い!」

 御剣は身体に残る麻痺の感覚に耐えつつ、黒装束の人物を追って出口へと向かう。

「貴様、何者だ!」

 黒装束の人物は御剣の方を振り返る。顔は頭巾のせいで見えないが、手にはあの刀が鞘ごと握られている。

 微かに見えたその人物の口元は、笑っているようであった。黒装束の人物が右手を上げると、何処からともなく同じ姿をした者たちが大勢現れる。

「気配が…こいつらどこから」

 黒装束たちが、手にしていた刀を構え、一斉に御剣へと襲いかかる。御剣の実力であれば斬り伏せるのは容易であったが、なにより頭数が多かった。

 斬っても斬っても、その数が減ることはない。

"くそっ、このままでは…"

 傷を負っての戦いに身を投じていると、突如として目の前に白い外套を身に纏った女性が現れる。

"だ、誰だ!?"

 突然御剣の前に現れた少女は、着地するまでに空中にいた黒装束を3人同時に地面に叩き落とした。そして、着地すると同時に黒装束に刀を突き刺し絶命させる。

 黒髪を藤の花の髪留めで纏めている少女が、御剣の方を振り返る。

「藤香…」

 名は藤香、藤の女武人と人々に呼ばれ、数年前に御剣たちの元から姿を消した。

 藤香は御剣の顔を見ると、また敵に向き直る。ふたりは背中合わせになり、残った黒装束たちを倒していく。

 驚いたのは、藤香が呪術を使えることだった。

 毒なのか、黒装束たちが喉を押さえて倒れていく。

 全員を倒し辺りを確認するが、すでにあの刀を持っていた黒装束の人物は居なくなっていた。

「逃したか…」

 倒した敵の一人に近づき、頭巾を脱がしてその正体を確認する。

 俺の記憶が正しければ、先ほど俺たちをこの場に連れてきたイスケという男だった。その顔には、案内された時には無かった不気味な紋章が浮かんでいた。
 
 何故、この男が襲ってきたのかは分からない。他の敵も確認するが、知らない顔ばかりである。共通するのが顔に浮かんだ呪詛痕のような紋章。

「御剣」

 すると、血振りを行い倒した敵の衣服で刀の血を拭った藤香が、御剣の前へと歩み寄ってくる。

「なんだ?」

 藤香の声は、とても透き通っている。

「ただいま」

 そう言い、微笑む藤香。

「あぁ、おかえり。藤香」

 御剣も、それを笑顔で受け入れた。
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